テラを巡る旅(不本意) 作:イグノーブルガス
1096年 12月23日 チェルノボーグ最下層 研究室内
『大変な経験をした直後で申し訳ないが、1つ頼みがある』
と電話の先から依頼が来た。
いうほど大変な経験かな?と思ったでしょ。
目が覚めると記憶喪失で、移動都市内部の80階建てくらいの階段を登りきったり、市街戦に巻き込まれた挙げ句に冷水シャワーを浴び、プライバシーのすべてを侵害されたのは、もう十分に大変な経験です。
『善の心を持っていようと、悪の心を持っていようと。テラ人に核技術を渡してはいけない。理由はわかるでしょう?』
『そこで。研究所の中で、転移装置に関連しない――核技術関連の区画は天災の中を航行している間に、分離してしまいたい』
『ただし――天災によって破壊される前に、だれかに拾われれば一大事よ。そこで、区画の中をびっくりするくらいの高濃度源石燃料で満たしておきたいの』
「おっしゃっていることはわかりますが、手順はなにか考えられているんですよね……?」
『ええ。その増設区画と都市の最下層にある源石燃料庫が交差する位置があるの』
『そこの天井に爆弾を設置して、吹き飛ばす。ドカーン』
「あとは源石燃料が区画に流れ込んで……なるほど、簡単ですねえ」
うーん、これは失敗しようがない。
なにせ。地球人類の中で選ばれた特殊部隊の隊長が頭を捻って考えた、完璧な計画だ。
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いよいよ、マッド・サイエンティストの核兵器工場を爆破する時が来たらしい。
だが、そこは念には念を入れて足を踏み入れるべき場所であろう。
『右に3歩……そこのコンセントの内部だ』
僕はタルラに頼み込んで盗聴器の場所をいくつか教えてもらい、それを分解してスピーカーと高圧電流を生み出す源石回路を手に入れた。
「これでいいか」
次に、僕はできる限りボロっちく、長いスポイトを見つけ出し、それの先端部分を切り取る。
切り取ったスポイトの先端には被覆を剥いだ細い銅線をねじって固定し、スポイトの胴体外側にもぐるぐると巻き付ける。
胴体と先端の準備が終わったら、槍の穂先を消毒するときに使ったアルコール消毒液から気化したガスをスポイトの胴体に充填。切り取った部分をダクトテープで繋ぎ合わせたら、最後に両端の電線を源石回路の昇圧回路とスピーカーに繋げてはんだ付けする。
『イポニーツ、さっきから一体何を作っているんだ?』
「ガイガーカウンター」
ガイガーカウンターについてどのような印象をお持ちだろうか。
ガリガリと音がする?そのとおり。
理屈としては――電圧をかけたガス管の中をα線、β線、γ線といったワルモノ連中が通りがかると――中の気体が連鎖的に電離して、一瞬だけ電流がバチッと一瞬だけ流れる。
その尖りに尖った電流の波形をスピーカーに流すと、「ガリッ」というお馴染みの音になる。
想像しにくいなら、こうだ。
善良なモブ市民(不活性ガス)が、穴だらけのボロボロの足場に立っていると、そこに上から落石(放射線)が落ちてくる。
通りすがりの落石がモブ市民を足場から突き落とした途端、「うわっ!とか「ビーッ!」」とかいう短い悲鳴が上がる。これが電気信号になると「ガリ」1回分。
落石が増えれば増えるほど、落下した市民の悲鳴は重なり、街は「ガリガリ」という悲鳴で満たされる。
ガイガーカウンターは、その悲鳴を数えて大体どれくらい落石があるか(≒線量があるか)を計測する装置だ。
問題は、ガンマ線やX線といったいわば鋭利な石礫どもは、ガス分子に当たることなくすり抜けて、標的である僕らの遺伝子に無警告で被害を与えるということだが――こいつらが屯しているところは、いってしまえば土砂災害に見舞われている被災地そのもの。
より多くの“落石”が発生し、ガリガリ言うと思います。
ともあれ。僕は2回くらい回路を指差し確認してから、スイッチを入れてスピーカーに耳を近づけた。(意外な事実――高圧電流も放射線と同じく……危ない)
……ガリ……ガリ……
「機能してる!」
僕は自作ガイガーカウンターがうまく作動したことに満足し、この場所で一分間に40回くらいのガリガリ音を出すように電圧を調整した。
お粗末な校正だが、最低限
ガリガリ音が400回聞こえたら逃げ出す、くらいの目安にはなるだろう。
「よし。これでマッド・サイエンティストのヒミツ工場を爆破する準備:その1は完璧だ」
「……貧血でぶっ倒れた病人が、何を言っていますの?」
あちゃー。
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「それで、イポニーツ。貴方は核物質という――毒物がありそうな部屋に入って探索をすると言うんですのね?」
「イエス、そのとおり。僕はこれからマッド・サイエンティストのヒミツ工場に潜入して爆破する」
「その間、わらわには出入り口とドラコの見張りをしていろ、ともおっしゃるのですね?」
「イ、イエス。そのとおり。源石燃料、君には危ない。僕が行くべき。質問?」
「……」
これからすることを聞いたアヴドーチャは名状しがたき表情をした後に、ため息を吐いてから見送ってくれた。
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30分後。
うーっ、すごく痒い!
