テラを巡る旅(不本意)   作:イグノーブルガス

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第八話

1096年 12月23日 チェルノボーグ

 

「手近なものに掴まれ!」

 

僕たちは前後左右から轟音と衝撃に襲われている。

例えるなら、旅客機が滑走路上で離陸を開始してから、タイヤが地面を離れるまでの時間。あれが永遠に続くような感覚だ。

 

「よし、終わったぞ」

 

なにが?と思ったらいつの間にか、僕の腕から注射針とチューブが外され、ガーゼとテープが巻かれていた。ふーん、君は注射がうまい!

人間という種族は、興味深い出来事に遭遇すると、その間に針が抜かれても気づかないものなのだ。わかってくれるよな?

 

ともあれ、暫くすると感じられるのは水平方向への緩やかな加速度だけになる。

金属の擦れる悲鳴のような音を除けば、快適そのものだ。新幹線には遠く及ばないけど。

 

「これは、区画分離か?一体誰が」

「さあな。だが本来、切り離しには最低でも数時間、十時間程度が必要とマニュアルに明記されている」

「内循環への切り替えが済んでもいない状態で強引に動かせば、水道、電力、物流。すべてに負荷がかかる。だから私たちが準備を完了するまで身を潜めていたのだろうな」

 

「それでこれからどうするんだ、タルラ?」

 

「各幹部には機を見て撤退するよう伝える。この中枢区画を強盗しようとしている、私たち以外の組織が一体何なのか想像はつかないが――」

感染者まで確保したい組織があるはずもない、とタルラはそこで一度言葉を切った。

 

「まずイポニーツとアリーナ、そして常温の白兎。彼らをロドスの飛行機械に相乗りさせて離脱させる。その後、私たちは低層に安全に降りれる別の道を探し、確保する」

 

「わかった、だが移動中の都市からどうやって脱出を?」

 

「司令塔にはミスターがいる。まだ持ちこたえているはずだ」

「低層の安全を確保したら、そこにある中枢区画用の非常用ブレーキを作動させる。そうすれば、下層からの離脱と物資の回収は容易になるだろうからな」

 

「ミスター?」

「ミスター・パトリオット、ボジョカスティを説明するとすごく長い時間を消費することになる。一言で言えば、この大地で最も強い男だ」

 

間違いなく見れば思い出す、と彼女は端的な説明で終わらせてしまった。

 

うーん、シュワルツネッガーみたいな人だろうか?

僕は筋肉モリモリマッチョマンなイメージを頭に描いたが、脳みそくんは『違うぞ』と盛大に警告している。一体どんな恐ろしい怪物なんだ……

 

「何を想像しているかは知らないが、すぐに移動するぞ」

僕は我らが”冷酷な”リーダーに非情な命令を受け、立ち上がれと急かされる。

……皆さんお忘れかもしれませんが、僕は1時間半前まで冷凍されていて、今さっきそれなりの量を献血して貧血なんですよ!

 

ううっ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

20分後。

 

 

地表に出た僕たちを待っていたのは戦場だった。

 

大河ドラマで見るような、緑の草原で旗刺しを持った兵士がわあわあと組み合うものではない。

空を覆う黒い煙、砲撃で割れた地面と崩れた建物、遠くで雷鳴のように響く砲声――

映像の世紀で見るような、近代的な戦場だ。

 

僕達は瓦礫となった建物内を、大通りに沿って通り抜けるように進む。

 

割れたガラスの向こう、路上では、生気をなくした集団がぞろぞろと行進している。

その集団には白い仮面とマントを着たレユニオンの兵士と、黒いコートに身を包んだ憲兵団が混じっており――彼らが双方とも正気だったら、ウルサス史に残る歴史的和解であろう。

だがその目の中には紫色の炎が灯っていて、まるで何者かに操られて歩いているようだ。

 

「耐え難い冒涜だ」

 

それらの移動を、壁に隠れてやり過ごしている間、タルラは無意識にリノリウムの床を焦がす。

溶けだした樹脂の嫌な匂いが漂ってきた。

 

「あー、その。彼らはゾンビなのか?」

Blitzは控えめに問いかける。それに対し、タルラは燃え盛る怒りを宿した瞳で答えた。

 

「ランクウッドの映画とは違う。救う方法がないことは同じだが、彼らは何者かに()()()()()()

 

操られている?

 

【操られている】【タルラ】【炎】

『――いいのか?君は私に一度焼かれたんだぞ?』

 

なんだか嫌な記憶を思い出しそうな気がするが……

 

突然心臓が跳ねるように動いて、背後の体温が恐ろしく感じる。

肺はあの時のように焼けてしまったのか、どれだけ早く息を吸っても、酸素を取り込んでくれていないのか、どんどん息苦しくなっていく。

 

「イポニーツ、おい、一体どうした?」

寒いのか?と背後に手が添えられ、耳元から恐ろしい声が聞こえてきた。

僕は何かを言い返したかったが、喉は焼けたように乾いていて、声が出ない。

「やめてタルラ!――彼から離れて。悪化させてるわ!」

 

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村が燃えている。

 

僕は銃身が2つ並んだショットガンを構えた。元はといえば、レヴィ博士がソ連崩壊後に自衛のため買ったもので、安物のショットガンらしい。

その割には、「議長殺し」などと大層な異名がついている。

でも安物だろうが、この20ゲージの弾丸を撃たれたら結構痛いと思う。

 

僕は彼女に真正面からぶつかってとても勝てるとは思えない。

羽虫がガスコンロに勝負を挑むようなものだ。でも羽虫だって、電気回路に飛び込めばコンロを止められるかもしれないだろう?

