Metalnova   作:アグナ

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ACT-10 落城

『こっちよ! 桜!』

 

 そよ風が頬を撫でる花園。

 春うららかな太陽の光。

 黒い髪が花吹雪の中に靡いて、私の前を先導する。

 

 ──お姉ちゃん。

 

 その背中を追いかける。姉に比べてどんくさい私は運動神経に恵まれた姉の足には追い付けない。だから──挟んだ距離が常に一定なのは、きっと前を行く姉がこちらの事を気遣ってくれているからだ。

 いつだってお姉ちゃんは優しくて、格好良くて、憧れで……私にとってのヒーローみたいな人だった。

 

『二人とも、そんなに走り回ると転んでしまうわよ』

 

 ──お母さん。

 

 遠くで優しく窘める声がする。

 振り向けばベンチに腰掛け、私と姉を見守る母の姿。頬に手を当て、困った風な顔をしながらも慈愛に満ちた視線を私たちに向けている。

 作法には厳しくて、覚えの良い姉に比べて物覚えが悪い私はお小言を貰ってばっかりだったけれど、普段は優しくて暖かい人だった。

 

 姉がいて、母がいて……優しい人たちに囲まれている。

 これがしあわせというものなのだと幼心に感じた。

 

 ──待って、お姉ちゃん!

 

 追いかける。追いかける。

 花弁が舞う花園で、姉の背中を追いかける。

 その最中──不意に、視界を蝶が横切った。

 

 ──?

 

 白い、蝶。モンシロチョウ。

 花畑ではよく見かける、一匹の虫。

 ──花吹雪が強くなる。

 

『桜!』

 

『桜』

 

 ──お姉ちゃん? お母さん?

 

 花が、風が、蝶が──虫が。

 視界を白く、覆い尽くしていく。

 

 ──どこ? お姉ちゃん、お母さん。

 

『──!』

 

『──』

 

 二人の気配が遠ざかる。

 

 花の香りが/鼻を衝く。

 風の感触が/生温い。

 飛び去る蝶が/キイキイと五月蠅い。

 

 ──待って、待って! お姉ちゃん、お母さん。

 

 走った。何かに迫られるように。焦燥するように。

 迷子の子供が家族を探すようにして、息を切らして必死に走った。

 走って、走って、走って──それでも二人は見つからなくて。

 

 気づけば迷子は家族の下に戻ることが出来ないまま──。

 

 

『よく来たな。我が孫、桜よ』

 

 

 しあわせは遥か遠く。

 気づけば、少女は奈落の底に墜ちていた。

 

 

 

「…………っ」

 

 雷鳴の如き轟音が屋敷を揺らした。

 瞬間、間桐桜は弾かれるようにして目を覚ました。

 

「…………」

 

 夜明け前の未明。

 窓の外の景色はまだ暗く、月は雲の影に隠れている。屋敷を囲う鬱蒼とした緑は夜闇の暗さに当てられてか、その闇を一層暗く彩っている。

 ……いつもなら、恐ろしい蟲の音も今は聞こえない。

 闇の深さに息を潜めているのか、先の轟音で逃げ出したのか。

 どちらにせよ、蟲の気配が無いことに、知らず桜はほうっと息を吐く。

 

 ──と。

 

「…………!」

 

 轟音。雷鳴。振動。

 嵐の夜でもないというのに、屋敷を揺らす衝撃。

 ……巨大な音、というのは心理的なストレスを与える。

 

 古来より、雷鳴に人が神の姿を幻視したのはその畏怖あってこそ。矮小な生命では決して抗えない惑星の行う生命活動は、人の本能に迫る形でスケールの違いを叩きつけ、その威厳と信仰を集めて来た。

 例え間桐桜という少女の心が、人形を取り繕うとも原初の恐怖までもを無視することは出来ない。久しく忘れていた『何か巨大なものへの恐怖』という理解を越えた何かに対する理由のない恐怖心に身体が震える。

 

「…………」

 

 毛布に包まる──音は止まない。

 瞼を閉じる──衝撃は意識の断絶を許さない。

 無意識に手を伸ばす──小さな手は虚空を切った。

 

 むくりとベッドの上で状態を起こして辺りを見渡す。

 ……遠く響く雷鳴のような音と衝撃。

 暗く昏い無機質な、殺風景な檻のような自室。

 暫し無言のままぼんやりと虚ろに宙を眺めた後。

 

