狂気の科学者の妹は機械弄りが大好き 作:LR-8717-FA
管理局地上本部、レジアスの私室。
そこに控えているとある管理局員はその場の空気のあまりの重さに萎縮するばかりだ。
「連中の行方はまだわからないのかッ!!」
「捜査部が全力で探していますが、未だに手がかりも……」
「ぬぅうううっ……!!」
その部屋の主であるレジアスの怒り狂う姿を前にすればその管理局員でなくとも同じような状態になってしまうのは間違いない。
レジアスにしたって管理局で勤め始めてからの40年、これ程の異常事態と屈辱は味わったことが無いのだから。
地上世界の平和と安定の為に歩み続け、如何なる外法ですら飲み込んできてまだまだこれからという段階でのこの襲撃。
管理局最高評議会のバックアップという最高レベルの保障まで付いて繋ぎ止めていた筈だったスカリエッティとベルリネッタという狂気の科学者たち。
が、その鎖はとうの昔に壊れており、飼い犬だと思っていた筈の連中にこうまで手痛い反逆をされとあってはたまったものではない。
寧ろ今のこのレジアスの怒号は一種の処世術にも等しい。そうでもしていなければ彼自身発狂しかねないくらいに混乱しているのだから。
「それと委員会からの報告で中将への緊急査問が行われると……それに、アインへリアルの運用についてもまた……」
「この異常事態を前に何を呑気なことを言っているのだ本局の連中は!! 査問などしている場合ではないだろう!!」
「ひっ……!!」
それをわかっていながら今のレジアスに火に油を注ぐような報告をしないといけない管理局員の胃もキリキリ痛むばかり。
怒号を止めることなくデスクに拳を叩きつけるレジアスの迫力に更にビクついて声まで上げてしまう。
本局と地上本部の衝突については今に始まったことではないが、それでもこの異常事態は地上本部を叩く格好の材料でもある。
その思惑を隠すことなくここぞとばかりに突いてくる本局の態度を考えるだけでも、レジアスの中の怒りの炎は更に強く燃え上がる。
「オーリスはまだ戻らんのかッ!!」
「現在対策に駆け回っています、帰還にはもう少し時間がかかるかと……」
「ちぃ……! アイツにも処理してもらわねばならぬことが山ほどあるというのに!!」
そもそも別の管理局員が配備されているのもレジアスの片腕であるオーリスが不在ということもあってのこと。
地位や能力、何よりスカリエッティとの繋がりを知っているというだけでその管理局員の地位も地上本部内ではかなりの高位ではあるのだが、
それでも、長年レジアスの傍らで敏腕を振るい続けてきたオーリスと比べては能力的に劣ってしまう。
そのオーリスは管理局員の報告通り、今回の混乱の収拾の為に各地を駆け回っている。
彼女の立場を考えればそれは至極当然のことでしかないのだが、オーリス本人がこの場にいないというだけのことですらレジアスは当たり散らしてしまう
事態の解決に繋がる有益な情報でも持ってこない限り、今のレジアスには何を言っても不満を与えるだけだろう。
「あんな男と小娘の手のひらで踊ってたまるものか……!! 動かしてきたのはこのワシだぁあああああ!!!!」
遂には怒りが頂点に達し、レジアスはデスクのオブジェを投げ捨てて破壊したり資料ファイルの山を叩き落としたりと止まらない。
守るべき地上世界の平和の為に目を瞑り続けてきたスカリエッティ一味の違法研究の数々。
それらも全ていずれは機が熟した際に地上部隊でそれらを接収し、地上本部の戦力として運用するための布石でしかなかった。
だが、その計画、云わば野望とでも呼べるそれが根本からひっくり返されてしまったのが今回のテロ事件なのである。
自分の積み重ねてきた40年という長きに渡る功績を粉々にされかねないとあってはレジアスは只管に吠えるしかない。
