テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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第五話

1096年 12月23日 チェルノボーグ地下

 

手がつるつるになったような気がする。

 

そう。結局あの場にいるほとんどのメンバーと握手をしたのである。

通天閣の何と言う名前だったか。触れるとご利益のある像、あれになった気分だ。

 

「さて、そろそろ移動しましょう。ウルサスの軍警察もそろそろ本気になってくるはずですから」

 

「アーミヤ、そのことだが……」

 

「あっ、そうでした。レユニオンとレインボーの方々はここから更に地下に行くんでしたよね」

 

鳶色の目をした衛生兵、Docは少し考え込むふうにして、口を開いた。

 

「そうだな。うまく行けば元凶のマッドサイエンティストと一緒に、地球に帰れるだろう」

 

「では、ここでお別れですね……レインボー、そしてレユニオンの皆さん。本当にお世話になりました」

アーミヤCEOはウサ耳をくにゃっと曲げ、寂しそうな表情になる。

 

「そうだな、でもあのマッド・サイエンティストをとっ捕まえたら?」

「今度はもっと安全に行き来できるようになるかもしれない」

 

その時だった。

 

《……ザッ》

 

アリーナの無線機が数回、低く唸る。この大地で最も強力な秘話性を持つモトローラ製デジタル無線機が、コードスケルチを受け取って沈黙を破ったのだ。

 

「この符号、スノーデビルから……『()()()()()』……!?」

 

それは挿話ボタンのプレス音のみで通達された警報だった。つまり、相手方は声も出せないほど切羽詰まっているということだ。

 

「エレーナが!?クソ、予定を早める必要がありそうだ。イポニーツ、直ぐに移動を――」

 

タルラの決断的な声が響く。レインボー小隊は隊列を組み、扉から飛び出し、安全を確保するための警戒網を形成する。Tachankaが僕の肩を押し、Blitzが最前列で拳銃と盾を構える。

 

だがその次にタルラが扉を出る瞬間。黒いフードの人物――ドクターが端末を握りしめながら呻いた。

 

「やめた……うが……いい」

 

「あの……人達……危ない」

 

それが彼の喉から漏れた途端。テレジアという名の女性は白く細い糸を次々と繰り出し、僕やタルラ、そして同行するレインボー小隊の隊員の胴体に巻き付けていく。

 

「捕まって!」

 

その指示が放たれた直後。

 

「何だ!?」

 

Blitzがしっかりと盾を前面に構える。冷風が背後から吹き寄せ、次いで猛烈な熱風が前方から押し寄せる。その熱風を吸い込んだ喉はまるで全開のドライヤーを突っ込んだかのような騒ぎで、肺が膨れ上がる感覚があった。

 

「――退避!!」

 

Ashの叫びと共に、通路の天井が投光器に照らされたように明るくなった。

 

いや、それは光ではなく炎だ――天井全体を炎が埋め尽くしている!

 

先頭にいたBlitzも、これは盾で防ぎきれる範疇を超えていると判断したのだろう。彼は盾を斜めに構え、床に半分寝そべるような姿勢を取った。

阿吽の呼吸で、Tachankaというロシア人の大男が糸を手繰り寄せ、炎を盾でぎりぎりまでやり過ごした彼を室内に収容する。

 

「――これもアーツか?カッコ良過ぎだろ」

 

「手を挙げてヘルメットも外せ!顎と脇を冷やすぞ!」

 

DocがBlitzの腕を上に上げてプロテクターを外し、ロドスのオペレーターは彼のヘルメットの顎紐を外した。そしてどこからか持ってきた氷を関節や喉に当てている。

 

横を見ると、戦闘員らしき人が杖を輝かせて大気中から氷を作り出していた。

(おお、それ照明器具じゃなかったんだな)

 

なるほど。どうやらアーツとは魔法の気取った言い方ということか。

 

「あの炎、まるでタルラのアーツみたいじゃないか」

「だとしたら、俺達が叶う相手じゃないぞ」

 

「ねえタルラ。あなた、もう秘密はないと信じたいけれど。実はケンカ別れした姉妹がいたとか……」

 

タルラは眉を顰め「妹はいるが、アイツは炎を吐かないぞ」とアリーナの言葉を否定した。

 

「そうですよね。ケンカするときは墨汁を吐くんでしたっけ?」

「だから私は神仙の類ではない!」

 

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15分後

 

「やむを得ない。我々はロドスとともに一時撤退。ロドス本艦で休息と調整、そして別ルートでの侵入法を見つけ出す」

 

Ashの決定的な宣言で、一同は地上階への螺旋階段へと足を踏み出した。今度はElaというらしい緑色に髪の毛を染めた兵士が先頭だ。彼女は、時折自分が設置した罠を回収しながら登って行く。

 

「イポニーツ、もう少ししっかり立て」

タルラの声が横から聞こえる。彼女は疲労でふらつく僕の腰に手を回し(お忘れかもしれないが、僕は冷凍庫から取り出されて1時間経っていない)半ば抱えるように階段を上がっている。

 

『止まって』

 

Elaは片手を鋭く上げ、ハンドサインで停止を指示した。

しばらくすると、踊り場から人影がぞろぞろと階段に入ってくる。

 

「ちょっと待て……お前たち、スノーデビルか!?」

 

タルラが驚いた声を上げた。彼らは相当な攻撃を受けたようだ。

誰もが防寒着を焦がし、火傷や擦過傷を負っている。

 

