テラを巡る旅(不本意) 作:イグノーブルガス
1093年 1月 イベリア辺境
「起きたのね」
目を開けると同時に、パチっと照明がつく。
「……おはようございます、スカジさん」
「ええ、おはよう」
あ、いや超すごい
超強いアビサルハンターの同居人は僕が寝ている間じっと側で護衛してくれており、僕の目覚めと同時に照明のスイッチを押してくれているだけだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まあ、ちょっと聞いてくださいよ。
近くにコンビニがあればそろそろ買い替えていたであろう、毛羽立ってきた歯ブラシで歯を磨きながら、今までの経緯を思い出すから。
詳細は省くが、スカジというエーギル人女性は不運な星のもとに生まれているらしい。
恐ろしいことに、彼女が知り合ったいい人たちは襲撃や不運な事故によって続々と死んでしまう。
「厄星」という二つ名がつくほどだから、相当なものだ。
まずいことに僕は――自分で言うのも何だが――いい人で、彼女と同じ場所に住んでいる。
そろそろ話が見えてきたかな?
はい。つまり現在、僕はとても危険な状況です。少なくとも、スカジさんの目線では。
オーケイ、裁判長。認めます。
僕はたしかに、「そんなに心配なら、寝ている間見守っててくださいよ」と言いました。
誤算なのは、彼女はジョークが苦手だったということです。
彼女は非常に、非常に律儀に――毎回コンテナの中に大剣を持ち込んで――僕が起きるまで護衛をしていただいております。
流石に夜中ずっと見られていては、非常に落ち着きません!
そういう気持ちを察してくれたのかどうかは不明ですが、最近のスカジさんは護衛中、大抵Steam Deckでサブノーティカをプレイしてます。お陰であんまり罪悪感を感じず、寝ることができるようにはなりました。
(はい。僕はかのストラット管理官の決断――アーカイブにSteamの名作ゲームを残らず入れるという決断――に対して、この2年間感謝を欠かしたことはありません。)
案外、そういうのが好きなのだろうか? それとも単に海洋が舞台だからか?
僕がおすすめしたRim Worldは数日やってたみたいだけど、プレイ履歴を見ると最近は起動してないらしい。(前に聞いた話では、入植者が1人を残して全滅してしまい、やる気が無くなってしまったそうだが――うーん。初回プレイで1人残ってる時点で上出来すぎる。そのまま続けてれば入植者参加イベントがあると思うんだがなぁ)
おっと。「ゲームしながら護衛なんてできるのか」と思うあなたは一度、ゲーム中のアビサルハンターに奇襲をかけてみると良いと思います。僕にその勇気はありませんが……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ううっ」
噬星体で断熱されたカプセルの外に出ると、容赦なく冷風が襲いかかる。
テラに来て2度目の冬だ。ウルサスよりマシだと思って耐えるほかない。
いや待てよ、2度目の冬?
「2度目の冬ってことは。なんだかんだ1年もこの惑星にいるってことか?」
来年は受験があるのだが、どうしてくれよう。
テラ留学枠を設けてくれる大学があるとも思えないし、出席日数は壊滅的なことになっているだろう。とにかく、あのマッド・サイエンティストがあと半年ほどで迎えに来てくれることを祈る他ない。
一応、あの情報が届かなかったときに備えてローレンティーナさんには同じ文面の手紙と、USBメモリを持ってウルサスに行ってもらっている。龍神様もといタルラさんとフロストノヴァさんはあの洞窟の正確な位置を教えている。合流さえしてもらえれば届くはずだ。
ローレンティーナさんが道中でエンカウントする野盗の類やウルサス軍の部隊に足止めされることはないので、4ヶ月たった今頃はついていると思う。
思うが、今から研究を修正してもらった場合、一体いつ帰れるのか――?
え?帰還を諦めてテラで一生涯を過ごしたほうがいいんじゃないか?
寒冷化はしてないし、オリジ・メーバと源石がある限りは飢餓と無縁だし、地球よりマシじゃないかって?
いやあ、それはそうなんだが。
こっちはこっちで、シーボーンとか色々大変らしいんですよ。
「まさに。「隣の
「……何を考えているか知らないけれど。惑星が青くなったら困るのよ」
ちえっ、これだから”地表縛り文明”は!
いや、エーギル人にとっては海面縛り文明というべきか?
このテラの文明は歪だ。
スマートフォンを持ったスーツ姿の男女を高層ビル群ごと動かせる技術力があるくせに、未だ軌道上に物体を送り届けていない。
よってテラ人の想像している惑星の色とは、砂色の大地と漆黒の海の2つの色だろう。当然、彼女らにとって青といえば、シーボーンの色である。
そんなわけで、僕はスカジさんの呆れた目線――9割方はこんな目で見られている気がする――に耐えつつ、食事の用意を始める。
まずは金属製の大鍋を取り出して、スカジさんに食料庫のハッチを開けてもらうところから。
おいおい、またこいつスカジさん呼ぶつもりかよって?
