Metalnova   作:アグナ

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ACT-12 欠けた夢

 ──ふと、夢を見た。

 

 

 ……気づくと、キャスターは見知らぬ場所に立っていた。

 日の落ちた、夜。

 頬を撫でる夜風は冷たく、砂交じりに乾き切っている。

 辺りを見渡せば砂の山。地平の向こうまで続く砂塵の海。経験的な記憶には無く、知識としては身にあるその風景は中東地域にみられるものだろう。

 

 周囲には襤褸布で覆われた大小無数のテント。街や村というより、急ごしらえの居住区画。災害などに際して建てられる臨時拠点か、或いはロッジのような場所であった。

 

 人の気配がする辺り、住人はいるのだろう。だが夜というシチュエーションを前提にしても何処か人の気配が薄い。遊牧民が生活するという雰囲気でもなければ、キャンプといった風情でもない。自然と人工の境界を分かつ様にして、テントを照らす篝火の弾ける音だけが静寂に音を奏でている。

 まるで息を潜めるかのようにな静寂は、傷ついた獣が気配を隠す姿を連想した。

 

 それで、キャスターは解答(こたえ)に辿り着く。

 

『戦場──』

 

 ──より正しく言うならば、戦から逃れて来た者たちの住屋。

 いわゆる戦災に巻き込まれた者たちの避難所。

 そのような場所なのだとキャスターは認識した。

 

 テントの横に建てられたポールには夜風に翻る赤十字。

 極限状況に置かれても尚、人の良心が引いた最後の一線が無言のままに叫んでいた。

 

「──君は、戦争というものをどう考える」

 

『!』

 

 声に弾かれるようにしてキャスターは振り向く。

 赤十字の臨時拠点(ベースキャンプ)の中心。パチパチと弾ける焚き木を真ん中に、白衣の男と迷彩服の少年が向かい合っていた。

 白衣の男の方には見覚えがないが、少年の方には見覚えがある。

 異なる衣装、幼い顔立ち。

 だが、前髪の一部だけを金に染め、強い意志を感じさせるその瞳をキャスターは知っている。

 キャスターのマスター、カルキ・H・ピースマン。

 

 紛争孤児の魔術使い。聖杯を求めて戦争に参加するのではなく、聖杯戦争を辞めさせるためだけに戦域に身を投じた風変わりなマスター。

 

『……成程。これがマスターの昔の記憶、というわけですね』

 

 ──サーヴァントと魔術師は暫し、互いの夢を見るという。

 これは契約に際し通じた魔術のパスを通して互いの記憶が混線する結果起こる現象だが、真に迫るこの明晰夢は正に知識の通りだ。

 恐らくだが、こうしてキャスターが夢を見ているように。今頃はマスターもキャスターの過去を垣間見ているのだろう。

 

「どう、とは? この紛争についての是非を問うているということでしょうか、先生」

 

 まだ幼い頃のカルキが白衣の男に問いかける。先生という呼び方からして白衣の男は幼きカルキにとって教導者の類なのだろう。

 医者、といった風情の背格好からして場所から推測するに医療に従事する人間か。

 カルキの問いに「あぁ」と白衣の男が首を振る。

 

「いいや、今この場所で起こる紛争に対する是非ではないよ。主義主張も、善悪も、立場や視点で容易に変わる。こうしてこの場に立っている我々が対岸から見れば善だが、当事者たちからすれば善と限らないようにね」

 

『…………』

 

 穏やかな口調で紡がれる言葉。安易に善悪の線を引かず、自らの分を弁えた言葉は正に賢者ならではの理性的な発言だが、それ故に何処か空虚だ。

 被害者たちへの同情は無く、加害者たちへの怒りは無く、支援を掲げた自分たちへの誇りも無い。

 まるで画面の向こうから世界の在り方を眺めているような他人事。あまりにも理性的すぎる情のない視点。諦観にも似た悟りの言葉は賢者というより解脱者のようだ。

 人を個ではなく衆として見るような、高すぎる視点。

 

 日頃生死に触れる医者としての身分だということを加味しても、白衣の男は何かが外れていた。

 

「私が問うているのは単純に、“戦争”という概念そのものに対する追求だ。此処で行われた悲劇のように、君もまた戦という災いに巻き込まれ、故郷も家族も失った。そんな君は、戦争をどう見ているのか──少し露悪的に言うならば私は感想を聞きたい」

 

「特に、何も」

 

 白衣の男の言葉に対して、カルキは簡潔な解答で応えた。

 

「……人類に限らず、この星に生命体として立つ限り、命は常に生存競争に晒されます。無から有が生まれ出ない以上、残念ながらあらゆる資源は有限です。であれば限られた資源を獲得するために……生存のために、命は競わなくてはならない」

