ようこそバカ派手モテ至上主義の教室へ   作:綾(あや)

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今回は珍しい努力回です


結果発表と絶望

 

 

中間テスト当日、校舎内は独特の緊張感に包まれていた。窓の外では穏やかな春の風が木々を揺らしていたが、教室内の空気はそれとは対極にあり、重苦しく淀んでいる。特にCクラスの面々の顔色は、戦場へ赴く兵士のそれよりも悲惨だった。坂上から突きつけられた平均点の半分以下、すなわち赤点を一教科でも取った瞬間に即退学という残酷なルール。それは学力の低い者が集まるCクラスにとって、死刑執行を待つ囚人のような重圧を強いていた。

 

神楽は自分の席に座り、頭の中で計算式を問いていた。これまでの彼なら、試験直前までナンパし、いかにして女子の視線を集めるかだけを考えていただろう。しかし今の彼は違う。

 

昨夜、深夜まで続いたひよりとの凄絶な特訓。隣り合って座った際に感じた彼女の肩の温もりや、微かに漂っていた清廉な香りは、今や記憶の底に封印されている。今の彼の脳内を占拠しているのは、無機質な数式の羅列と、もしも計算を間違えた時にひよりが見せるであろう、あの底なしの虚無を湛えた瞳への恐怖だった。

 

ここで退学になれば待ち望んでいたバラ色の高校生活が露と消えるだけではない。それ以上に恐ろしいのは、失敗した自分を軽蔑の眼差しで見つめるひよりの姿であり、あるいは罰として宣告された「過去に振った女性リスト」を全校生徒の前で朗読されるという、社会的な死であった。

 

しかしテスト二日前、龍園は上級生との取り引きで獲得した過去問をクラス全体に配った。どうやら小テストの形式が前年度ど全く同じであり、過去問がそのまま出てくるのではないか、というものだった。

 

そして登校してきたCクラスの面々が目にしたのは、天井を見つめ何かをブツブツと唱えている神楽の姿だった。

 

「な、なぁ神楽。ここのルートの計算どうやるんだっけ?」

 

石崎が引き気味に聞くと、神楽はいつもの余裕のある声で返す。

 

「いいか、ルートっていうのは屋根の中に隠れてるシャイな奴らなんだよ。ペアができたら外に出してやるんだ」

 

「なるほどな、ならここも教えてくれねーか?」

 

「因数分解か。これはこいつとこいつが同じ構えをしてるから、カッコの中に閉じ込めてボコるってこと」

 

「サンキュー!お互いテスト頑張ろうぜ!」

 

石崎はそう宣言すると席に着き、過去問を取り出し最後の仕上げにかかっていた。

 

「神楽くん」

 

不意に隣の席から鈴の音を転がしたような静かな声がした。振り向くと、そこにはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべたひよりがいた。昨夜、深夜の自室で見せたあの鬼神のような、冷徹な監視者の面影はどこにもない。

 

「大丈夫ですよ。あなたは、私があれほど教え込んで、最後まで逃げ出さずにやり遂げたんですから。どうか、自分を信じてください」

 

「ひよりちゃん」

 

神楽は掠れた声で応えた。彼女は優しく微笑み、声を一段と潜めて続けた。

 

「もし、満足のいく点数が取れたら……また図書室で、新しい本の感想を聞いてくれますか? あなたの意見、とても参考になるんです」

 

その言葉はどんな高価な栄養ドリンクよりも劇的に神楽の脳へ活力を与えた。恐怖による支配から、微かな希望による鼓舞へ。神楽の瞳に、逃避ではない真の闘志が宿る。

 

その時、教壇に坂上が現れた。手には、生徒たちの運命を左右する厚い試験問題の束が握られている。

 

「これより中間テストを開始します。各自、筆記用具以外を鞄にしまってください。カンニング等の不正行為は即失格、および厳罰に処します」

 

教室に紙が配られる独特の乾燥した音が響き渡る。龍園は足を組み、不敵な笑みを浮かべながら神楽を射抜くように睨みつけていた。その視線には、失敗すればただでは済まさないという明確な殺意が込められていたが、今の神楽にとってはそれすらも心地よい刺激に過ぎなかった。

 

「始め!」

 