仲間らしい、と判断したレインボーの隊員は銃口を下げた。

そして声に気づいた負傷兵たちのうちの数人が、僕の顔を見た。

彼らはかなり痛んでいるであろう足を動かして近寄ってくる。

 

「やっぱりイポニーツか!久しぶりだな」

「寝起きのところ済まないが、姐さんのために血を貰えないか。かなり無理をし過ぎてて」

 

「……えっ、血液が必要なのか?」

思わず聞いてしまった。

 

「ああそう、そうなんだよ!」

「姐さんが氷の壁で砲撃と炎を防いだんだけど、ロドスの抑制剤を全部使い果たす勢いで――」

 

一人の小柄な男性がまくし立てるように話しかけ、僕の腕を取った。

彼は有無を言わせぬ勢いで僕の腕をめくり、他の連中がポーチから注射器を取り出すのを急かしている。

 

どうしよう。実は僕は、注射が大嫌いなのだが――

 

しかしながら。

そんな()()()()()()躊躇心は、担がれて運ばれてきた女性の顔を見て吹き飛んでしまった。

 

「オーケイ、僕は体内に5Lの血液を持っている。彼女は何L欲しい?」

 

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1092年 8月25日 ウルサス某所 

 

テラにおける廃坑とは、大体の場合源石を採掘しつくした後放置された洞窟のことである。

最もウルサスでは、源石より先に採掘に使う囚人を使い果たして閉山になった場所も多いらしい。

 

この洞窟がどちらに属するものなのか、君は興味が出てきたかな?

 

それはさておき。

 

「どう見てもただの廃坑に見えるが……」

 

【フロストノヴァ】というコードネームらしいうさ耳の長身女性は白い息を吐きながら、怪訝そうな目付きで僕達を見た。

 

「ああ、ちょっとそこで止まっててくださいね」

 

「さて……【シアンは湿気ってる】」

『――それは随分前の合言葉ですわよ?』

「わかってる。まあちょっと後ろにお客様がいるのでね」

 

()()()()ですの?』とインターコムの向こうで、我らが没落令嬢は呆れたような返事をする。彼女たちが帰ったあとが少し怖い。

 

しばらくして、洞窟内でカチンと金属が外れる音が反響した。彼女が薬室を開け、PKM機関銃から弾薬ベルトを外した音だ。

 

「よし、行きましょう」

 

レヴィ・クリチコ博士の実験室の扉から横に90度。実は、ここに廃坑の入口がある。

(というより我らがマッド・サイエンティストとその引っ付き虫が、廃坑にめり込んで出現したというのが正しいかもしれない)

 

洞窟の天井は、以外にも明るい。照明が配備されているからだ。

その殆どが、廃墟から拾ってきた白熱電球だ。マッド・サイエンティストの手中にある旧式の原子炉が生み出し続ける無尽蔵の電力だから、電気代の心配はいらない。

 

そして、風除けと断熱を兼ねたビニールのカーテンをくぐると、ようやくリーダーがお客様に見せたかったものが見えてくる。

 

「これは……!」

 

フロストノヴァ、と呼ばれた女性は暫し立ち尽くした。

 

背が曲がった稲穂が、坑道を埋め尽くしている。

 

それは「広い平原で、機械で収穫するために背を高くしよう」と開発された品種と、「感染者や囚人など、腰を曲げて働けばよいであろう」と考えたウルサスの監督者が背を低く作った坑道の、時を超えたコラボレーションだった。

 

「フロストノヴァ、これを見ろ。何なら、目に見える範囲を刈り取って持っていってもらっても構わない」

 

「だよな?」と聞かれたので、頷いておく。

しかし心の内では大反対だ。ここで稲を渡した本数だけ来年の種籾が減り、最終的には植えられる水田の面積が減ることになる。

 

ただ、彼女は強引な交渉をして、予想外の成功を持ち帰るタイプのリーダーだ。

彼女に合わせ、「どうぞどうぞ、気が済むまで持っていってください」という顔をすることにする。

 

フロストノヴァ、と呼ばれていたウサギ女は稲穂を摘まみ、その中身が本当に穀物なことに驚きを隠せない様子だった

 

「見ての通り、これが育った土壌は源石粉塵が積み重なった廃坑の土壌だ。天災の被災地より酷いと言えるだろう」

 

「それだけじゃない。この土に肥料の独特の匂いは全く無い――まさか、この品種は源石を養分に成長するのか?」

 

「……鋭いな。だが、一定の条件が必要だ」

 

「どうだ、同盟の話に興味が湧いてこないか?」とタルラ様はフロストノヴァに向かって微笑んだ。

 

「……いいだろう。父さんには伝えてみよう」

 

「じゃあ貴女は今日から僕らの友達ということでいいのかな?」

 

僕は手を差し出した。

というのも、何故か感染者の人たちは握手を頼むと困惑し、次になぜか笑顔になるので。

 

「申し出はありがたいが――私の手で握れば、凍傷になるぞ?」

 

「なら、これは?」

 

僕は拳を突き出す。いまいち伝わってない様子なので、僕は左右の手をぶつけ合った。

ようやく彼女は意図を理解し、できるだけ冷たい手を当てないよう、勢いをつけて僕の拳に拳を当てる。

 

――うん。凍傷にはならなさそうだが、しばらく手を開けない痛さがある。

 

忘れてはいけない。彼女は恐ろしい凍原の姫、僕は漏れやすい涙腺を持つひ弱な地球の一般人だ。

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