テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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第三話

1091年 12月14日 ウルサス 

 

スノーモービルをバッテリーの限界まで走らせると、とある寒村がある。

僕がここ数回の外出で作ったルーティンでは、まずここで一晩泊まる。そして宿泊を兼ねて小さな商店を開くのだが。

 

「キャラバンは冬になると遠くへは行きたがらないものだよ。特にこんな、何も無い貧しい村にはね……」

 

常連さんである、熊のような耳が生えた老婆がしみじみと語りだす。*1

おばあさんは保温効果のある高機能インナー*2を手に取り、値札を見て随分迷っている。

 

「……4割引きか、じゃがいも10個でいいですよ」

「いいのかい? イポニーツ、あんた……本当に稼げてるのかい?太客もいない村にこんなに頻繁に来て、値引きまで。源石燃料だってタダじゃないだろう?」

「そっちは、ツテがありましてね」

 

実際、このスノーモービルのバッテリーを再充電してくれているのは大変働き者の噬星体――英語圏ではアストロファージと呼ばれている――なので、タダみたいなものである。

それより、この村に通うのは重大な理由がある。

 

「いえいえ、龍神様の御親戚がいらっしゃる村ですから」

「またそれかい?龍神様っていうのはよくわからないけど――絶対に人違いだよ」

「その神様は農業に精通してたってあんたが話してたんじゃないか。あの娘は確かに立派な角と尻尾があるヴィーヴルで、見た目こそいいけど、畑仕事もろくにできないし―ー」

 

「いやいやお婆さん、それがね。水神様には姉妹兄弟がたくさんいて、その内一人は人知を超えた炎で神鉄を加工すると、曽祖父の手記に書いてあったんですよ。だから水神様御本人じゃなくとも、なにか知ってるんじゃないかと当たりをつけていて――」

 

「はぁーっ、まったく!近頃の若いのは、なんでこんなに年寄りの言葉を素直に聞かないんだい!」

 

まったく、あの娘はあの娘でまだ帰ってこないし……と婆さんが”苦言モード”に突入し始めてしまった。これは一度始まると、本当に止まらない。

 

「――おや、今日はキャラバンが来ていたのか?」

 

「竜神様!」「タルラ!」

 

「今日こそは教えていただけませんか。何をすればご期待に添えるのか」

「その服を着て人様の前に出るんじゃないよ!」

 

「……だから私はただのドラ――ヴィーヴルであって、君が期待するような神仙の類ではないぞ」

「それと婆さん、そうガミガミと言わないでくれ。この服は素敵な紳士にもらったもので、ばったりあったときこの服を着てないと――」

 

「なっ、タルラ! まったくこの子ったら……嘘おっしゃい! 前はそんなこと言ってなかったじゃないか!」

 

「えっ、そうだっけ? 覚えてないな……前はどう言ってた?」

 

「その服は、家族が誕生日にくれたんだって言ってたよ!」

「――!やはり遺言状のとおり、布を織るのが得意な弟がいらっしゃるんですよね!?」

 

「・・・」

「・・・」

 

えっ、なんで二人ともこちらになんとも言えない目線を?

確かに、遺言書に書いてある内容なのだが……

 

「はぁーっ、まったく!近頃の若いのは!!ほら、スープはこのお大尽が温めてくれていたから早く食べな!」

「ありがとう婆さん。――お、いつもと違って味がするな」

「もし足りなければ、振りかけてください」

 

どうぞ、と七味の入った容器を差し出す。日本から持ってきたお土産の一つだ。

彼女はそれを嬉しそうにふりかけ、ゆっくりとスープを口に運んだ。

 

「(日本語)手記のとおり、炎を司る竜神様は辛味が好きなんだな」

「……?これは、腸詰めまで入っているのか!」

「安物で申し訳ないのですが、何卒」

 