 ぽつりと、雫が落ちる様な小さな声で呟いた。

 

「………………こわい」

 

 ──けれど返ってくるのは無音。

 頼りになる背中も、優しくて暖かい手も。

 もう何処にもありはしない。

 

 その事実を受け入れて、哀しさを覚えそうになったから……桜は気のせいだと思うことにした。だって人形は何も思わない、感情も感傷も知らない。

 だから……イタイことなんて何一つないのだ。

 

「…………」

 

 不安を訴える心を自閉する。

 それでもぶるり、と体が震える。

 

 ──きっと、部屋(ここ)はさむいから。

 

 目を逸らすように、本音を忘れるようにして。

 彼女は割り当てられた部屋の外に出た。

 

“聖杯戦争中はあまり出歩くな──”

 

「…………」

 

 そんな怖い人からの警鐘を思い出すが、それでも不安から出た行動は止められない。なんとなく廊下に出た桜は行く当てもなくトボトボと歩く。

 

 ──そういえば……お爺様は何で出歩いちゃダメなんて言ったんだろう──。

 

 ふと警鐘の意味を疑問する。

 セイハイセンソウというのが大事な儀式なのは聞いている。

 カリヤ叔父さんがそれに参加しているのも、お爺様がセイハイというのを欲しがっているのも。だが、それを警鐘(これ)とに何の関係があるのか。

 

 果たしてその疑問は──。

 

 

「おや──これは……こんばんは。お嬢さん」

 

「…………え?」

 

 

 暗く昏い間桐家の廊下の向こうに見知らぬ“影”が立っている。

 影は言った。挨拶を口にした。

 優しい声音。それなのに何処か透明で冷ややかな言葉。

 

 氷の魔。影を纏う不気味なもの。

 ああ──そういえば昔誰かが言っていた。

 暗い夜には“お化け”が出るのだと。

 

 だとすれば、それはきっと──。

 

 その時、ひときわ激しい雷鳴が闇を照らす。

 暗がりが一瞬のうちに晴れる。

 

 そう──古来より人は雷に神性を見て来た。

 例え星の開拓者に耕されようともその畏敬は未だ健在。

 

 奈落の底の闇であろうと、天に轟く雷霆は途絶えることなどありはしないのだ。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

 一般的な常識として。魔術師にとって『魔術工房』とは代々その家が受け継いできた神秘の遺産の置き場所であり、叡智の書斎であり、魔術の研究所であり、外敵から身を守るための要塞である。

 そのため、魔術師同士が戦う場合は基本的に防衛側が優位になる。

 何故ならば守る側には場所の優位に加えて、蓄積された魔術や工房が抑える霊地からの魔力供給など様々なバックアップが発生するからである。

 

 追い詰められた魔術師が籠る先の無い最後の要地こそが、魔術師にとって最大の防衛線。例え強大なサーヴァントであろうとも万全に備えた魔術要塞に踏み入って攻め落とすのは容易な話ではない。

 故に魔術師の工房を攻略する正当な手順は、要地を囲う結界の要を崩しつつ、守りの弱い部分から気づかれぬように侵入して暗殺──などと。

 基本的に敵の全力を相手にしないことが推奨される。

 

 仮にも『時計塔』に身を置いていたカルキである。

 そのような常識は当然承知している。

 

 魔術工房は敵の有する強力な最終防衛ライン。

 罠は幾重にも張り巡らされ、膨大な魔力は敵魔術師を支える。

 警戒は厳重に、油断は決してしてはならない。

 それら常識を改めて深く、自分自身に言いつけた上で──。

 

「──刻め(・・)

 

 ──間桐邸の正門に立ったカルキは、全力全開で間桐邸の玄関までの道をぶち抜いた。

 

 轟! という雷鳴の如き音と衝撃。

 光が瞬いたと認識した次の瞬間。

 鬱蒼と茂る正門から屋敷までの外園は一刀の下に斬り伏せられ、屋敷の正面玄関は爆撃でも受けたかのように瓦礫の山と化す。

 直前まで鳴いていた夜虫たちが黙り込むほどの圧倒的暴力。

 

 来客を知らせるノック代わりの強烈な挨拶の後、カルキは二刀の刀を携えたまま、悠然と間桐邸へと踏み入った。

 盛大な襲撃にも関わらず、踏み入った先に現れる人影はない。

 明かりの一つとしてない屋敷はひたすらに暗く一寸先は闇に溢れている。

 