「そ、それと中将……急ぎご確認いただきたいことが」
「まだ何かあると言うのか」
ほんの多少でしかないが怒りが静まったのを見計らって管理局員がそんなことを進言する。
苛立ちを隠そうともせずにレジアスは答え、それに続いて管理局員がパネルを操作してレジアスのデスクにある映像を浮かび上がらせる。
ただでさえ忌々しいことばかりだというのに、この期に及んでまだ不愉快な報告があるというのかといった心境だったが、
「先日の事件の際に航空魔導師が撮影したモノです、解像度が低くはっきりとはしませんが……この男はもしや……」
「なん―――!!?!? な、何故ッ……!!?」
レジアスの中で渦巻いていた膨大な怒りが全て一瞬にして驚愕に変わるほどの衝撃の記録。
地上本部近辺での戦闘を捉えたその映像に映し出されていたのは機動六課の騎士ヴィータと、それに相対する男、ゼスト・グランガイツ。
そしてその男はレジアスにとっても無視しきれない存在であり、彼の中では決して忘れることのできない最大の苦い記憶として刻まれている存在。
決している筈の無いそのゼストという男がいるという目の前に付きつけられた現実、レジアスが受けた衝撃の度合いは生半可な物ではない。
「ううっ……!! ぐうぅっ!! ごほっがはぁ……!!」
「中将……? 中将ッ!!」
その現実を処理しきれないレジアスの感情は遂に拒絶反応を起こしてしまい、苦しげに胸を押さえながら呻いてデスクに突っ伏してしまう。
報告を持ってきた管理局員も半信半疑だったとはいえ、あまりに予想外のレジアスの反応にどうしたらいいかわからなくなってしまっていた。
*
某日、某時刻、クラナガンのとある外れに存在している地上本部管轄下の施設。
そこに足を運んでいたのは機動六課隊長の八神はやて。
以前にオーリスに指定された時間、その場所へとやってきていたのだ。
オーリスが言った真実、その全てを知るために。
「お疲れ様です八神二佐、やはりおいでになられましたか」
「……あれだけのことを言われて、来ないという方がありえません」
その入り口の前に立っていたのはオーリスともう1人、物静かな雰囲気を漂わせる桃髪の女性管理局員。
はやてはその2人に対して敬礼を行い、オーリスと桃髪の局員も同じように返礼を行う。
「そちらの方は?」
「こちら、ラルヴァ・ブジーア一尉です。私と同様にレジアス中将の補佐を担っており、そして同じように真実を知る人間の1人です」
オーリスの紹介に続いてペコリと頭を下げる桃髪の局員――ラルヴァ。
それほどの重要なポストにいながらはやてはその局員を今まで見たことも聞いたことも無く疑問が浮かんだが今は置いておくことにした。
今最も気にしなければいけないのはオーリスとラルヴァの背後に聳え立つ施設、その中身と全容についてだ。
「この建物は地上本部の情報書庫としての役割を担っています。その機密レベルは最大級、我々のような限られた人間にしか開けることができない」
挨拶もそこそこにオーリスはラルヴァと並んでその建物の入り口に備え付けられているセキュリティーシステムへと近づいていく。
示し合せたかのようなタイミングで2人は左右の機械に目を向け、指を翳し、そして声を発する。
「「開錠要求、パスワード、1061022057」」
『認証完了』
全行程を確認したセキュリティーシステムが音声を発し、重々しい機械音と共にその施設の入り口が開かれていく。
オーリスとラルヴァの手際の良さも合わせてはやてはその一連の光景に一種の感心すら抱いている。
「そして開錠権限があるのは私とブジーア一尉、中将の3人だけです。その内2人による網膜認証、指紋認証、音声認証を10秒以内に行わなければすぐさま警備部隊が駆け付けます。建物の装甲材質もSランクオーバーの砲撃に耐えることが可能で、強引な侵入もほぼ不可能です」
