テラを巡る旅(不本意) 作:イグノーブルガス
1096年 12月23日 チェルノボーグ 『石棺』
「
なんだか心地の良い暗黒の中でぼんやりとしていると、なにやらねちょりとしたものが2つほど貼られた。
具体的には、胸と脇腹に。
「――クリア!」
おお、なんか医療ドラマみたいなセリフが頭上から聞こえてくる。
とはいえ、僕はとてもとても疲れている。
だからどうかそのねちょねちょしたものを引っ剥がして、毛布をかけてほしいのだが――っ!?
その瞬間。身体の芯に焼けるような痛みが走り、段々と光が目の前に集まってくる。
「どうだ、どうなんだ!?」
「……心拍は回復、安定。自発呼吸も再開。さて――」
ぼんやりした視界の中で、肌色の何かが動いている。
それは何度か揺れたあと、僕の右と左の目を無理やり開かせて――ウウッ!
僕は耐えきれずに目を閉じようとしたが、肌色の何かは許してくれなかった。
指で無理やり瞼を広げられ、そこに猛烈な光が差し込んだ。猛烈な光はゆらゆらと前後左右に動かされ、止せばいいのに目はそれを追ってしまう。
「瞳孔は……両方とも良さそうだな」
これがどれくらい酷い仕打ちかというと、寝起きの瞬間に目の中に火の付いたマッチを放り込まれることを想像してほしい。だいたいそんな感じである。
目を閉じても瞼の裏が真昼のような状態になり、とても二度寝できそうもないので目を開く。
そのままぼーっと眺めていると、徐々に視界がクリアになっていき(宇宙の晴れ上がりってこんな感じだと思う)、段々肌色の何かの正体がわかってきた。
それは鳶色の目をした外国人男性である。しかし医者と言うには奇妙な服装だった。
その服装は黒一色で、何よりその腰には銃身の長い銃器が吊り下がっている。
あれはショットガン、だろうか?FPSで見たことがあるような……
「Doc、彼の容態は?」
「安定している。だが
「イポニーツ、聴こえるか。返事をしてくれ!」
イポニーツ?誰のことだろう。
軍人のような医者を半ば押しのけて現れたのは、灰色の髪の毛と、これまた黒っぽい服装の女性である。といっても、こちらの女性は頭から破片のようなものが突き刺さっている。
いや、破片にしては左右で均等が取れている。もしかして角か?
「いや、知っていたさ。お前の名乗っていた名前が偽名であることは最初からわかっていた。だが、やはり事情があったんだな」
何の話?
彼女の鋭い目がふにゃりと緩む。気まずいので目線を逸らすと、彼女はあろうことか寄りかかって来て、きつく抱きしめられる。眼の前では尻から生えた尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「
「俺達を見なよ。ちゃんと届いたぞ」
横から会話に加わった男性が構えている盾をずらし、指で肩についた長方形を指さす。そこには黒、赤、黄色の見知った国旗が印刷されていた。
「ドイツ連邦…!」
「Blitzだ。そこの衛生兵がDoc、あの帽子にFBIって書いてあるのが隊長のAsh。外にはあと5人ほどいるが……ここは歓迎パーティをやるには冷房が効きすぎてる。せっかくならもっといい部屋を取ったほうがいい。立てるか?」
結論から言うと、なんとか歩けた。
今は例の角と尻尾がついた女性に肩を借りながら無機質な廊下を歩いている。
部屋の外で、合流したメンバーは十数人。こちらの周囲を固めるものは白仮面をつけており、その表情は読み取れない。
そして、白仮面のうち幾人かはその手に自動小銃――いわゆるアサルトライフル――を構えており、その他クロスボウや斬新なデザインの照明器具(杖かもしれない?)を持っている人も多い。
前方では4人の軍人がハンドサインや目線で合図し、さっと角を確認しては流れる水のように廊下を進み続ける。
時折、最後尾にいる緑色に髪を染めた女性兵士が、壁や天井に手榴弾のようなものを投げつける。それは壁や天井にぶつかると、溶かした発泡スチロールのような何らかの化学薬剤で固定され、赤色のランプが点灯した。多分、触らないほうがいいやつだろう。
「…クター。ごめんなさい。また起こしてしまって…」
実は。横を見ると、同じように肩を借りているフードの人物がもう一人いる。そちらは黒を主体に青のストライブが入ったメンバーが固めている。あっちは仮面をつけていない。
その人物に肩を貸しているのは、周囲に比べて背丈が低い少女だ。
多分、年齢も低いんじゃないかな。
その頭部にはいわゆるケモミミ。これはロバ……いやウサギか?
ともかくウサ耳少女に支えられたフードを被った人物は僕よりひどい状態なのか、ひどく苦しそうに息を吐き、そんな人物をウサ耳少女は時折休ませ、なにやら呼びかけている。
「……インボーの方々は先行し…ますが、彼らに頼りすぎ……にも行きま…」
「ドク……PRTSです。指揮を――」
「…えていな……んだ」
そして今、何度目かの休憩で何やら狼狽し始めたうさぎ少女を、桃色の髪をしたこれまた角の生えた女性が抱きしめている。
その女性はふとこちらを振り返り、なにやら複雑な顔でこちらを見てきたが――
はて、何処かで会ったことがあっただろうか?
