Metalnova   作:アグナ

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ACT-11 同盟

 冬木市東側の新都が発展・開発の目覚ましい日々を過ごしているのに対して、西側に広がる深山町は変化に疎く、閑静な住宅地として役割を慎ましやかに担っている。そのため夜分においても人の活動が完全には途絶えない新都とは異なり、夜明け前の街道に人影は見当たらない。

 民家の灯りも失せ、街路を不気味に電柱の光が照らすのみである。

 

 妙に生温い夜の空気はここ最近頻発していた殺人鬼の徘徊や公民図書館で起きた盗難事件などの治安の悪化に端を発するものだろう。街を過ごす人々の漠然とした不安が街の空気そのものに影響を与えているのだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 不意に生活音が消えた住宅地に喘鳴がこだまする。次いでズルズルと何かを引き摺るような摺動音。音は、街灯が照らす人影に端を発するものだった。

 遠目から見ればそれは青年のようだった。目深くフードを羽織り、頭部からすっぽりと顔を隠している男。身体が不自由なのか半身を引き摺りながら歩く様は痛々しいが、街で生活していればさして珍しくもないものである。

 

 が──接近して顔色を窺えば、その認識が甘いことに余人は気づくだろう。

 青年の不自由は半身の不随のみに非ずと。

 

 灰のように色の抜け落ちた髪、白濁して光を映さない左目、肌の至る所には瘢痕が浮かび上がっている。血色を失った肉体はもはや蒼褪めたどころか幽鬼めいた土気色になっており、一目見てそれが生者なのか死者なのか判別できるものではなくなっている。

 或いは神秘に係わる者であるならば屍鬼(グール)と空見するやもしれない。

 

 死相の浮かぶ青年──彼の名は間桐雁夜という。

 つい一年ほど前までは重篤な病の類は何一つ抱えていない健康体であったが、間桐の魔術を見に刻んだ代償としてこのような有様へと変貌していた。

 

「ぐっ……う、ォォ……!」

 

 前へ進む雁夜の全身が止まる。

 胸を抑え、動悸を諫めるように悶える。

 その……胸を抑える手から腕にかけて、土気色に染まる肌が不整脈では済まされない不気味な流動を起こしている。

 それは雁夜の皮膚下を貪る者、刻印蟲が活動している証明であった。

 

 ……間桐に生を受けた雁夜であるが、彼は早期に魔術の道を血縁関係と共に断ち切って野に下り、一般人として過ごしていた。

 それがつい一年ほど前までの話である。

 

 だが──とある事情により家に舞い戻った彼は『聖杯戦争』の勝利を代価として、絶縁した間桐家の支配者、間桐臓硯と契約を結び、一年をかけて急ごしらえの魔術師として力を手に入れていた。

 この死相はその代償……身体中に仕込んだ刻印蟲が雁夜の魔力と肉体を食い荒らしたがため発生した惨状であった。

 下手な寄生虫よりも遥かに性質の悪い蟲たちは宿主である雁夜が死なない程度に徹底的に身体を犯し、健康体であったはずの雁夜を死人寸前にまで追いやっている。

 

 もはや聖杯戦争中のみの生。延命したところで数か月程度しか持たない絶望的な余命。それが雁夜が魔術を手にするために支払った代償であった。

 しかし雁夜は残りの人生に絶望も執着もしていない。今、彼の中にあるのは底知れない慙愧の念と憤怒の心、そして己が人生に換えて尚、成さねばならぬ大義への使命感であった。

 

「……桜ちゃん」

 

 血も涙もない外道、遠坂時臣によって分かたれた姉妹。優しい日常から間桐なんていう地獄に叩き落された少女。

 彼が命を代償に魔術と聖杯戦争への参加権を勝ち取ったのはひとえに彼女を救い出すためである。そのために雁夜はこの街に舞い戻り、あの恐るべき妖怪と契約を交わしたのだ。

 聖杯を持ち帰り、あの少女を陽だまりの下に返すために。

 

