そして、翌日の朝。再び私は、昨日と同じ公園に来ていた。
朝の湿気で、水気をはらんだ芝生が太陽の光に照らされてキラキラと光っている。
そんな大地を踏みしめる。
向かう場所はあの大樹だった。
人気のない公園から見える空は遠く広く甲高い鳥の鳴き声が小さく聞こえた。
公園の中にある小さな丘を越えた先に、甘空の姿が見えた。
大樹の近くに置いてあるベンチに座っている甘空は、ソワソワと落ち着きなくきょろきょろと公園を見渡していた。
そして私の方を認めるとばっと勢いよく立ち上がった。
どうやら昨日とは違って、今日は、甘空の方が先に来ていたようだった。
立ち上がった甘空がこちらに素早く寄ってくる。
彼女の長い髪がふわりと風に流れる。
その姿を見ているとなんだか、よくなついた犬のようだと思った。
「おはようございます!」
私のもとに近づいた甘空が、大きな声で挨拶をする。
朝から元気な甘空の声が、響いた。よく通る声から、彼女のパワーが冷えた公園に広がっていくようで。
「おはよう。朝から元気だね」
私は、そんな彼女にすこし気圧される。それを表に出さないように、意識したせいか。
私から出た挨拶は、力はなく空気に溶ける。かすれて干からびたミイラのよう。
何故朝私たちは、公園に来ているのかというと昨日の告白の後。とりあえず一緒に登校しようと約束したためだ。
その場所に公園が選ばれただけ。お互い家の場所は知らなかったし、甘空はどうだか知らないけれど、私は、自分の家の場所をあまり他人に知らせたくなかった。
「スイちゃんは、眠そうですね!朝、弱いんですか?」
「まぁ、そうだね。普通の人よりも弱い方だと思うよ。」
細身で、体温が低いせいなのか、昔から寒い日の朝は、苦手だった。
目が覚めてから布団から出るのに時間がかかるし、起きてからも午前中はどこか頭がボーっとする。
まぁ、今回のは、気温のせいだけではないのだけれど。
「ふわっ」
それを指摘されたせいなのか、あくびが漏れた。
あくびの影響で瞳を閉じた私の耳朶に、小さな声と暖かな温度が伝わってきた。
「っえい」
しめた瞼を開けてうるんだ視界を、下に向ける。そこには甘空のつむじがあった。
両腕を私の背に回して、胸に彼女の頭が押し付けられていた。
なぜか甘空が、抱きついてきたのだ。
彼女の髪からふわりと甘い匂いがした。
「……何をしているのかな?」
動揺に心を乱しながら、当然の疑問を口にする。引き絞った声はかすれ少し震えていた。
心臓の鼓動が、私の中で早く大きくなっていく。それが、甘空に、伝わっているのか伝わっていないのか。
伝わってほしくはないと、思った。
胸元に顔をうずめていた甘空がこちらを向いた。
蘭々と輝く瞳が私を射抜く。
「いや、温めたら目が覚めるのかなと」
「温めたところで、目は覚めないと思うけど……」
あなたの突飛な行動に対する驚きで、私の目は覚めたけど。
「そうですか?」
甘空は、きょとんとした顔をこてんっと傾ける。
そのまま、抱擁を続けた彼女の、眉にしわが入りだんだんとしかめ面に変化していく。
「しかしスイちゃん少し細くありませんか?ちゃんと食べてますか?」
「ちょっと、何言ってるのさ。確かに、小食な方ではあるけど、体重は標準的だよ。」
「ふへへ、こう密着してると、気になりますよね」
「なるか。……いいから離れなさい。」
私は、甘空の腕を軽くはたき彼女を引っぺがす。
私から離れた甘空は、気が抜けるようなにやけ顔をしていた。
どこまでも無邪気な彼女の表情に、毒気が抜ける。
「はぁ、さっさと学校に行こうよ」
甘空を、学校へ行くように促し私は、踵を返して公園の出口に向かう。
「はい!行きましょう!」
後方から甘空の喜びがにじんだ声が聞こえ、てくてくと小走りで私の隣に来る。
横目で、彼女の顔を見ると私が、肩から下げている鞄に向いていた。
「どうしたの」
「その、リング鞄につけているんですね」
彼女に言われて、鞄を見る。ファスナーには、リングがついていた。金メッキがところどころ剥げており年代物であると一目見てわかる一品であった。
「ああ、そうだね。もうなくさないように、鞄にくくりつけたんだよ」
昨日の夜、リングに紐を通して鞄のファスナーに括り付けた。公園を出た後に街を歩いてちょうどいい長さの紐を探したのだが、時間がかかってしまって帰るのが遅くなった。
そこからリングを括り付ける作業をしていたので、眠ったのは夜中になってからだった。眠気が残っているのは、それが理由だ。
「大事なものなんですね。誰かからのプレゼントですか?」
「うん、お母さんからもらったものだよ」
お母さんが、私にくれた最初で最後の贈り物。
これが、大事なものだったなんて、あのときなくして初めて気づいた。
「じゃあ、もうなくしちゃだめですね」
数日前、なくしたこのリングを見つけてくれたのが甘空で彼女がリングを渡してきた時に初めて私は、彼女と会話をしたんだ。
「そうだね。気を付けないと」
「ふふ、もしまた無くしたら、私に言ってくださいね。また見つけてあげますよ」
「それは、たのもしい。その時が来たらお願いするね」
そう言うと、彼女は喜色満面の表情を浮かべて、スキップでも刻んでしまいそう。
どうしてそんなにうれしそうなのか私は疑問に思った。
人に頼られるのが、よほどうれしいのだろう。
甘空は、誰と一緒でも、いつも同じように喜び、楽しそうにしている。
彼女は、きっと人が大好きなのだと思う。そうしてその好意を分け隔てなく振りまく。
だからこそ、みんなに愛されているのだろう。
そんなことを思いながら、今日は、いつもとはすこし違う学校生活になりそうだという予感に、私は息をついた。