 

「教科書の回答だが、君自身もそれが結論だと?」

 

「はい。そもそも分裂して数を増やす種でもない限り、生命は発生したその瞬間から競争の舞台に立たされます。我々で言うならば数億の精子の幾つが、いったい卵子に辿り着くのか、という話です。我々はたった一つの誕生のために、常に数億の競争相手を殺している」

 

「成程、競争こそが生命の原理。だからこそ人類の行う“戦争”という行為もまた、その延長線上にある生命活動(・・・・)に過ぎないと君は言い切るんだね」

 

「ええ……先進国家に生きるものには縁のない話でしょうが俺たちが生きていた生活圏では雨が降らないだけで生存が脅かされることもあった。常に平和的に資源の獲得が出来る社会、そういう場所に遠かった俺たちにとっては生きることは命がけですから」

 

「より生命の原始的な在り方に近い社会に生きていた者らしい結論だ」

 

 淡々と語るカルキの言葉に白衣の男は頷く──商圏という概念を共有するコミュニティーにおいては資源は金銭で獲得できるものだが、資源を自らの手で収穫しなければ得られない者たちにとっては生きることは競い合い争うものである。

 弱肉強食(ワイルドルール)に生きるものらしい結論であった。

 

 だが──人間には感情がある。競争に敗れた者、競争から脱落していったもの。

 共同体から外れていく人々を見て、無感でいられるのは初めから何処か欠けた者たちだけだろう。

 ましてやカルキは普通の感性、普通の形で生まれてきた少年である。

 

 弱肉強食(それ)が世界のルールだと知った上で、眼前で失われていく家族、親しき隣人の命を眺め、ルールだから仕方ないと結論付けられるのか。

 

「では君は君自身の境遇に何も思わないのかな。戦争は生命の基本原理であるからと。家族と隣人と故郷が戦争という地獄になったことは仕方がないことであると?」

 

いいえ(・・・)

 

 無機質な問いに感情()が灯る。

 戦争は仕方ないと結論付けた筈の少年は、戦争(じごく)に否を叩きつけた。

 

「生きるための戦い、守るための戦い……生命活動としての消費を俺は肯定します。ですが、必要のない消費、不条理の証明、意味のない損失を俺は許せない」

 

「……君も(・・)──浪費を憎むのか」

 

「浪費ではなく、不合理です。……植物は、必要な分だけの水と栄養を搾取する。……動物は、必要な分だけの植物や肉を奪い取る。人類ならざる種は、生命活動に必要な分だけの熱量を摂取する」

 

「必要以上の搾取、必要以上の強奪は不合理と見做して憤るのだね。だが、生命には繁栄という役割がある。何故繫栄するのか、そこに理由は無い。生まれたからにはより長く、より広く、より多く……生きるために生きるのが、生命の存在意義だ。そして繁栄のためにはより大きな消費が必要だ。それこそ、動植物とは比べ物にならないような」

 

ですが(・・・)悲劇は必要ない(・・・・・・・)

 

「…………」

 

 パチと──薪火が弾ける。

 幼い筈の少年の身体が、一瞬大きいな影を描いた気がした。

 夜風は冷たい筈なのに、熱気が場を満たす錯覚を得る。

 

「屈服が目的ならば、折るのは武力だけでいい。戦士、武人、兵士、軍人──消耗する命は国家の持つ暴力を具現する存在だけで十分だ。だのに戦争に際し、人はそれ以上の“消費”を求める」

 

「──ふむ。確かに戦争というものが最終的な外交手段(・・・・)であることを加味すれば、敵の継戦能力を削ぎ、“武力”を機能不全に陥れた段階で、『相手に戦争を持続させないという目的』は達成できている。近視眼的視点で見れば武力を担う存在のみの“消費”で完結するのが合理ではある。だが──」

 

 白衣の男が言わんとする言葉にキャスターも内心で同意を示す。

 ……成程、カルキの言うように“戦争”における最小限の“消費”のラインとして武力の損耗にのみ完結させるべきだという意見は合理的ではある。兵器にしろ、兵士にしろ、戦争の最中に損失していけば自ずと継続は困難となる。故に簒奪や略奪、殺害の範囲はその内に止めるべきだ──という意見は合理的ではある。

 

 ──だが。合理で人間社会は回らない。

 兵士にも家族はいる。簒奪者に対する反骨心は湧く。不幸には呪いが発生する。

 一度、国と国の規模で衝突が発生すれば、そこで交わされる不合理な感情の交錯は計り知れない。

 人類は物分かりのよい賢者だけで構成されていないのだ。

 