 そして──。

 

「……時臣ィ!」

 

 彼女を地獄に叩き落したあの外道に、目にモノを見せるために。

 そのためならばこの命、刹那に使い切ることに悔いは無かった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 喘鳴交じりに歩みを再開する。満身創痍の疲労は肉体の不調が由縁ではない。

 つい数刻前の戦闘によって消耗しているがためである。

 

 バーサーカー──アーチャーに挑み、そして乱入者の片手間に退けられたサーヴァントこそ雁夜の率いる英霊である。

 狂気のままに暴れるバーサーカーのクラスのサーヴァントはその振る舞いがために魔力消費が他のサーヴァントと比べて比較にならないほどに早く、そのためマスターである魔術師にかかる負担も相当なものになる。

 

 優秀な魔術師ですらバーサーカーが暴れた後には疲労困憊となるのだ。それが急造の魔術師である雁夜にはどれほどの負担か考えるまでもない。

 足りない魔力を得るために身体を貪りまわる刻印蟲が生み出す激痛と、容赦なくバーサーカーが魔力を吸い出すせいで与えられる喪失感。

 

 そんな有様でバーサーカーを制御できるはずもなく、気が付けば魔力切れでバーサーカーは自動的に霊体化し、雁夜は戦場の終わりを見届けることなく、戦況半ばでその意識を断絶させていた。

 その後も気絶と目覚めを繰り返し、動ける程度まで回復したのがつい一時間前のことだ。

 

 果たしてこの先も今日の様なことを繰り返すのだと思うだけでゾッとする。覚悟をしてきたつもりでもあの地獄をまだ何回も潜るのだと思うだけで総身が震える。

 何よりも……。

 

「クソ……クソクソクソクソォ! 時臣ィ!」

 

 あのアーチャーに──遠坂時臣のサーヴァントに自分の力が何一つ通用しなかったという事実が怨念のように燻っている。

 上から見下ろすようなあの金色の英雄の姿を時臣のそれと幻視する。

 

「あいつはああやって何もかもを見下して、何もかもが手の内みたいに、傲慢で……許さない……あいつが、あいつのせいで桜ちゃんが、葵さんが……!」

 

 桜が今なお地獄を彷徨っているのも、娘から引き離される痛みに桜の母である葵が涙を流していたのも、元を辿れば家長である遠坂時臣の決定のせいだ。

 あの男が桜を間桐などに渡す話さえ持って来なければこのような不幸は起こらなかったのだ。親子は幸せにこれまで通りこれからも暮らしていけたはずなのに。

 

「あいつだけは……俺の手で……っごほ……げほ……うっ……!」

 

 目覚めてから向こう、碌に休んでいないせいだろう。

 いよいよ以って壊れつつ身体に息を切らして咽る。

 

「クソ、爺め。こんな時に、呼び出し……なんて……」

 

 思わずこの道中の原因たる相手を毒づく。

 ……サーヴァント戦の負荷が覚めないまま雁夜が夜の深山町を徘徊しているのは彼に力を与えた存在──間桐臓硯の呼び出しを受けたからである。

 

 聖杯戦争中は間桐の力を借りるつもりは無かったため、一人で街を彷徨っていた雁夜だったが、先の戦いから何とか復活した直後、その借りるつもりのなかった相手側から蟲を通じて接触があったのだ。

 曰く──緊急の要件があるため今すぐ屋敷に戻れとのことだ。

 

 元々、此度の聖杯戦争は静観する予定であったという臓硯は今回の戦いには消極的なスタンスであった。だからこそ魔術を得てからの雁夜は放逐気味だったし、寧ろ雁夜の足掻きを見て嗤っているような外道の振る舞いをしていた。

 それが一転して相手からの接触ということもあり、一体どういうつもりなのかと雁夜は警戒と嫌悪を隠せないが残念ながら臓硯の呼びかけを断るという選択肢は出来ない。

 

 何故ならば──屋敷には桜ちゃんがいる。

 この一点だけで雁夜には逆らうなどという選択肢はあり得ないのだ。

 