「……随分と厳重な警備が敷かれているんですね」
「それだけの設備を整えて、秘匿しなければいけない情報がこの中にはあるということですよ、八神二佐」
はやてとオーリスは以前の会合以上に互いに厳格な表情を崩さず重苦しい空気を発している。
その2人の側にいるラルヴァもまた、澄ました顔のまま一切の言葉を発さずに2人に付いていくのみ。
やがて開かれた扉の先にあったのは地下へと続く長い長い階段。
「先に言っておきますが、この先で見聞きした物は絶対に他言無用です。もし一つでも情報が漏れた場合は……わかっていますね?」
「もちろんです……見届けさせてもらいます、オーリス三佐の仰っていた、地上本部の真実を」
「……いい覚悟です」
試すような口振りではやてに警告を終えた後、ラルヴァを引き連れてオーリスは階段を下っていく。
あらゆる危険性を考慮しながらもはやては、ぐっと拳を握りしめた後、その後を追って地下の闇へと潜っていった。
*
「ふんふんふふーんと……はい、定期チェック終了だよっと、とりあえずは問題なしだねー」
「…………」
礼の一つでも言ったらどうなんだと不満が全く無いわけでも無いけど、この男の仏頂面な態度は別に今に始まったことじゃない。
最高に楽しかった前夜祭からもそれなりに日が経っているけど、いつまでもその余韻に浸っているだけというわけにはいかない。
というか、前夜祭という名称通り本祭はこの後なんだから忙しくなるのはこれからと言っても過言ではないのだし、うん。
その通常業務の一環で何をしているのかと言えばアジトの一室でゼストのメディカルチェックというヤツである。
「まーったく、言っても無駄だとは思うけどさあ、あんなタイミングでフルドライブなんて使おうと思う普通? 命あっての物種なんだからもっと大事にしないと」
「……その命を刈り取った張本人に言われたくはないがな、それに今の俺は残された僅かな時間にしがみついているだけの、ただの死人だ」
「やれやれ……ルーテシアやアギトの苦労が浮かぶようだよ、くふふ」
検査用のベッドから体を起こして言ってくるのは何度聞いたかわからないようなそんな言葉ばっかり。
こういうのの担当は普通兄さんやウーノがやるべきなんだろうけど、私だって別に専門の機械技術関連の作業しかできないわけではない。
本格的に深いことはともかくとしても、こういう身体検査とかの類くらいなら別に何てことなくこなせるのだから。
で、叩き出された結果は異状なし。これといったダメージとか異常とかは発見されなかったって感じ。
まあ尤も、『ゼスト・グランガイツという失敗作の人造魔導師』という枠組みで見ての話なんだけどね。
「じゃあついでにもう一つ言っておこうか?」
「……何だ?」
「ぶっちゃけるとゼスト、貴方もう時間がほとんど残ってないよ、タイムリミットまで2週間ってとこかな。それも戦闘行為とか含めない万全な体勢を保っての話」
だからこういう話は隠さずに正直に言っておいた方が後々傷つかないだろうしねっと。
これを聞いても表情を一切崩さない辺り、やっぱりゼストは肝が据わっているというか何もかも諦めちゃってるというかそんな感じだ。
でもこれは嘘でも脅しでも何でもない、兄さんからも聞いた情報なのだから間違いない。
元より安定性に欠ける手さぐり状態だった頃の技術で蘇生し動かしている死に損ないがこのゼストという魔導師なのだ。
ランクSという戦力としては申し分ない逸材であっても、長期戦闘には耐えられず何かある度にメンテが必要な欠陥だらけの代物。
故に、注文を付けてきた脳みそトリオからも失敗作の烙印を押されちゃったんだし。
今までそこそこ頑張ってきてくれたけど遂にその時が来ちゃいましたかって感じなのだ。
「いんやー、私としては寂しいし残念で仕方ないよ、せっかく今まで一緒にやってきたのに、これからの楽しい永遠を過ごせないなんてさあ」
