ガンダムU.C. Altered Line 作:シャノワール
ガウのブリッジに、緊迫した報告が次々と飛び込んでくる。
都市部を包囲するジオン軍は、じわりと包囲網を狭めつつあった。
「依然、木馬は健在。
……南下を開始しました!」
オペレーターの声に、ガルマは軽く頷く。
その表情には、まだ余裕があった。
「南下か……予定通りだな。
このまま進めば、目標地点に誘導できる」
ガルマは自信を滲ませながら、隣に立つシャアへ振り返る。
「なるほど、そこへ全火力を集中させて。
一気に叩くという事か」
シャアは腕を組んだまま、わずかに目を細めた。
「既にマゼラ・ドップと、現地に残存していたザクを配置している。
……過剰戦力と言えるほどにな」
ガルマは満足げに頷く。
「木馬と白いMSを確実に仕留めるには、それくらいで丁度いい」
シャアは少しだけ間を置き、静かに言葉を続けた。
「確かに。
過剰でなければ倒せない相手、ということだな」
その声音は穏やかだが、
どこか底の見えない冷たさがあった。
ガルマが包囲網の調整を指示している最中――
シャアが静かに一歩前へ出る。
「ガルマ、私も出る。
ザク隊の指揮を前線で取った方が、木馬の動きを抑えやすい」
ガルマは迷わず頷いた。
その瞳には、揺るぎない信頼が宿っている。
「頼む、シャア。
君が出てくれれば心強い」
「ああ……。
君の勝利を確実なものにするためにな」
ガルマの信頼の言葉を背に受けながら、
シャアはブリッジを静かに後にした。
通路に出た瞬間、
彼の表情から“親友の前での柔らかさ”がすっと消える。
(さて……
どの一手が“最も効率的”か、見極めるとしよう)
その思考は冷たく、研ぎ澄まされていた。
ガウの内部通路を進むたび、
兵士たちが次々と敬礼する。
「シャア少佐、出撃されるのですか!」
「私が部隊の指揮を執る。
勝利を確実なものにするためにな」
シャアは淡々と返す。
だが、その声音にはどこか“距離”があった。
(勝利……か。
誰の勝利かは、まだ決まっていない)
格納庫の扉が開くと、
赤いザクが静かに佇んでいた。
その姿は、
まるでシャアの到来を待ち構えていたかのようだ。
整備兵が駆け寄る。
「整備の方はどうなっている?」
「少佐、機体は万全です!
スラスター調整も完了しています!」
「ご苦労。
後は私がやる」
シャアはコクピットへ滑り込み、
シートに身体を沈める。
ハッチが閉じる音が響き、
外界の喧騒が一気に遠のいた。
モニターが次々と起動し、
赤い光がシャアの顔を照らす。
(ガルマ……
君は“勝てる”と思っている。
だが、戦場は常に裏切るものだ)
シャアはスイッチを押し込み、
ザクのモノアイがゆっくりと光を帯びる。
赤い光が格納庫の壁面を照らし、
整備兵たちが思わず息を呑んだ。
「シャア・アズナブル。
ザク、出るぞ」
低く、しかしよく通る声が格納庫に響く。
直後――
リフトが振動し、赤いザクがゆっくりと上昇する。
格納庫の扉が左右に開き、
夜の空気が一気に流れ込んだ。
スラスターが唸りを上げ、
赤い機体が前傾姿勢を取る。
次の瞬間、
ザクは閃光のように飛び出した。
ビルの谷間へ向けて一直線に加速し、
その背に残る光跡が、
まるで戦場に赤い軌跡を刻むかのようだった。
(……ガルマ。
君がどう動くか、それを見極めるのが私の役目だ)
シャアの内心は静かで、冷たかった。
赤い彗星は、
ガルマの“勝利”と“破滅”の境界線へ向けて飛び立った。
◇ ◇ ◇
戦場となっている位置から少し離れた高台で、
マリアは望遠機器を構え、戦況を静かに観察していた。
「少佐が出撃したようですね」
「指揮なさるのでしょうか?」
部下の問いに、マリアは短く答える。
「……しますね。
少佐が前に出るということは、そういうことです」
だが、その声にはわずかな迷いが混じっていた。
(シャア少佐が出撃……
策を仕掛けるためなのか、それとも“出ざるを得なくなった”のか)
どちらもあり得る。
だが、どちらも“危険”だ。
マリアは視線を望遠機器に戻しながら、
胸の奥で静かに息を吐いた。
(情報が少なすぎる……
それに、原作の流れとはもう違っている)
本来なら、シャアはもっと後で動くはずだった。
だが――
自分というイレギュラーが介入したことで、
戦場の歯車が別の方向へ回り始めている。
今は、ガルマが包囲し、
