テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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番外:イベリア

1092年 9月 ウルサス某所 洞窟内研究室

 

いよいよ、地球に戻る時間が来た。

 

ただし、例によって先頭に立つのは僕一人だそうです。

ああ、そんなことだろうと思ってましたとも。

 

「言わなくてもわかっていると思うが――」

「ええ、博士が先に地球に戻った後に装置に何かあれば、僕はこのテラに一生幽閉されてしまいますからね!」

 

親愛なるレヴィ・マッド・サイエンティスト・クリチコ博士にたいし、僕は喜んで実験体になることを宣言した。

 

僕はここ数ヶ月間、ずっと向き合ってきた鋼鉄製のカプセルの中に足を踏み入れる。

 

「わかってもらえて助かるよ。では、良い旅を」

 

レヴィ博士は僕の非常に協力的な姿勢に満足気に頷き、ハッチを閉じてハンドルを回した。

 

この鋼鉄製のカプセルそのものは横倒しにしたガスボンベを、人が入れる大きさに拡大したような形状をしている。

 

その内部はまるで宇宙船のようだ。

 

……いや、褒め言葉ではない。

狭くて、実験装置だらけで、居住性がないという意味だからだ。

 

側面には、溶接されたシートベルト付きの椅子が3つ。その向かい側にはダクトテープでいくつかの液晶パネルと、いくつもの物理ボタンが貼り付けられている。

 

ちなみに。高身長のアヴドーチャさんならともかく、僕の場合は反対側の側面にある物理ボタンにはシートベルトをしていると手が届かない。だが、こういうときはソビエト時代の知恵が役に立つ――ボタンを押すための杖が椅子に備え付けられているので安心だ。

 

床には事前に乗せておいた非常用物資が箱でいくつも入っており、それらは振動で飛び跳ねないようにしっかりと網で覆われて固定されている。

 

僕は狭い空間でひと通り、それらの固定状態を確認してから、座席に座ってシートベルトを締める。

そしてヘッドセットを頭に被り、コネクターのUSBをモニタアームに固定されたラップトップに刺――さらない。

 

逆にする。

また刺さらない。

 

「ちえっ」

 

最初の向きが正しかったらしい。

ともあれ。これでマッド・サイエンティストと再び会話できるようになった。

 

僕はラップトップをローカルなネットワークに接続。

そしてカプセル外部にある、いくつかのネットワークカメラのアドレスをメモ帳からコピペしてブラウザに表示する。

 

何度か切り替えると、博士が映った。マッド・サイエンティストはあちこちの側面パネルを開いてはドライアイスを当ててみたり、バルブの締り具合を確認したり、格納されたセンサーを二回三回と見て回っている。

 

「マッド・サイエンティストにしては、随分とゆっくり事前確認をするんですね」

 

レヴィ博士はそれを聞いて、インカムにやや不満げな声を出す。

 

『勘違いのないように言っておくと、初回の実験には不本意な点も多々ある。急いで行ったからだ』

『私の雇った傭兵たちが電気ポットのために、ロガーのコンセントを無断で拝借していたせいで――電源のない装置に一切の記録がなかったことは、非常に不満だ』

『もしこうして時間を取れていれば、そのようなミスは起こらなかっただろうからな』

 

『とはいえ。観客が退屈し始めたなら、そろそろ幕を上げる時だろう』

 

レヴィ博士は踏ん切りがついたとでも言いたげに、赤いボタンのカバーを開いた。

 

実験室の原子炉から膨大な電力を供給されたレーザーの照射装置は、カプセルのガラスを通じて、中央に括り付けられたピンク色の大振りな源石に向けられている。

 

「いや、地獄が凍りつくまで点検してもらっても結構ですけれど」

「そもそも僕、つまり被験者にリスク説明とかはないんですか?」

 

レーザーの照射が始まると、外部のカメラは一斉に格納された。

照射中のレーザーからカメラのセンサーを守るためだが、真っ暗で外の様子が見えないこの状況に対し、僕の脳みそは”とても不安だ”と存分に訴えかけている。

 

『リスク説明?ふむ。確かにしていなかったな』

『源石とは逆の、何も無い死んだ空間――”超域*1”と名付けてみよう――に入り込んで取り残されるリスクは僅かにある』

 

「えっ」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

????年 ??月??日 ????????

