テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

10 / 20
第九話

1096年 12月23日 チェルノボーグ 

 

「悪いけど。核兵器の不拡散を守ることも仕事のうちなのよ」

「それと、民間人を連れて帰ることもね」

 

Ashは時をおかず、拒絶の返答をする。

それを受けて、両者の間にあった緊張がより高まっていく。

 

「そう、交渉決裂ね。――マンドラゴラ?」

『ちっ――アルモニ、あたしはあんたの部下じゃないのよ!』

 

突然、路上の石畳が集合し、博物館に飾ってある石像のようなモンスターが複数体立ち上がった。

羽と爪を持つその姿は、庭に飾っておけば防犯効果がありそうなほど恐ろしい。

それが動く?おお、もっと恐ろしい。そんな事を考えている場合ではないが、足は動かない。

 

そう。人間は、本当に逃げ出すべき場面で逆に固まることがある。

これは「動かないほうが捕食者に見えにくい」という、小動物時代の生活の知恵(本能という)を類人猿時代になってもコピペしてまだ使っているからだが――

 

「安心して、私がいるわ」

 

「んなっ!?こんなインチキ術師がいるなんて聞いてないわよ!」

 

後ろから状況に似つかわしくない、テレジアさんの優しげな声が聞こえた途端。石像が爆ぜた。

 

いや、砕かれたのだ。

彼女の手から離れた黒いバレーボールのようなものが円形の軌道を描き、次々と触れた石像を粉々の石粉に変えていく。

 

おお、見ている分には面白そうだ。ものを粉々にするのが嫌いな人はそうそういない。

 

人間は叩いて壊すのが好きだ。たぶん類人猿時代に、遺伝子に追記したのであろう。

硬いものが割れる音、抵抗が消える感触、破片が飛ぶ視覚情報。すべてが快感に変換される。その対象が自分の愛着のあるものでない限りは。(さあみんなも水飲み場の争いに勝利して、棍棒を乾いた頭蓋骨に叩きつけよう!)

 

ともあれ、壁や石像の破片を浴びた黒仮面の集団は悲鳴を上げて倒れ込み、無事なものは慌てて態勢を取り直し、クロスボウと小銃の照準が僕達を追尾しようとする。

 

『スタングレネードを使う、伏せるか耳と目を覆え!』

「こっちに来い、イポニーツ!」

 

カン、と音を立てて棒状のものが縦回転しながら部屋に入ってくる。それと同時に、タルラの白い手が僕に向かって伸びてきた。

ぼくの脳みそが背反する2つの感情――「恐怖」と「信頼」――を処理しようとして、手と足が少し止まる。

 

「――っ、すまない。アリーナ!彼を――」

 

その様子を見た彼女の手が引っ込められそうになった瞬間。僕の天秤は後者にがたりと傾いた。

ぼくの右手は、彼女の細いがしっかりした手首を掴み――次の瞬間。僕は猛烈な音と光に揺さぶられながら、彼女の手に従って隣の部屋に飛び込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1時間後。

 

目眩はだいぶ良くなってきた。

気がつくと、僕達はかなりの大集団になっている。

我らがレユニオンはスノーデビルやはぐれた隊員を。ロドスには道中で合流地点を確保していたAce隊とニアール隊という2つの部隊が加わっている。

 

黒仮面の連中と、目に紫色の炎を宿した集団が徘徊する中。

この大家族は比較的原型をとどめているコンクリート造りの集合住宅に身を寄せていた。

 

「――なにか妙だ」

 

ドクターが呟く。

 

「一つ確認させてほしい。その重機関銃とやらは弾薬を使い果たせば脅威になりえないのか?」

 

溶接工のような防弾ヘルメットを被ったロシア人はその質問に対し、三脚を立てた機関銃を上下左右に、どこか棍棒のように動かした。

「まあ、そうだな。鉄の塊にしかならない」

 

「それなら、ダブリン――彼女たちはその持ち主に小出しに攻撃を試みて弾薬を消費させるか、休息を奪い続ければいい」

「それなのに、なぜわざわざ頼みに来た?」

 

数秒後、アーミヤCEOが口を開く。

「ダブリンには時間がないということでしょうか?」

 

「ああ。そして片方しか頼みに来ていないということは、もう一方の勢力にとって時間は味方だということだ」

「つまり2つの勢力は手を組んでいるが、目的が一致してない――」

 

「んんっ」

緑髪の猫耳女性は肩をすくめるようなジェスチャーをした。

Ace、というサングラスをつけた、いかにも経験豊富そうなオペレーター(とても製薬会社の社員とは思えないが)は、手錠をかけられた彼女が喋れるよう、口に結んだ白い布を解いた。

 

「ええ、6割くらいはその通りよ」

「でもね。貴方達にとっても、時間は敵なのよ」

 

彼女は目線で上を示した。

 

なるほど。確かに遠雷のような音が、地表に出たときよりも近づいている。

 

そこには発達した積乱雲のような真っ黒で大きな雲があった。

テラでは時々、雨の代わりに石が降ってくるのだ。大きい雲からは大きな石が降ってくる。

 