「クソ……!」

 

 不調を訴え言う事を効かない身体と逆らい難い忌々しい相手。その二つに悪態を吐きながら雁夜は深山町において幽霊屋敷と噂される実家、間桐邸へ歩を進めるのであった。

 

 そして──見慣れた屋敷を見た瞬間、その顔から感情は抜け落ちた。

 

「──……え?」

 

 ……本来であれば、雁夜の知る間桐邸とは屋敷の姿を隠すようにして、門から屋敷の玄関まで、外園は鬱蒼な生い茂る緑に囲われていたはずである。

 それが、まるで爆撃でも受けたかのように更地と化している。

 屋敷の玄関は崩落しており、見れば玄関以外にも屋敷一階分は所々崩落している部分が見受けられる。

 

 この光景……場所は違うが似たようなものをつい先刻見たばかりだ。

 そう、サーヴァントたちが争った戦場地帯。

 港湾区もまたこのような惨状になっていたではないか。

 それは──つまり──。

 

「あ……ぐっ……」

 

 ぐらり、と眩暈にも似た立ち眩みを覚え、堪らず雁夜はたたら踏む。

 ──内情はどうあれ自分は間桐の魔術師という立場だ。

 バーサーカーのマスターとして聖杯戦争に参ずるものだ。

 

 だったら──こういう展開も予見しておくべきだったのだ。

 間桐のマスターを排除するため、英霊のマスターが間桐を襲撃する。

 そんな展開、珍しくもなんともないだろうに──。

 

「──……桜ちゃん。そうだ、桜ちゃん!」

 

 最悪な思い出しかないとはいえ実家は実家。

 幼少期を過ごした家の有様に衝撃を受けていた雁夜だったが、すぐにそれどころではないことに気づいてハッと顔を上げる。

 間桐臓硯はともかく、この屋敷には桜の身もあったのだ。そこが他の魔術師、ひいてはサーヴァントに襲撃されたとあってはただ事では済まされまい。

 

 元より彼女を救うために雁夜は聖杯戦争に身を投じたのだ。それが失われたとあっては聖杯戦争に参加した意味も意義もない。

 

「桜ちゃん……! 桜ちゃん……! 桜ちゃん……!」

 

 雁夜的には勢いよく、傍から見れば緩慢極まりない動作で雁夜は屋敷の玄関に駆け込み、少女の無事を祈りながら彼女の姿を探す。

 だが、少女の姿はすぐには見当たらず、代わりに目に入ってきた光景は──。

 

「──おう、ようやく来おったか」

 

 崩れた玄関から入ってきた雁夜を不機嫌そうに眺める間桐臓硯と。

 

「──そこな外道に話は聞いていたが、随分な様だな。間桐の魔術師」

 

 その間桐臓硯と向かい合う様にして在る見知らぬ青年の姿──否、見知らぬ青年ではない。彼の姿はつい先刻前、他ならぬ戦場で見た──。

 

「お、お前は……!?」

 

「……そう構えるな──といっても無意味だろうし、構えられたところで今の貴様など脅威ではない故、単刀直入に語ろうか。俺はカルキ・H・ピースマン。故あって間桐と同盟を結ぶ次第に相成った。まずは話を聞いていけ、間桐雁夜」

 

「は──なん……同盟、だと……?」

 

 動揺する雁夜の振る舞いなど意にも留めない形で告げるカルキと名乗る青年。混乱する雁夜だったがふとカルキの振る舞いに何ら口を出さないどころか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる臓硯に気づく。

 あの爺に限ってこうも横暴な相手を前に大人しくするなどあり得ない事態である。

 

 だからこそ雁夜はその衝撃的な光景と共に一つの事実を悟る。

 他ならぬ目の前のこの男こそ──間桐を陥落せしめた魔術師(あいて)なのだと。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

