テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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第七話

1092年 12月28日 とある野営地 午前5:45

 

内心はどうあれ。表面上は今まで通りに振る舞おうと決めた。

そう難しいことじゃない。人間は異常事態に置かれても、そのうち適応するようにできている。

普段の彼女たちの様子を思い出せ。

 

アリーナさんは子どもたちのために授業の用意をしている。

タルラ様は仲間を増やすたびに得意げな顔をして、実は中身が猫耳な盾兵に反対意見をもらい、それでも押し通している。

フロストノヴァさんは……昼間は哨戒やら戦闘やらに出向いててあまり会う機会はないが、夜になると焚き火を囲んで、隊員と歌を歌っている。

 

ほら、みんな適応していつも通りの生活パターンを作り出している。僕にもできるはずだ。そうだろう?

 

「おっはようございます!」

「あ、ああ。おはよう」

 

僕は元気に挨拶した。番人をしている盾兵のおじさんはいつもは頷くだけなのだが、返事を返してくれた。僕の元気に当てられたのだと思っておこう。

 

いつも通りできるだけきれいな雪を見つけて、アルミニウムの飯盒に入れて異星人製の素晴らしいコンロに置く。これはレヴィ博士が紅茶という匂いだけの気味悪い液体を作るのに使っているハンドメイド品だが、彼らもコーヒーを沸かすほうがいいと同意してくれるはずだ。

 

とにかく、彼らは常に96.4℃を保つ*1ので、僕と雪は珍しく貧乏人の側に立てる。

さあ世界的富裕層の噬星体諸君、熱力学第二法則に従って熱を恵まれぬ僕らに渡すべきだよな?

 

僕がいつも通り雪が溶けるのを待っていると、後ろからアリーナさんの声が聞こえてくる。

「イポニーツ、ちょっといい?」

 

彼女は深刻な顔つきをしている。……嫌な予感がするな。僕はできるだけにっこり笑うことを心がけ、口角を上げて振り返る。こんな感じかな?

 

「ええ、貴女となら24時間つきっきりで話しても構いませんよ」

 

ううん、さすがにちょっと気持ち悪かったか?

 

「……あなた、今朝は検温をしたのかしら」

 

「え、検温?」

「急性期の症状でよくあるのは、発熱なのよ。忘れちゃった?」

 

即座に冷たい手(念の為言っておくがフロストノヴァ、つまりエレーナさんの手はこの数十倍冷たい)が額にあてられる。

 

「イポニーツ」

 

彼女は僕のほっぺたを両手で挟む。

視界に入った彼女の表情はいつになく悲しそうだ。だがその瞳は大きく開き、真っ直ぐに僕の目をを見つめている。

僕はすぐに目を逸らした。彼女の柔らかそうな短い毛の生えた耳が、いつもより下向きになっている。

 

「イポニーツ。貴方がいざ感染した途端、鉱石病が恐ろしくなったことを責める人は、ここにはいないわ」

 

それを嗤う人もね、と彼女は続ける。

 

「――ああ、もし居たら?私が追放してやる。カップに源石を入れた犯人共々な」

 

後ろから声がして、肩に手が置かれた。タルラ様がいつになく真剣な顔をしている。

 

「お前は感染する前から、私の大切な仲間だ。仲間を故意に傷つけるやつは、一線を越えている」

 

気づいたときには、僕はアリーナさんの胸の中で、非常にみっともなく嗚咽を漏らしていた。

 

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1096年 12月23日 チェルノボーグ

 

今にして思えば、当時の僕はかなりピエロだったな。

 

あれからしばらくのことは詳細には思い出せない(したくないだけかもしれない)が、別にいいと思う。

 

 

もったいぶるのも良くないぞ、脳みそくん。早くネタバレし給え。

 

僕は感染していなかった。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()。やった、よかった、わーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソが。

 

目を開くと、僕の右腕から彼女の左腕に、血液が流れていた。

それに従い、凍てついていた周囲の温度が徐々に戻っていく。暴走したアーツが抑制されているのだ。

 

「これは、緩和されている……のか?」

「あらドクター。歩ける元気があるなら、手伝ってほしい仕事があるの」

 

