テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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第十一話

1096年 12月23日 チェルノボーグ 都市部

 

KINSEKI(金石)!」

 

ガシャン、と音を立ててショーウィンドウの窓が割れる。

大剣を振るったサルカズは破片で怪我をすることも気にせず、源石結晶が浮き出た太い腕で中にあった源石製品のテレビを掴んだ。

 

「――停めなさい」

「はっ」

 

その様子を見て、車で通りがかった金髪の長身を持ったサルカズの男は眉を顰めて指示を出した。

運転手は素早く、しかし同乗者に不快でないように。慎重にブレーキを踏んだ。

 

そして、略奪を傍観していた王庭軍の下士官は――ブレーキ音の方を振り返り、彼の姿を見て急いで敬礼を行う。

 

「お、お前達手を止めろ!将軍だ、敬礼せんか!」

 

兵たちもただならぬ雰囲気に気づき、テレビを肩に担いだまま、ドラム式洗濯機に手を付けていた者の肩を慌てて叩いた。

彼らはなんとか、車が停車する前に不格好ながら整列を終える。

 

「マンフレッド将軍閣下!なんでありましょうか」

 

「……君がこの部隊の指揮官か?」

「は、そうでありますが!」

 

その様子を見た金髪のサルカズは車上からパワーウィンドウを僅かに下げて見下ろし、不機嫌な表情で僅かな怒気を放つ。

それだけで、眼の前に整列した王庭軍の下士官は震え上がるほど慄いた。

 

「略奪は程々にするよう兵に言い聞かせておきなさい。すでに遅れが出ている」

「そして、その源石製品を持ち帰れるかどうかは――作戦の成否にかかっていることも忘れないように」

 

 

 

 

 

 

 

将校を載せた車が角を曲がり、兵士たちの視界から消えた頃。

マンフレッド将軍、と呼ばれた男は。単なる従卒の運転手にしか見えない男に、謝罪の言葉をかける。

 

「……無礼をお許しください。兵の前でしたので」

「いいよいいよ、なかなか威厳があったじゃないか」

それに対して、運転手は片手で手を降って”気にしない”という意思表示をした。

 

「いえ、ですが、やはり変形者様に運転していただくのは――」

「実のところ、運転は不快ではないからね。特に自動車の誕生は最近も最近。運転は長い年月の中でまだ数十年もやってない、新しい娯楽なんだから」

 

運転技術は、なかなかのものだろう?と聞いた運転手――変形者に、マンフレッドは肯定の返事をする。

「は、しかしどこで運転を?」

「リンゴネスでは発明直後の自動車で、あるガリア貴族のお抱えの運転手をやっていたのさ――例の戦争までね」

 

「最後は徴兵されて、黎明期の戦車に乗って蒸気騎士に立ち向かって……そこでおしまい。あの時代の自動車はどれも癖があって、なかなか楽しかった」

「でも、最近の源石自動車は駄目だね。外見は似たり寄ったりで、エンジンの応答は直線的すぎる。アクセルを踏んでいるのか、スイッチを押しているのかわかんないよ――っと」

 

彼はハンドルを素早く切った。

同時に、「あいたっ!」と後部座席から短い悲鳴が上げる。

そこに座っていた、赤色の編み物を被っていたサルカズの少女が遠心力で車の内壁に角をぶつけたのだ。

 

「マンフレッド。研究所に”本物”がたどり着いたよ」

助手席の金髪のサルカズは、眉間の皺を深くした。

 

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1096年 12月23日 チェルノボーグ最下層 研究所 

 

研究所の重々しい扉が開いた。二重構造なうえ、開閉の最中に上から小学校のプールで浴びるような、死ぬほど冷たいシャワーが降ってきたので――源石粉塵やガスはここで沈殿するはずだ。

 

問題は、ぼくもドラコの彼女もびしょ濡れだということだが。

彼女のほうはシャワーが止まると同時に、シューシューと音を立てて水滴が蒸発していく。

便利なもんだな、と思ったが。その直後に再びぶっ倒れた。

 

「急性感染による発熱だね。処方箋を出そうか――といっても。僕の血しか出せないけど」

 

僕は研究所の中を少し漁って、大量にある実験器具の中から、綺麗そうなシリンジをいくつか拾ってきて腕に当てる。

 

さあいくぞ!

