テラを巡る旅(不本意) 作:イグノーブルガス
フェイゼへ
前回の話の続きをしよう
私は、イポニーツが服を脱がされ、鞭打たれ、そして財産を奪い取られるのを窓から眺めていた。
監視隊は彼を取り囲んでおり、そして可燃物を満載したスノーモービルが停まっている。ここでアーツを使えば、彼も無事では済まない。
良かったことといえば。
彼は鉱山に連れて行かれなかったし、後遺症もなかった。お婆さんの咄嗟の介入のおかげだ。
そして私はというと。お婆さんとアリーナから「お爺さんが今朝早く家を出て、彼のスノーモービルで感染者監視隊の移動ルートに先回りした」こと、「お爺さんは自ら申告して処刑され、村と私を守るために犠牲になったのだ」ということを聞き、すべてがもう終わってしまったのだと悟った。
いいだろう。今日のところは、肥え太るがいい。いずれ団結した感染者の怒りの炎が、贅肉から滴り落ちる油ごと燃やし尽くしてくれる。
そうして私は彼らを見逃してやり、荷物を纏め、アリーナとともに村を出る用意をした。
……ああ。残念なことに、彼女も感染者だった。
「……ここのようだな」
私とアリーナは、短く一言だけ告げて足を止める。
後ろから、イポニーツも恐る恐るついてきた。彼は背中の傷が痛むらしく、歩き方にぎこちなさがある。
そして、彼は私とアリーナの間から顔を覗かせた。
……彼の目は大きく見開かれ、声も出ないようだった。
どうやら、彼は感染者が『崩壊』する様子を初めて見たどころか、知識にすらなかったようだ。
世間知らずにもほどがあるな、と少し彼に怒りを抱いた頃。
死体が煙となって消え去るさまを見て、彼は突然動いた。
手袋の内側に雪を詰め『活性粉塵を手で拾い集めた』のである。
私は心底驚いた……そして説明を求めた。
どうやら、彼の祖国ではターラー人のように火葬を行うらしい。
特異的なのは、そこからさらに遺灰と骨を箱に入れ、家の中に作った墓に安置するということだ。
そうして彼は、空の硝子瓶に手で掬った粉塵を目一杯詰め込み、溶かした蝋で密閉した。
「悪いアイデアではないわ。村はこれから移動してしまうから、お婆さんがここに来るのは大変でしょう?」
アリーナの意見に「そうかもしれない」と私は答えたと思う。
記憶が曖昧なのは理由がある。
その直後に、アリーナが烈火のごとくイポニーツを叱り飛ばしていたからだ。
その様子は、あらゆるウルサス語の語彙を叩きつけているようだった。
実際、彼が知らないだろう
ともあれ、彼の初級ウルサス語の語彙には、「馬鹿」「無謀」「衝動的」「愚か者」といった非常に重宝する単語が増えたはずだ。
アリーナは最後に「あなた達二人はおばあさまの言う通り「似た者夫婦」だけど、暫くの間はブレーキ役がいたほうがいいわね」と大変失礼なことを言い残し、太陽が随分傾いたところで彼を解放した。
そして、三人で村に戻り、お婆さんに最後の挨拶をした。
お婆さんは瓶の中身を見て泣き崩れ、藁で包んだそれを酒のおいてある棚に並べることにしたようだ。
最後の最後に、イポニーツは全員の集合写真を取りたがっていたが、皆丁寧に辞退した。
襲撃犯と一緒に写った写真。そんなものをお婆さんが持っていれば追求を受けるだろうし、私たちが持っていてもいつか焼けてしまうか、万一監視隊の手に渡ったときにお婆さんに危害が及ぶだろう。
お婆さんはお婆さんで、最後まで「イポニーツはいい人だから絶対に逃がすな」と何度も何度も繰り返してくる。いつもなら適当に撒いて逃げてしまっていたが、今度は本当に逃げてしまうので辛抱強く聞き流す他ない。
そしてそれを聞かされる彼はといえば。まんざらでもない顔をするので、わざと手を握り、手首にある結晶を軽く擦り付けてやった。
彼の顔は真っ青になるかと思いきや、真っ赤になった。
違う、そうじゃない。
しかしそのとき、ふと思った。
その境目をなんでもないように踏み越えられる彼に、私は思想的に敗北しているのではないか、と。