テラを巡る旅(不本意) 作:イグノーブルガス
1096年 12月23日 チェルノボーグ最深部 研究所前通路
飛んで火に入る夏の虫、という慣用句を君はご存知かな?
まさに。僕はいま、その”夏の虫”とやらになっている。
「動かないで。研究所まで案内して」
火のついた尻尾と立派な角が生えた銀髪の女性は僕に槍を突きつけ、炎で退路を封じた。
とはいえ。見た感じ、彼女は重症なようで咳はゲホゲホしているし、足取りはフラフラ。
もし僕がスルーしていれば、関わり合いにならずに済んだかもしれない。
もちろん、僕は”揺れる火”に近寄るという欲望に負けたからこうなっているのだが。
――よし、連れて行った先で没落令嬢に何とかしてもらおう。彼女はなかなかのフィジカルパワーの持ち主だ。ふらふらしている重症の感染者を相手するくらい、なんとでもなる……よな?
「うーん」
僕は無意識に肩と首筋を撫でた。
石棺という治療装置兼冷凍冬眠装置は、歯形の跡まで綺麗に直してくれたが、”今回のやらかし”で怒った彼女にまた噛まれてしまえば元の木阿弥であろう。
そんな事を考えながら、槍を突きつけられて歩いていると。
「いっ!?」
後ろから、ドサッと何かが落ちた音がした。同時に、背中を浅く切り裂かれる。
振り返ると、先程まで僕の背後から槍を突きつけていた女性が、うつ伏せに倒れ込んでいる。
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「ぬううう」
僕は重い彼女の肉体を引きずり、やっとのことで廊下の両脇にある盛り上がった基礎部分に彼女の上半身を載せた。床では尻尾が邪魔で、仰向けにできないのでね。
「よっこいしょ」
予兆なくうつ伏せに倒れるのは、危険な行為だ。特に意識のない状態では。
気道が圧迫され、呼吸ができなくなる――君も救命講習で習ったよな?少なくとも僕は、人形の胸を見ていて、消防職員の話を聞いていない不届き者ではなかったのは確かだ。
問題は声を上げてAEDを持ってきてくれる第三者も、119番をすれば10分以内にやってきてくれる無償の救急車もウルサスの移動都市の地下通路には存在しないことだが――幸いなことに、彼女の胸を見ると上下していた。自発的呼吸があるなら気道確保をして安静にしたほうがいいだろう。
彼女の首元に転がっていた廃材を入れて、頭を少し傾かせる。
その時、ふと仮面が目に入った。それは床に打ち付けられた影響で留め金が変形したのか、取れそうになっている。
なるほど。
揺らめく火が気になって近づいてしまう人間にとって、仮面を被った女性の素顔なんて気にならないと君は思うだろうか?
はい、とても気になる!
……まあ冗談はともかく。
実際仮面の下に外傷があり、血が眼球に入っていれば失明の原因になる。
言い訳がましいかもしれないが、これは正当な行為だ。少なくとも、核兵器を強盗して独立を宣言するよりはね。
「悪いけど、お顔を拝見……」
「……」
仮面を外すと隙間から薄緑色の目がこちらを向き、それから目が逸らされた。
起きていたのなら、言ってくれればいいのに!
とても気まずい。無意識のうちになにかないか、と手がポケットを探る。
なにか入っていた。取り出すと、真っ赤なキャンディーだ。
僕は関西のおばちゃんではないので、常日頃から飴ちゃんを持ち歩いたり、配ったりはしていない――はず。
では誰が?
「……ああ!」
僕は思わず笑い出しそうになった。おそらく、手を握った隙にポケットに入れられたのだろう。
ふうん。フロストノヴァ、君は僕が記憶を失ったと聞いたときに、真っ先に考えたのがもう一度イタズラを仕掛けることだったのか?ひどいやつだなぁ。
「……ッ」
ふと視線を感じた。彼女の目が真っ赤なキャンディーに注がれている。
不思議なことではない。
大怪我を負ったとき、身体はカロリーを消費して血、肉、骨を再生しようとする。
そのような状況下では、カロリーになりそうなものを見た脳みそは「早く口に入れろ!」とがなり立てて来る。彼女の脳みそもそう言っているはずだ。
僕が白ウサギだったら躊躇なく彼女の口に放り込んで、それからひとしきり大笑いしてやるのだが。僕はそこまで冷血(二重の意味で)ではない。
「これはその――実質的には毒物みたいなキャンディで、甘いやつじゃないんだ」
「死ぬほどヤバイ。2つも舐めたら死ぬかもしれない」
そう警告すると。
彼女は温存していた力を使い果たすかのような勢いで僕の手にあった2つの激辛キャンディを掴み取り、2ついっぺんに口に入れた。
よせ、死にたいのか!?