「貴様の道に外れた悪行の数々を見なくて済むというのなら、その方が俺にとっては望ましいがな……」
「むぅ、またそういうこと言うんだねえ? そんなに気に入らなかった? あん時の横槍」
「あの紅い騎士は融合機の乗りこなしも含めて失い難い存在だった……そんな若い芽をお前の個人的な快楽でむざむざと潰すようなことは気に入らない」
こっち側で利用されるだけの死体人形のくせに何をほざくか、なんて見下しの感情が出てきたりしたけど口には出さない。私は優しいからね。
アギトもそうなんだけど、あの鉄槌の騎士をおちょくったことに関してはゼストかなりご立腹なんだよねえ。
データ観測上では別に殺してないし生き延びてるとは思うし、そこまで怒らなくてもいいじゃんと。
ま、私の楽しみがゼストの楽しみである筈もないし、無理に理解を求めようとも思わないんだけどさ。
それに今し方自分で言ったように、彼にはもう時間がほとんど残されていないのも確かな事実。
「まあいいや、そういうわけで兄さんからのも含めた追加の報告。貴方はもうお役目御免、今後は好きにしていいよ」
「……? どういうことだ」
「どっちみちもうこっちの要求に耐えうる状態じゃないんだし、結局あの前夜祭でも目的は果たせなかったんでしょ? だからもう大丈夫、これからは残りの時間を自分の為に有意義に使ってくれってことよ」
「……フン、正直に言ったらどうだ。もう用済みだと」
「もーう、人の厚意をもうちょい素直に受け取ったらどうなんだよ?」
ありゃりゃ痛いところ突かれてしまったね、まあ間違いでも無いから否定はしないけど。
でも人造魔導師の実験体としてのデータはほぼ出揃っている以上、今のゼストに直接戦力以外の価値は存在していない。
その役割も兄さんの戦闘機人や私の無人兵器が次々と完成している現状ではそこまで重要というわけでも無し。
だから別に今後は無理にゼストに仕事を頼まなくてもどうにでもなる段階にとっくの昔に到達しているってこと。
彼の今までの研究データは兄さんの人造魔導師研究の発展の為に有効に使われることになるだろう。
それだけでもゼストには十分な価値があったことの証明なんだから、私としても本心から感謝はしているよ? ええ本当に。
ぶっちゃけこのメディカルチェックもする必要なんて無かったんだけど、せめてもの労いとして一応はね?
「アギトとルーテシアはどうすればいい?」
「うーん、ルーテシアにはまだやってもらうことがあるから駄目だけど、アギトの方は連れてっていいよ。あの娘のデータも粗方取り終えてるしね」
「そうか……しかし、ルーテシアについては」
「評議会の連中があれこれうっさいのが心配なんでしょ? ダイジョブジョブ。マテリアルもこっちに来た以上、あんな脳みそ連中に口出しさせる隙なんて無いって。然るべき作業が終われば母親と一緒に自由にさせるさっ」
元よりルーテシアはあの脳みそトリオがゼストを繋ぐ鎖として用意したような物。
つってももうすぐ死ぬこの男にそれについてあれこれ言った所でどうにもならないことは本人も理解しているだろう。
それにゼストと同様、ルーテシアについてもまたデータの蓄積やら何やらは完了しきっているも同然。
本祭の方で色々お仕事を手伝ってもらわないといけないが、それさえ済めば後はどうなろうと何ら問題ない。
個人的に言えばルーテシアは可愛いし好きだし、できればこれからも一緒にいてほしいなーなんて思ってたりもするんだけどね。
まあその辺はルーテシア自身の意志に任せるとしよう、判断できるだけの意志が残されてるかは微妙だけどね、くふふ。
「まあそんなわけだから今までご苦労様でしたっ、貴方に良い最期が訪れることを願っているよ」
「…………」