 

結論から言うと、最初は非常に異質な空間に放り込まれた。

 

ハム音の後。まずカメラが映し出したのは、黄金色の液体でできた海と、うっすら遠方に見える白い柱のようなもの。

 

テラでも地球でもなさそうなその光景が見えた瞬間。

僕は少し……()()()()()()を覚悟したが、カプセルは黄金の海をしばらく漂った後にストンと別の空間に落下した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

1092年 9月 イベリア某所

 

 

僕が乗る鋼鉄のカプセルは何らかの施設の水槽の中に、予兆もなく出現した。

鋼鉄のカプセルは回転しながら哀れなガラスを簡単に砕き、そのまま実験室らしき空間にあるあらゆるものをなぎ倒してようやく停止。

 

一方で。

水槽に突然人工物が現れ、それによって水槽に蓄えられていた液体が突然漏れ出たことにサイエンティスト(マッドではないことを願う)たちは大慌てである。

彼らは部屋から大慌てで逃げ出していく。

 

 

 

 

「さて、どうやって謝ろう」

 

全部、レヴィ・クリチコってやつが悪いんです!

 

僕はそう叫んでやろうと思いながら、ラップトップでカプセル外部の大気の分析結果を見る――酸素3割弱、窒素7割、危険なガスなし。

 

意を決してハッチのハンドルを開け、外に出る。

恐る恐る吸い込んだ外気に、最初に感じたのはぬるりとした感覚――これを表現する言葉を脳内で探り当てるのに時間がかかった。

 

生臭い匂い!

 

例えるならば、ここは”漁港のそばにある観光客向けの市場の匂い”を数倍にし、そこにアルコール消毒薬をぶち撒けたような空気に満ちている。

ウルサスに漁港はないので、こういう匂いは本当に久しぶりだ。

 

机を見ると、異様だがなんとなく海洋生物らしきものがうねうねと動いている。

 

海産物の研究所だろうか?

こんなところに来るなら、醤油を非常用物資に入れるべきだった!

 

はい。

僕の脳みそは、常に食べることを考え続けています。

 

僕は研究者たちが逃げていった扉の方に向かって、ガラスを踏まないように慎重に歩き――

 

 

 

 

 

「あら。陸の人たちは、ノックの仕方もわからないの?」

 

水槽の方から、人の声が聞こえた。

そこには白髪の女性がいて、赤い目を僕に向けている。

 

なんてこった、ここは第三新東京市(訳注:アニメ作品『エヴァンゲリオン』の舞台となる架空の街)の地下だったのか。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1092年 9月 イベリア某所

 

ここはテラの国の一つ、イベリアでした。

くたばれ、レヴィ・クリチコ。

 

追記:テラの海産物は危険で食べられない。残念だ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1092年 10月 イベリア某所

 

ローレンティーナさんが丸鋸で悪い海産物やカルト信者と戦っている。

今回はカルト教団からの戦利品に洗剤、いや漂白剤があるといいんだが。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1092年 11月 イベリア某所

 

同行者が増えた。彼女はエンジニアだ。

 

追記:カプセル備え付けの蛍光X線分析計ですが、多分転移の際に壊れました。彼女の大剣の表面に当てたら、キセノンって出てきたので。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1092年 12月 

 

『タルラさんにアリーナさん、名前をうっかり書けない小説家、そしてクソッタレのレヴィ博士へ

 

なんとか五体満足です。そして実験は失敗です。

 

僕”()()”は今。イベリア(だと思う)の辺境の地で暮らしております。

 

そう、僕”たち”!

