テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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第二話

1096年 12月23日 チェルノボーグ 地下

 

「殿下。そちらも、ということはあちらの、ドクターという方もそうなのですか?」

「ただのテレジアでいいわ。それより、お腹が空いているかと思って」

 

テレジアと名乗った桃色の髪をした女性はパウチを取り出し、差し出してきた。

透明な包装の中には、オレンジ色のゼリーと水の中間のようなのもので満たされている。

たまに食べる、ゼリータイプの朝食のようなものだろうか?

 

この世界がディストピアもので、これが一般の食事でないことを祈りつつ、キャップを外して中身を啜る。

 

うまい!

 

舌が塩っぱさと甘さを感じるやいなや脳みそ君は「早く飲み込め!!」と厳命し、そのせいでじっくりと味わう前にズルズルと飲み込んでしまう。

 

「もう一袋!」

「本気か?レユニオンでも評判は良くないぞ……」

 

調子に乗って両手で4パック受け取ったが、流石に3パック目まで来ると「うぇっ」という気分になった。

脳みそくんが冷静になって、味がわかるようになった途端。

これがとんでもなく癖のある味をしていることがわかったからだ。

パッケージには「塩卵味」と書かれている。

 

……塩卵味?どうりで。

 

患者が必要以上に摂取しようとするのを抑制するために、あえてこんな味にしているのだろう。

まさか患者でもないのに、これを好んで食べる人はそうそういないだろうし。

 

ともかく。

砂糖を手にした脳味噌は先程、脳裏に浮かんだ単語を分析し始める。

 

黒い結晶、黒い結晶といえば――

 

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西暦 202X年 ウラル山脈 某所 

 

 

「遠路遥々、悪かったね」

 

頭に被せられた紙袋が取り払われる。

目に飛び込んできたのは両脇にアサルトライフルを構えた軍人と、その中央に立つ白衣を着た研究者。

 

「私はレヴィ・クリチコ。DMの差出人に相違ない。発音し難ければ単に”博士”でも構わない。ここの護衛に博士号を持った高度人材はいないからね」

 

レヴィと名乗ったその研究者は流暢な英語で喋りながら、紅茶にジャムを入れ、こちらに差し出してきた。

湯気の立ち上る先には、何らかの先端研究に使うのであろう、重厚な機械が鎮座している。

 

そしてその装置の表面には――見覚えのある危険なマーク。具体的には病院のレントゲン室の前に貼ってあるような、曲線が組み合わさった標章だ。

 

「ああ、それが気になるかい?」

 

「民族レベルで、それ()にはトラウマがあるもので」

 

「ハハハッ。それを2度落とした相手を同盟国と呼ぶのにか?」

「さて、君の持ってきた荷物だが……”黒い結晶”は何処に?」

 

「バケツの中」

 

レヴィ博士はロシア語(多分)で脇にいる軍人に何事か囁くと、傍らの軍人の片割れはキャリーケースを開け、訝しみながらバケツを外に出した。

 

「……日本人は旅行に行くときにイネを持ち歩くのか?」

 

「まさか。博士がとんでもない手段で連れてきてくださらなければ、税関で立ち往生してましたね。……祖父の遺言で、”黒い結晶”は常にそのバケツに、稲と一緒に入れておけと」

 

「”進化は怠惰だ”、と農業学者だった曽祖父は遺言状に記していました。せっかく得た耐性も、それに晒されなければ数世代で失われてしまうと」

 

「叶うなら、”黒い結晶”の取れる村への行き方を知っている人に稲ごと渡してほしい。それが水神様への恩返しになる。って」

 

「ほう。”黒い結晶”はどこで拾得したのかまで君は聞いているのか?」

「詳しくは知りません。満州から逃げ返ってくるときに、迷い込んだ村で託されたんだとか」

 

レヴィ博士は白衣を雑に捲ってバケツの中に手をいれる。

泥中に埋められた、国語辞典を2冊並べた程度の大きさの結晶。それを掴み取った博士はその表面を撫で、泥に覆われた黒い表面にペンライトを照らして覗き込む。

 

「この菱形、間違いない。そしてこれほどの大きさか…!」

 

