「……何らかの仕事をし、身を立てる必要がある」
他の局員的な、とはいっても、軽装の兵士みたいな人たちに囲まれながら説明を受けた。
少なくとも、身分証明が必要らしい。しかしながら、この吾輩ってば天下無双の身寄りなし。この世界をプレイしてまだ一日足らずなもので、何も提示できるものがなかった。
ちなみに、名前を聞かれたときはうっかり本名を告げてしまった。
佐々木裕一郎、これが俺の名だ。
言語フィルター入ってシャルシャック・ユーリッジ──この体を作った張本人の名前と同じ──って発音になって、しかも偽名だと思われたのか、微妙な顔をされた。
「提言を許す」
「……本来、あなたほどの力があれば宮廷魔術師も可能だろうが、地位が必要だ……記憶喪失というのは本当なのか?」
「くどい」
はい。質問の大体には答えられないと思ったので、先に記憶喪失だって言っちゃいました。「記憶喪失ならシカタナイネ」って展開はダメでした。
「魔術を使った仕事は例外なく貴族級の地位が必要であり、その、シャルシャック殿には当面斡旋できない」
「司書は」
「それも不可能だ」
「何らかの研究職は」
「それも」
じゃあ何が大丈夫なんすか!
そんな俺の気分が表に出てしまったらしく、おじさんは慌てて手を振った。
「ざ、残念ながら、あなたほどの身分の方にもすぐに提示できるような上等な仕事はないッ! 上にはこちらから掛け合うから、どうか数日待っていただきたいッ!」
「……チッ」
ヤヴェッ、息を吸い込もうとしたら舌打ちみたいな音が。慌てて誤魔化す。
「図書館はあるか」
「あ、あるにはある」
「万人に開かれているものか」
「いや、やはり貴族以外には使えない──だが、直接の許可があれば可能だッ!」
よっぽど酷い顔をしていたのだろう、おじさまは叫ぶように答えてくれた。いかんいかん、感情を態度に出すのは二流だぞ。
それにしても、そうか、条件付きなら俺も図書館は使えるか。
で、俺が元々持ってるスキルとかを踏まえると。
「……使用人だ」
「……は? あ、ああ、もちろん、滞在の間は付きの者を用意するが」
「だから、使用人だ」
「くッ、誰でもいい、呼んでこいッ!」
すぐに手配させる、と叫ぶおじさまに、態度には出さないが、うんざりする。
だから、使用人ならどうなんだと。貴族の娘が修行のためにするとか創作物の中ではありそうだが、職業としての使用人もあるのではないか。
俺の優れた家事と接待スキルで超執事になったるぜ!
と思ったところで、気づいた。
今の俺、なるならメイドじゃんッ! この際女の服は諦めるけど、派手な服じゃなきゃいいなあ」
「すぐに手配する、あまり数は揃えられないかもしれないが」
「吾輩の意向を違えるな」
「いや、専用の使用人を当てるのはさすがに難しい」
「吾輩が、使用人になると言っている」
どうにも伝わらなかったらしく、おじさまはたっぷり硬直してから「あなたが」と、感情のない声で呟いた。
「難き資格が必要か」
「いや……小娘でもできる仕事だ。時間もある程度とれるだろうし、組合もある。だが、あなたには相応しくない」
「その心は」
「……好奇心で行おうというのなら、やめておくべきだ。さっきも言ったが、小娘でも勤まりうるような、下賎な仕事だ」
「貴様は思い違いをしている」
彼と俺とは少し意識の違いがあるようだから、今のうちに伝えておこう。
「貴様のような手合いは、人に使われる立場、不浄の職種を見下す傾向があるが、吾輩は真逆である。召使いであろうと、溝攫いであろうと、人のために尽くすという点で、他のあらゆる職と等しく尊ぶべきであると考えている」
「だが、責任や誇りは違うだろう」
「長であろうと兵であろうと、それぞれの背にそれなりの荷はかかろう。その互いの重みを比べ、それを尊ぶこそあれど、蔑む由もなし──とは吾輩の持論である。貴様は貴様の心のままに振る舞うが良い」
どうにも説教くさくなってしまった。アレな口調で十割増しきてるね。
変な具合に口が滑りすぎて語ってしまったが、パッと見のこの世界の雰囲気からして、彼のような意見はメジャーな気がする。俺としては下働きのような縁の下こそ評価してもらいたいが、それを願うのは、さすがにエゴだろう。
「……分かった、ギルドの者を呼ぼう。だが、今日はもう遅い、明日でもいいだろうか」
「無論。楽にせよ」
「では、部屋へ案内するが……その前に身体検査が必要だ。危険物があれば、こちらで預かる決まりになっている」
「……構わぬが」
控えていた女性が腰を上げ、横の部屋に案内された。