だから、この茂みから彼女の脚を狙って――

 

やばい、目が合った。

 

「そこにも隠れていたか。虫けらどもめ」

 

僕は声が聞こえた途端に逃げ出す。だが、2歩目もださぬうちに背中に何かが当たって転倒する。

擦りむいた傷の痛みより先に、優先すべきことがあると背中の痛覚が教えてくれた。

化学繊維でできた防寒具は熱であっさり貫通。多分シャツも大した抵抗を見せなかったのだろう。僕の背中はゲームのモンスターのように燃えている。

 

あつい、あつい、あつい!

 

なお悪いことに、化学繊維の原料は石油だ。熱を加えられた彼らは液体に戻り、僕の全身をじっくりと焼き上げる用意が――

 

 

 

 

『それはまだ、思い出すべきではないわね』

 

ふと気づくと、僕は水田の畦道に腰掛けていた。

足元は湿った土の上に雑草が生えていて、うっかりすると水田に落ちてしまいそうだ。

いや、服を見ると泥だらけだ。覚えていないが、何度か落ちているらしい。

むしろ自分から入ったような気もするが。いずれにせよ、地球の平均気温が今より高かった時代の思い出だ。

 

顔を上げれば、高くもないが低くもない山が村の周囲を覆っていて、傾いた電信柱から伸びる電線にはカラスや燕が止まっている。

 

横を向けば、まるで統一感のない住宅が水田地帯に点在している。瓦屋根の家もあれば、鋭角的なプレハブ工法の新しい住宅もあるし、細長い土地にはアパートが建っている。

 

ただ洋ゲーにありがちな「それ中国風だぞ」と突っ込みたくなる朱色の主張の激しい家屋は一切ないし(しかも高層ビルの屋上にあったりする)非現実的な量の山を覆う桜の大群もいない。

日本人を十人あつめて聞けば、十人とも「ああ、これが日本の原風景だよね」と答えること違いない、完璧な景色だ。

しかし、なぜこんなところにいるのだろう?僕はもっと地獄のような光景に囲まれていて、何かに向き直っていたはずなのだが……

 

後ろからは、コツ、コツとゆっくり、しかし確実に桃色の髪をした女性が近づいてくる。

彼女の手の中には昔話で出てくるような糸巻きがあり、そして()()()()()()()()()()()()()()がそこにぐるぐると巻き取られていって――

 

 

 

 

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「はっ!?」

 

「目が覚めてよかったわ。あなたは私たちダブリンの現状における最有力目標だから、聴いててくれないと困るもの」

 

どれほどの時間かわからないが、気絶していたらしい。汗がびっしょりで、吐き気もする。

ともあれ目が覚めると、ニューメンバーが増えていた。緑髪の猫耳の女性。彼女は英語を話す。

 

白い仮面をつけたレユニオンと対象的に、彼女の部下は黒い仮面をつけている。

装備はクロスボウと自動小銃が多めといった感じだ。それも相まって、黒く染めたレユニオンみたいな雰囲気がある。

 

……訂正しよう。ニューメンバーというほど友好的ではなさそうだ。

レユニオンとロドス、そしてレインボーは銃口を突きつけ、彼女らの部下である黒仮面もまた銃口を突きつける。

うーん、白と黒だから。お互いに仮面を取って、それを五目並べして勝敗を決めないか?駄目だろうか。

 

「――先程も言ったとおり、私たちは交渉しに来たの」

「交渉だと?」

Fuzeという防弾マスクで顔を覆った男が銃口を向けつつロシア語訛の英語で返答すると、「そうよ」と緑髪の猫耳の女性は肯定した。

 

「地下の研究所の周辺にある、『石棺』のエネルギーで稼働する遠心分離機の産物。それさえ手に入れば、あなた達もその黒フードの人物も、あるいはレユニオンも。無事にこの中枢区画から降りれるよう手配してあげる」

「――やはりか。濃縮率はどこまで行った?」

「さあね?ええ、私たちは確かに、『核』を手に入れに来た。でも考えてみてほしいのだけれど――貴方方にとって、『核』がチキュウ上で炸裂したり汚染しなければ関係ない。そうでしょ?」

 

「『白衣』の言葉を借りるなら。『”ケモミミや悪魔の姿をしたヒバクシャ”が増えたところでレインボーに給与を支払っている構成国に、1セントの損害も、1ミリリットルの血も流れない』」

 

「『白衣』?それはもしかしてレヴィ・クリチコのことか?」

「……うちのリーダーの命名規則は独特なのよ」

緑髪の猫耳の女性は続けて言った。「ただ一つ問題があってね」

 

「とにかく頑固なループスが研究所の唯一の入口に、恐ろしいものを構えて籠城しているの」

 

こういうのが飛んでくるのよ。と彼女はポケットから真鍮色に輝くペン先のようなものを取り出し、ゆっくりと床に転がした。

Tachankaというロシア人の大男はそれを拾い上げ、「ワオ」に相当するロシア語を放つ。

「Хорошо。12.7x108mm弾、ロシア製か。構えてるのはKordかNSVか……重機関銃だ。ヘリだって撃ち落とすやつだぞ」

 

「そのループスは黒目黒髪の若い地球人を連れてこないと、絶対にゲートを開かないって言ってるわ。無視した幹部連中やサルカズは――まあ成功した報告がないってことは、そういうことでしょうね?」

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