「ドクター。あれは天災雲です。成長した源石が破裂して粉塵になり、それが上空で集まってまた源石になって、地表に降り注ぎます」

アーミヤCEOは、飛び上がったドローンの画面を覗き込んで解説し、次いで被災した都市や村落の画像をタブレットに表示した。ドクターは興味深そうにそれを眺めている。

 

「これは……酷いな。ありふれた現象なのか?」

「はい。そして天災から避難するために、移動都市は作られています」

 

「だが。チェルノボーグはこの中枢区画の石棺にエネルギーをかなり依存している」

と、タルラはアリーナの背嚢から都市の図面を取り出して説明した。

「残された区画は今頃、必死に分離作業と補助源石炉の起動をしているだろうが……大部分は間に合わないだろうな」

 

「では、あの置き去りの区画は被災が避けられないということか?」

「残念なことにな。天災の接近については私たちも把握していた。その回避運動中の隙をついて中枢区画を掌握し、チェルノボーグ全体が天災から十分離れたところで分離する手筈だったが――」

 

暗い気持ちになる。諸々の理由で移動能力を喪失し、天災から逃げられなくなって破棄された移動都市は、廃品回収や何やらで何度も訪れた。

だが廃品が豊富に残っているということは、住民が取るものも取らずに逃げ出さなければならなかったということを意味する。

 

あの大きな都市に残る何十万の人間が、これからまずすることは――感染から逃れようと、中層区画に殺到することだろう。

 

そこでも山程の悲劇が生まれる。が、その後にも救いはない。天災が過ぎ去った後、源石だらけの家や路地を見て、諦めて都市を去るか――あるいは行く宛がなく、地下空間で僅かな物資を奪い合うことになる。

 

「だが、かなりの痛手だぞ。都市の人間からすれば、レユニオンの暴動のせいで天災に遭ったと思ってもおかしくない」

「まぁ――我々(感染者)を嫌うものは、嬉々としてそう宣伝するだろうな」

 

 

 

 

 

「……いや、もしかすると。まだ間に合うかもしれない」

ドクターは頭上を見て、ポツリと呟いた。

 

「すまない。君たちのタブレットは借りられるか?」

「は、はい。どうぞ」

 

ドクターはロドスの隊員から複数のタブレットを借り、PRTSという機械にペアリングした。

はたしてどう接続しているかはわからないが、ロドスの本部にあるサーバーにアクセスし、複数の技術文献を並列して読んでいるようだ。

 

ドクターはスワイプやスクロールを繰り返す。目にも止まらぬ早さだ。ちゃんと読んでいるのか?

 

 

 

 

 

 

読んでいたらしい。

 

ドクターは突然立ち上がって黒板代わりの壁に向かい、チョーク替わりに暖炉の燃え残りの炭を手にとって見たことのある数式を書く。

あれは確か、天災の成長モデルに関わる数式だ。僕もレヴィ博士と一回、唸りながら解いたことがある。

お世辞にも美しいとは言えない公式で、一度解いたらあとはコンピュータにおまかせしたい形をしている。

 

ドクターは大胆にその一部を消し、そこに付随する項をいくつも追加した。

そして、手元の端末に数値を大量に叩き込んでいく。

 

「現在の環境下の変数を、この修正モデルに入力すると――PRTS、チェルノボーグの最大速度で直進し天災雲の外縁部を突破できる確率は?」

『本艦の演算リソースを最優先で割り当て、シミュレーションを実行します――結論。16.4%』

 

「直感と異なる」

 

「そうか、この項が足りない。航路上の源石クラスターが上昇気流に乗って、急激な分解と凝結を行えば、この区画の上空では2つの天災雲が入れ子構造になる。新しい天災雲が供給する熱量により新たな気流が生まれ、地表には間隙が生まれるはずだ――このモデルで、この航路はどうだ?」

『シミュレーションを実行します――結論。78.7%』

 

「ちょっと失礼」

 

僕は耐えきれずに、ドクターにどの論文のどこを見て導いたかについて、いくつか聞いてみる。(もちろん、僕の場合は文字通り「素人」質問だ)

ドクターはその全てに明瞭に説明し、むしろ元論文で僕やレヴィ博士が理解に手間取っていた項についてわかりやすい解釈までつけて返してくれた。

 

聞けば聞くほど、この人物の時間を無駄にしている気がしてくる。

今僕がしている行為を例えるなら?ノーベル賞受賞者に幼稚園児が質問しているようなものだ。

イベントとしては面白いが、2.3分で切り上げるべきものだろう。

僕はすぐに質問を取りやめて、とにかくドクターのことを信頼すべきだと力説した。

 

「――チャンスは有ると思います」

 

「なるほど。記憶はなくても、身体は覚えてるってことか」

Aceという隊長格のオペレーターはニヤリと笑い、言葉を続ける。

「ドクターが『無事に脱出できる』と確信しているなら、現地につくまでに99%にできるはずだ」

 

ドクターはただ、問題はまだある。と提起した。

「だが、かなり複雑な航路設定となる……ドローンの望遠映像と無線での指示では、数式と現実のズレを反映するのに手間取るだろう」

 