 ……仮にも人の住屋だろうに人の気配は疎か生気すら感じられない。

 よもや留守中を襲撃したか。

 

「──いや」

 

 そのような降って湧いた疑問は耳元に鳴りだした不愉快な虫の羽音で否定する。一寸先に広がる闇。その向こうに──ギチギチと牙を鳴らしながら、感情のない赤い瞳がこちらを見ている。

 カルキは無造作に下げていた軍刀を大鷲が翼を広げる様な様で構える。

 次の瞬間、ヒュンと影の中から小さな何かが飛び出してきた。

 

「シッ──!」

 

 横一線、右手に握る軍刀で払い退ける。

 ぐちゅという不愉快な音と手ごたえが何かを仕留めたことを伝える。

 

 ……見ればそれは羽虫の一種の様だった。

 だが、昆虫の知識が浅いカルキとて一目見て分かるほどにその虫は自然界で培われるであろう、どの進化の形からも外れていた。

 形態(フォルム)は蜂のように見えるが、背には速度を追求したであろう四枚の羽。蜂であれば毒針が備わっているだろう部分には刃物のように鋭く尖った尾。

 それでいて赤い瞳の向こうには飢餓にも似た怨念が伺える。

 

 『翅刃虫』──牛骨をも食い破る蟲使いの使役する魔蟲の一種。

 そうと知らぬまでもカルキはそれが敵魔術師の使い魔だと認めた。

 

「──成程、一匹程度ならばただの雑魚だが……」

 

 ギチギチと、ギチギチと、犇めく不愉快な音。

 見れば一寸先に見た闇は闇ではなく、膨大な蟲の群れが生み出す影。

 夥しいほどに群れる『翅刃虫』の大群であったらしい。

 

 カルキの聴覚が羽音で埋まるほどの大群は、その複眼にカルキを認め、牙を鳴らしながら獲物の肉を食い破る瞬間を今か今かと待ち受けている。

 その光景を見てカルキは、昔故郷で見た蝗害のようだと思う。

 

 一匹一匹は大人しい飛蝗も、群れた途端に変貌し、植物を喰い尽くす恐るべき災厄と化すのだ。

 

「──いいだろう。まとめて殺虫してやる」

 

『────』

 

 瞬間──億にも及ぶ翅刃虫は一斉にカルキ目掛けて羽ばたいた。

 迫る影はそれこそ巨人が手のように。

 視界の外まで溢れる影が、カルキの総身を覆い尽くす──。

 

 光は、その時に瞬いた。

 

 闇から溢れる光、大群をも覆い尽くす圧倒的な光。

 刹那、カルキを巨人が掴みかかるようにして襲い掛かった翅刃虫の群れは、発生した膨大な魔力流によって一匹残らず洗い流され、悉く駆逐された。

 

 暗がりの屋敷は明るく照らされ──しかしすぐに闇に堕ちる。

 

「ふむ。やはり一撃程度では仕留め切れんか」

 

 再び群がりだす翅刃虫。

 カルキに一掃する手段がある以上、何匹集まったところでそれこそ飛んで火にいる夏の虫だが、火をも覆い尽くすほど際限なければそうも言ってられまい。

 先の大群をも上回る翅刃虫の群れ。

 それを認めたカルキは、刃に先の二倍の出力の魔力を搭載しながら、

 

「では力比べといこうか──!」

 

 再び振り下ろされる光刃。

 魔蟲たちの闇を一刀両断に切り裂く一閃。

 そうして闇は晴れ……再び闇に染まる。

 そして、それを引き裂く光の進撃。

 

 無謬の光は、闇が溶ける気配はない。

 

“──ふむ、困ったの”

 

 『視蟲』を通して繰り返されるやり取りを眺める魔蟲の主は嘆息する。

 馬鹿正直に真正面から襲撃してきた際には、とんだ愚か者もいた者だと嘲笑っていたが繰り返される応酬を見ていればそのような余裕もすぐに警戒に変わった。

 

 ……襲撃者に対して蟲使いとして選んだ手段は数で押しつぶすことであった。ここは間桐邸、間桐の魔術を継承する者たちが脈々と重ねて来た魔術工房である。そのため間桐の使い魔たる蟲の数は膨大で、それこそ数をぶつけているだけでも十分で、襲撃者など有する魔力ごと精根尽き果て蟲の餌食となるが末路である。

