ガンダムU.C. Altered Line 作:シャノワール
ロサンゼルス市の官邸。
ジオンが占領した北米西部の中心都市で、前市長が主催する社交パーティ。
鳴り響くクラシックの調べと、シャンデリアの豪奢な光は、
ここが戦場であることを一瞬だけ忘れさせる。
ガルマは主賓として招かれ、
シャアとマリアも信頼できる部下として同行していた。
会場は華やかで、北米の有力者たちが集まっている。
ガルマは次々と声をかけられ、笑顔で応じていた。
ふと、視線の端にシャアとマリアの姿が入る。
ガルマは客に軽く言葉を残し、歩き始めた。
「……失礼、また後ほど」
人々の間をすり抜けるガルマ。
その間も、女性たちの熱を帯びた視線が彼に注がれる。
「やれやれ、こういう場は好かないな」
ガルマは苦笑しながら二人のテーブルに近づいた。
シャアが軽く肩をすくめる。
「しかし、地球での活動には必要なのだろう?」
ガルマは少し疲れた表情で頷く。
「彼らとの繋ぎは、この地域での支配を安定させるために欠かせない。
だが、こういう場はどうにも性に合わん」
シャアはワイングラスを軽く揺らしながら、
ガルマの言葉を静かに観察する。
ガルマは続けた。
「それに……だ。
奴らは表向きこそ愛想よく振る舞っているが、裏では我々を歓迎してはいない。
自分たちを守るために占領軍に媚びているだけだ。
連邦が優勢になれば、真っ先に手のひらを返すだろうさ」
難しい表情を見せるガルマ。
この地域の統治の難しさを、本気で苦慮していることが分かる。
マリアはその横顔を見つめながら、
“原作では見られなかったガルマの姿”に胸の奥がざわついた。
「……今はまだ良い。
だが、木馬がジャブローに辿り着けば情勢は一気に連邦側へ傾く。
そうなれば、彼らは我々を見捨てるでしょう」
「ルートを予測して偵察部隊を出していますが、まだ発見には至っていません」
マリアが報告すると、ガルマは短く「そうか」と返し、
再びシャアへ視線を向けた。
シャアは一人の男性を見て尋ねる。
「ガルマ、あの紳士は誰だ?」
ガルマとマリアもそちらを見る。
有力者たちに囲まれ、談笑している男がいた。
「ロサンゼルスの市長、エッシェンバッハだ。
北米で抵抗が続く中、早い段階で交渉に応じた人物だ」
「随分と慎重そうな顔だな」
シャアがワインを口にしたその時、
司会者が声を張り上げた。
「イセリナ・エッシェンバッハ様のご入場です!」
階段から一人の女性が降りてくる。
「ほう……」
シャアは感心したように呟いた。
ガルマは手に持っていたグラスをテーブルに置き、
軍服の裾を整えると二人に言った。
「……ちょっと失礼」
そしてイセリナの方へ歩いていった。
「……行ったな」
シャアがぽつりと漏らす。
仮面の奥の視線は、
人混みをかき分けてイセリナへ向かうガルマの熱を帯びた笑顔を捉えていた。
「ええ。
ガルマ様のあんな嬉しそうな顔、滅多に見られません。
本当にイセリナ様を愛していらっしゃるのですね」
マリアは自分のことのようにグラスを揺らしながら応じた。
ガルマとイセリナの逢瀬を遠巻きに眺める二人の佇まいは、
周囲から見れば奇妙に冷徹で、同時にどこか絵になる二人組だった。
「お坊ちゃまの特権さ。
戦時下だというのに、恋に現を抜かす余裕がある」
シャアは皮肉めいた言葉で返す。
その様子に、マリアは悪戯心を抑えられず、
少し踏み込んだ質問を投げかけた。
「冷たい言い方ですね、少佐。
ご自身は、あのように熱烈に言い寄られたり、
どなたかを想ったりすることはないのですか?」
「少佐なら、その気になればいくらでも女性が寄ってくるでしょうに」
シャアはふっと鼻で笑い、
ワイングラスに視線を落とした。
「……興味がないな。
そういった手合いの相手をするのは、戦場でモビルスーツを駆るより疲れる」
「まあ、お疲れですか?」
「他人の感情を繋ぎ止めるという行為は、
私にはいささか荷が重すぎるということさ」
いかにも彼らしい、達観したような、
それでいてどこか突き放したセリフ。
マリアは静かにグラスを置き、
真剣な眼差しでシャアを見つめた。
「……なるほど。
あの“噂”は本当だったのですね」
「ん?」
