Metalnova   作:アグナ

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ACT-13 迷える者へ

 その身に一生を懸ける程の目的意識は無く、その身に命を懸ける程の願望も無い。

 つまるところ──言峰綺礼という神父の心は虚無であった。

 

 厳格な父の下に生まれた。神の家の人間として真っ当に育ち、求道者として信仰に開眼し、神への信仰を証明するように祈り、学び、自らを心身ともに鍛え上げていった。

 自らの持つ『代行者』という身分こそ、その証明。だからこそ傍から余人が彼を見た時、誰もが必ずこう思う。

 言峰綺礼こそ、正に神父の鏡のような人物である、と。

 ……当人からすれば、あまりにも的外れの評判だとしても。

 

『──では、間桐は敗れたとみて間違いないということだな』

 

「はい──同時間帯に発生した冬木ハイアットホテルの襲撃に関しては攻防の詳細は不明でしたが、こちらの方は間違いありません」

 

 同じ御三家である『間桐襲撃』という分かり易い事案を盾に、綺礼はシレっと当事者として居合わせたセイバー陣営によるランサー陣営の拠点爆破という一件から時臣の目を逸らしつつ、アサシンを通じて得た情報を時臣に報告する。

 

 ……他の陣営は恐らく知らぬことだと両者は確信しているが。

 表向きは同じ英霊のマスターとして敵対状態にあるとされている言峰綺礼と遠坂時臣は、裏ではこのように両者は通じていた。

 これは元々、偶発的に聖杯戦争に巻き込まれた綺礼の立場に一計を案じた時臣と綺礼の父瑠正の策略でる。

 

 古くからの悲願として聖杯戦争を必勝とすべく望みたい時臣と、教会側としては知己の信頼ある魔術師に万能の聖杯を託したいという両者の利害が一致した結果であった。

 

 時臣が最強のサーヴァントを呼び、綺礼が斥候と支援を兼ねて時臣の障害になるであろう危険因子を調査、必要に応じては対応する──。

 

 これが遠坂時臣と言峰瑠正が敷いた必勝の策、盤石の陣であった。

 

 職務に忠実である綺礼は、この策に嫌悪を覚える程の清廉さを持ち合わせてはいないが、正直なところ策の一翼を担いながらも呆れのようなものは自覚している。

 なんせ中立の立場から聖杯戦争を監視するという立場の聖堂教会である。その聖堂教会から遣わされた監督役が裏では特定の陣営の支援に回っているのだ。

 

 卑怯と罵られても返す言葉は無い。

 それこそ教会が語るところの『神』による罰が当たっても仕方がないだろう。

 

 とはいえそれが言峰綺礼という人物に与えられた歯車としての役割ならば否応は無い。何処までも忠実に、或いは意思のない人形のように。

 糸を手繰る二人の望む通りに綺礼は振舞う。……少なくとも今のところは。

 

『……間桐が敗れる、ということに正直驚きはない。翁本人が参戦していれば話はまた違ってくるが、話を聞く限り恐らく間桐が送り出したのは魔術師未満の急造品。()が序盤で敗れたと聞いても、そうだろうという感想しかない』

 

「はい」

 

 間桐──バーサーカー陣営のマスターと思われる人物に関しては既に綺礼は報告済みだ。なにせ補足は簡単だった。

 魔力を垂れ流しながら満身創痍で深山町を徘徊している人物を見逃すなど、仮にも斥候を務めるアサシンのマスターとしてあり得るざる事ゆえに。

 

 セイバー──アインツベルン。

 ランサー──ロード・エルメロイ。

 ライダー──時計塔の学徒(ウェイバー)

 バーサーカー──間桐。

 そしてキャスターのマスター。

 

 人物も場所も特定済み。まさに策略が生きる通り、この序盤にも拘らず時臣と綺礼、もといアーチャーとアサシンの陣営は敵の情報をどの陣営よりも先んじている。

 

『だが──間桐が虚弱であることを念頭においても手が早い。キャスターのマスター、確かカルキ・H・ピースマンと言ったかな? 時計塔のアニムスフィアが重用する名うての傭兵とは聞いていたが、評判に偽りはないらしい』

 

 ……だからこそ昨日の戦闘──いや一方的な侵略行為に関しても、いち早く詳細を掴み取っていた。

 キャスターのマスターによる間桐邸襲撃と、陥落の顛末。

 五百余年を生きる怪老、間桐臓硯。その工房を真正面から打ち砕き、間桐を傘下に加えて見せたキャスターのマスター、その手腕を。

 

『彼についてはともかく、間桐の翁を正面から打ち破る──今一度確認するが綺礼、サーヴァントによる支援はなかったんだね?』

 

「ええ……といっても姿かたちを見せたり、魔術を使った明確な支援はしなかった……という意味にはなりますが。少なくとも現場にキャスターと思わしきサーヴァントは現れず、あくまでキャスターのマスターの地力で戦い、打ち破ったと思われます」

 

『正直信じられんな。あの間桐の翁がよもや魔術使いに後れを取るなど……』

 

 綺礼の明言に時臣は考え込むように黙り込んだ。

 

「…………」

 