 シンプルな話、自前の魔力しか使えない襲撃者と地脈のバックアップを受け続ける防衛側では魔力の量が違うのだ。

 

 持久戦ともなれば襲撃者側の方がどうあっても先に力尽きる。

 蟲達に命じた一見無策にも思える特攻は、それを狙っての事であった。

 

 だというのに──。

 

「ハァァァッ!」

 

 翅刃虫に加え、地を這う刻印虫まで動員して最初の十倍にも及ぶ軍団を差し向けているにも関わらず、襲撃者は十倍の力で跳ね返してくる。

 こちらの動員数に応じて敵は際限なく出力を上げ続けているのだ。

 その上で疲労する様子は無く、失った魔力は即座に再装填されていく。

 

“……有り得ん。生来の小源(オド)がどれほど優れていようとも、あの消費量に対してあの生成速度は異常じゃ。さりとて大源(マナ)に頼る様子もなし、か”

 

 敵の魔力放出は、自分のように霊脈や大気に満ちる魔力を経由せず、あくまで自己生成の範囲で放たれている。

 にも拘わらず尽きる様子が一切ない。それは底が無いというよりも失った先からすぐに再生成されるような……異常なまでの供給量。

 

 蛇口を捻れば水が溢れる様に、あの敵は蛇口の開閉だけで際限なく魔力量を上昇させ続けているのだ。それこそ尽きることのない万能の杯のように。

 魔術師としての常識を知っていればこれ程の悪夢もあるまい。

 神秘の源たる魔力を際限なく扱える敵などそれこそ無敵だ。いかような魔術式もただただ純粋に暴力的な魔力で流し切られてしまう。

 

“だが──それだけ(・・・・)ではのう……宝の持ち腐れじゃな”

 

 呵々と嗤い、蟲使いは魔蟲たちの行動パターンに変更を加える。

 変化は即座に戦域に現れる。

 

「…………何」

 

 都合十三合にも及ぶ光刃を放った直後、蟲たちを一網打尽にするはずの刃が蟲たちの生み出す闇に溶けていく。

 さながら光が喰われるかの如き現象。

 一部の蟲たちは蒸発するに至るが効果範囲は想定の下限。

 生き残った蟲たちがカルキを喰らうべく殺到する。

 

「チッ……!」

 

 残敵掃討と放つ十四度目の刃。

 だがそれも一瞬だけバッと光を受け止めるようにして離散した蟲たちが囲い込むようにして光を覆うと先と同じように喰い尽くされ、光は途絶える。

 二度と続けば理解する、カルキは成程と口ずさみながら十五度目の光刃で牽制しつつ、敵の対応に当たりをつける。

 

「所詮は魔力の奔流。奔流の外側から魔蟲に魔力を吸引させることによって威力を軽減させたか」

 

 カルキの放つ光刃は行ってしまえば単なる純粋な魔力の川である。

 魔術式として体を成していない以上、それらは味方を変えれば純粋なオドにも似た魔力源であり、上手く取り込むことが出来れば光刃の魔力を利用して逆に自らを充実させることが出来る。

 現に、蟲たちは蒸発するよりもその数を増していっている。

 カルキの魔力を利用して、逆に自軍を強化してみせたのだ。

 

 これが例えば風やら炎やら何らかの属性を帯びていれば話は違ってくるのだろうが、光と見紛うカルキの魔力放出は純粋極まるただの魔力。

 なればこそ、このように魔力使いに手慣れた熟練の魔術師であれば逆用することも叶うだろう。

 

“ならばいっそ、諸共吹き飛ばすか──”

 

 ざっと見て二十倍でもカルキの魔力放出は受け流されそうだが、今の二百倍程度──屋敷ごと土地を更地にする勢いで放てば絶滅させることは出来よう。

 だが、思い描いたと同時にそれはないなと否定する。

 カルキの目的はあくまでこれ以上悲劇を重ねさせないための聖杯戦争早期解決。土地ごと吹き飛ばすともなれば、齎される被害は周辺にも及ぶだろう。

 それでは本末転倒にも程がある。

 

