ガンダムU.C. Altered Line 作:シャノワール
宇宙世紀0079年。
人類は増えすぎた人口を宇宙へ移し、地球周囲に建設された巨大なスペースコロニーに生活の場を求めた。
その中でも、地球から最も遠いサイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を仕掛けた。
ジオンは開戦当初から新兵器“モビルスーツ”を実戦投入し、その圧倒的な性能で連邦軍を次々と撃破していった。
そしてルウム戦役では、その力が決定的な勝利として示され、戦況は大きく動いた。
それから数か月。
戦線は地球へ広がり、戦争は膠着し、宇宙ではなお散発的な戦闘が続いていた。
◇ ◇ ◇
ザクのコクピットに、自分の呼吸音だけが異様に大きく響く。
ヘルメットの内側に白い曇りが広がり、早まった息が胸を締めつけた。
鼓動は警告音と同じリズムで跳ね、まるで機体そのものが心臓になったようだ。
計器のランプが明滅し、赤い警告灯が視界の端を染める。
「姿勢制御異常」
「推進剤漏れ」
「装甲損傷」
次々と表示される赤い警告が、死の宣告のように散っていく。
その色が、彼女の呼吸をさらに浅くした。
――落ち着いて。あなたは士官学校を出た、訓練されたパイロット。
そう言い聞かせても、声は震えていた。
汗ばむ指先が操縦桿を滑り、手袋越しに体温が妙に熱い。
右手でパネルを叩くように操作し、左手で操縦桿を引く。
だが、さきほどの爆発で姿勢を崩した機体は、宇宙の闇の中で無様に回転し続けていた。
慣性だけが身体をシートに押し付ける。
通信が断続的に入る。
ノイズの向こうから、仲間の声がかすかに聞こえた。
「……エンス……ちゅ、う……い……退……しろ……!」
「こちら……オーエンス中尉……応答……してください……!」
「聞こえるなら返事を!」
喉が焼けるように痛む。
通信スイッチを押し込むが、返ってくるのは砂を噛むような雑音だけだった。
「……せい……しゃを……させろ……」
誰かの悲鳴のような声が混じり、途切れる。
その瞬間、視界の端で白い光が弾けた。
次の瞬間、装甲越しに破裂音のような衝撃が走り、コクピット全体が震えた。
胸が押し潰され、シートベルトが身体に食い込む。
口の中に鉄の味が広がり、噛みしめた歯の隙間から血が滲む。
視界は白と赤の断片に分かれ、計器の針が狂ったように跳ね回る。
モニターの一部がブラックアウトし、残った画面には乱れた星の光が流れていく。
外からは金属が擦れる甲高い音。
破片が装甲に当たる乾いた音。
焦げた配線の匂いがヘルメット越しに微かに入り込み、喉を刺した。
「……まだ……動いて……お願い……」
震える指で操縦桿を握り直すが、機体は応えない。
意識が薄れていく。
視界の端が暗く染まり、音が遠ざかる。
最後に映ったのは――
モニター越しに、炎を噴きながら崩れ落ちていくムサイの姿だった。
艦長の声も、仲間の声も、もう聞こえない。
「……いや……まだ……死ねない……」
その言葉を最後に、マリアの意識は闇に沈んだ。
◇ ◇ ◇
その日、ムサイ級軽巡洋艦「ファルメル」は、地球連邦軍のゲリラ部隊掃討任務の最中に救難信号を受信した。
発信源に向かうと、一機のザクが宇宙を漂っていた。
「あのMSで間違いないのか?」
「はい。識別信号は該当機のものです。ただ、この損傷ではパイロットの生存は望み薄かと」
「そうか……だが、せめて遺品くらいは回収してやらねばな」
赤い軍服と白い仮面の青年――シャア・アズナブル少佐は、冷徹な声で副官ドレンに命じた。
「少佐!先ほど出た者達から通信が。コクピット内のパイロット、生存を確認したとのことです!」
「わかった。そのまま帰還させろ」
「はっ!」
しばらくして報告を受けたシャアは、わずかに眉を上げた。
「本当に本人なのだな?」
「はっ、間違いございません」
「……そうか。下がれ」
部下が去ると、ドレンが低く呟いた。
「……オーエンス家の紋章の付いたMSとは。これは面倒なことになりますな」
「由緒ある家柄だ。表向きは中立を唱えていたが……」
「ザビ家が台頭してからは、支援に回ったと聞きますな」
「表向きは、だ。裏で何をしていたかは、誰にも分からん」
「となると、今回の件は政治的に利用されかねませんな」
シャアはふっと笑った。
その笑みには、状況を楽しむような冷たい計算が滲んでいた。
「だからこそ慎重に扱う必要がある」
「それで、彼女の処遇は?」
「……しばらくはこの艦で預かる。その後、ドズル閣下へ報告し、指示を仰ぐ」
「了解しました」
◇ ◇ ◇
深い闇の中に、光の粒がふわりと浮かぶ。
それは次第に形を持ち、断片的な映像となって流れ込んでくる。
――教室。午後の光。誰かの笑い声。
――家族の食卓。湯気の立つ味噌汁。
――街の雑踏。信号機の赤と青。
どれも懐かしいのに、どれも遠い。
触れようとすると霧のように消えていく。
そして、闇の奥から声が響いた。
「まだやり残したことがある」
「守れなかった」
「次こそは」
それは自分の声にも、誰かの声にも聞こえた。
胸の奥を締めつける痛みだけが鮮明に残る。
光が弾け、世界が反転した。
◇ ◇ ◇
白い天井。
消毒液の匂い。規則的な電子音。
医務室だと理解するまで数秒かかった。
身体を動かすと、全身に鈍い痛みが走る。
喉が乾き、息を吸うだけで胸が軋む。
「……ここは……」
かすれた声に、看護兵が気づいて駆け寄った。
「意識が戻りました!すぐに少佐へお知らせします!」
その声を聞きながら、夢の内容が蘇る。
あれは――自分ではない誰かの記憶。
けれど確かに“自分”でもあった。
そして理解した。
ここはアニメや漫画で見た世界。
ジオンと連邦が戦う、あの宇宙世紀。
これから起こることも知っている。
ホワイトベース、ジャブロー、ソロモン、ア・バオア・クー……
そして、無数の死。
自分は主人公でも主要人物でもない。
ただのモブ。
戦場にいれば、いつ死んでもおかしくない。
――だったら。
あのムサイの炎のように、何も残さず死ぬのは嫌だ。
原作に関わらず、安全な後方へ回されて終戦を迎える。
軍を辞めて、静かな場所で暮らす。
それが最善だ。
そう決意した瞬間――
医務室のドアが静かに開いた。
赤い軍服。
白い仮面。
その姿を見た瞬間、胸の奥が冷たくなる。
――ありえない。
彼は本来、私の人生に関わるはずのない人間だ。
それなのに――
画面の向こうでしか見たことのない人物が、
現実の重みを持ってそこにいた。