数秒後。彼女の目は見開き、咳き込み、ふらつきつつも立ち上がる。気の所為か尻尾の炎は大きくなり、周囲の温度が熱くなったような気がする。
「――キミは酷い。死ねるかと思ったのに」
「これがレユニオンのやり方なの?」
うーん、否定はしません。
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「――というわけで、これに引っかかるのは新規加入者限定なんだ」
「……」
どうしよう。機嫌を直してくれない。
怒りの力で立ち直って、肩を貸せば歩ける程度に回復したのは良かったが。
一言も返事がない重症者を相手に”レユニオンむかしばなし 白うさぎと兄弟たち”を続けるのは正しいのだろうか?
そんなこんなで、永遠に続くんじゃないかと思うほど長い廊下を進んだ先。
僕と彼女は思わず足を止めた。
なにせ、僕と同じ顔、同じ背丈――つまり僕そのものの姿をした死体が数体転がっていたので。
「オーケイ、君は僕のクローンなのか?それとも同じ培養槽で育った兄弟?」
「それとも。もしかして、逆に君がオリジナルなのか?」
「――クローンというのが何なのかは知らないけれど、そんなに深刻に考えなくていいよ」
「うわあ!?」
僕の顔をした死体が喋った。
僕はびっくりして飛び退こうとしたが、肩を貸していることを思い出して踏みとどまる。
くそ、ホラー展開から逃げ出せないぞ。
「あのループス、随分思い切りがいいね―ー『いませんわ。貴方方の中には』って、僕達を一人残らず撃ち殺すなんて」
彼ら(それとも、
「ははっ。君、もしかしてドラコの女性がタイプなのかい?」
「ドラコ?なにそれ」
「君、知らずにやってたの?じゃあ聞き方を変えようか。角と尻尾があれば誰でもいいのかな?」
「うーん。それをあんたが知らないってことは、僕のほうがオリジナルで間違いないらしい」
それは変形者の王庭が保証するよ。と彼(僕?)は咳き込み、焦点の合わない目をしながらも平然と僕に語りかける。
変形者って何?
「……変形者が、こんなところまで?」
「そこの若きドラコは知ってるみたいだけど。そう、サルカズには姿を真似するのが得意な種族だっているのさ。――ああ、哀悼はいらないよ。この欠片の死は、僕達の死を意味しないしね」
「ただアドバイスすると――どれほど親しい仲でも、合言葉は言ったほうがいい」
「僕達のせいで本人まで撃たせたら、流石に目覚めが悪いからね」
彼は最後の力で、インターホンを指差した。
あ、そこにあったんだ。危なかった。
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「さて……【シアンは湿気ってる】」
『堂々と最初期も最初期の合言葉を言わないでくださいまし。即刻止まりなさい。撃ちますわよ』
おお、記憶を失う前の僕は設定したパスワードを、3ヶ月でちゃんと更新するタイプだったのか?
多分そうではない、と怠惰な脳みそが訴えかけてくる。
つまり彼女は今、単に疑り深い状態だと言うことだろう。
僕はそのへんにたくさん落ちている、見慣れた自動小銃を片手で拾い上げた。
うん、思った通りラテラーノ式じゃないやつだ。あのマッドサイエンティスト、知らぬ間に武器商人にジョブチェンジしていたらしいな。
「さて」
僕は記憶よりやや色褪せ、錆が煤で覆われたマッド・サイエンティストの研究所の外壁に銃口を向ける。
『――何のつもりですの?』
「僕は礼儀正しいのでね、没落令嬢様」
ダンッ、ダンッ、ダンッ
そして銃弾を3発叩き込んだ。
思ったよりスカッとするな。レヴィ博士がいるときにやればよかった。
「貴女と同じく、ノックを3回してから入ろうと思って」
『……』
マイクの向こうで息を呑む音と、ガチャンと弾薬箱が外される音がした。
入ってよい、ということだと思いたい。蜂の巣にはされたくないので。