ガンダムU.C. Altered Line 作:シャノワール
官邸の一室で、マリアは早くから書類に目を通していた。
キャリフォルニアベースの補給状況、偵察部隊の報告、占領地での治安維持――。
一週間の滞在に備えた引き継ぎ資料を整理しながらも、彼女の意識は別の一点に引き寄せられていた。
(……木馬は、まだ見つからない)
偵察部隊からの報告は芳しくない。
ホワイトベースは入り組んだ谷間を巧みに利用しており、谷間に隠れられると航空偵察にも限界があった。
ふぅ、とマリアは一息つく。
その時、コンコンと扉を叩く音がした。
すぐに扉の向こうからシャアの声が聞こえてくる。
「マリア中尉、入るぞ」
そう言うと、相変わらず赤い軍服の裾が揺れ、仮面の奥の視線がまっすぐマリアを捉える。
「少佐が朝から顔を出すなんて珍しいですね」
マリアは軽く首を傾げた。
シャアが自ら朝のうちに顔を出すのは滅多にない。
その珍しさに、自然と視線が彼へ向く。
シャアはその反応を見て、仮面の奥でわずかに目を細めた。
「少し気になる事があってな。ガルマの様子を見ておきたかった」
その言葉にマリアはすぐに答える。
「ガルマ様は今、司令室で書類と格闘していますね。
それから午後は補給施設の視察に出る予定です」
シャアは「そうか」と短く返す。
するとマリアは思い出したように続けた。
「事務作業の多さに『書類の山にうずもれて死ぬのはごめんだ』と愚痴っていましたね」
そう言って、マリアは思わず苦笑した。
シャアは鼻で小さく笑い、静かに言う。
「ガルマも、慣れない仕事に苦戦しているようだな。
それならまだ心配はいらん」
そう言って肩をすくめる。
シャアの言葉はもっともだ。
だが、マリアは胸の奥に小さなざらつきを覚えた。
(……本当にそうだろうか?)
「と、言いますと?」
「あれでいて責任感だけは人一倍強い。
その程度で根を上げる奴じゃないさ」
あっさりと言い切るシャアに、マリアも確かに、と頷いた。
シャアはそこで話題を切り替えるように腕を組んだ。
「それよりも、木馬の追跡はどうなっている?」
木馬の話題になると、
マリアは小さく息を吐いて答えた。
「……芳しくありません。
木馬は地形を巧みに利用しています。
予測ルートを中心に索敵を続けていますが、未だ発見には至っていません」
その言葉にシャアは少し考え込み、やがてマリアへ顔を向けた。
「既に勢力圏を抜けているという可能性は?」
「可能性は低いかと。
補給状況と移動速度から考えても、まだ勢力圏内にいると推測されます。
ただし、谷間を利用されると航空偵察の網に穴が生じます。
そのため“確実”とは言い切れません」
シャアは答えを聞くと、
黙ったまま窓の外へ視線を向けた。
「……そうか」
短くそう呟くと、シャアは腕を組み直した。
(木馬も、こちらの予想通りには動かんか)
最近は妙に計算が狂う。
その事実だけが妙に引っかかっていた。
しばしの沈黙の後、シャアが口を開く。
「繋ぎの部隊はいつ到着する?」
唐突な問いに、マリアは一瞬だけ瞬きをした。
「予定通りなら明日です」
「明日か……」
短い言葉だったが、その裏では何かを計算しているようだった。
「到着後、君は本国へ向かうのだったな?」
「はい」
シャアの言葉にマリアは頷く。
「引き継ぎを終え次第、出発します。
本国で叙任補職式を受けた後、戻る予定です」
「一週間ほどか」
「その予定です」
再び沈黙が落ち、
シャアは窓の外へ視線を向けたまま呟いた。
「君がいない間に、状況が動かなければよいがな」
その一言に、マリアの表情がわずかに強張る。
木馬は見つかっていない。
ガルマは占領地の統治に追われている。
そして自分は、まもなくこの地を離れる。
不安の正体を言葉にできないまま、マリアは静かに拳を握った。
「……そうですね」
シャアは返事をしなかった。
ただ仮面の奥の瞳だけが、何かを見定めるように細められていた。
「そういえば、君の後任は誰が来る?」
シャアの問いに、マリアは手元の資料へ視線を落とす。
「ドズル中将直属の部隊です。
指揮官はランバ・ラル大尉」
その名を聞いた瞬間、シャアの視線がわずかに動いた。
「……蒼き巨星か」
独り言のような声だった。
「ご存じなのですか?」
「ああ。
昔、一時期あの人の指揮下にいたことがある」
マリアは目を瞬かせた。
「そうだったのですか」
シャアは僅かに昔を思い出すように言った。
「実戦を教わった軍人の一人だ。
古い気質の軍人だが、腕は確かだ」
そこで一度言葉を区切る。
「確かに繋ぎとしてはこれ以上ない人選だろう」
マリアも小さく頷いた。
「ガルマ様の護衛と部隊運営を任せるなら適任だと思います」
「ドズル中将らしいな」
その一言には、感心とも警戒とも取れる響きが混じっていた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ロサンゼルス基地は珍しく静かだった。
警備灯が滑走路を照らし、整備兵たちが明日の受け入れ準備に追われている。
マリアは執務室の窓から夜の基地を見下ろしていた。
(明日には到着する……)
ランバ・ラル隊。
原作では北米戦線に現れることのなかった男。
ガルマが戦死した後、敵討ちとして木馬を追跡し壮絶な最期を遂げる。
アムロの心に深く刻み、成長させるきっかけになった。
ガルマ様は生き、ランバ・ラル大尉がもうすぐ到着する。
未来は確実に変わっている、それだけは間違いなかった。
だが、その変化が良い方向へ向かっているのかまでは分からない。
自分の知らない未来へ向かって、世界は少しずつ動き始めている。
そう感じながらマリアは視線を夜空の方へ向けた。
コンコンと扉がノックされる。
「入りなさい」
マリアの短い返事と共に通信兵が入室する。
「失礼します。
ラル隊より入電です」
マリアの表情が僅かに引き締まる。
「予定通り、明朝到着とのことです」
「……了解しました」
マリアが頷くと、通信兵は続けた。
「それからもう一件」
「何かしら?」
「ラル隊より報告です。
連邦軍の輸送機らしき機影と接触したとのことです」
マリアは僅かに眉をひそめた。
「輸送機?」
「詳細は不明とのことですが。
ただし、ラル隊は合流予定を変更せず、
進路上で可能な限り追跡を続けると」
「その輸送機は、こちら方へ向かっているのですか?」
「可能性が高いとのことです」
マリアは腕を組んで少し考えこむ。
ジオンの勢力下にある地域に、なぜ連邦の輸送機が飛んでいるのか?
何か重要なモノを何処かに運んでいるのか?
情報が少なすぎて判断はできない。
胸の奥に小さな違和感が残った。
「分かりました。
ラル大尉には追跡を継続しつつ、
予定通り入港するよう伝えてください」
「はっ」
通信兵は敬礼すると退室した。
静寂が戻る。
マリアは窓の向こうの夜空を見上げた。
その輸送機が持つ意味を、
この時のマリアはまだ知らない。