テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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幕間3

1096年 12月23日 チェルノボーグ最下層 実験室前 

 

姉さんは、この結果を予期していたのだろうか?

これも計画の一つなのだろうか――これほど多くのターラー人を失うことが?

 

「ダメだ。後ろに行くほどガスが濃い。後ろからきた魔族どもまでぶっ倒れて、崩壊が始まっていやがる」

「『雄弁者』、『放火魔』あとなんだっけか……とにかく、幹部の連中は一人も残ってなかった。後続は全滅だ」

 

「嘘だろ!?じゃあ俺達……ここで何もなせずに()()()になっちまうのか」

 

床でのたうち回っていた戦士は、絶望の声を上げる。

それを聞いた戦士は血に染まった衛生兵のポーチを廊下の冷たい床に置いた。そしてたくさんあるポケットを漁って、目的の小さな注射器を見けてニヤリと笑った。

 

彼は手に入れた鎮痛剤を複数個、足を撃たれた戦友の太ももに刺してゆっくりと注入していく。

 

「お前さん、これで銃は持てるだろ?『白衣』のクソ野郎が渡してくれたアーマライトをよ。これを構えて、魔族どもや感染者どもがここを通るのを止めるんだ。最後の瞬間までな」

 

「そうだな、ありがとよ。……クソッ、俺達が中型貨物船の船底で耐えた数カ月は何だったんだ」

 

まったく、そのとおりだよ、と応じた戦士も、脇腹が血で染まっている。

血や煤が目立たないダブリンのマントの上にまで赤く染み出していることから、あの戦士もそう長くはないな、とわかってしまう。

それでも立っているのは、年下の戦友に良いところを見せたいという、年長者の意地だろうか。

 

「【ゲームチェンジャー】の入手のための秘密作戦とやらで、数カ月あの暗くて狭い貨物槽に閉じ込められて、やっと甲板に出たら――これから潜入する都市の上にウルサス国旗がはためいてるのを見たときは、冗談じゃねえと思ったね」

 

「そのくせクソサルカズどもは――――」

「――もういいよ戦友。それより、お前どこから来たんだ?」

「ティペラリーだよ。あの来たこともない”ヴィクトリアスラング”作曲家野郎のせいで名前だけは有名な」

「そうなのか?まあ、確かにウルサスからは、遥か遠くだな」

「……でも俺、歌みたいに彼女はいないんだよ」

 

――出血のせいで、口はカラカラ。お陰で淀を垂らした姿は見せなかったし、仮面で目が隠れていて起きたこともわからない。だからきっと彼らは、『リーダー』が死んだと思っている。

でも、それでいいのかもしれない。聞こえてくるのは詩とは程遠いけれど、ターラーの言葉ではある。

部下だというのに一度も話したことのない、顔も知らぬターラー人。

彼の故郷の話を聞きながら眠りにつくというのも、それほど悪くはない。

 

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でも。ようやく楽になれると思ったときに。再びあの雷鳴のような音と、コンクリートの壁が砕ける音が響く。私は起きたことを悟られないよう、動こうとする身体を全力で押さえつけた。

 

「――ん、また撃ち始めたな」

「俺達の前は誰も通っていなかったはずだが……」

 

「さあね。サルカズが別のエレベーターでも見つけたんじゃねえの」

「なんだよ、結局無駄死にじゃないか」

 

「そう腐るなよ、戦友。あいつらを迂回させて、時間を消費させたんだ」

「……それよりお前、あの辺りは天災も少なくて、土が良いそうじゃないか。芋でも掘ってりゃ良かったのに」

 

「ふん、良い土の畑は、もうとっくにヴィクトリア人になっちまった名家の連中が独占してるんだよ」

「奴らは必死にロンディニウムの社交界でルーツを隠しながら住み続け、その生活費のために代官に無理難題を押し付ける」

「そして代官は言われた通りターラー人を駄獣のように乱暴に扱って、収穫後の倉庫から作物を一粒残らず持っていくのさ。それでも足りないときは、俺達の家や小屋の床板まで剥がして、冬の蓄えや来年の種籾まで手を付ける」

「ダブリンに入れば、そんな奴らをボン、ボン、ボン!って消し飛ばせると思ったのによ」

 

「この作戦に、初陣の奴はいない――多少は吹っ飛ばせたろ?」

「まあねっ――ゲホッ、ゲホッ」

血まみれの戦士は、相方の仮面を外してやり、水筒の蓋を開けて彼の口に注いだ。

 

「でも帰りてえ、帰りてえよ。あのクソ村の、村一番のシワシワの婆さんが作ったジャガイモのパンケーキは絶品なんだ。俺がダブリンに入るって婆さんにこっそり言ったら、砂糖を増やしてふわふわにしたやつを焼いてくれてよ――」

「おおいいな、どんな味なんだ?」

 

 

 

 

「――ゲホッ」

 

目を閉じ、彼らの話に聞き入っていた私は。自分の身体に裏切られた。

漂ってきた粉塵が鼻腔に入り込んだことで、反射的に咳き込んでしまったのだ。

 

二人の戦士はピタリと動きを止め、急いで仮面をつけ直し、必死に敬礼しようとした。

 

「――まさか!?『リーダー』、生きておられたのですか!」

「信じられない、いや、それよりも命令を!」

「もはや我々しかおりませんが、身を挺してあの銃手の隙を作るくらいならできます、やらせてください!」

 

やめて、そんなことをしないで。二人で故郷の話を続けていてもいいの!

 

「もう――もう、いいんだ。キミたちも――楽にしていて」

 

「いえ、いや、それなら――」

 

年長者の戦士は、暫し躊躇してから、口を開く。

 

「どうか……どうか私達を終わらせてください!」

「私達が汚らわしい感染者になる前に、源石粉塵になる前に!」

 

ああ、そうか。

私は納得した。『リーダー』の前では、彼らは戦士か――あるいは、灰以外になれないのだ。

 

「わかった……思い残すことはある?」

 

「ええと――戦友、貴方の本名を教えてくれよ。僕はニール」

「俺か?クロンメルだよ」

「そうか、クロンメル――あんたと一緒に戦ったこと、俺は忘れないからな」

 

彼らは抱き合い――ふらふらと立ち上がった私が軽く振るったアーツに包まれ、2つの命は容易く燃え尽きた。

いつの間にか、雷鳴のような射撃音も止んでいる。本当に静寂がやってきた。

 

私の足元には、二つの灰の塊だけが残っている。

 

「……ニール……クロンメル……」

 

立ち上る煙からは、彼らの言葉は読み取れない。

ついさっきまで故郷のパンケーキの話をしていた戦士の声はもう二度と聞けない。

 

「そなたらの名誉を認めよう……」

 

私自身、驚くほど空虚な声が喉から漏れた。

 

彼らは、互いに故郷の話をしていたほうが幸せだったのではないだろうか。

年長者の彼も、ニールという若い戦士に聞かせたい話はあったはずだ。

二人は赤き竜などという偶像が与える、空虚な名誉などより。ずっと尊い何かを共有していたのに。

 

私が、それを台無しにしてしまった。

 

「ゴホッ、ゲホッ」

 

私はまた咳き込んだ。きっと、私も感染している。

 

身体が熱くなるのを感じ、冷たい床に身を投げる。

本で読んだ記憶だと――急性感染では、早ければ数時間で源石粉塵となれるらしい。

私はここで横たわり、異国の地で独り、源石粉塵となって吹き飛んでいく――これが、これまでの報いというものなのかもしれない。

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