──始まりは炎。その次に在るのは絶望。
血と悲鳴の讃美歌を聞きながら、一番初めの記憶は始まった。
「────」
……命は辛うじて生き残り、意識は今も瀬戸際で耐えている。
けれど──その光景を前に全てが燃え尽きていくことを実感する。
「──、────!」
叫ぶ。誰かが叫んでいる。
タスケテ、タスケテと。
よくわからない言葉を叫んでいる。
それを、
「▇▆▆▆▇▇▆」
嗤う。誰かが嗤う。
響き渡る炸裂音。
散華する朱い華。
呆気ないほど簡単に命が失せる音だった。
「────」
不意にスクリーンに投影される映画を想起した。
画面の向こうで瞬く無数の光。
集合した光彩が織りなす非現実。
あの作り物の一体何が楽しいのだろう──。
今の俺はあの時を既視感する。
理解できないものを眺めるように呆然とする。
……男がいた。
屈強な男。力強そうな男。
確か、村一番の力持ちで、農作業では英雄のように活躍していた。
筋骨隆々、男児斯くあるべし。
そんな村の少年たちの羨望の相手だった男が斃れている。
生気がない目で力無く道端に斃れている。
……女がいた。
若い女。美しそうな女。
確か、村一番の美人で来月には隣町の男と結婚する予定だった。
奥ゆかしく、それでいて知見に長けた賢き女。
少女たちの憧れで祝いの花輪を贈呈されていた。
そんな女が死んでいる。
美しかった貌は火に焦がされ、手足は
……少女がいた。
幼い少女。まだ俺よりも小さい少女。
確か、
ちょこちょこと俺の後ろを付いて回る小鳥のような可愛い
そんな少女が
額から血を流して、目を開けたまま倒れている。
「────」
分からない、ワカラナイ。
何もかもが
どうしてこんなことになっているのか。
どうしてこんなことになったのか。
──昨日まではいつも通りだったはずだ。
早朝、村の友達たちと一緒に父親たちを手伝って……昼時、母親の作った食事で空いた腹を満たして……夕時、村一番の物知り爺さんの下で秘密の勉強をして……夜分、また明日と家族に挨拶をして寝た。
何十回、何百回と繰り返してきた繰り返し。
これからも、この先も、ずっと繰り返すはずだった繰り返し。
そうして夜が明け──気づけば地獄の中に俺は居た。
「────」
最初に誰かの警鐘を聞いた気がした。
領土争い、国境紛争、大国がどうたらとそんな声を聞いた気がした。
「────」
その後すぐに、空から花火みたいな音が降ってきて。
光が瞬いたと思ったら、俺は妹を抱きかかえたまま外に転がっていた。
「────」
ふと視線を動かす、僅かな横移動。
反射にも似た視点移動。
人々が転がる中心で、祭りの焚火よりも派手に燃える家を眺める。
大火に巻かれ、黒焦げになって崩れる建物。
……確か、俺の家だった筈のものが次の瞬間に崩れ去った。
自分は此処で、妹はそこ。
なら両親は? 一緒の家にいた両親は何処だろう。
「────」
崩れた最中に、見知らぬ人影を見る。
もう誰かもわからない影。
なのに、なぜだろう──叫び出したくなるほどの悲しみを覚えた。
「────」
燃えている。燃えている。村が、空が、大地が──。
俺が世界だと思っていたモノ全てが燃えている。
「──なんで?」
渇いた喉から、掠れた空気が漏れるような音がする。
それが己自身の言葉だと、俺はすぐには気づかなかった。
──疑問だった。誰に問うわけもない。
強いて言うなら、この
「──どうして?」
……惨劇の音は続いている。
悲鳴、怒号、叫び──それらを掻き消す炸裂音。
塵のように倒れ伏す
武器を手にした彼らは、武器を手にした誰かと戦っている。
そう──彼ら誰かの眼中に俺たちは居なかった。
彼らの相手は誰かで、誰かの相手も彼らだったのだ。
ただ偶々、彼らと誰かの境界線上に俺たちがいて。
ただ偶々、彼らの誰かに放った攻撃が俺たちの村に当たって。
ただ偶々、俺たちを彼らの仲間だと考えた誰かが俺たちを撃って。
ただ偶々、そんな俺たちを囮に、誰かごと俺たちを彼らが殺しに来た。
そもそも初めから──俺たちは眼中になかったのだ。
だが、偶然が偶然を重ね続け。
結果的に俺たちの村を起点にして戦いが起こった。
彼ら誰かの持つ意味も意義もある戦いに巻き込まれ、俺たちは無意味に殺戮された。
これはただ、そんな悲劇の一幕。
運が悪かった、間が悪かった、噛み合わなかった。
そんな、その程度の──話────。
「ふざけるな──」
瞳が赤より紅い光景に染まっていく。
「ふざけるな──」
平和の記憶は遥か遠く。
その日々は、炎に巻かれるように失せていく。
「ふざけるな──」
心はただ一つの衝動によって満たされる。
「巫山戯るなァァァァ──!!」
──その咆哮は生誕の産声にも似ていた。
目に、この光景を焼き付ける。
脳に、この疑義を刻み付ける。
胸に、この感情を叩きつける。
この日──
始まりは炎。絶望と死が満ちる光景が俺の全て。
眼前の景色から延焼した、炎が俺の全て。
──忘れるな。地獄の中から、
× × ×