 場所を間桐邸の居間に移して、カルキは改めてバーサーカーのマスターである間桐雁夜と対峙する。

 無理な魔術の習得で顔半分が硬直し、体半分は満足に動かない状態。

 少なくとも戦場で対峙すれば一太刀で片づけられてしまうほどに弱った死人の如き存在。

 

 事情(・・)は概ね間桐の翁から聞き出していたが、他人事とは言え呆れを覚えざるを得ない。

 

“酷い状態だ。とても聖杯戦争を勝つどころか戦い抜ける人物には見えんな”

 

 仮にも最終的には敵対の立場に置かれるであろう相手に対し、しかしカルキは同情の感想しか漏らせない。断言できるが、間桐雁夜がどんな魔術なり切り札なりを有していたところでカルキに負ける要素は無いだろう。これでは能力以前の問題だ。

 そもそもバーサーカーのマスターとして適した器ではない。

 

 元々、魔術家系を出奔していた身分だったところ、後継者に困った間桐が遠坂から養女を取ったことを知って出戻り、その養女を本家に戻すために、聖杯を持ち帰ることを交換条件にして翁と契約して参加したらしいが──。

 

“……迂闊。元が一般人なのをおいても、目的が少女の安寧ならば、他にやりようはあったろうに。翁曰く、遠坂現当主とは若き頃に痴情の縺れがあったそうだが”

 

 向かい合う間桐雁夜に気取られないよう、カルキは浅く息を吐く。

 カルキからすれば目の前の男の行動は迂闊で迂遠で曖昧だ。

 少女を救いたいというその善心にだけは賞賛を送るが、その目的のために起こした行動があまりにも稚拙すぎる。翁の怖さを誰よりも知る身だろうに、もっと慎重に行動するべきだ。

 

『バーサーカーのマスターはかなり死に急いでいるようだな』

 

『──私からすれば貴方も似たようなものだと思うのですが、マスター』

 

 ぼそりとカルキの内面で呟かれた感想に応答したのはキャスターである。一仕事任せているため、この場にはいないが、この場に至るまでの状況は全て念話で共有済みであるし、そうでなくともカルキは懐にキャスターの魔力が込められた宝石を抱えており、キャスター側で勝手に把握できるようになっているので一々状況の説明は要らなかった。

 

『俺は彼とは真逆だよキャスター。アレは死という結末を受け入れた上で進んでいるが、俺は別に死ぬつもりはない』

 

『ほう。そうだったのですか? あのようなものを身体に仕込んでいるものですからてっきり……』

 

『安易に死に走ることは俺のこれまでに対する冒涜だ。地獄から拾い上げてもらったこの魂、無為に使い潰すつもりは毛頭ない。それと……俺のこれは間桐の蟲のように人間に仇成す用途は持たんよ。聖杯は現代の常識を事前にサーヴァントに仕込むのだろう? ならばナノマシン(・・・・・)という概念ぐらいは通じるはずだ』

 

『えぇ。ただ貴方のそれは人々の科学の延長線上にあるものではないのでしょう?』

 

 ……キャスターに対してカルキは既に自らの性能を明かしている。

 カルキは元々、魔術師一門でもなければ、生来に魔術の才能を持っていたわけでもない。

 あくまで地方の農村に生まれ育っただけの一般人である。一応、故郷には魔女やそれに類する司祭など神秘に携わる人間は少なからず見かけたが、本物(・・)は噂話程度でしか知らなかった。

 

 先進国家に生きる者には想像しがたいかもしれないが、インド国内或いはその近隣の中小国家においては魔女などは未だに存在するものであるし、それを弾圧する魔女狩りなんてものも稀によくあるニュースとして話題に上がるのだ。

 魔女狩りなんて時代錯誤だ──なんて冷笑するような現代人もいるだろうが、科学の恩恵が十分に行き届いていない中小国家の農村部などでは生活と信仰が関わり合うのは当たり前の常識(・・)である。

 平和な村で不運や伝染病、凄惨な事件が起こればそれは魔女のせいである、などという風評を本気で信じた村人たちが魔女と思わしき相手をリンチするなどというのは平気で起こり得る。