 殴られれば、殴り返したくなるのが人に備わった当然の真理である。

 

 だからこそ殴る側は徹底的にその殴り返される要因を潰したがるのも当然の心理。武力のみならず法を、制度を、権威を、時として国体そのものを破壊し、損害し、反撃に至る要因を潰しに行くのは当然のことだ。国を回す者は決して理想論にだけ生きてはならない。

 万を、億を背負う国家の運営者に、そんな温い良識は許されない。

 自国の未来のために、他国を喰らう。

 “戦争”とは一つの衆の未来を賭けた最大規模の生存競争なのだから。

 

 しかし──白衣の男が諦観に満ちた現実を語るより先に、カルキは否と叩き返す。

 

それ(・・)だ。俺が許せなかったのはそれ(・・)だった。……まだ起こっていない未来、まだ起きていない将来、まだ見ぬ不幸、まだ見ぬ恐怖。人はそれらを勝手に予測して予知して……まだ起こっていない因果律を勝手に類推して事前に対応する。それが、正しい犠牲であると」

 

 一と十、十と千、千と万。

 多数決による合理の天秤。必要な犠牲。払うべき対価。

 それを事前に予測し、予定し、予知し。

 行われる取捨選択(トリアージ)──ふざけるな。

 

「まだ起こっていない事象に、正しいも何もないだろう。人はあまりにも弱すぎる(・・・・)。まだ見ぬ未来を勝手に想像して、怖がり、不幸を嫌って余計な悲劇を作り上げる──これを浪費と言わずして何という」

 

「君の言葉には一理ある。だが、それこそ理想だけでは生きられない指導者ゆえの業がある。未知の結末、不確定の未来。それらを前にして上に立つ者は判らないでは済まされない。大衆の導き手として、彼らには将来の不幸を極力取り除く努力義務がある」

 

ならば(・・・)ただ殺し切ればいい(・・・・・・・・・)

 

『──!』

 

 カルキの言葉に思わず、キャスターは瞠目する。

 それは悲劇に憤り、人の弱さを非難した一見して理想論者じみたカルキにあるまじき暴論。そんなに怖がるなら最初から全てを殺し尽くしてしまえというあまりにも極端すぎる結論であった。

 

「中途半端をするから悲劇は起こる、悲劇に成る。初めから全て悉く奪い尽くしてしまえば、それは悲劇ではなく歴史であり、記録と化す。勝者にそれ以上の余分な損耗は発生せず、敗者は無念の中に消えていく。この上なく分かり易い答えであり、結論だ」

 

 カルキの瞳に烈火が灯る。嚇怒が渦巻く。

 ──地獄より生まれた男は何に対して憤るのか。

 その本性が明らかとなる。

 

「それほどまでに不幸を嫌うならば虐殺、殺戮こそを“戦争”の正義とすればいい。だがその答えを突き付けた時、やれ残酷だのやれ残虐だのと人はほざき出す。戦争にもルールはあるのだと、人的資源にも利用価値があるのだと如何にもな言い訳を並べだす。──我らは理性なき虐殺者に非ずとさも自らの善を語り出す」

 

 生と死の境界、奪い尽くされた地獄の中でカルキに灯った業火の正体。

 それは人の弱さへの怒り。中途半端な覚悟に対する憎悪。

 合理によって未来のために“必要な犠牲”を払う道を選んだ癖に、潔癖で在りたがる傲慢さ。さらには無用な“善性”と“良識”で手を緩めてしまう程度(・・)の覚悟で事に望み、そして結果的にカルキのような“悲劇”を手ずから創り上げる愚かしさ。

 

 合理にも理想にも寄り切らない、人の持つ曖昧さによる対応から齎される全てに怒りを覚えていた。

 

「俺ならば、半端はしない。救うと決めたならば救い切り、殺すと決めたならば殺し切る。生存競争とはそれだ。弱肉強食とはそれだった。敗者を糧とし、より先へ、より遠くへ。駆け抜けることこそ勝者の在り方。いつか自らも敗者となり果てるその日まで、振り返ることなく突き進むことこそ唯一無二の正義だろう」

 

 断じて救うと決めて差し伸べた手を引っ込める半端は許されない。

 断じて殺すと決めた命の価値に怖気づき、殺し損ねる半端は許されない。

 その半端こそ、“悲劇”の源。

 繰り返される浪費であるとカルキは非難する。

 

「──それが出来ないと宣い、懲りもせずに中途半端な悲劇を繰り返すというならばいいだろう、俺が代わりにやってやる(・・・・・・・・・・・)。全ての悲劇に終止符を。全てを救い切り、全てを殺し切る存在に俺が成ろう」

 