試験開始の合図と共に、神楽は猛烈な勢いでペンを走らせた。見覚えのある設問、ひよりとの反復練習で嫌というほど解いた類題。数字とアルファベットが、かつての理解不能な記号から今は意味を伴った言葉へと変わっていく感覚。神楽は、自分の人生で最も真剣に、白紙という戦場に向き合っていた。

 

(これは過去問通り。ここも大丈夫…『わからない問題があったらまずは飛ばす』だっけか?見てろよかけるんくん、お前よりいい点とってバカにしてやる)

 

 

 

--

 

 

 

過酷なテスト期間が幕を閉じ、Cクラスの空気、合格を確信した者の安堵と、不安の上に立たされた者の沈黙が混ざり合い、異様な混沌を呈していた。

 

石崎や神楽たちは互いの答え合わせをしては頭を抱え、あるいは奇跡を祈って天を仰いでいた。そんな中、龍園だけは悠然と席に座り、スマートフォンの画面を無感情に眺めている。

 

「俺の脳細胞が、一億個くらい一気に死滅した気がする」

 

神楽は机に突っ伏しながら、魂が口から抜けていくような脱力した声を上げた。

 

「お疲れ様です、神楽くん。手応えはどうでしたか?」

 

ひよりが横からひょっこりと顔を覗き込む。

 

「正直なところ、自信しかないね。真っ白なページは一つも作らなかった。全部、ひよりちゃんに叩き込まれた通りに埋めてきたよ。ありがとね」

 

「ふふ、以前のあなたなら『運に任せる』と言っていたでしょうに」

 

そう椎名が返すと、二人はクスクスと笑いあった。

 

(こいつら付き合ってんのか?)

 

それを見た石崎は羨ましそうな目で睨みつけていたとか…

 

それから数日後。ついに運命の結末が黒板に掲示された。生徒の点数が順位と共に公開される、残酷な審判の儀式だ。

 

Cクラスの生徒たちが一斉に掲示板へ視線を移す。

 

「おい! 赤点回避したか!? 頼む、頼む……!」

 

「う、うわああ! 助かった! 2点差で生きてる!」

 

歓喜と安堵の叫びが上がる中、神楽は後ろから恐る恐る自分の名前を探した。下から順に視線を走らせる。自分の名前が最下位層にないことは安堵すべきなのか。それともあまりに低すぎてリストから除外された絶望なのか。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝う。しかし、視線をさらに上にずらした時、彼は自分の目を疑った。

 

神楽移 国語 84点 数学 76点 社会 83点 理科 70点 英語 90点

 

「えっ」

 

全ての教科に目を通すも、赤点はなく、神楽はポカンと口を開けて固まっていた。平均点を大きく上回り、クラス内でも中の上に食い込むほどの高得点。かつて最底辺を彷徨っていた神楽が地獄の二週間を経て、中堅に食い込んでいた。

 

「完全勝利だ」

 

神楽が拳を突き上げた瞬間、背後から肺の中の空気が全て押し出されるような強烈な衝撃が走った。

 

「ガッ」

 

「浮かれてんじゃねぇよこの馬鹿…よくやったじゃねぇか、神楽。テメェが赤点を取って俺の計画がパーになる夢を三回も見たが、ようやく今日から安眠できそうだ」

 

龍園が神楽の背中を蹴飛ばし、笑っていた。その隣では石崎が自分のことのように涙を流して喜んでいる。

 

「神楽! お前すげぇよ! マジで尊敬するわ!」

 

「いしざっきー…お前が俺の振った子リストをひよりちゃんに売った件は忘れてねーからな」

 

神楽が恨みがましく睨みつけると、石崎は「命を守るための正当防衛だったんだ……!」と情けない言い訳を並べ立てた。

 

喧騒の残る教室を抜け出し、神楽は約束通り図書室へと足を向けた。西日が差し込む静かな書棚の間を抜け、一番奥の席へと向かう。そこには、夕焼けのオレンジ色に染まりながら、一冊の本を静かに開く少女の姿があった。

 

「遅れてごめんね、ひよりちゃん。クラスの皆にもみくちゃにされてさ」

 

ひよりが顔を上げると、そこにはいつも通りの穏やかな表情で、しかしどこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 

「神楽くん。結果、確認しましたよ。素晴らしい成績でした」

 