 

ブスリ。……失敗。

ブスリ。……失敗。

 

「もうどうにでもなれ」

 

僕は彼女の槍の穂先にありったけのアルコールをかけて消毒し、腕の中でできるだけ傷が目立たないところに当てて、深く切る。途端にダバダバと血が出てきた。残らずビーカーで回収する。

 

ある程度採血したところで、傷口に脱脂綿を当ててから床に転がっていたダクトテープを巻く。

一方で、取り出した血はビーカーからシリンジに抜き取り、静脈ライトで見つけた血管に注入しておく――あとは彼女次第だ。ここまでやったのだから、助かってほしいが。

 

「ふあ……」

 

……僕もちょっと眠くなってきたな。

血を出しすぎて、脳みそが省エネモードになりつつあるので、しょうがない。

 

「……お待ちなさい。またそんなところで寝ようとしてますの?」

 

ツカツカと足音がした。

ぼやけた視界の中で、アヴドーチャの姿が大きくなっていく。彼女は頭上に来ると、随分と隈のある目で僕をじっと見据えた。

 

さて僕の怠惰でいい加減な脳みそくん、出番だぞ。

感動の再会のときに使うべき言葉をボキャブラリーから抜き出してくれ!

 

 

 

 

 

 

「これはまた――噛み跡を増やす必要がありそうですわね」

 

 

 

 

 

 

脳みそくんはフリーズした。

突然、長身のループスが抱きついてきたので。

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以前にも、こういうことがあった気がする。

あれは僕が革新的な飲み物――源石フレーバーのコーヒーを飲んでから、数日後の出来事だった。

 

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1092年 ウルサス某所 洞窟内 研究所出入口

 

彼女が弾薬を銃から外した音を確認して、僕は研究所の入口をそれて洞窟に入る。

 

()()そちらですの?』

彼女はかなり疑り深い口調で探りを入れてくる。

僕はそれに対して、少し上ずった声で返事をしたはずだ。

 

「ああいや、今日もちょっとね……農場の方に用事があるんだ」

『ここ数日。農場の方で寝泊まりするばかりで、部屋にも戻ってこないではありませんか』

 

「うん、うん……そのうち、そのうち事情を話すよ」

 

しかしどう言えばいいんだ?

脳みそくん、ちょっと例文を考えてみてくれ。

 

――僕はお人好しのアホなので。感染者の避難所に入り浸った挙げ句、源石入りコーヒーを飲んで感染者になっちゃいました。イエーイ!

 

うーん。

 

自分で考えて、ちょっと面白かった。

暗くニヤついた顔(彼女にはとても見せられない)で、僕は洞窟の入口で充電していたLEDのランタンを持ち上げ、洞窟の中に入っていく。

 

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ウルサスの洞窟の中なんて、寒くて長時間居たくない場所だと思うだろうか?

実は、ここに限ってはそれほど寒くはない。

 

曽祖父がテラの土壌から厳選し、放射線で品種改良を促進させたおチビたち――オリジ・メーバと名付けた――は細菌サイズの微生物だ。かれらは源石を食べて(博士いわく、正確には「源石を反転させている」とのことだが)熱や窒素、リン、カルシウムを生産する。

 

そのおチビたちの働きのおかげで。ウルサスの地下にも関わらず、この洞窟の内部は稲の生育に適した25度に保たれているというわけだ。褒めてつかわす。

 

さて、僕はその快適な暗い洞窟の中に、白い天幕で区切られた小空間を作っている。

そこはまあ――ひとことで言えば。少年が憧れる秘密基地めいた空間だ。

 

天井と床をビニールシートで覆って、その上にマットレスと寝袋が敷かれている。

床の上には防水仕様の箱がいくつかあり、その中には電子書籍の詰まったタブレットや、ウルサス語の本とその和訳をしたノートが入っていて、暇つぶしには事欠かない。

 

そして何より、ここなら誰にも感染させることがない。

 

 

――おっと、寝る前にはシャワーを浴びないとな。

 

僕はマーク・ワトニー*1と違って、集団生活をしているのでね。

僕はタンクの水が45度程度になったのを確認し、ホースの先端をジョウロからシャワーヘッドに変えて、水やり機のポンプの電源を入れた。こういう改造は何度やっても楽しい――うん、ちゃんと温水が出てきたな。

 

裸になって頭から温水を被りながら。僕は自分の身体表面を、見える範囲で見ていく。

 

「うーん」

 

別にナルシストになったわけではない。探しているのは美ではなく――

 

「さーて源石くん、君はどこから顔を出すのかな?んん?」

 

足先だろうか。だとすれば、一生安楽椅子での生活だ。これは嫌だな。

もし指先なら、ペンや実験器具を震えずに持つことはできない気がする。これも最悪だ。

内臓なら?腹痛が続いて、ある日突然粉塵になれるかもしれない。うーん、それがマシそうだな。

 

……僕はあと10年生きていられるだろうか。

タウ・セチにどんな秘密があったのか知りたかった(これは全人類が、だと思うが)