何も言うことなく立ち上がって部屋を後にするゼスト、その背中には男の哀愁ってのが漂っていた。
無理に引き留めようなんて思わないけど、そこそこ付き合いのある人間が離れていくとなると私としてもちょっぴり寂しいかな、なんて。
「まあ、この先勝手にのたれ死のうが敵対しようがその時はその時だけどねえ、さーてお仕事お仕事」
といっても、それもまた一時の感情でしかないんだけど。用が済んだ以上ゼストが今後どうなろうとこっちの知るところではない。
そういうわけでさっさと頭を切り替えて次の作業に進むことにする、やることは腐るほど残っているのだから。
*
ぼんやりとした月光に照らし出される聖王医療院、その屋上に佇む影が1つ。
「ヴィヴィオ……」
他の職員たちと同様、先の襲撃事件で大きな傷を負ったなのはの胸に抱かれているのはボロボロになった1つのウサギ人形。
自分が守ると約束し、母親であると誓った大切な存在、今はここにはいないヴィヴィオが大好きだったそれ。
調査員が全壊した機動六課隊舎の一画から見つけ出してきたそれと、シャーリーから伝えられた報告。
それを合わせれば今ヴィヴィオの身柄がどこにあるのかなど考えるまでもなくわかってしまうこと。
「ッ…………」
何かに耐える様にして夜空を見上げるなのは。
このまま下を向いたままではきっと自分の中の全てが溢れ出てきてしまうから。
傷を負っているのは自分だけではない、六課のみんなが同じ苦しみを抱えている。
だから、機動六課の隊長である自分がこんなところで……
「なのは……どうしたの、こんなところで……?」
「フェイトちゃん……」
悲痛な想いを胸に浮かべていた矢先、医療院の屋上に姿を現したのはフェイト。
どうにか流れ落ちそうになるそれをこらえてなのはは振り向いたが、その表情が明らかに無理をしているものであることはフェイトにも瞬時に分かったこと。
そしてその原因が何にあるかも、なのはが抱えている人形を見れば想像に難くないこと。
「……ヴィヴィオのこと……?」
「……約束……守ることができなかったから……」
ズバリ正解そのものだったフェイトの言葉になのはは感情を激しく揺さぶられ、背を向けてしまう。
そんななのはの姿に居てもたってもいられなかったフェイトはその背中をそっと抱き止める。
「私がママになってあげるからって……側にいてあげるからって……ヴィヴィオに約束したのに……!! 守ってあげられなかった……側にいてあげられなかった……あの子、きっと今頃……!!」
「ッ……なのはっ……」
震える声と震える肩、今のなのはがどんな表情をしているかなど見るまでも無くわかってしまう。
だからこそフェイトも、ヴィヴィオのもう1人の母親としてなのはのその想いが痛いほどわかり、抱き止める両手に篭もる力も自然と強まっていく。
―――ママと約束、ね
―――うん
公開意見陳述会、スカリエッティ一味の襲撃前の出発前夜、ヘリポートの前でヴィヴィオと交わした指切り。
ヴィヴィオが来てから初めて泊まりの仕事で離れ離れになることを泣いて悲しんでいたヴィヴィオを元気づける為に約束したこと。
この一件が片付いたらいっぱい甘えさせてあげようと思っていたのに、そのヴィヴィオはここにはいない。
自分は地上本部内部で敵に成す術も無く倒され、機動六課隊舎も壊滅、その混乱の渦中でヴィヴィオは……
「ヴィヴィオが1人で……!! 誰も知ってる人がいない中で……悲しい思いや痛い思いをしてるかもって考えるだけで……!! 胸が張り裂けそうになって……!! 今すぐ助けに行きたいのに……私……私、はっ……!!」
「大丈夫……全部取り戻そう、次は絶対に負けないように……ヴィヴィオを取り戻すために……」
とっくの昔に我慢などできるような状態ではなかった。なのはの肩を抱き寄せて振り向かせた先に流れ落ちていたのは両目からのたくさんの涙。