彼女がフォークでつついているのは、「ドクトル」という名前で、大豆とデンプンとちょっとの肉で作られたソ連時代から続く安物ソーセージ――らしい。

買ってきたのは今はどこに行ったのかサッパリな、レヴィ博士の研究所を警護してた兵士たちで、消費相手を失った缶詰が実験室の保管庫に山ほどある。

味はというと……塩辛い魚肉ソーセージをイメージしてほしい。

パリッとした食感が全くなく、噛むとぐにょっと潰れる。味はあるんだかないんだかわからないほど薄いが、塩分は存分にある。

――そんなものでも喜ばれるほど、この地域は色々と酷いのだが。

 

「塩どころか肉まで入れたのかい!?言うことは聞かない、贅沢はする……あんたたちお似合いだよ!いっそ夫婦になったらどうだい。源石燃料を無駄遣いできるんだから、あんたの頭と稼ぎの方は大したものだろうけど、身体の方はてんで弱くてアリーナにも腕相撲で勝てないそうじゃないか。その点、この娘は力だけはちゃんとあるから、あんたにはぴったりだよ。だからね……」

 

「いやっ、いやいや!恐れ多いですって!」

「あー……お婆さん、私にはやることがあるんだ。その後に考えるとするよ」

 

「おばあさま、タルラとイポニーツをそういじめないで」

 

「おお、アリーナ!」

 

ラッキー!

話がだんだんいたたまれない方向に傾いていたその時――対おばあさん最終兵器、アリーナさんが思いがけずやってきてくれた。

彼女は白髪、というより冬毛のような髪色をした女性だが――やはり彼女も”人間”ではない。

側頭部には触ったら気持ちよさそうな、薄く毛の生えたシカのような耳と、シカのような立派な角が生えている。

 

……地球では角があるシカはオスだけなのだが、この惑星では、シカ人間――エラフィアというらしい――は男女関係なく角が生えているようだ。

ところでシカといえば地球のシカ科は例外なく冬に入ると落角してしまうのだが、彼女たちは落角はするのだろうか?するとしたら、記念に貰えたりしないかな。いや流石にキモいか……?

 

「アリーナ、あんたからもこのわからず屋の二人に言ってやっておくれ!」

「それとタルラ、あんた肉を全部食べるんじゃないよ!アリーナにも半分残しておあげ」

 

あんたより働いてるからね!とおばあさんは最後に念を押してから、代金のじゃがいもを取りに倉庫の方に歩いていった。

 

おばあさんの言う通り、アリーナさんはどうもよく仕事をしているし、裁縫が得意な節約好きなようだ。

その証拠に、着ている服は摩耗しやすい肘の部分にパッチワークで補修した跡がある。特によく土と触れるスカートの裾の部分は所々破れているが、ほつれが進行しないよう縫い留めされている。

そんなアリーナさんと、世界史の挿絵に出てくるナポレオンのような立派な軍装のような服を着ている龍神様。

二人が並んでいるとまるで貴族と百姓のように見えるのだが――

 

「今回はどこに行っていたの?」

「別に……ちょっと散歩がてら、いい景色を見繕ってたんだ。ほら、欲しがってた風景画も描いてもらってきたぞ」

「あら、覚えててくれたのね。本当にありがとう、タルラ」

「この筆遣い……この辺りの画家が描いたものじゃないわよね」

「【知らない単語】の画家は、【知らない単語】の筆しか使わないもの。ましてや【知らない単語】なんて。この毛先の柔らかさは【知らない単語】ね。しかも【知らない単語】」

「【聞き取れない速度の会話】」

「【聞き取れない速度の会話】」

 

彼女らの話はウルサス語初学者向けのリスニングテストを遥かに超えるネイティヴ速度に達し、もう何を言っているのか聞き取れないが。

僕の目の前にいる二人はまるで同級生の女子と喋っているかのように、対等に(ちょっとアリーナさんが優勢なくらいに)喋っていることは確かだ。

 

「つまり……アリーナ、お前とも、もちろんイポニーツとも関係のない――」

 

「た、大変だ!」

「ん?」

 

リスニングテストに集中していると、突如として焦った男がやって来た。

 

「婆さん、感染者監視隊だ!」

「しかも、村の外で爺さんと揉めてるんだよ」

 