「全部、ひよりちゃんのおかげだよ。あんなに熱心に、そして恐ろしく教えてくれなきゃ、今頃俺は荷物をまとめてこの学校を去ってた。本当に、感謝してる」

 

「そうですね。少し厳しすぎたかもしれません。私のことを嫌いになりませんでしたか?」

 

神楽はひよりの隣の席に腰を下ろした

 

「まさか。正直あの時のひよりちゃんは、これまでの人生で出会ったどんな経験よりも怖かったけど…でも、俺のことをあんなに真剣に考えてくれる人がいるんだって知って、少し感動したんだ」

 

神楽は照れ隠しに頭を掻きながら、窓の外の景色に視線を逃がした。

 

「私も嬉しかったですよ…神楽くんは一つのことに没頭し、必死に答えを探そうとする。そんなあなたを見ていると、応援せずにはいられませんでした」

 

「…そっか」

 

「神楽くん? ちゃんと聞いていますか?」

 

「え? ああ、聞いてるよ。もちろん」

 

「また邪なことを考えていませんでしたか?」

 

ひよりが少しだけ目を細めて神楽を覗き込む。

 

「えー…っと」

 

「…今からでも復習が必要のようですね」

 

「何で!?」

 

 

 

--

 

 

 

その頃、校舎の屋上では龍園が一人、手すりに寄りかかって沈みゆく太陽を眺めていた。手元には今回のテスト結果を記したリストが握りつぶされるようにして持たれている。

 

「神楽の野郎、化けやがったな」

 

龍園は神楽の急激な成績上昇が、単なる詰め込み教育の成果ではないことを察していた。ひよりの威圧感に耐え抜き、あれほどの集中力を発揮した神楽の精神力。それは今後のクラス抗争において、予測不能なジョーカーへと進化する可能性を秘めている。

 

「椎名もだ、あいつもただの本好きじゃねぇな。バカどもを纏め上げるには、俺だけじゃ足りねぇってことか。ククク……面白い。駒は揃いつつある」

 

神楽の性格を一言で表すとするならば『自由』だろう。現状としてはCクラスの戦力となっているが、状況次第では他クラスの生徒と付き合った時や色仕掛けをされた場合、重要な情報や作戦をポロッと漏らしてしまう、なんてことはざらにある。

 

「ったく、めんどくせぇ野郎だぜ」

 

 

 

--

 

 

 

翌日。長期にわたる睡眠不足とひよりによる精神的負荷から解放された神楽は、自室のベッドで泥のように眠りこけていた。時計の針は正午を過ぎ、カーテンの隙間から差し込む陽光が部屋を明るく照らしているが、彼の意識は深い闇の底にある。

 

その静寂を破ったのは、枕元で激しく振動するスマートフォンの着信音だった。

 

「なんだよ……」

 

意識を覚醒させぬまま、神楽は手探りで端末を掴み、通話ボタンを押す。

 

「神楽!せっかくテスト終わったんだ、景気よくパァーッと飯行くぞ!」

 

スピーカー越しに聞こえてきたのは、石崎の騒々しい声だった。

 

「いしざっきーか…まだ寝てたいんだけど…」

 

「アルベルトも俺も、龍園さんも機嫌がいいんだ。今のうちに美味いもん食っとかねーと損だぞ。ケヤキモールのカフェテリアに10分後な」

 

「えー…俺は寝てたいからみんなで行ってきていいよ」

 

「つれねーこというなって!あ、伊吹も来るらし『5分で行くわ』お、おう…」

 

神楽は強制的にスイッチを入れ、適当な服を引っ掴んで部屋を飛び出した。

 

ケヤキモールのカフェテリアに到着すると、既に石崎やアルベルト、そして少し離れた場所に龍園が陣取っていた。

 

「Good morning, Kagura. Perfect timing.(おはよう、神楽。ちょうどいいタイミングだ)」

 

アルベルトが低い声で出迎える。

 

「グッドモーニング、アルベルト。アイアムヴェリータイヤード」

 

そして石崎たちが注文した大量の肉料理やジャンクフードに囲まれ、神楽も次第にテンションを上げていった。テストの重圧から解放され、クラスメイトと馬鹿話をする。これこそが彼が求めていた日常だった。

 