この人たちの誰一人として、面識がないのだが。
「この先だ。地下通路の先、使われなかった源石燃料庫をセーフハウスに改築してある」
「戻ればアリーナのシチューもあるぞ。もちろん、白パンもある」
どうだ、楽しみだろう?と肩を貸してくれている灰色の髪をした角と尻尾がある女性は言うのだが。
「アリーナとは、誰だ……?」
女性の脚が止まった。
慣性の法則に従って僕の身体は前のめりになり、「しまった」と呟く暇もなく、冷たく硬い床と頭がごつんと大きな音を立てる。
しばらくしてから痛みを感じ、目が閉じられるその瞬間。愕然とした灰色の瞳が僕を見つめていた。
202X年 日本 中層建築物の一室
『曽祖父から引き継いだ鉱物です。中央に菱形の模様があるのが特徴ですが、正体も貴重さもさっぱりわかりません。遺言状には、これを産出する地域の人に”あるもの”を届けてほしいと書かれているのですが……』
『黒曜石?』
『レジン製のアクセサリーではないでしょうか?自然の鉱物にこのような菱形模様が内部に析出することはないと思います』
投稿してから不定期にポコポコと通知音がなるが、ついたリプライの質はそれほど高くない。
「うーん……ネットの集合知といえど。バズらないとこの程度だよな」
ちらっと、外を見る。窓の外は相変わらず雪が降っている。6月の梅雨が大雪の時期になって数年立つが、寒さより空腹感のほうが辛い。
窓から視点を離し、パソコンに目線を戻す。
空腹を紛らわす最高の方法はなにか?
世界中の研究者はタウ・セチに宇宙船を送り出したあとに議論し、それは「引き篭もってネットサーフィンか、プレステをすることである」と突き止めた。
そういうわけで。
僕は全人類のカロリー消費を抑えるという重要な目標に貢献するためにも、SNSに話題を提供しなくてはならないのだ。飯テロ画像を貼る?ああ、本物のテロになるからやめたほうがいいね。
それはさておき。
曽祖父は、ひ孫が理系の道を志していると聞いて、最後の力で遺言書を残していた。
その結果がこれだ。
中国で拾ってきたらしい古銭*1と漢字だけで書かれたまるで読めない手帳の束*2
蛇腹のついた古いフィルムカメラと、戦前の仮装大会らしき集合写真の写ったネガ*3
この僅かにオレンジ色な菱形の鉱石と、それを常に入れておくように書かれた植物の入ったバケツ――なんとも処分に困るものが一箱の段ボールで送られてきたわけなのだが。
まあ、今すぐ解決しないと地球が滅ぶわけでもない。大学に進学できたら、鉱物を研究している教授の研究室をノックして、X線光電子分光分析にかけてもらえば正体もはっきりするだろう――と思っていたところ。新たな通知音がポコンと鳴った。
「ん?何だこの長文DM」
『私はレヴィ・クリチコ博士です。貴方がSNSにアップした鉱物に類似したものを研究しています。詳細な内容については論文が未発表のため話せませんが、世界的な発見となる予定です。研究室に持って来ていただければ、旅費と謝礼を用意させていただきます(翻訳済み)』
『ポストを拝見させていただきましたが、科学分野に興味がお有りのようですね。もちろん、お望みであれば研究所にもご案内しましょう【添付画像2件】(翻訳済み)』
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1096年 12月23日 チェルノボーグ 地下
思い出した!
目をクワッ、と開けると無機質な金属製の天井に薄暗い照明がついている。
やや身体が凝っているのは、寝ているところがペラペラのマットレスだからだろう。
大きさは幅が90㎝くらい、長さは180cmくらいか。
おお、僕は今メートル法で考えた。つまりアメリカ人である確率はぐぐっと減ったぞ。
そんなことより。
僕は黒髪黒目のアジア人種で、米が大好き。
うん、そういえばご飯には生卵を乗せた記憶もあるぞ。
まあ、日本人だろう。
「あら。起きたようね。やっと聞けるわ――あなたの名前は?」
今度は、眼の前にいらしたのは灰色の髪と、鹿みたいな角をもつ女性だった。
はて、角がある鹿なのに女性?矛盾している気がする。しかし胸は膨らんでいる。そして声の周波数は高めである。人間的目線で見ると、女性にしか見えない。
追求したくなる気持ちをこらえつつ、礼儀正しく返答しようと口を開けるが――はて、名前がわからないなんてことがあるのか?なるほど、あるんだな。こんな感じなのか。
賭けに出てみよう。
「や、山田太郎?」
脳内で『不正解』と叫ぶ声が聞こえる。
「どうして疑問形なんだ…」
その鹿の角をもつ女性の横から、再び例の角と尻尾がついた女性が顔を出し、呆れたように顔を覆った。
そして微妙な空気が流れる中。今度は桃色の髪を持つ長身の女性(例に漏れず角と尻尾がある。ただし、こちらは左右がやや不揃いで、尻尾も細い)がゆっくりと歩み寄り、頭上から見下ろしてくる。
「―ーそちらの方も
「そうかな…そうかも…」
しかし、その問いかけよりも、眼球が捉えたあるものに対し、思考のリソースが振り分けられていく。
桃色の髪をもつ女性の体表面からは、黒い結晶が析出している。
黒い結晶。
「そうだ!」と脳の奥底で深層意識が訴えかけてくる。
>君は種族の運命のために手段を選ばない人だ。