 

 そんな世界で生きて来たのがカルキである。本当の意味で魔術が在ると知った時に驚きはなかった。何故ならそれはカルキの生きた世界においては常識であったからだ。

 そして──本物を知ったカルキがそこを目指すのもまた必然的な流れだろう。

 故郷を燃やし尽くされた少年は力を求め、そして力に至った。

 

 ──地中海で出土した、古代ギリシャ文明で造船されたと思わしき戦艦(・・)欠片(パーツ)

 その一部に付着していた特異な粒子。

 カルキが名義上、『星辰体(アストラル・ナノマシン)』と呼ぶこの粒子こそカルキの莫大な魔力の源であり、魔術師としての才を持たない彼を魔術師モドキへと押し上げている要因である。

 

『ルーマニアで時計塔に謀反を企てていた魔術師を潰した帰りに知り合った演劇好きの死徒曰く、俺のこれは元々神の加護を具象化したものとのことだ。ある世界線では『神の体液』がどうこうとは言っていたが……余談だな。アトラスの演算はよくわからん。早い話、人間の強化剤のようなものだろう』

 

『……正直、その認識は碩学に生きる徒として正したいところですが』

 

 カルキは人間の強化剤などとあっさりと纏め上げたが、キャスターからすればカルキの血に流れるそれはかつて錬金術の大家としてキャスターが創り上げた万能薬(エリクサー)をも凌ぐものであると言っていい。

 肉体性能の向上は勿論のこと、肉体の自動修復機能も備わっており、果てはカルキが運用する様に大気中の魔力を取り込むことによってマナを活用した疑似魔術師としての運用も可能。

 それでいて間桐雁夜のように、運用する上での代償なども必要とせず、毒性・浸食の恐れも無し。

 

 本当に──何のリスクもなく保有者を強化する夢の粒子。

 それがカルキが持つ『星辰体(アストラル・ナノマシン)』。

 ……尤もこれは常態(・・)における機能であり、本来想定された運用法での話だ。

 

 カルキの常軌を逸した魔力量はこれに改悪(・・)を加えたせいなのだが……。

 

『雑談も此処までだな。念話とは言え、こちらに意識を割いてばかりでは気取られかねん。そちらも準備があるだろう。問題は無いか』

 

『こちらは恙なく。──……幸い、ここの術式には覚えがありますので』

 

『そうなのか? 系統はだいぶ違うと思っていたが……まあいい。錬金術師(アルケミスト)の代名詞が言うならば、そういうものなのだろうな』

 

 キャスターは優れた魔術師であるとはいえ、その本領は錬金術師。蟲使いの魔術系統には疎いと思っていたが……聞けば彼は生前に時計塔とも関係を持っていたとのことだから系統外でもある程度はいけるということだろう。

 ともあれ、専門家が問題ないと言い切る以上、気にすることではないとカルキは懸念だった要素を斬り捨てた。

 

『それよりもマスターの方こそ、お気をつけを。間桐の後継者がマスターとして劣っているとはいえ、バーサーカーは危険な相手です。破談すればまず間違いなくあの狂戦士は実体化し、マスターに襲い掛かる事でしょう』

 

『承知している──ではお互いにやるべきことを済ませるとしよう』

 

 そうして意識共有を断ち切ると、カルキは雁夜に対して、さも相手の理解を待っていた風に気取って口を開いた。

 

「さて──概ね流れは話した通りだが、経緯には納得できたか。間桐雁夜」

 

「……納得はともかく理解は出来たよ魔術師。爺が大人しい辺り、屋敷を落としたってのも本当なんだろうさ」

 

 此処に至るまでで間桐襲撃から、その落着までの共有は終えている。

 港湾区での戦いからすぐに間桐邸を襲撃したこと。

 間桐臓硯と交戦し、これを追い詰めたこと。

 

 そして──瞳に嫌悪感を見せながら雁夜は皮肉気な笑みを浮かべながらカルキを睨む。

 