「あ、いぶいぶ。相変わらず今日も可愛いな、綺麗なスタイルと美しい青髪の雰囲気が最高」

 

「うっさい。今回のテスト、椎名に泣きついてどうにかしてもらった癖に」

 

「嫉妬?本当は自分が面倒見たかったんじゃなかったのか~?」

 

「……フン。あんたが必死に勉強してる姿見かけたけど……正直、笑いもの。龍園も龍園よ、こんな奴の監視に私まで駆り出して」

 

伊吹は龍園の方を忌々しげに一瞥したが、龍園は気にした様子もなく鼻で笑った。

 

「伊吹、テメェも神楽の成長に一役買った自覚があるんじゃねぇのか?」

 

「あるわけないでしょ! 私はただ、椎名の横でイライラしてるあんたたちを眺めてただけよ」

 

「まぁまぁ、龍園さんも伊吹も落ち着けって!いやー、一時はどうなるかと思ったけど、終わってみれば最高だな!」

 

石崎がハンバーガーを頬張りながら笑う。そんな騒がしいやり取りを交わしながら、神楽たちはテスト後の解放感を謳歌した。山盛りのポテトをつつき馬鹿げた話に花を咲かせる。龍園も時折冷やかすような口を挟み、伊吹は不満げながらもその場を離れようとはしなかった。

 

数時間後、日は傾き始めていた。石崎たちと解散し、一人になった神楽は心地よい疲れと共に寮へ帰ろうと歩き出した。カフェテリアの喧騒が遠のき静かな通路を独り歩く。

 

ふと、前方から見覚えのある影が歩いてくるのが見えた

 

「あ、ひよりちゃん。偶然だね、今帰り?」

 

神楽は笑みを浮かべて駆け寄った。テストを乗り越え仲間たちと遊び、気分は最高潮だった。

 

しかし、ひよりは神楽の姿を捉えた瞬間ぴたりと足を止めた。いつもなら返すはずの穏やかな挨拶はなく、彼女はあからさまに頬を「ぷくっ」と膨らませ、プイッと顔を背けてしまったのだ。

 

「え?」

 

神楽の手が、挨拶をしようとした途中の不自然な形で止まる。

 

「ひよりちゃん?どったの?」

 

声をかけるが、ひよりは一度もこちらを振り返ることなく、スタスタと速足で神楽の横を通り過ぎていく。その背中からは勉強会の時の冷徹さとはまた異なる、形容しがたいオーラが溢れ出していた。

 

「無視?なんで?」

 

呆然と立ち尽くす神楽。ふと嫌な予感が脳裏をよぎる。彼は震える手でポケットからスマートフォンを取り出した。通知を確認すると、未読メッセージが一件。送信者は『椎名ひより』

 

『神楽くん。テストお疲れ様でした。もし今日お時間があれば、一緒にケヤキモールの本屋へ新しい本を買いに行きませんか? 昨日の続きもゆっくり話せたら嬉しいです』

 

送信時刻は、今朝の午前8時。

 

「……あ」

 

神楽の顔から、一気に血の気が引いていく。今朝、石崎からの電話で叩き起こされるまで泥のように眠っていたのだ。しかも、あろうことか返事を無視した当の本人が、昼過ぎに石崎たちとヘラヘラ笑いながら遊んでいた姿を今のひよりに見られてしまったのだとしたら――。

 

「終わった」

 

神楽は次の登校日に、いかに恐ろしいものになるかを想像し今度こそ本気で気を失いそうになるのだった。





はい、タイトルの絶望はひよりちゃんとの出来事でした!
今回のテストの結果ですが、疑問がある方も多いでしょう。勉強が全くできない神楽君が、たった2週間でこれほどまでの点数を取れるようになるのか?と。その疑問についてお答えします。
原作通り、今回の中間テストは過去問が鍵となっています。社会や理科等の暗記科目は今までの積み重ねではなく直前までどれだけ覚えられるかです。そのため比較的記憶力の良い神楽君は今回高得点というわけです。一方で数学等の実技が多く含まれる科目はやはり積み重ねであり、全体と比べるとやや低めなのはそれが理由です。
しかし中学の範囲から網羅し復習するとなるとやはり40〜50点が妥当なのですが、過去問に頼り少し上がっているというわけです。そのため当然期末テストでは低くなります。

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