 

 

はい。経緯は省きますが、僕はマッド・サイエンティストから解放されて……されて……

【かなり消したり書いたりした跡】

……()()()()()()()()()()()()()()()()()()と生活しています!

 

一人目は()()()()()()()()()()()()()

感染者のエーギル人、ローレンティーナという方です。

 

海の底からやってきたらしいのですが、バケツに入る大きさではありません。

実験前に小耳に挟んだ「メフィストに部下をもたせる」という話、その記念すべき第一号の部下について。僕は自信を持ってエーギル人の彼女を推薦します。

人間は自分よりイかれてる人を見ると、かえって冷静になれるはずなので。

 

 

もう一人は()()()()()。彼女の同僚の方で、スカジという名前のエーギル人です。

海の底からやってきたらしいのですが、バケツに入る大きさではありません。

行く先行く先でカルト教団を轢き潰しながらローレンティーナさんの顔写真を貼りまくったら、ある日突然やってきました。

この人は【かなり消したり書いたりした跡】

えー、とにかく色んな意味で超大型新人です。紹介するのが待ちきれないよ。

ミスターパトリオット。貴方だけが頼りだ。

 

 

ここまでで便箋の半分を埋めてしまいましたが、今の生活についてもうちょっと書いておこうかな。

 

ここは周囲を急峻な岩場に囲まれた盆地のような場所で、僅かな平地は砂質で痩せてます。

岩地の上には天災が襲うまでは森だった場所があって、そこに僕はいわば『入植』してます。

 

そんな場所なので、ここらで目立つ人工物といえば、修道院しかありません。

 

あ、ちょっと撤回。

()()()()()()()()()()。と書きましたが、観光地にできそうなほど見事な建物です。

(同封したUSBに画像データがあるので、是非見てください。なかなか見事な建物でしょう?)

 

この修道院の中とその側には人が住んでいて、修道院の周囲に広がる粗雑な家のあたりは、ちょっと前のレユニオンの宿営地みたいになってます。

 

ここに住んでいる人たちは皆いい人ですが、悲しいことにまともな農地がない。

 

ところが丁度いいことに。

僕はオリジ・メーバといくつかの作物を持っていて、天災の跡地には栄養満点の源石がたくさんある。

 

何をするかは、想像がつくんじゃないでしょうか?

というわけで、土いじりを半年ほどしてから帰ります。

 

以上』

 

僕は筆を置き、手紙とメモリスティックを丈夫な金属の箱にいれて蓋をする。

 

残念なことに、テラには億万長者が始めた低軌道衛星コンステレーションは存在しない。

というか、イリジウム衛星もない。

 

でも大丈夫。そもそも、「転移実験の結果」をマッド・サイエンティストに伝えるためには、"テラ”のあの洞窟に再び情報を送らなければならない。

 

そのための手段はちゃんと用意しています。

 

僕は手紙とメモリスティックを入れた丈夫な金属の箱を、できるだけ奥行きのある洞穴の奥に置く。

そしてその金属の箱の前にピンク色の源石を固定し、その前にミニミニサイズのスピンしないスピン・ドライヴを設置した。

 

スピンしないスピン・ドライヴ、という画期的な発明品の使用方法について少し説明しよう。

ジャムの瓶に入ったアストロファージをバタースプーンで取り出して、ガラス板の表面に均等に塗りつけ、その裏から赤外線フィルタをつけたLEDを点滅させれば……

 

いや、うそうそ。

 

転移に使うのはほんのちょっっっっと、具体的には爪楊枝の先っぽ位の量。だいたい0.01gかな。

なにせ……1gも使えば、原子爆弾と同等のエネルギーが出てしまうので。

 

ともあれ。

赤外線フィルタをつけたLEDに、洞窟の外に伸びているケーブルを取り付ければ準備は完了。

 

さて……ここからは()()()()()の出番だ。

 

 

 

 

 

 

 

1時間20分後。

 