「爺の命を助ける代わりにバーサーカーのマスターと同盟を結びたい──か。はん、要は脅しつけて従わせてやりたいって話だろ、これは」

 

 何が同盟だと言わんばかりに雁夜は吐き捨てた。

 

「……否定はしないし、事実そのつもりだ。敵対するサーヴァントとして脱落させるのは容易だったが、あのアーチャーにある程度喰い付ける性能は魅力的だ。ただ落とすのは惜しい」

 

「まるで俺なんて怖くないって言い様だな。魔術師って言うのはどいつもこいつも傲慢な振る舞いをしなきゃいけないってルールでもあるのか?」

 

「そんなルールは無いが……逆に問わせてくれ。その様を見てどうやってお前を脅威に思えと?」

 

 来歴を考えるに魔術や魔術師に対する嫌悪が強いのは仕方がないとはいえ、カルキからすれば過剰に噛みついてくる雁夜の言動は呆れざるを得ない。

 胆力だけは一般人を超えているが、威勢だけで殺し合いに勝てるほど戦争は甘くない。

 まして多くの死地を渡り歩いてきたカルキから見て、どう見積もっても素人に毛が生えた程度のマスターをどうやって対等足り得る脅威として認めろというのか。

 

「あの爺を人質にしたつもりなら無駄だし、俺にはサーヴァントが……」

 

「間桐桜」

 

「! お前ッ! 桜ちゃんに何を……!」

 

俺は(・・)何もしていない──そして、その動揺を見るに翁の話は事実らしいな」

 

 集めた情報(カード)のうち、最も分かりやすい札を見せてやればこの反応である。

 実力に加えて腹芸もこの通りとなればカルキも塩対応になるというもの。間桐の翁からしても、元々勝てば儲けものの捨て駒だったらしいが……本当に、色んな意味で分不相応な場所に立ってしまった男らしい。

 

「お前の話は聞いている。理解しよう、同情もしよう。我々神秘側に対する嫌悪も認めてやる。だが──敵として見るには甚だ拙い。あらゆる条件で俺に勝る要因が無い相手をどうして対等に見ろという」

 

 基本的に、平時におけるカルキは老若男女の垣根無く、相手を一つの個として対等な目線に合わせられる偏見無き瞳を持つが、こと戦場にかかわる状態ではとことんシビアである。

 一度戦場に立ったならば余分な感情も感傷も持ち込まず、必要なことを必要な通りに行う。最終手段として、衛宮切嗣のような非情に走ることも稀にある。

 

 戦場という場の恐ろしさ、残酷さを誰よりも知るからこそ、戦場においては何処までも冷徹になれる。それが戦士としてのカルキである。

 

「言った通り間桐邸は落とした。お前が心底恐れた間桐臓硯は俺に及ばず、お前が心底救いたがっていた少女の生殺与奪の権利もこちらのもの。……さて聞くが、ここで俺と破談し、やりあってみるか?」

 

「…………クソ」

 

 自らが置かれた状況をカルキに列挙されて、ようやく現実を認めたのだろう。

 罵声を口にしながらも、その戦意は沈むように消えていく。

 

「わかったよ、お前の言う同盟案には従ってやるさ……けどもし、もしも桜ちゃんに指一本でも触れて見ろ、その時は……!」

 

「聖杯戦争に関わる要因以外に興味はない。何なら、その少女というのを俺が救ってやってもいいが──」

 

「要らない。魔術師の言うそんな言葉なんて信用できるかよ。……桜ちゃんは俺が助ける」

 

「そうか、では任せるとしよう」

 

 雁夜の嫌悪をあっさり認めるとカルキは少女を取り巻く事情からは手を引く。

 

 ……まあ尤も、そちらに関してはもう勝手に手筈は済んでいるのだが。

 どの道、人肉を喰らう魔物は聖杯戦争問わず世の害だ。

 見かけたならば討伐するのが力ある者の義務というものだろう。

 