たしかにあの御婦人には面倒をかけるが、アビサルハンターがハンドルを思い切り絞めたハッチを開けられる人間は、僕の知る限りアビサルハンターだけなので許してほしい。
ハッチが開けば地下室に入り、大鍋に食材を取っていく。
例によって、じゃがいも以外はそれほど潤沢ではない。
こういうときは、ドイツ人の知恵が役に立つ。
彼らはそのままでは食べにくい
日本人の知恵?
こいつらは即効性のあるエネルギー食品、コメだけ好んで食ってるので役に立ちません。
火星人の知恵?
う、うーん。
バイコディンって日本語にすると、何になるか知ってますか?麻薬性鎮痛薬です。
僕は良い子なので、真似したことはありません。
それはともかく、まずはスープの大枠を決める下味から。
僕は迷わず赤い色をした果実を取り――
「またトマトベースなの?」
僕はスカジさんの呆れた目線(N回目)をものともせずに、トマト缶を大鍋にぶち込む。
いいじゃないか。地球だとトマトは高級品なんだぞ。
トマトは、なかなか
アストロファージが太陽を盗んで以降気温は下がり続け、それに従って大気中の
幸い?シーボーンが国土を襲った後のイベリアでは、逆に育てやすい野菜の一つである。
トマトは塩害に強く*1むしろその状況下では甘いトマトができる。この特性は土壌塩分濃度が高い干拓地や、東日本大震災後の塩害に襲われた地域で活かされてきた。
そういうわけで。物不足なイベリアでも、トマトだけはそれなりに売っていた。
僕はローレンティーナさんとの非常に、非常に……えー、愉快な旅路では見かけるたびに買い込んでは茹でて潰し、塩水に漬け込んで保存しておいた。そのおかげでかなり在庫はある。ぼくは瓶を3つ鍋に入れた。
一番大事な、エネルギー源になる炭水化物。
じゃがいもちゃん、今日もよろしくね。僕はいい加減離縁したい
次に、タンパク質。ドイツ料理風にするならソーセージ、なければせめてハムが欲しいところだが、あいにく在庫切れ。
仕方ないので、これまた大量にある干物の魚を使う。まあほら、塩で保存されたタンパク質なところは同じなわけだから。頭と尻尾を落としてしっかり煮ればちゃんと具材になる。
後は、玉ねぎと人参を1つづつ。特に人参は、数枚浮いているだけでも食欲を大きく増加させる効果がある。在庫がある限り、入れないという選択肢はない。
食材が揃ったら、保管庫の外に出て、アビサルハンター腕力で再びハッチを閉めてもらう。
あとは大鍋から再び取り出して、トマト缶の中身であるトマトの水煮をぶつ切りにする。その間、僕は偽物の金星――ある波長の光を見せて噬星体どもに働かせ、お湯を沸かしてもらう。
しっかり沸騰したところでトマトと4つ切りにしたじゃがいもや玉ねぎ、人参をいれ、型崩れ直前まで煮込んだら、最後に塩を……スカジさんの目が「そのへんにしとけよ」と物語るまで入れる。
日本人は塩をたくさん入れたがる民族なのだ。わかってくれるかな?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「「………」」
お互い。食事中は、たいてい無言である。
別に僕とスカジさんが陰キャだからというわけではなく――いや、実はそうかも知れないが――いつも同じ味なので、述べる感想も出尽くしたからである。
「じゃ、また後で」
「……そうね。気をつけて」
食べ終わっても、大鍋にはまだスープがたくさん残っている。
これは作り置きしているわけではなく、農地を手伝ってくれている人たちが食べる分である。
液体と具材で満ちた非常に重い大鍋は、例によってスカジさんがひょいと持ち上げてしまった。
彼女は片手で大鍋を掴むと、もう片方で大剣の入ったケースを掴む。
人間3人分くらいの重量を軽々と手に持った彼女は、その人たち――サルカズという――が暮らしている、修道院の外側に向かって歩いていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さあ、いよいよ畑仕事だ。
眼の前にあるのは天災に襲われた元農地と、その周囲の枯れた森林。
森林の下にあるような土、つまり程よく腐食した栄養豊富な土壌はもう無い。
源石濃度が上がって樹木が枯れたことであっさりと風に乗って塵となり、飛んでいってしまったそうだ。
そんな痩せた大地で、農業をやる方法を教えてしんぜよう。
その1。オリジ・メーバを持ってくる。
その2。源石を砕く。
その3。源石を更に細かく砕く。
その4。源石とオリジ・メーバと水をかき混ぜる。
最初の三十秒は楽しいが、後は全部クソな力仕事だ。
曽祖父に大感謝しつつ、僕は天災被災地から源石クラスターをハンマーでガンガン叩き、(この際、粉塵や破片が口や鼻に入ってジャリジャリするのが気になるなら、口や鼻を覆うように布を巻きましょう)バケツに入る大きさに砕く。
バケツいっぱいに源石の欠片が溜まったら、これを修理した風車小屋に持っていってさらに細かく砕く。
おっと、石臼に源石をすり潰させる際はゴーグルを忘れないこと。室内で作業中、目にめちゃくちゃ粉塵が入るので。
磨り潰した粉塵状の源石は、砂地上の土にオリジ・メーバと一緒に混ぜこむ。それから、源石に汚染された水源から汲んできた水をドバドバと注ぐ。
土と水の比率は土質によって変えるべきだが、最終的に握って固まるぐらいになればよい。
理屈はまだわからないが。こうして水田の泥のような環境を作ってやるのが、オリジ・メーバに仕事をさせる、つまり一番早く源石を栄養素に変換するコツだ。
最後に。数日前に仕込んだ泥の源石濃度を測る。基準以下になっていれば、畑に撒く。
そして種イモを植える。
「ふう……」
ここまでくると、修道院の向こうに沈む綺麗な夕日が眺められることだろう。
(あと、カプセルの側に腰掛けて、こっちをチラチラ見ながらゲームしてるスカジさんもか)
そう。
やることは単純だが、このワンサイクルで1日の大半が消費されてしまう!