シャアが怪訝そうに眉をひそめる。
「若い少女しか愛せないのだと」
「――ッ!! ゴホッ、ゲホッ……!」
シャアは盛大に咳き込み、
高級ワインを危うく軍服にこぼしかけた。
「……な、何を言うかと思えば……!」
仮面の奥の視線が、信じられないものを見るようにマリアを睨む。
「どこで……いや、誰がそんなくだらない流言を流している」
マリアは、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「若い子を連れて歩いているからですよ。
“あの少女はシャア少佐の愛人だ”なんて、士官の間では噂になっているようです」
シャアは深く息を吐き、
珍しく必死さを滲ませて弁明した。
「……あの子は、軍に復帰する前に地球で保護しただけだ。
行き場のない少女だった。
私がどうこうという話ではない」
マリアは静かにグラスを揺らし、
澄ました顔で微笑む。
彼女の様子に、シャアは完全に一本取られたと悟り、
思わずため息をつきながら言葉を続けた。
「君は……戦場より質の悪い冗談を好むらしいな」
まだ赤みの残る口元を拭いながら、
本当に困ったような苦笑を浮かべる。
(……まったく、油断ならない女だ)
シャアは心の中でそう呟き、
グラスのワインを静かに揺らした。
◇ ◇ ◇
パーティは終盤に差し掛かり、
会場の熱気はゆるやかに落ち着き始めていた。
その時、
会場の入口付近でひときわ強い存在感を放つ男が現れた。
ロサンゼルス市長――
エッシェンバッハである。
彼は周囲を見渡し、
娘の姿を探しているのが一目で分かった。
「……イセリナはどこだ?」
近くの使用人が慌てて答える。
「お嬢様は……その、ガルマ様とご一緒に……」
エッシェンバッハの眉がわずかに動いた。
「そうか……」
怒りではない。
だが、父としての心配と政治家としての慎重さが混ざった声だった。
少し離れた場所でその様子を見ていたマリアは、
静かにグラスを置いた。
「……来ましたね」
シャアが横目でエッシェンバッハを見やる。
「娘を探しに来たか。
父親としては当然だろう」
「ええ。でも――」
マリアは小さく息を吐く。
「ガルマ様とイセリナ様の関係は、
この地域の政治に影響します。
エッシェンバッハ市長は、
“娘がザビ家の人間に近づくこと”を
どう受け止めるでしょうね」
シャアは仮面の奥で目を細めた。
「……市長は複雑だろう。
ジオンを憎んでいるが、市民を守るためには協力せざるを得ない。
娘がザビ家の御曹司と親しくすることに、
政治家としては利を見出すかもしれん。
だが――父親としては、受け入れ難いはずだ」
マリアはその分析に静かに頷いた。
「……確かに。
どちらの心も、理解できます」
シャアはワインを揺らしながら続ける。
「人は皆、何かに縛られる。
市長は政治に。
娘は恋に。
そして君は――未来に、か」
マリアは返す言葉を失い、
ただ静かに視線を落とした。
その時、バルコニーの方から二つの影が戻ってきた。
ガルマとイセリナだ。
エッシェンバッハの視線が娘へ向けられる。
「イセリナ……心配したぞ」
イセリナは少し肩をすくめながら答える。
「お父様……申し訳ありません」
エッシェンバッハは娘の無事を確認すると、
ゆっくりとガルマへ視線を移した。
「ガルマ様。
娘とお話しくださったことには感謝します。
ただ……あまり長く席を外していたので、少々気になりましてな」
柔らかい言葉だが、
その奥には政治家としての慎重さが確かにあった。
ガルマは落ち着いた声で応じる。
「ご心配をおかけしました、市長。
イセリナ様とは、ただ少しお話をしていただけです」
シャアはそのやり取りを見ながら、
仮面の奥で目を細めた。
(……父親としての心配と、政治家としての警戒か)
マリアは胸の奥に小さな不安を覚えた。
(ガルマ様が生きていることで、
イセリナ様の未来も変わる……
この世界線は、もう原作とは違う)
パーティは終わりを迎え、
会場の灯りがゆっくりと落ちていく。
その夜、
三人の未来はまた少し、
原作から逸れていった。
内容としては原作アニメの第十話の社交パーティの部分のシーンです。
それと珍しく動揺するシャア少佐を入れて見ました。