「なるほどなるほど、やはりアムール川沿いには……*ロシアスラング*どもが、崩壊前に大々的に資金を注ぎ込んでいれば今頃は……」

 

「―ー何? ボス、(焦ったようなロシア語の会話)」

「*ロシアスラング*(早口なロシア語の会話)」

 

恍惚としていたレヴィ博士の耳元に、トランシーバを持った兵士が寄ってロシア語らしき会話を短く交わす。それが済むと、軍人たちは重厚な扉の向こうに駆け出していった。

 

「レインボーめ。()()()()にやってくるとはな」

「まあいい。これほどの大きさの結晶であれば不完全なパラメータ設定でも――」

 

レヴィ博士はコンソールに向き直り、鋼鉄でできた丈夫そうな球状の実験装置を上下に開く。

その隙間から、幾らか小さい”黒い結晶”が中心にあるのがわかった。

博士はマニピュレータを近づけ、今までそこに鎮座していた結晶を取り外し、代わりに僕が持ってきた大ぶりな”黒い結晶”を固定する。

 

「君は実に運がいいぞ。世界に名を残す、ノーベル賞など烏滸がましいほどの成果を目の当たりにするのだから」

 

博士は口角を上げながらコンソールを操作し、”黒い結晶”を猛烈な勢いで回転させる。

口角をさらに釣り上げた博士が、赤色の保護カバーを跳ね上げ、それに覆われたスイッチを切り替える。

すると爛々と輝くレーザー光線が四方から”黒い結晶”に浴びせられて――

 

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1091年 12月14日 ウルサス某所 地下

 

確かにノーベル賞クラスの発明ではあるだろう。

もっとも、”この世界”にはアルフレッド・ノーベルはおらず、基金も賞も設立されてないのだが。

 

「そのくせに、”皇帝”は存在するときた。”ロシア語スラング”」

 

この事態を引き起こした張本人――レヴィ博士は怒りなのか呆れなのか判別しがたい表情をしながら、いくつもの付箋が貼られた分厚い本を閉じた。

研究所内で不急不要なもの――具体的には顕微鏡をいくつか――を売って得た銀貨で買った”ウルサス全史”は見た目はロシア語にそっくりだが、”ウルサス語”なる別言語で書かれている。

そしてロシア語を母語とする博士が、桃色の髪と狼のような耳を持つ現地住民――理由あって名前を名乗らず、別室の入口付近でPKMを構えている――と数週間粘って解読した真実は、「この国が”帝政ロシア”に似ている」という何とも報われないものであった。

 

「しかし、これらの単語には興味をそそられることを白状しなければならない」

 

博士は結露したガラス壁にいくつかキリル文字らしき単語を書き、その上に英語にしたものを書き記した。

 

「セルゲイ、実験事故、チェルノボーグ……チェルノブイリじゃなく?」

 

うげっ、という顔になるのも許してほしいものだ。地球人諸君、君たちはわかってくれるかな。

 

「奇妙な一致だと納得できるかね?これは実に興味深いことだ」

「とはいえ、今の段階では深入りしないほうがいいだろうな。ロシア人の私が言うのも何だが――ウルサスという土地がロシアと同じなら、ろくな事にはなるまい」

 

「……SNSで言われた集合場所に行ったら気絶させられ、起きたときにはプライベートジェットの上にいて、いつの間にかロシアに密入国していて」

「降りたと思ったら緑色の古びた軍用ヘリに載せられ、得体のしれない研究所に簀巻きで連れてこられる事より、ろくでもないことが起きると?」

 

「ハハハッ、()()()()()()()で科学を探求する道の石畳の一つになれるなら光栄なことではないかね?」

 

無駄話はこのあたりで、と言わんばかりにレヴィ博士は割れたレンズやらひしゃげた配管やらを詰め込んだバッグを僕に渡す。

 

博士ご自慢の異世界転移装置(仮称)は確かに動作したが、それは異世界転移というには乱雑な移動方法で、研究所をばらばらに引きちぎって投げ飛ばした。

 