「っうッ! なによトリシャの奴……! ちょっと間違えただけじゃない! それなのにすぐに叩いて……! 人間なんだもの、少しぐらい間違うことだってあるでしょ……!」
通路に勝気な少女の声が響き渡った。
カツカツとブーツの音を立て、目じりに涙を溜めて歩く少女。
……此処は『時計塔』の
そして、その廊下を歩く彼女の名をオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアと言った。現代の魔術社会を統べる『時計塔』、その十二の学部の一つである『
と言っても未だ十にも満たない子供である。
いずれは付いて回る大層な肩書は置かれ、今は良い所に生まれた気の強い少女というのが彼女の立場だ。
そんな彼女は
「大体、教えられたからってすぐに実践できるわけないじゃない! 正しい星の観測だって何十回も繰り返して、誤差を修正しながら行うものでしょう!? 人の記憶だってそれと一緒で何回も繰り返して定着させていくの! 一回か二回ぐらいで覚えろなんて出来るわけが……」
ブツブツととても本人が居れば聞かせられないような、内心に止めた不平不満を一気呵成に吐き出す。いつもであれば部屋に帰るまで決して漏らさない泣き言だったが、今日に限っては相当にお冠だったのだろう。生来言動に浮かぶ気の強さに対して、内心は小心者な性格をしている彼女にしては珍しく強気であった。
──というのも、今日は屋敷に客が入るということでその対応に屋敷に務める従者は彼女の身の回りを離れているのだ。
詳しくは聞かなかったが何でも『時計塔』での父の元弟子の一人だとかなんとか。
弟子自身は『時計塔』を離れて久しいそうだが、優れた腕を持つため今でも父とは定期的に交友の場を持っている相手とのことで、今回はある大切な仕事を依頼するために態々呼び出したのだとか。
なので、こうして珍しく日頃の鬱憤を大いに発散していたのである。
……そしてそういう時に限って、安心を脅かす音は聞こえるのだ。
カツン──小さな足音に大人の足音が混ざる。
反射的にオルガマリーは悪戯を見つけられた子猫のように身を竦める。
「だ、誰……!? ま、まさか、トリシャ……?」
言葉に怯えが混じる。教育に反骨するような言動を彼女に聞かれでもすれば間違いなく、容赦のない制裁が降ってくる。未だ彼女の学ぶ、星辰を司る魔術式は未来観測の領域に到達していないものの、まだ短い彼女の人生に刻み付けられた経験則が必然の未来を脳裏に思い浮かべたのだ。
果たして──その未来が成ることは無かった。
窓際の通路が交差するT字の合流地点。
廊下の影から抜け出してきたのは見慣れた眼鏡の女教師などではなく──。
恒星のような、強烈な気配を放つ若者であった。
「っ────!」
息を飲む。未熟な魔術師としての感性が男の像を捉える。
……まず目に入るのは鴉のように黒い髪と浅黒い肌。
顔立ちからして東洋人だろう。それでいて中華圏の人間のそれに比べれば堀が深い面貌は恐らくその出身地がアジアでも中央よりの人種であるがためか。西洋人の彼女から見て十代後半、多く見積もっても二十代前半にしか見えない若い男であった。
鷹の目の如く鋭い二対の瞳、前髪の一房分に金色の
だが、それらの特徴を置いて一番に目につくのはその貌にある傷──痛々しく焼け焦げた右側の半貌。高温に肌を晒した場合に残る茶色に焦げた
本来は同情に当たるその傷を臆面無いどころか堂々と晒す様は、まるでその傷こそが己であると言わんばかりに掲げられ、見る者に凄絶な印象を叩きつける。
常に爆発と収束を繰り返す太陽のような。
強烈な、意志の強さ。
……特に高身長というわけでもないのに。
オルガマリーには彼を凄まじい威容を誇る巨人と錯覚した。
まだ幼いが故の感性が災いしたか、真っ向から直視したオルガマリーは恐怖ではなく戦慄に震える。
こんな
「ん──」
ジロリ、と男の視線がオルガマリーを直視する。
オルガマリーはその視線を真っ向から直視した。
感性のまま、我知らず思わず口にする。
「
今まで見て来た
それを評しての感想だった。
「──失礼、アニムスフィアの嫡女とお見受けする」
幼い声は届かなかったのか、オルガマリーの感想を無視して男が口火を切る。
低く雄々しい、若さに見合わぬ貫禄のある音色。
「俺はカルキ。カルキ・H・ピースマンという。アニムスフィア家現当主、マリスビリー・アニムスフィアより招待され、此処に足を運ばせてもらった──可能であれば当主殿にお取次ぎ願いたい」
──後の一連にまつわる幕に置いて、オルガマリーが係わったのはその一度だけ。
父の元へ案内した後はすぐに別れ、その後に会話することも顔を合わせることもなかった。
だが、その一回限りの出会いで何もかもは十分だった。
お陰で『時計塔』を席巻した噂話を伝手に、日本の冬木で行われた第四次聖杯戦争における勝者が彼であったと聞かされた時も驚きの声はなかった。
……だって、そうでしょう?
人は、一瞬に瞬く星の光に過ぎない。
だからこそ──あんな、宇宙の暗黒すら照らす恒星のような