フェイトは今度は正面から抱き止める形でなのはの背中を優しく擦る。
管理局崩壊の予言、新人たちや六課を守るための隊長としての責務、その最中で訪れたヴィヴィオとの出会いと今日までの時間。
その全てが積み重なり、体の傷は問題なくても今のなのはの心はどうしようもないくらいにボロボロになってしまっていた。
「ヴィヴィオが……!! ヴィヴィオがぁ……ッ……!!」
「大丈夫……大丈夫だから……」
その口から紡がれるのは最早ヴィヴィオの名前と嗚咽だけ。
フェイトの胸に顔を埋める様にしてなのははその悲しみの全てを吐き出すことしかできない。
泣き叫ぶなのはを前にして、フェイトに出来ることもまた、その悲しみを受け止める事だけだった。
「……………………」
故に2人は気付かなかった、その場にもう1つの影があり、何も言わずに消えていったことを。
*
ゼストのメディカルチェック終了後、クアットロからのお呼び出しで別の部屋へとやってきたんだけど。
はっきり言おう。何か今私の目の前でもんの凄い光景が繰り広げられています。
「あうぅ……ううぅ……ぅああっ……」
「バイタル良好、魔力も安定……移植準備は完璧」
パネル操作をしながら順次報告を行うディエチの視線の先にいるのは、実験テーブルの上に大の字に寝かせられてバインドで体を固定されているいたいけな少女が1人。
先の機動六課の襲撃でルーテシアが確保してきた例のマテリアル……ヴィヴィオが恐怖にその身を怯えさせてガタガタ震えているのだ。
(…………なにこれスッゴイそそられる……うっ、鼻血出ちゃいそ……!!)
年端もいかない幼女攫って縛り付けてこれからあんなことやこんなことをしちゃいますっていう外道の極みなシチュエーション。
こんな物を前にして私が興奮しないなんてことがあろうか? いや、無い。
虚ろな瞳で私たちを見つめながら助けを乞うかのように声を上げ、逃げられないのに必死にもがいて体をくねらせるその姿……
なんだろうねコレ、最高に興奮するんですけど? 今まであらゆる実験を見てきた私でさえ久しく感じていなかった刺激だよコレは。
これ見れただけでその功労者の1人であるルーテシアを手放しで褒めてあげたいって思うくらいに。
あー……ヤバいヤバいヤバい、お願いだからもう少し落ち着いてよヴィヴィオ、でないと私がどうにかなっちゃいそう。
「はいはーい、大丈夫ですよお姫様? なーんにも怖くありませんからね~」
「ひうぅっ……!!」
「うんクアットロ、それ無理♪」
興奮抑えきれなくてツッコミもすぐさま口から漏れだす始末だったり。
でもねクアットロ、誘拐してきた少女にそんなどす黒い笑み浮かべて顔を覗き込むとかしてそのセリフは無理あると思うよ。
ほらヴィヴィオがそっぽ向いて泣きだしちゃった、ホントヤバいねこれ、可愛すぎで。
「ふむ、カティーナも来ていたのかい、いい調子だね」
「あら兄さん」
そんなこんななカオス状態の中で新たに部屋に入ってくるのは兄さんとウーノ。
ウーノの手に抱えられているのはこれからヴィヴィオのその身に刻む王の印――ナンバー7のレリックを収納したケース。
そう、これから行うのは兄さんが現状の最大の悲願としている夢の乗り物の起動。
そのカギとなる器を目覚めさせることに他ならないのだ。
「あああああああっ!!! いやあああああああああ!!!」
「何……いきなり?」
「きっとお姫様にはわかるんでしょうね~これから自分がどんな目に遭うのか」
「ママァあああああ!! 助けてママァあああああああ!!」
「うっふふふのふ~、泣いて叫んだところでだーれも助けに来てなんてくれないですよ~」
遂には恐怖が限界に達したのかあらん限りの声でヴィヴィオは泣きだしていた、呼ぶのは大好きであろうママなる人物。