移動都市の中をもっとよく見たり、前時代的だと偏見を持たず劇場に足を運んだりしておくべきだった――

 

そんな事を考えていると。突然シャワーが止まる。

バルブに手を回そうとしたら、その上に誰かの手首があって――僕が振り向いた先には、桃色の髪をしたループスが無表情で僕を見つめていた。

 

「や、やあ。アヴドーチャ、さん」

 

「はっきりくっきり聞こえましたわ。『さーて源石くん、君はどこから顔を出すのかな?』ですって?」

「……事の始まりから終わりまで、きっちり説明してくださいますわね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――僕はお人好しのアホなので。感染者の避難所に入り浸った挙げ句、源石入りコーヒーを飲んで感染者になっちゃいました。イエーイ!」

 

もうどうにでもなれ。

事の顛末をひとことで(ほとんど全裸で)僕が話すと、彼女は無表情でずっと立っている。

そして長い沈黙の末、口を開く。

 

「はあ……」

 

深いため息が洞窟に響いた。

 

アヴドーチャは1度目を閉じ、それから鋭い瞳で僕をじっと睨みつけた。

狼の耳はピンと立ち、目と合わせて4つの感覚器官が僕に焦点を当てている。

 

それだけで僕は彼女の被捕食者になった気分になり、一歩も動けない。

その間、僕の眼球は熱せられた分子のように常に動き回っている。

 

「イポニーツ、貴方って本当にどうしようもない小心者ですわ」

「実は感染が恐ろしいのに、そんなことを言えば失望されると思って親密に振る舞おうとして」

「でもいざ自分がそうなった時――わらわから『感染者になった途端、冷淡な態度を取られるのでは』と思って恐怖し、誤魔化そうとした」

「そうでしょう?」

 

僕は何も言えなかった。

彼女は作家だ。僕のような卑怯者の心理を解体することなど造作もないのだろう。

 

「わらわを……そんな女と思っていたんですの?」

「ええ……『感染者になろうと、わらわは変わらず接しますわ』と優しく声を掛けてほしいと、貴方の内心では思っているのでしょうけれど」

「そんな表面的な言葉では、貴方にはまるで届きませんわね」

 

彼女は僕にバスタオルを押し付け、ごしごしと乱暴に拭いたと思ったら持ち上げられ――天幕の中に敷いてあるマットレスの上に押し倒されていた。

 

彼女は僕の上に乗り、全身で体重をかけて僕の動きを封じる。

そして、彼女の頭が僕の肩の上に乗り――ループス特有の鋭い犬歯が首筋に触れた。

 

「っ!?」

 

彼女はその姿勢のまま、僕の耳元で囁く。

 

「ええ、貴方が心のなかで信じたいと思っていた通りですわ。貴方が感染者であろうと……わらわの態度は変わりませんとも」

「貴方が、わらわが追われる身で――然るべきところに居場所を通報すれば、莫大な金銭が手に入ると知っても、そうしなかったように」

「でも――実はさらに進んだところにわらわの心はありますの。貴方から感染させられるなら、それはそれで一向に構わないとすら、思っているんですのよ」

 

彼女は歯を食い込ませ――えっ、マジで噛まれてる?

 

「いだっ!?――ストップ、ストップ!」

 

ギブアップの意を込めて僕はアヴドーチャの背中を叩いた。

しかし彼女はそのまま離れようとせず、暫く噛みついた後にざらざらした舌で噛み跡を何度か往復して――ようやく口を離した。

 

「ぷはっ」

 

「もし貴方が今後わらわを避ければ、そのたびにこうして貴方を”噛み”ますわ」

「こんな微量の血を飲んだだけで感染するかはわかりませんけれど。あまりわらわを避け過ぎれば、それだけ血を飲み――感染する確率が増えますわね?」

 

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「コーヒ―の中に……源石が入っていた?ハハッ。それはまた、愚かな凡人がいたものだね」

 

紅茶にしないからそうなるんだ、と博士は笑いながら答えた。

 

「君にはいい薬になったと思うが、ひとついいことを教えてあげよう」

「私は半生をこの源石の研究に捧げ、いろいろと試した中で、破片を指に刺したことなど何度もあるが――このとおり、血中濃度は0.00u/Lだよ」

 

数日後。レヴィ博士の新情報――僕ら地球人類は感染しない――により。余計な心配をかけたとして、僕の肩にはもう一つ噛み跡が増えた。

*1
人類史上初めて火星でサバイバル生活をしたNASAの宇宙飛行士。僕達の世代は彼の自伝を必ず読んでいる

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