僕たちはケーブルをずいぶん遠くまで引っ張ってきた。

いや、正確には電線を引っ張りながら歩いているのは《物静かな》》エーギル人のエンジニアで、僕はその2mほど後ろをへろへろになりながら歩いている。

 

唐突に、エーギル人のエンジニア――スカジさんは足を止めた。

 

「これ以上は切れると思うわ」

「おお……思ったより伸びたなぁ」

 

鋼鉄のカプセルから剥ぎ取ったケーブルは元々80mほどしかなかったが、今はだいたい2kmくらいに伸びている。

 

「予想される余波、つまり爆発の範囲に対して。ケーブルの長さが足りない」という極めて工学的な問題について。エーギルのエンジニアに相談すると簡単な答えが返ってきた。

 

彼女の出した完璧な計画はこうだ――

 

「銅線は金属なので、強く引っ張ると伸ばすことができる」

 

もちろん、人力でやるとたかが知れている。

ただし、アビサルハンターという改造人間の腕力なら話は別だ。

 

彼女の力は恐ろしい非常に頼もしいものである。彼女は電線工場の機械並みの張力を銅線に与え、非常に長く伸ばしてくれた。散歩しながらね。

 

はい。彼女が握手をしてくれない理由を、僕はよくよく思い知りました。

 

お陰で、まだ僕の両手は三次元の形状をしています。

僕は進化がもたらしてくれた素晴らしい五本の指で電池をポケットから取り出し、それを銅線の間に挟む。

 

 

すぐに、大地が一瞬ぐらりと揺れた。

 

 

直接確認することはできないが。

LEDによって二酸化炭素の波長を見せられたおチビたちは、眼の前に繁殖地があると勘違い。

チビどもは惑星間移動のため、核爆弾の百分の1くらいのエネルギーを一気に放った。

 

それを急に送りつけられた源石は大混乱といっていい状態になる。通常、源石は単純にエネルギーを得れば増殖するが、あまりにも多くのエネルギーを与えられると別の振る舞いを始めるのだ。

 

 

()()()()()()()転移現象の出口はペアとなる源石の片割れがあるウルサスの洞窟、つまりマッド・サイエンティストのひみつ基地になる――はず。

 

レヴィ博士は、必ず箱を開けてUSBを読み取るはずだ。

マッド・サイエンティストが”転移”の最中に記録したデータを解析し、設計を改良することができれば。次回の実験はもっとマシなものにしてくれるはずだ。

 

設計通り動かなければ?

金属の箱はあの黄金の海を永遠に漂っているか、単に熱で瞬間的に消滅したかもしれない。

あるいは、僕のようにテラのランダムな何処かに転移したか。

 

いずれにせよ、マッド・サイエンティストは貴重な人生の1年間を、やきもきしながら過ごすことになるだろう。それはそれでありだな。ざまあみろ。

 

ああ、ちなみに。

 

僕はマーク・ワトニーの本を読んで育った世代なので、カプセルの中には非常に沢山のものを載せておいた。

 

”レヴィ・クリチコ記念学校”では、生徒は「中学校にテロリストが来たらどうするか」を妄想する代わりに、「マッド・サイエンティストが惑星を間違えて、火星に送りつけられたらどうしよう」と妄想するのが決まりなので。

 

そもそもカプセルの中には3人乗れるようにマッド・サイエンティストは設計したのだから、僕が私物を100kg詰め込んでも支障はない、とお墨付きも得ていたし。

 

その中身は色々あるが、とりあえず最重要なのが2週間×3人分の非常食。そして”じゃがいも”と稲、オリジ・メーバ。

 

さあ、農業の時間だ。

()()()()()()()()()()()、おがくずパンを食べるなど許せることではない。

 

「90日後にまた来てください。天災被災地でできたじゃがいもを食べさせてあげますよ」

 

*1
もちろん、この単語はテラ人が後々正式に名付けた『超域』という単語に相当するロシア語である




映画 よい!よい!よい!
ので枠も僅かですが見に行ける人は見に行きましょう



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