別にマッド・サイエンティストの実験室にいたから、Tウイルスに感染したというわけではない(と思う)
噛み跡が増えた肩が、今になってちょっと痒くなってきた。それだけである。
でも今更、掻くことはできない。なにせ僕は真っ白な防護服を被り、自作ガイガーカウンターを持ち、もう一度源石粉塵に満たされた廊下に戻ろうとしているので。
これからすることを一言で言うなら。
マッド・サイエンティストのヒミツ工場を爆破する準備:その2――源石爆弾を手に入れろ。
僕はこれからどこぞのゲームのように、研究所前で倒れた死体からアイテム――源石爆弾を回収する。
爆弾は世界を問わず標準的な軍用品なので、あれだけ倒れていて誰も持っていないことはないだろう。
何?こっちは自作しないのかって?
ちょっと考えてみてください。
爆弾を自作して失敗するよりは――死体を漁って手に入れるほうがいいでしょう?
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1096年 12月23日 チェルノボーグ最下層 研究所前通路
僕はできる限り死体から離れた、放置されたリュックやポーチを開けていく。
だって死体のそばにあるのはその……不衛生だし、血で開けにくいし……
「はずれ」
「はずれ」
「あたり……でも手榴弾か」
こいつは、爆発物界の星4ってところだな。
僕が欲しいのは、コンクリートをぶち壊すようなでかいやつ。言うならば、星6の爆発物だ。
仕方なく、ぼくは胴体だけになった死体の背負っているものに手をかけた。
「医薬品?大事だけど、はずれ」
こいつは星6だけどピックアップキャラじゃない、みたいなものだ。確保はしておこう。
白状しよう。僕は死体から物を漁るという、倫理的によろしくないことに慣れつつある――あるいは、記憶を失う前にもやったことがあるから、かもしれないが。
ジッパーを開けるたびに罪悪感が薄れていくのを感じていると、何かが光った。
こう言うと、ソシャゲの演出みたいだが。もちろんそうではない。
顔を上げると、それは監視カメラのレンズだった。
なんかこう、巧妙な角度に配置されたせいで。
主に床を照らしていた、僕の携帯ライトの光を反射したのだろう。
「驚かせないでほしいなぁ」
僕は抗議の意を込めて、監視カメラに眩しい光を当ててやった。
どうせこの瞬間もタルラだかフロストノヴァだかが、司令塔で僕を見ているのだろう。
余計なことをしていないか、とね。
余計なことってなんだ?
あのドラコに仮に姉妹兄弟がいたとして。この通路でまだ生きていて。性懲りも無く僕が担いで連れ帰る、というようなことがあると、彼女は信じ込んでいるんじゃなかろうな?
そんな事を考えていると。ウィイン、と機械音がした。
思念が通じたのか、監視カメラは首をグリグリと振っている。
何かを伝えようとしているのだろうが――
「わからないなぁ」
僕は源石爆弾探しに戻ろうとしたが、カメラは規則的に首を動かし――切迫感を煽るようなリズムを僕に与えた。
「ああもう!何が言いたいんだ」
そうじゃない?ソージャナイ……ソジャーナ?
ふと、頭に考えが浮かんだ。
「……早くしろ、なら首を縦に振る。早く戻れ、なら首を横に振る。立ち止まれ、なら首を右旋回……」
カメラはゆっくりと首を横に振った。
僕は防護服で不格好にえっちらおっちらと戻ろうとして――
べちょり。
すごく、生理的に嫌な音が聞こえてきた。
ライトをその方向に向けると。
ピンク色のコブがたくさんついた、ウミウシのようなものが床をもぞもぞと集団で這っている。
もしや。司令塔にいる彼女たちはこれが危ないから、急いで引き返せと伝えてきたのか?
いい機会だ。自作ガイガーカウンターを近づけてみよう。
「さて、きみはどれくらい危険なやつなんだい?」
ガリガリガリガリガリガリ!