倉庫から出たところでそれを聞いたお婆さんは血色が一気に引いてしまったような顔になり、あれほどいつも大事にしているじゃがいもを袋ごと落としてしまった。

 

「感染者……監視隊?巡回の医者ですか、アリーナさん」

「違うわ。説明は後でするけれど、恐ろしい存在よ。あなたは……感染者じゃないようだけど、目立たないようにしないと、危険な目に遭うわ」

 

「あんたも早く物を隠しな!商品を全部持っていかれてしまうよ!」

 

あー、なるほど。なんとなく事情は掴めた。つまり汚職警官みたいなやつなのだろう。

 

僕は言われた通りスノーモービルを家の影に隠し、荷台には布をかけておく。

 

その最中。立派な剣が広場のそばにあるのを見つけた。

あれはお婆さんが「このナタを買い取ってくれないか」と毎回持ち出してくる、素人目ではとても値段がつけられない立派な剣だが――ついでに隠しておこうか?

 

「お婆さん、こんな所に置いていたのか!」

「あ、あのナタ!」

 

お婆さんは「タルラ、そのナタはだめだ!」と叫んでいるが、彼女は全く気にせずその柄を握る。

タルラと呼ばれている龍神様は迷いなくそれを手に持ち、村の外へ駆け出していった。

 

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「この村には金にできるものどころか、食べるものもないんじゃ!」

「ほお?その割にはうまそうなスープの匂いが漂ってくるようだが?」

マスクを微かにずらし、匂いを嗅いだ監視隊は老人に詰め寄る。

 

「胡椒、それとスパイスか?周辺の村で、こんな食欲を唆るいい匂いのスープを昼から食べているところなんてなかったぞ」

「あれは……うちの娘を娶りたいとかいうもの好きが余所から来て、気を引こうと振る舞っとるんじゃよ」

「移動都市の住民か、キャラバンか?雪で閉ざされた峠を超えてまで会いに来るほどの、そんなに美しい自慢の娘がいると言うなら。後で俺達にも()()()()()()()じゃないか、爺さん――さあどけっ!」

 

隊員が老人に鞭を叩きつけようと腕を振りかぶった、その瞬間。

 

「ああ、見るだけ見たら帰るがいい」

 

別の方向から聞こえてきた若い女の声に思わず手を止めた監視隊に、タルラは剣を振るった。

 

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1096年 12月23日 チェルノボーグ地下

ハァ、そうだ。彼女はためらいなく、感染者監視隊の腕を斬りつけたのだ。

 

「……鉱石病の感染者は身体が徐々に結晶化し、最後には感染性の粉塵を撒き散らします」

「しかし、接触感染の報告はなく、同じ空間を共有したり、触れてもリスクはありません」

 

おおっと、話の途中だった。

 

今の状況だが、アーミヤ、という名前の製薬会社ロドス・アイランドのCEOが、初歩の初歩らしき知識について即席の講座を開いている。

聴講者は僕と、黒いフードの人物、ドクター。

彼は雰囲気が大学教授とかそういうタイプに見えるので、いつこの若いウサ耳女性に「素人質問」が炸裂するのか冷や冷やしていたのだが、ドクターという人物は僕以上に重症なのか、何も思い出せていないようだ。

 

「どうした、聞いているのか?顔色が悪いぞ」

「ああ、タルラ、そしてアーミヤさん。申し訳ない、貴女があの村で感染者監視隊の片腕にナタを振るったところが頭に浮かんで――」

 

「記憶を思い出したのか!?」

 

彼女は声を荒らげ、”ナタ”の鞘が地面と擦れて嫌な音がなった。

 

「ごく一部ですが、多分そうだと思います」

「それで、聞かれてたのは”感染者をどう思うか”ですよね」

 

この話題については、数え切れないほど聞かれたような気がする。その殆どは思い出せないが。

だが、たしか最初に聞いてきたのは―ー

*1
面白いポイント――この地域は熊が住人なのだから熊害が少ないと思いきや、裂獣というモンスター級のでかい熊がいて、軍人でも単独では勝てないらしい。

*2
言うまでもなく古着で、むさくるしい傭兵たちが着ていたものだ

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