意外とこういう所の配慮はしっかりしているのだなあと感心する。色眼鏡だけど、性別とか関係なく男が見るのだと思っていた。
「ドゥブッハァ」
しかし、体感的にはあまり変わらなかったかもしれない。彼女は俺がローブを脱ぐや否や、鼻血を出して昏倒した。
最初から野獣の眼光を向けているような彼女の気質のせいか、それとも、
「裸ローブとか禁忌すぎるでしょう……」
俺の服装のせいか。
下着とかは最初付けていたんだけど、起きたときにはボロボロのグズグズだったんだよね。
***
彼女から解放され、ようやく元の世界に戻ってこれたような心地だった。
立場的に、俺は敬語が許されない。仮にも国直属の衛兵隊隊長であるからには、他国の相手には、それが貴族であろうと威厳を持って当たらねばならなかった。それでも何度、敬語を使い、頭を下げたくなったことか。
彼女は結局ぼかしたが、王族、あるいは、そうであってもおかしくない傑物であることは確実だ。
あのようなプレッシャーは、戴冠式でも感じたことがない。さらに恐ろしいのは、あれが彼女の素であるという可能性だ。
精神的に参っていたこともあり、サグと共に、彼女を肴に酒を飲むことにした。
「いやあ、隊長がすぐに来てくれて助かりましたよう。緊張しすぎて、こ、しか声が出ませんでしたわ」
「お前も、よく持ちこたえてくれた……なんだその顔は」
「いやあ、あの後パンツ履き替えましたよ」
「そうか」
「大も小も」
「聞いてない」
麦酒をあおる。今回の樽は質が悪いらしい。炭酸が薄く、微妙な気分になった。
「不味いッスね」
サグもそんな感想を漏らしつつ、あの女の話を始めた。
最初こそ女の恐ろしさを語っていたが、その後は容姿に終始した。
冗談みたいな胸が目を引くが、サグ曰く、尻も気になるらしい。
元々下世話な話は好かないが、安酒には似合う俗さだ。ストレスのせいかやたらと口が進み、普段無い深さまで酔ってしまった。
「──そういえば、どうなんだ」
日中の狼狽が他人事のようにあの女の外見を褒めたたえるサグの話を遮り、ふと話題を振った。
「いや、俺は触ってないッスよ。あんだけ大きいと硬いんじゃないッスかね」
「違う話だ。例えば、お前じゃ勝てないような魔物が襲ってきたらどうする」
「なんでそんな質問……まあいいや、手に余る強敵、って奴ッスね。まあ、そん時は見せつけてやりますよ、この俺の実力を」
国が抱える衛兵隊とはいえ、自らの命に危険がある場合には特別な命令でもない限り、任意撤退が許される。
「この脚力に勝てる奴はそうそういないッスよ。超凄い走りで俺は光になるんじゃあ」
「そうだろうと思った」
「といいますか隊長、前提が分からんので逃げしかないでしょう」
「む。なら、仕事中。通したら人々に甚大な被害を与えるような魔物が来た場合、どうする? お前なら、命を引き替えにある程度の足止めができる。また、既に仲間には情報が伝わっているものとして」
サグはそれには答える前に、鳥串を一つペロリと平らげた。
「分かんねえッスよ隊長。もしかしたら今日みたいに、動けずに漏らして終わりかもッスね。でもまあ、素面なら、試してみようと思うかもしれません」
「死ぬかもしれないのにか」
「だって、何もしなかったら人が死ぬんでしょ? 逃げて人が死んだら後味が悪いですし……ぐえ、苦っ、樽変わったかな。ところで、なんでこんな話を?」
「俺は、逃げるかもしれない」
「またまた」
「本気だ。もちろん、理想は戦って壁になることだが、お前のように人のことを優先できる自信がない」
「酒に酔って弱気ッスか」
「……かもしれん」
サグはもう一本、鳥串を平らげた。喋り続けながらも俺の食事量を大きく超えている。
「死んだら終わりですし、隊長の考えの方が良いんスよきっと。生きてりゃできることもあるでしょう」
「だが、俺は隊長だ。人命を守る責任がある。それなのにな」
「そりゃあ、隊員だってそうでしょ」
「……そうだな」
酒に酔いすぎたのか、そもそもどうしてこんな質問をしたのかすら思い出せない。
酔いによる眠気を誤魔化すようにさらに酒を飲んだ──それが悪手であることすら思い至らないほど酔っていた──が、これが決定打になり、上半身を支えるのも難しくなってしまった。
「隊長なら戦いますよ。だって馬鹿ですもん、良い意味で」
「……そうだ、な」
確かに馬鹿だ。隊員の前で潰れるなど。
何が書かれてるか分からねーと思うが、俺も何を書いてるのか分からなかった
伏線や超展開なんかじゃ断じてねえ
もっとチャチな理由の片鱗を味わったぜ