「ゴジラの着ぐるみを着た”ショーヘイ”にミニチュアのトウキョウ・タワーを持たせて、キングコングを撮っているジオラマに思い切り投げつけたようなもの。エンパイア・ステート・ビルに刺さった破片もあれば、ゴールデン・ゲート・ブリッジに刺さった破片もある」とレヴィ博士は例えていたが――ともあれ部屋の中に鎮座している異世界転移装置は主要構造こそ問題ないが、色々と壊れているらしい。

 

というわけで、博士は地球に戻るために色々と部品を修理しているのだが。レンズや合金製の配管など、素人工作ではどうにもならないものもある。

幸いというべきか、”ウルサス”は暫く前に内乱を派手にやったらしく、探すと色々と廃墟がある。そこから規格が合いそうなものを拾ってきたり、あるいはキャラバンや街の商人と物々交換で入手したりするわけだ。

それが、ここ数ヶ月の僕の仕事内容である。

 

「そうだ、今回も傭兵たちの備蓄品をいくつか持っていきますよ」

「――ああ、いつものように寒村に寄って小銭を稼ぐのか?構わないが、気を付けたまえよ」

 

そう言い残して、レヴィ博士は通路を引き返しながら実験室の扉をぴしゃりと閉めた。

薄情なマッドサイエンティストめ。あの部屋の中は実験用原子炉の熱で、さぞかしホカホカだろう!

 

打って変わって、あの外扉の向こうは……常軌を逸した寒さの世界が広がっている。

その証拠に、この部屋に吹き込む暖房が失われた瞬間から、扉に結露した水の粒が徐々に白くなっていっている。

 

「ううっ」

 

といっても、文句を言うために口を開いたところで体内温度が下がるだけ。

僕は大人しく、スノーモービルのスイッチを入れる。

程なくして、バッテリー保護を兼ねたシートヒーターがお尻をマッチの火くらいの力で暖め始めた。

僕は億劫な足取りで扉の前に行き、壁面にあるマイクセットを掴む。

空電音に気づいた門番は直に応答した。

 

『あら、また地表に行きますの?』

 

「何かかってきてほしければ、寄り道しますよ」

 

『――余計なことをせず、目立たずに帰ってきてくださいまし』

『合言葉は【シアンが湿気ってる】ですわ』

 

かつては何が起きても封じ込められるように作られた重厚な扉が、サイレンが壊れた回転灯の点滅とともに開いていく。

その先にあった搬入路はその半ばで千切り取られたように消失し、その先にあるのは真っ暗な洞窟だ。壁面のある一点をそばにおいてあるシャベルで根気よくつついてやると、ある時点で吹き溜まった雪が一気に崩れ、地表からの光が差し込む。*1

 

猛烈な冷気と、雪に照り返された陽光が襲いかかる中。

僕はスノーモービルのスロットルを開け、”ウルサス”の雪原へ走り出す。

 

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1096年 12月23日 チェルノボーグ 地下

 

「ああ、そこからか…」

 

思い出した光景を絞り出すように伝えると、以下の通りになる。

”黒い結晶”に何らかのエネルギーを加えてこの異世界にやってきたことは思い出せた。

となれば、現地人らしき彼女らに聞くべきことは唯一つ。

 

―ーこれは一体何だ?この結晶は、人体から取れるのか?

 

長い沈黙の後、タルラと名乗った女性は口を開いた。

 

「結晶は源石という鉱物で、体表面にそれがあるのは――感染者という」

 

「感、染?つまり――何らかの伝染病なのか?」

 

背筋が寒くなった。僕は防護服どころか、マスクもしていない。

まさか、もう感染しているから不要なのだろうか?

 

気がつくと、周りは静まり返っていた。白仮面の人々も、黒いコートの人々も、一様にこちらのやり取りに耳をそばだてているのが感じ取れる。

 

「イポニーツ、私は怖い」

 

「君の口から、前回と違った答えが返ってきたら――()()()()()()()()()()()()

 

僕は寒さからくるものとは違う、寒気を覚えた。

 

多分、選択肢を間違えると少なくとも切り傷が一つ増えることになる。

そう、彼女は割と衝動的に”暴”を選択肢に上げ、それを行使していた。例えば――

*1
青いジャンプスーツと腕巻型コンピューターが欲しくなってくる光景だ。

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