シャアが前線に出るという“本来とは異なる構図”が生まれていた。
(この状況……
次に何が起きるのか、読めない)
未来を知るはずの自分が、
未来を見失い始めている。
その事実が、
マリアの胸に小さな焦燥を生んでいた。
その時――
背後から部下の声がかかった。
「中尉。迎えが来たようです」
マリアは思考の深みから静かに浮上し、
短く「分かりました」と返す。
望遠機器を畳み、
視線を戦場からそっと外す。
(……戻らなければ。
ガルマ様の元へ)
マリアは荷台へ向かいながら、
胸の奥に残る不安を押し込めるように小さく息を吐いた。
司令部へ戻れば、
次に動くのはガルマだ。
そして――
その判断が、
この戦場の未来を決める。
◇ ◇ ◇
司令部に戻ったガルマは、
マリアを快く迎え入れた。
だが、その顔には明らかな焦りが混じっていた。
「戻ったか、マリア。
……状況が少し厄介だ」
ガルマはすぐに次の指示を飛ばしながら、
シャアとの通信を開こうとする。
「シャア、応答しろ。
前線の状況を報告しろ!」
しかし――
返ってくるのは雑音だけだった。
「……通信が乱れています!
ミノフスキー粒子の濃度が急上昇!」
オペレーターの声に、ガルマの眉が跳ね上がる。
「何だと?
散布量を増やす指示は出していないぞ!」
「ザク隊からの連絡も……ほとんど入りません!
連携が取れないのは、この影響かと!」
ガルマは歯噛みする。
(ミノフスキー粒子の濃度が異常……
誰が散布した? なぜ今なんだ?)
マリアが静かに口を開く。
「……木馬側が、あえて散布した可能性もあります」
ガルマは驚いたように振り返る。
「連絡網を断つために、か……?」
マリアは頷く。
「はい。
こちらの連携を乱し、突破するために」
ガルマは拳を握りしめた。
(くそ……!
罠に誘い込むはずが、逆にこちらが混乱させられている)
オペレーターが叫ぶ。
「南部の包囲、突破されつつあります!」
ガルマの喉が鳴る。
「……追撃するか……?
いや、しかし連絡網が死んでいる状態で動けば……」
ガルマは地図を睨みつけ、
判断を下せずに立ち尽くす。
(どうする……
追撃すべきか、立て直すべきか
どちらを選んでも、危険がある)
その横で、マリアは静かにガルマを見つめていた。
◇ ◇ ◇
市街地の外れ。
瓦礫の影に身を潜めた赤いザクは、
まるで息を潜める獣のように静止していた。
シャアはモニター越しに戦況を眺めながら、
動こうとしない。
(……さて。
ガルマは追撃に出るか?)
木馬は南部を突破しつつある。
本来なら、ガルマはすぐに追撃を命じるはずだ。
だが――
(……いや。
ガルマは追撃しないだろうな)
シャアの脳裏に、ひとりの女の姿が浮かぶ。
(マリア……
彼女がいる限り、ガルマは軽率に動かない)
焦りを抑え、判断を冷静にさせる存在。
それはシャアにとって“計画を乱す可能性のある要素”でもあった。
(ガルマを止めるだろう。
あの女は……そういう判断をする)
つまり――
ガルマは動かない。
(ならば、追撃させる必要はない)
シャアが無理に誘導する理由もない。
(木馬の戦力は驚異的だ。
正面からやり合うのは得策ではない)
何度も交戦してきたシャアには、
木馬の“異常な強さ”がよく分かっていた。
(であれば……
攻撃している“振り”くらいはしておくべきだな)
働いているように見せる。
評価を落とさない。
成功すれば儲けもの。
失敗しても「敵が強すぎた」で済む。
シャアはゆっくりとスラスターを点火し、
瓦礫の影から赤いザクを滑り出させた。
赤いザクは瓦礫の影から滑り出し、
低空を保ちながら木馬の側面へと接近していく。
(さて……
働いているように見せる程度でいい)
シャアはスラスターを微調整し、
木馬の死角へ入り込む。
「……ここだ」
ザクのマシンガンが火を噴き、
木馬の外装に火花が散る。
直撃ではない。
だが、外板を削り、センサーの一部を焼くには十分だった。
(ふむ。
これで“戦闘に参加した”と言えるだろう)
シャアは深追いせず、
すぐに建物の影へと退避する。
(木馬の反応を見る……
それで十分だ)
◇ ◇ ◇
アムロはコクピットの中で歯を食いしばった。
「またシャアか……!」
ガンダムのモニターに、
一瞬だけ赤い残光が映る。
(……動きが速い。
でも、深追いしてこない?)