 とはいえ碌に魔術が使えないカルキにとって魔力放出以外に持ちうる手段は殆どない。剣技だけでは数の蟲を仕留め切れず、魔力による強引な開錠は効かなくなりつつある。

 

 ……マスターとしてキャスターの助力を乞うという手段もあるにはあるが、それでは何のために悪目立ちしにいったかが分からなくなる。

 この一夜で間桐を墜とす──それが目的である以上、自己保身に彼の手を借りている暇はない。で、あれば。

 

「仕方がない、使うか……」

 

 単なる魔力消費ではカルキの魔力(スタミナ)に際限は無い。

 だが、それを生み出す太源を消費するともなれば身体に掛かる負荷と体力(エネルギー)消費は甚大なものになる。

 少なくとも続けての連戦は行えない。

 この場に間桐以外の乱入者が現れた暁には一瞬のうちに不利へと追い込まれてしまう。

 

 とはいえこのままでは千日手。

 どの道袋小路であるならば──逡巡はほんの僅か。

 カルキは腕に付けたブレスレット──表面に『Zeŭso』と刻まれたそれに意識を集中させながら短く唱える。

 

「Ether acceleration drive──起動。天昇せよ、我が宿星。我が身に星の理を」

 

 詠唱と同時にドクンとカルキの心臓が音を鳴らす。

 血脈を通じて光源は行き渡り──ジジッと音を立て真なる光刃が装填される。

 

“──む……!”

 

 これまでとは明らかに違う、異質なエネルギーの上昇を感じ取り、魔蟲の主は警戒を見せるが蟲に何かを命じるよりも先に光は放たれ──。

 屋敷を揺さぶる雷鳴の如き衝撃、発光。

 

 光が落ち着いた頃には──そこにはもう、何も残っていなかった。

 屋敷を覆い尽くす蟲の影も、羽音も一切は無い。

 鎧袖一触どころか、無塵と化したエントランスが広がっている。

 ……のみ、ならず。

 

「ガアアアアア、オオオオオオオッ!?」

 

「……そこにいたか、蟲使い」

 

 カルキのいる玄関口から上階へと昇る階段の先。カルキは玄関を上から覗く場所で苦し身悶える影を見咎める。

 ゾゾゾと黒い闇が習合したと思った瞬間に、闇は像を成していた。

 和服の、木乃伊の如き翁である。

 

 翁は木製の杖をカランカランと階段から落としながら崩れ落ち、総身を襲う痛みに耐えかねて踊り狂う。

 

「おのれ貴様、何をしたァア……!」

 

「見ての通り斬滅行動だ。……例え使い魔越しであろうとも敵を討つまで俺の進撃は止まらんよ」

 

「ぐ、ウウウ……!」

 

 痛みに悶えながら翁はカルキを睨みつけつつ、今の出来事を咀嚼する。

 ……今のがこれまでは質の異なる斬撃であるのは一目でわかる。

 使い魔のみならず、それを司るパスを通して自分にまで効果を及ぼさせたというのも現状を思えば納得できる。

 問題は──パスを通じて流れ込んだ影響で自身を構成する蟲たちまでもを半壊させた恐るべきまでの殺傷能力。

 

 まるで細胞の一つ一つを入念に壊し尽くすような“光”は文字通り桁が違う。もはや魔力や魔術というよりも“滅び”の概念が付与された一種の概念兵装のように、翁の悉くを焼き尽くす勢いの輝きは教会の下手な洗礼武装よりも容赦がない。

 

 そして──気づけば、その“光”が刃のみならずカルキの肉体をも照らしている。魔力とは違うものによる人体発光現象。

 それに伴い、カルキの周辺に悍ましいほどの魔力が渦巻いている。

 信じ難いことに、こと出力だけ見れば聖杯戦争最優と謳われるサーヴァント・セイバーの纏う魔力をも遥かに上回っている。

 

「さて……」

 

 ザッと足を差し向けるカルキ。

 知らず、翁は後ずさる。

 

「時計塔でその名は聞いた。実質的な間桐家当主、間桐臓硯──否、キエフの蟲使い、マキリ・ゾォルケン。……選ぶがいい、聖杯戦争への参加資格を放棄するか。それとも命を懸けて俺に抗うか──俺はどちらでも構わない」

 

 どちらにせよ結末は同じだ──。

 言外に、そんな言葉が聞こえるように。

 

 カルキは傲岸不遜に嘯いた。

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