「それでは理解を得た上で本題に移ろうか。倒せる相手を態々生かしているのは何も慈悲でも何でもない。当然、求めるものがあるからこその同盟だ」

 

「俺のバーサーカーを利用したいってことだろ。アンタは誰を倒すつもりで──」

 

「無論、アーチャーだ」

 

「……時臣のッ!」

 

「然り。遠坂のサーヴァントだ」

 

 カルキの言葉に雁夜の瞳に目に見えて憎悪が灯る。

 魔術師に対する嫌悪などこれに比べれば遥かに深い激情。

 ……彼視点から見れば、魔術と関わりなかった少女を他家に売り渡した挙句、拷問にも等しい目に合わせて見せた悪鬼羅刹の振る舞いを行う相手だ。

 それこそカルキに対する剝き出しの敵意など可愛いものだ。

 

「──多種多様な宝具を無尽蔵に有すると目されるあの英霊は厄介だ。手札が多い側は敵対者の情報が露見すればするほど優位をより強固に確立していく。ゆえ終盤に残すほどあの英霊は脅威となろう」

 

「だから、協力して倒そうって?」

 

「ああ。お前の感情的にも飲み込みやすい提案だろう。なにせ──」

 

「言わなくていい。蚊帳の外のお前に知った風な口を叩かれるのも不愉快だ……けど、いいぜ。お前に踊らされてやる。お前の言う通り、俺にとっても悪くない話だからな」

 

「だろうな」

 

 黒い炎を燃やす雁夜をカルキは冷めた目で眺める。

 

「……下らん。大義も憎悪も結構だが、貴様の戦いとやらが齎す悲劇の涙もあるだろうに」

 

 狂戦士という制御の利かないサーヴァントを人の巷で暴れさせる──それが間桐臓硯に負けず劣らずの悪行であるという自覚が果たしてこの男にあるのか。

 関係のない人々は巻き込まないという良識が狂戦士にあるとは思えない。

 仮に戦いの最中、関係のない人間が巻き込まれたとしても、あのサーヴァントはその命を平気で握りつぶすことだろう。元より狂戦士とはそういう在り方のサーヴァント故に。

 

 そして、そんなものを振りかざしているということがどういうことなのか、この男は本当に理解しているのか。

 

「? 何だよ。なにか言ったか、魔術師?」

 

「何も──共有すべき事項は済んだ。明日の夜、遠坂邸を襲撃する。同盟者の誼でバーサーカーの運用魔力はこちらも多少はバックアップしてやる。共同戦線に異論は無いな」

 

「無い。……けど一つ、注文を付けさせろ」

 

「素直に聞いてやる立場じゃないんだがな……何だ?」

 

「バーサーカーも、アーチャーもお前の好きにして良い。だが──遠坂時臣は俺の獲物だ」

 

「──そうか。好きにしろ。遠坂が脱落するなら過程に拘りは無いからな」

 

「ああ、好きにさせてもらうさ」

 

 同意が取れたことでより戦意を燃やす様子の雁夜だったが、カルキの内心はいよいよ以て冷めていくばかりだ。少女の救済、苦い記憶の仇。二つの目的を右往左往する自覚なき暴力の保持者。

 ──始まりの動機が善意である点は認めよう。

 だが、善意が良い結果を生むとは限らない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 時として半端な善意は、下手な悪意よりも度し難いものだ。

 

「…………」

 

 嘆息しながらカルキは今に背を向け、間桐邸から手を引く。

 ──どうあれ、これで間桐は死んだ。




今更だが一応予防線張っておくと、作者は別にZeroアンチとかじゃないので悪しからず。ダークでシリアスな作風に世界観ぶち壊す光の()をモデルとしたオリ主ぶち込むと自然とこうなってしまうんや……。

私はケリィも雁夜叔父さんも好きだし、なんなら龍ちゃんペアに好感度高い型月厨なのでそこだけは覚えておいてクレメンス……。



ちゃんとハッピーエンドにはなるしね!()
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