 ──其は“悪の敵”に非ず、“正義の味方”に非ず。

 目指す道はただ一つ、あらゆる悲劇(よぶん)の根絶。

 都合のいい、強制的な集束装置。

 

 ひとたび“それ”が降誕した時、救われるものは救い尽くされ、殺されるものは殺し尽くされる。悲劇も喜劇も発生させる暇などない。

 何もかもを跡形もなく、隙間も無く、決着させる絶対的な機構(システム)

 

 “救世主(セイヴァー)”──終わりに生まれる、始まりの英雄。

 

「弱き衆生を代行し、全ての“善行”と全ての“悪行”を行使する。その果てにこそ正しき循環(クリタ・ユガ)があると信ずるが故に」

 

 ──あまりにも苛烈なる“光”が、そこにはあった。

 その凄絶さにキャスターは圧倒される。

 これが(・・・)こんなもの(・・・・・)が現代に成立して良いのかと。

 ただただ戦慄する。

 

「ただひたすらに駆け抜けること──それが君の正義ということだね」

 

 ……だからこそ、変わらず穏やかに言葉を返す白衣の男こそ、少年の先達足り得るのだろう。

 憤る概念は異なれど、白衣の男もまた高すぎる視点に立つ者故に。

 

「君は“失速”に憤り、私は“停滞”を非難する。君は戦争を当然の生命機構と肯定し、私は戦争を憎みながら合理的だと肯定する。結局のところ……至る結論は同じというわけか。やれやれ……」

 

 嘆くような呟きは果たして如何なる真意によるものか。

 感情が希薄な白衣の男はほうっと息を吐くと何かを悟ったように少年を見る。

 

「──ならば同郷(・・)の者として、私は君の理念を肯定しよう。ただ征きたまえ、君の辿る行く末が如何なるものだったとしても、その善性の理念を以てして、正しくあらんとしたものであると他ならぬ私が君を肯定する」

 

 ただ一言、“止まるな”と。

 白衣の男は少年に箴言を告げる。

 

 ──よってもはや止まることなどありはしない。或いはカルキを唯一否定しうる、同じ地獄から生まれた男がカルキを止めなかった時点でもはや止まることなどありえない。

 “光”はものみな全てを導く極光となりて、新たな銀河(せかい)を創り上げるであろう──。

 

 

×  ×  ×

 

 

 ……眩暈のように意識が覚める。

 どうやら、欠けた夢を見ていたようだ。

 

「…………」

 

 ギシと、キャスターは工房に備えたデスクワーク用の椅子に深く座り込む。

 アレが自らのマスターの本性。アレが自らのマスターの過去。

 この上なく苛烈で、暴力的な善。

 

 ……彼が聖杯に頼らないのは当然だろう。

 彼は自らこそが聖杯の如きモノに成ろうとしている。

 他力に任せず、頼らず、託さず。

 自らの意志と歩みで以てして、その大望を叶えんとしている。

 

「救世主……か」

 

 その是非を図る立場にキャスターは立っていない。

 所詮は過去の亡霊。

 善く在れと理想も祈りも後世に託した英霊である。

 

 彼の野望に付き合わされるというならば、キャスターにも口を出す権利が生じようが、彼の原理とこの聖杯戦争は遠き関係にある。戦いの外にある理念に対して、キャスターは追求する理由を持っていない。

 だから、気になることがあるとすればたった一つ──。

 

「──休息を命じておきながら済まない、キャスター。どうやら間桐との折衝中に聖杯戦争に動きが発生していたようだ。活動可能な使い魔を至急、冬木ハイアットホテルの方に──」

 

「──マスター、貴方は人類を嫌っているのですか?」

 

「──……」

 

 キャスターの私室として与えられた部屋に入室してきたカルキへと、キャスターは降って湧いた疑問を投げかける。カルキは一瞬、困惑するように眉を顰めた後、次いで「成程」と一つ頷き淡々と言葉を返した。

 

「嫌っても憎んでもいない。ただ、その怠慢に苛立ちを覚えるだけだ」

 

「そうですか──ああ、それならば良かった。失意も失望もしていないというならば、どうあれ貴方はきっと、道を外れることだけはしないでしょうから」

 

 淡白な答え。だが、その回答にキャスターは満足する。

 ……確かに彼は苛烈で厳しく、些か以上に強すぎる輝きではあるが。

 絶望まではしていないのだと。

 素直なその感想があるうちは人々の安寧を脅かすような真似はしないだろうとキャスターは苦笑した。




本編略

主人公君「白か黒かハッキリせや!出来ないならワイが代行する!」

平和男「うんうん。それも一つの答えだよね。止まるんじゃねぇぞ……」

パラP「悪意はなさそうだし、ままええか」
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