黒フードの人物(いい加減ドクターと呼ぶべきだろう)は興味を引かれた様子で近くによってきたが、桃色の髪をしたテレジアという女性に別の仕事を割り振られて離れていく。

 

「お前達、何があった?スノーデビルを退けられるほど、軍警はまだ大規模な行動を起こしていないはずだが」

 

「軍警どころじゃない!」

()()()()()()()()()()、そして()()()()がいっぺんにやってきて、地上はもう、窓が割れてない建物がないんじゃないかってくらいの大惨事だ!」

 

「そんな状況なのか!?」

 

気絶した患者と血液袋(つまり僕だ)を挟んで、隊員の報告を聞いたタルラは暫く迷うような様子を見せた。

そして決断したのか、アリーナに無線機の送信機を借りたところで――

 

「―ーっ、イポニーツ、そしてタルラか?」

 

フロストノヴァは目を覚ました。

 

 

同時に、彼女は僕の手を無意思に握った。いつの間にか習慣になってしまったようだ。

 

もちろん、凍傷にはならない。

彼女の体内では、僕の――はたらく細胞たちのうちの誰かが駆け巡り、源石に一時停止の看板を突き立ててたり、分解したりしている(詳しい原理は、君が解き明かしてくれ!ノーベル医学・生理学賞は君のものだ)

当然、アーツも暫くは停止するのだ。

 

「すまない。区画分離の準備が完了した途端、持ち場を奪われてしまった」

「区画分離?」

 

ああ、と彼女は僕のために説明をしてくれた。

 

「私たちの作戦は、最低でも中枢区画を持ち去ることだからな」

「本当は工業区画も分捕りたかったが、この様子だと廃墟になるのは時間の問題だろう」

 

区画?分捕る?

 

「あー……こいつは今、冷凍冬眠の関係で脳みそがふにゃふにゃでな」

「いつもそうじゃないか?楽観的なところはお揃いの夫婦だ」

 

「……アーツが使えるようになったら氷ごと気化させてやる」

「ごほん、一般に移動都市はいくつかの区画の連結でできている。最初から大きなものは作れないからな。小さなブロックを建造して、順番に繋げていくんだ」

「最初に作られるのが『中枢区画』。特にこのチェルノボーグという都市は特殊で、『石棺』と最下層に君たちの『研究所』がある」

 

 

 

 

「そうよ。このチェルノボーグの最下層には、あのレヴィの実験室が引っ付いてるの」

 

Elaと名乗った緑色の髪の毛をした軍人は、解説を途中で引き受けた。

 

「あのマッドサイエンティストが、セルゲイとかいう博士と何度も会合しているのを、ドローンが捉えたの」

 

「ああ、そしてリュドミラのおかげで、石棺の膨大なエネルギーで『転送装置』をもう一度開こうとしていたことも裏が取れた」

 

「リュドミラ?」

 

聞いたことがある名前だ。何度も会話した記憶もある。しかし直接顔を合わせないと、中々思い出せないものらしい。

 

それよりも。

 

「ちょっと待ってください。あのマッド・サイエンティスト――もといレヴィ博士は自前の原子炉で起動してませんでしたっけ?」

 

「あれは自前じゃなくて、不法占拠していたものよ」とIanaというレインボー部隊の隊員は僕の認識を訂正した。彼女は白髪で色素が薄い。白髪が多いレユニオン幹部に溶け込みそうな容姿をした彼女は、いくつか線のあるグラフをタブレットに表示した。

 

「それは最大の謎だけれど、良くない発想がいくつもできてしまうのよ」

「これはチェルノボーグの中枢区画で、ドローンが数カ月間かけて収集した、水道管と冷媒管の流量データ。これを見る限り、原子炉があるはずのレヴィの実験室を冷やしている形跡がないの。冷温停止状態ですらない」

 

「つまり、燃料棒は抜き取られている。ということね」と彼女はゾッとするようなことを口にした。

 

「核燃料を転用した後にできるものなんて、そう多くないわ」

 

”ジャパンスラング”!

*1
もちろん。彼らのスイッチを全開にすれば、文字通り一瞬で沸騰する。アルミの飯盒ごとね

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