「……わーお」
僕はウミウシ、いや腫瘍のようなものに背を向けて走り出そうとして……廊下の奥からやって来た、見慣れた人物に出会った。
「あの実験室に機能するガイガーカウンターはもうなかったはずだが、まさかDIYしたのか?」
「……初めて会った時に自己紹介したじゃないですか。日本人は核にアレルギーがあるんですよ」
そういえばそうだったな、とレヴィ博士は口角を上げて短く笑った。
「ふむ。こうして改めて外から見ると、あの研究所は酷く時代遅れなものだ。我が祖国が委員会に提案したのがこの施設では、ストラットが中国人の空母を選ぶのも当然だろうな」
「しかし、あの奥には替えの聞かないものがいくつかあってね――引っ越し作業を手伝ってくれると言うなら、それなりの給料は出せるつもりだ」
レヴィ博士は、いつもの白衣だった。
しかし、いつの間にか仲間を増やしていたらしい。
彼は砕けた金属鎧を身に着けたサルカズや、破れた黒いローブを身に纏うダブリンら――どう見ても死んでいる――を連れている。
付き従うそれらゾンビどもの表皮には、ピンク色の腫瘍のようなものが蠢いている。
それだけで銃をぶっ放すのに十分な理由がつくのだが。
みなさん、まだまだあるんです。オエッ。
ゾンビたちは、眼のあった場所から紫色の炎を吹き出している。
――あの炎には見覚えがある。そう、レユニオンや軍警を操っていたものだ。
「それとも、あそこに立てこもって暮らすつもりかね?」
「”テラのループスによる咬傷がもたらすヒト外皮への細菌感染リスクの長期的評価について”という著者が文字通り身を張った論文は、CNS*1も喜んで掲載してくれるだろうが……それはアパートメントでもできるだろう」
「博士こそ……がん・腫瘍専門誌とかがあれば。博士を大歓迎するんじゃないですか」
「たしかにCA:Cancer*2はトップジャーナルの中のトップだが、遠慮しておこう。私はそういった表面的な評価を求めるつもりはないのでね」
あるんだ……いや、たしかに人間が最後に興味を持つのはガンと薄毛の治療法だ。
さぞ、引用数も多いことだろう。
ヘルシンキ宣言に真正面から喧嘩を売っているような光景を見ると、掲載は絶望的だと思うが。
「さて。お披露目――いや、開演には相応しい口上が必要だ。原稿を書く時間が欲しかったが、君は身内のようなものでもある。リハーサルとでも思っておこうか」
口角をかなり上げたレヴィ博士は、拍手を一回してから僕達に向き直る。
いやちょっと待て、僕はマッド・サイエンティストの身内判定なの?
――ええ、大変光栄な評価です。謹んで辞退させていただきます。
「若い君に、一つだけ教訓を教えてあげよう――金にしろ、炎にしろ。貸し手は借り手を制御できると思いこんでいる」
ゾンビたちの波が割れ、奥から非常におぞましいものがやってくる。
それは廊下を這うように進む、下部から触手の生えた球体だ。
球体からは源石混じりの醜怪な腫瘍が定期的に生み出され、そのすべてに紫色の炎のようなものが灯されている。
「だが、借金というのはあるしきい値を超えて借り続けると――借り手のほうが強くなるものなのだよ」
研究所の方から、乾いた音が何度も反響して響く。
ヒュン、という通過音がしてすぐに、いくつかの腫瘍が破裂した。
カメラ越しに見守っていたであろう、アヴドーチャはもはや忍耐の限界を迎えたらしい。
研究所の外にある遠隔操作の重機関銃は、彼女の操作に従って銃口を床を這う腫瘍達に向け――数発放ったのだ。
「おや……拍手にはまだ早いのだが?」
『即刻立ち去りなさい。次は貴方に当てますわよ』
遠隔操作の重機関銃の銃口が持ち上がり、マッド・サイエンティストに向けられているというこの状況で。
レヴィ博士はむしろ気持ち悪い笑みを深くした。
「私の創造物が、銃弾……いや、
「おっと、この炎は私の創造物ではなかったな――だが、返すまでは私の炎だ」
銃弾を受けて破裂した腫瘍の上で、紫色の炎が一際強く燃え盛る。
腫瘍は、再び動き出した。
銃弾の穴から中身をこぼしながら廊下を這うように進むその腫瘍は、失った体積を紫色の炎によって補った――気球のように膨らむことで。
その上、床に残した中身からは2つから3つに増えた小ぶりな腫瘍が再び生まれ、仲間の腫瘍から紫色の炎を受け取って灯し始める。
「つまり――感染生物を放射線で変異させ、その上によくわからない紫色の炎を灯した?」
「そのとおりだ。我ながら良く出来たものだと自負しているが――海のものに比べると、一段劣ることは認めなくてはいけないな」