タルラはそれを聞き、図面の一点――都市の最も高い建造物を示す。

「それなら簡単だ。司令塔には、航路オペレーター用のより詳細な数値を齎す天災警報装置と、遮るものがない視界がある」

「だが、そこまでの道のりは、今となっては予測不可能だ。戦闘は避けられない」

「覚悟は良いか?」

 

ドクターは、黒いフードを傾けて頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー、盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど。私の話には続きがあるのよね」

 

水を差した割には余裕のある声が部屋に響く。

 

「もう一度、上を見て頂戴」

 

それは、いつの間にか上空にいた。

それは一見鯨の骨格のように見える。だが博物館の天井から吊り下がっているものとは比べ物にならないほど大きい。そして、筋肉も内蔵もないのに、まるで生きているかのように空を泳いでいるのだ。

 

ご丁寧にその腹部にはコンテナがいくつか吊り下がっているので、そのサイズはある程度推測できる。外洋を行き交うコンテナ船が空を飛んでいるようなものといえばわかるだろうか?

 

もちろんコンテナの中身は空ではないらしい。それは現在進行型で物資や兵員らしき物を地上に落としている。

 

「摂政王はああやって、ロンディニウムにいたはずのサルカズを大量につれてきているの」

「空間を飛び越える、空飛ぶ骨格の力を借りてね」

 

「それでチキュウ人の皆さん?今なら、核を手にする団体を2択から選べるわよ」

「突然空間から飛び出してくる、阻止できない運搬手段を持つ何考えてるかわからない魔族か――」

「ヴィクトリアの支配からの解放だけを願う、地を這う戦艦くらいしか運搬手段がない、それなりに文明的対話ができる組織」

 

「あなたなら、どちらを選ぶかしら?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

これが正しい選択だとは思いたくないが、人生にはどちらを選んでも損をするような分岐点がある。

 

わかりきった結論――そう、僕たちは黒仮面のテロリストに屈した。

 

もちろん、レインボーの人たちは仮に今回、彼女たち黒仮面の集団――ダブリンとやらが核を保有したとしても、機を見て(それが1時間後か、はたまた1年後かはわからないが)回収を試みるだろう。

 

僕は「ダブリン」の面々に囲まれながら、すごく長いエレベーターで最下層に降りていく。

説明が正しければ。この先には僕達を退けた、ものすごい炎を操る恐ろしい化け物のような人物が率いる部隊が、僕を出迎えてくれるらしい。

 

もうそういうのはお腹いっぱいなのだが。

同じ人外なら、尻尾を振るだけで稲穂が頭を垂れるみたいな神様の方に会いたいものだ。

 

だがエレベーターが目的の階に止まり、短いチャイムとともに扉が空いた瞬間。

彼女の描いたすべての陰謀は、練り直しが必要になったことだろう。

 

「……えっ?冗談でしょ!?」

 

僕達を出迎えたのは、がなり立てるサイレンと真っ赤な非常灯、そして舞い上がるキラキラとした粉塵。

その様子を見たアルモニという緑髪猫耳女性は慌てて鼻と口を抑え、黒髪の猫耳女性はボタンを連打してエレベーターの扉をもう一度閉めようとする。

 

ああ、なるほど。

 

僕は気にせず、閉まりかけたドアから降りた。

全員両手が塞がっていたら、拘束も何も無いのでね。

 

そして活性源石粉塵だらけの空間に、僕を取り戻しに来るほど勇敢な兵士はいないようだった。

あるいは、決意をする前にドアが閉まってしまったのかもしれないが。

 

ともあれ。

 

廊下の床には黒仮面の集団の遺体の上に折り重なるように、厳つい角を持った種族――専門用語でサルカズという――が何人も転がっている。

いつぞやと違い。昼の雪原ではなく、暗い廊下なので血やはみ出た内臓はくっきりとは見えない。それだけは救いだった。

 

 

僕は両脇の非常灯に沿って廊下を進む。

進むほどシューッと水蒸気のような音が徐々に大きくなり、霧が濃くなっていく。

最大になった地点で上を見ると、真っ赤に塗られた配管――おそらくは液化源石ガスのパイプだろう――に穴が空いていて、そこから液体が流れ出していた。

それは粘性のある液体で、床から立ち上る尋常ではない煙が、それに猛烈な気化性があることを示していた。

 

なんとなく話が読めてきた。

この配管に流れ弾が命中し、高濃度の源石ガスは狭い廊下をすぐに充満した。

そしてそれを吸い込んだ者は、感染の急性期症状――発熱か激痛――に苦しみ、そして倒れていったのだろう。

 

僕は別にこの液体を飲み込んだって害はない。害はないのだが、視界不良は困る。

彼女の立てた警告表示を無視して、銃弾で穴だらけにされれば死んでしまうので。

僕はできるだけ見落としがないよう、ゆっくりと前に進む。

 

「おっと」

 

つい足が止まった。

 

等間隔に並ぶ非常照明が、そこだけ妙に間隔が短い。しかも、それは揺らめいている。

近づくと、それは照明ではなくて火だっ――おっと訂正しよう。火のついた尻尾だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。