え?農業とはそういうものだ?
人類は近代に入るまでは1日の大半を自分の食料のために費やしてた?
うるさい。僕はボタンを押したら自動で作物が植えられ、放置したら実って、スイッチを押したら収穫されて、インベントリに入っているような仕組みが欲しいのだ。
テラよ待っていろ。いつか、この全工程を絶対に機械化してやるぞ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1093年 1月 アンブロシウス修道院から北に1キロ 天災被災地
「普通逆だよな」
新参者――イポニーツとかいうらしい――が追肥した畑で雑草を抜く作業に従事している、サルカズの一人が口を開く。
畑では十数人のサルカズが黙々と働いていた。
ここに居るサルカズは皆、今ではただのジェラルドと名乗る傭兵のリーダーによってカズデルを離れ、奇妙な縁で
たしかに、修道院は住む場所をくれた。外敵からの防衛や採掘と引き換えに、食料までも提供してくれた。
それはそれとして、物不足は変わりない。この貧しい土地に新参者がやって来れば、それは野盗だと思うのが当然の話である。伝統的な慣習として、野盗のものはそれを撃退した部隊のものとなる。たとえナイフ一本であろうと、参加した兵士は競って所有権を主張するものだ。
そしてその新参者は、野盗にしては遠目でもわかるほど身なりが良かった。撃退に向かう小隊の募集は、数十秒で枠が一杯になったという。
しかし、結果はひどいものだった。
迎撃として向かっていった小隊は残らず大剣を持った女にボコされ、次に中隊もボコられ、ついには神父とジェラルドがその女と交渉をした。
幸いにして死者や重傷者はおらず、その結果として食事――あの栄養豊富な具沢山のスープ――と引き換えに、いくらかの農作業を手伝うという合意が取れたわけだが。
ちらりと脇をみる。白い髪を長く伸ばしたエーギル人の女が、大剣を側においてビーチチェアに座っている。
アレが化物だと知らない人間はここには居ない。
全員で一斉に襲いかかったときのことは忘れられない。全員、一振りで地面に叩きつけられた。当の化物はまるで木の葉を掃除するかのように無表情で、汗の一滴も浮かべず、全員が動かなくなったのを見てからゲーム機を再び手に持ち、耳にイヤホンを差したのを見れば反抗する気も消え失せるというものだ。
それ以来、サルカズは異種族の言うことをよく聞く、忠実な農夫となった。
サンクタに家を借り、エーギル人に飯を出され、農作業を監督される。
この有様を、あの魔王の兄妹が見たらどう思うだろうか。「殿下の方は案外、拍手してくれるかもしれんぞ」とは、ジェラルドの言葉だが――
「おい、聞いてるのか?」
「ン?ああ、『普通逆だよな』って言ったよな。何が逆なんだ」
「源石が肥料になる?結構なことだ。すげえ話だぜ」
「でもよ、だとしたらなんであの世間知らずが源石を砕いて、俺達が畑を耕して、収穫までさせてんだ?」
「……なるほど!」
声をかけたサルカズの男はようやく何かに気づいて声を発した。
「普通、捕らえたサルカズに源石を掘らせて自分は畑を耕す。そう言いたいんだな?」
「考えるまでもないだろ。源石を掘るほうが何って言ったっけ、危ないが多い……」
「……リスクが高い?」
「そう、それだ!」
そんな会話をなんでもないように装いながらも、一語一句聞いていたエラフィアの男性は成長途中のじゃがいもを慎重に引き抜いて、親指ほどの大きさの芋を一粒だけちぎり、残りをそっと土の中に戻した。
そして一粒の芋を石と石の間に挟んですり潰す。
その中身に源石の粒子の煌めきが一切無いのを確認した彼は、目を見開いた。
「本当に育っている……」
前回更新から非常におまたせしました!
非常に申し訳ありません!
頭の中には話はかなり在庫あるんだけど、文章にするの大変なんだよな
お気に入り登録、高評価いつもありがとうございます!
大変励みになっています。
(感想、いつももらっては大感激しています・・・!)
(誤字訂正も大変助かってます。ここすき、もすごく参考になるので是非是非)