それを見つめるはきょとんとするディエチに私と同じようにこの状況を楽しんでいるクアットロ。
「くひ……くひは……くはははははは!!!! いやいや何なんだろうねこれは!? 最高だよ、ホント最高!! 単なる器に母親なんていないってのにねえッ!? 一体機動六課の連中はこの子にどんな接し方をしていたのやら本当に滑稽だよッ!! くひははははッ!!」
そんでもって私も我慢の限界、ヴィヴィオに負けじとな大声で笑いが止まらなくなってしまう。
いやもうね、前夜祭の興奮が冷めきって無かったってのもあるけどそれでもこのシチュエーションは最高に楽しくて愉快で、笑わずにはいられないのだ。
この少女は結局のところ兄さんの求めるマテリアルで夢の乗り物の起動キーで最高の資質を持つ聖王の生まれ変わり。
そのような存在、戦闘機人や私の無人兵器と同じで生きる兵器でしかないこの少女が呼んでいるのがママだって? これ以上おかしな話があるものかっての。
どうせお人よしの集まりのあの機動六課の連中のことだ、あの中の誰かがこの少女の前で母親の真似事でもしていたんだろうさ。
何て無意識で残酷なんだろうね。私達の、兄さんの実験道具でしかない存在にそのようなまやかしの希望を与えるなんて、考えるだけで最高に滑稽で笑えてしまうというもの。
変に希望を与えてしまったからヴィヴィオは今より強い絶望を与えられているってのにさ、そんなこともわからなかったのかな六課の連中は?
「さあ、始めるとしよう……聖王の器に印を与える……私の最高傑作として生まれ変わっておくれ、ヴィヴィオ……!!」
「いやああああああっ!! ママァあああああああああ!!」
「くひゃはははははは!! いくらでも泣いておきなさいヴィヴィオ!! 貴方のその絶望が私や兄さんの糧になるんだからさッッ!! くふははははは!!」
レリックを抱えてテンション最高潮な兄さん、それを前にして一際大きな声で泣き叫び続けるヴィヴィオ、その様を笑い続ける私。
なんだろうね、今まで生きてきた中で一番混沌としてる瞬間だよこれは。
*
深夜、月明かりが未だに照らされている聖王医療院。
施設内の職員や搬送されている六課職員たちが殆ど寝静まったその時間帯。
施設入り口前でゆっくりと歩みを進めていた小さな人影が1つ。
「………………」
その人影の進みは止まることなく、一切の言葉を発することも無い。
その瞳に宿る意志は何者にも侵すことができない程に強い物。
その胸の内に刻まれているのは無数の傷跡、自分の大切な仲間を守れなかったことへの後悔。
その上から抉られるような形で一番新しく刻まれた大きな傷が、最も守りたかった対象の涙を流す姿。
「………………」
影の歩みは医療院入り口前の端の所まで差し掛かっていた。
実のところを言うと、その影は自分がこれから何をするのかどこへ行くべきか、そういった明確な目的を何一つ持っていなかった。
言ってしまえばやけっぱちな状態のまま、何かに駆られるようにして動き出していたに過ぎない。
このまま歩みを止めなければ何の目的も無いまま悪鬼の如く暴走し、その果てに散っていくのは明白。
それをわかっていながらその影はそれでも止まることができない、自分の中の無数の傷がそれを許してくれない。
馬鹿なことだ、愚かなことだ何度も心の中で呟いても、自分1人でいるとどうしようもなく苦しくなって抑えきれないのだ。
あるいは、こんな今のどうしようもない自分を誰かに止めてほしくてわざわざこんなことをしているのかもしれない。
「……待ってください、こんな時間に1人でどこへ行くつもりですか…………ヴィータ副隊長」
「…………」
そんな影の願いが通じたのかはわからないが、背中から呼び止めるのはそれを見つけたティアナの姿。
声のした方向にいるであろうティアナの方に影――――ヴィータは何も言わずにゆっくりと振り向いていた。