アムロは違和感を覚える。
シャアなら、
“本気で仕留めに来る”はずだ。
だが今回は――
当ててすぐに離脱した。
(……様子を見てる?
何を考えてるんだ、あの人は)
アムロは追撃しようとするが、
ブライトの声が飛ぶ。
≪アムロ、深追いするな!
木馬の守りを優先しろ!≫
「……了解!」
アムロは悔しさを押し殺し、
ガンダムを木馬の護衛位置へ戻した。
(シャア……
あなたは何を狙っているんだ?)
◇ ◇ ◇
司令部では、
ガルマが木馬の損傷報告を受けていた。
「木馬、右舷に被弾!
損傷は軽微ですが、速度が一時的に低下!」
オペレーターの声に、
ガルマは一瞬だけ迷いを見せる。
(……今なら追撃できるか?)
だが、すぐに別の報告が重なる。
「ザク隊、依然として連携不良!
ミノフスキー粒子の濃度が高く、通信が安定しません!」
「南部の包囲は……まだ再構築できていません!」
ガルマは拳を握りしめた。
(この状態で追撃すれば……
部隊がバラバラにされる)
マリアが静かに言葉を添える。
「……今は、追撃すべきではありません。
部隊を立て直してから方が良いと思います」
ガルマは深く息を吐いた。
「……そうだな。
追撃は――しない」
その声には、
若い指揮官としての葛藤と、
マリアの助言を受け入れた静かな決意が混じっていた。
◇ ◇ ◇
赤いザクは建物の影へ戻り、
シャアはモニター越しに木馬の動きを追っていた。
(……ふむ。
速度が落ちたが、すぐに持ち直したか)
木馬は損傷こそ負ったものの、
航行に致命的な影響はない。
(これ以上は深入りする必要はないな)
シャアはザクの姿勢を低く保ち、
木馬の進路を静かに見送った。
(ガルマが追撃しないなら……
包囲網はここで終わりだ)
その判断に、
シャアは何の感慨も抱かなかった。
◇ ◇ ◇
「木馬、南部突破!
敵の追撃は……ありません!」
オペレーターの声がブリッジに響く。
「そうか…。
よし、このままの速度を維持しつつ警戒は怠るな。
アムロたちに戻るように伝えろ」
ブライドはそう指示するとふぅと息をつくがすぐに気を引き締める。
アムロはガンダムのコクピットで息を整えながら、
背後の市街地を振り返った。
(……シャアは追ってこない。
あれだけの腕があるのに、なぜだ)
木馬は速度を上げ、包囲網を抜ける事に成功する。
≪アムロ。
ホワイトベースに戻って≫
セイラの声に、アムロは短く答えた。
「了解……!」
ホワイトベースは煙を引きながらも、
確実に包囲網を抜けていく。
(…助かったのか?
いや、まだだ。
終わったわけじゃない)
アムロの胸には、ジオンの猛攻を振り切った安堵と。
シャアが追撃しなかった事の不安を残っていた。
◇ ◇ ◇
「木馬、完全に包囲網を突破……!
敵影、なおも後退中」
オペレーターの報告に、
ガルマは静かに目を閉じた。
(……逃したか)
悔しさはある。
だが、無理に追えば部隊が壊滅していた。
マリアが横で静かに言葉を添える。
「ガルマ様。
今は部隊を立て直すことが考えるべきです」
ガルマは小さく頷いた。
「……ああ。
包囲網戦はここまでだ」
その声には、
若い指揮官としての苦渋と、
正しい判断をしたという自負が混じっていた。
(木馬を墜とすチャンスを逃してしまったが。
これ以上の損害を出すわけにもいかない)
ガルマはそう自分に言い聞かせると次の指示をすべく思考を切り替えた。
「すぐに被害状況を確認しろ!
木馬の航路も割り出せ」
ガルマの指示にオペレーターは短く返すとすぐに動き出した。