 代行者として日常的に『戦場』に立っていた綺礼からすれば意味不明だが、魔術師という身分の人間から見て魔術使いとは学徒としての身分に背を向けた世俗的な唾棄すべき存在というモノらしい。

 先祖代々から引き継いできた根源到達という悲願を叶えんがため求道するのを魔術師と呼ぶが、魔術使いはその対極──金、地位、名誉と自らの我欲的に魔術を道具として運用する者たちである。

 

 そのため魔術師として純正であればあるほどに魔術使いへの嫌悪は強くなる、らしい。外の身分である綺礼からすれば、世間知らずな引きこもりよりも世渡りに聡い魔術使いの方が寧ろ戦場では警戒する手合いなのではないかと思うが……まあ、態々無意味な諌言を口にするほど綺礼は時臣に加担していない。

 父の用意した時臣を勝利させるための道具。

 それが己の役割である以上、彼の価値観にどうこう言う筋はないのだから。

 

『とはいえ事実は事実として受け入れなければならないね。……ではバーサーカーはキャスター陣営の下についたと見て間違いないのだね?』

 

「ええ、霊器盤にサーヴァントが脱落した気配はありませんでした。キャスターのマスターが間桐の工房を落としたにも関わらずです。つまり──」

 

『キャスターのマスターはバーサーカーのマスターを殺さず、利用することにしたということだね。今後の聖杯戦争を優位に進めるために』

 

「はい、そう見て良いかと」

 

 要は綺礼たちと同じことである。

 元々キャスターというサーヴァントは聖杯戦争においてアサシンに並ぶ、またはそれより下の外れ枠と言っていい。

 理由は簡単で、魔術師(キャスター)というものはそれそのものが強いわけではないからである。

 

 彼ら彼女らは現代魔術師には踏み込まないような神秘を行使するという強みこそあれ、英雄的な武功を有するものたちとはかけ離れている。

 よってキャスター陣営の常識は必然的に工房に居を構え、侵攻者たちを排除していって勝ち残るというものになるのだが……聖杯戦争は最後の一人になるまで勝ち残るための戦いである。最後に勝つためにはどうしても打って出ずにはいられず、そして前に出たキャスターなど本物の英雄の前では無意味な存在だ。

 

 加えてセイバーやランサーなどの英霊には『対魔力』という能力(スキル)がある。その強弱は呼び出される英霊によって変動するものの、高位のセイバーやランサーに関しては魔術的な干渉を全て弾く者もおり、こうした様々な条件がキャスターを外れ枠と言わしめているのである。

 

 だが──逆に言えば打って出られるだけの戦力がいれば話は変わる。

 特に使い潰しても構わない前衛、バーサーカーの存在は前評判を一気に裏返すだけの衝撃にはなった。

 

『マスターはともかく、港湾地区で見た限り間桐のバーサーカーは戦士として強力なサーヴァントだ。片手間とはいえアーチャーの宝具──『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を防いで見せ、生き残った……そんな英霊がキャスターと組むという状況は無視できるものではない。何より──』

 

「その状況を作り上げたキャスターのマスターが『次』の狙いとして我々に照準を定めるであろうことを考えれば、急ぎ対策すべきことである、と」

 

『その通り』

 

 時臣が言わんとしたことを引き継いで言い切った綺礼に、時臣は通信機越しで満足気に頷いた。

 

『港湾地区でキャスターのマスターは恐れ知らずにも自らの刃で以て王に刃を立てた。考えるまでも無く、出そろった全ての陣営の英霊の中でアーチャーこそを最大の敵と認めたからだろう』

 

「はい」

 

『一見して無策無謀の行動だが、キャスターのマスターには一貫して勝利するための方式がある。すなわち厄介な敵から落としていくという当たり前の方針だ。そんな彼が、ある意味では一番落としやすいともいえるバーサーカーに照準し、工房に攻め込むというリスクを取ってこれを成した。……想像するに、その目的はただ一つ』

 

「単騎では落としがたいアーチャーに対抗するための手段として、ですね」

 

『ああ。バーサーカーという、いつ脱落しても問題ない駒を盾にアーチャーを討つ。そう考えていると見て間違いないだろう』

 

 過程こそ支離滅裂だが、行動は一貫している。

 それが時臣のキャスターのマスターに対する評価であった。

 

 時臣としてはキャスターのマスターは認め難いが戦上手ではある。サーヴァントと切り合えるだけの武功に加え、このような王道的戦術も行使できる。その上、作戦立案からの実行までの対応が早く、こうしてリアルタイムで全ての戦況を見て取れるアーチャー・アサシン陣営の行動に先んじる始末。

 雇い入れの傭兵風情ではあるが油断してかかっていい相手ではないと気を引き締めざるを得ない。

 

『行動の速さから見て今夜にでもバーサーカーを引き連れ、遠坂の屋敷に現れてもおかしくないだろう。……綺礼、街中に配置しているアサシンを呼び戻しておいてくれ』

 

「よろしいので? 監視の目が弱まりますが」

 

 綺礼の呼び出したアサシンはその宝具により『多数の目』を持っている。綺礼たちが構築したその目による情報収集能力こそ綺礼たちにとって切り札の一つ。

 必然、それを引き上げるということはその切り札を手放すということを意味する。

 

『構わない。先に報告があったホテルの一件は恐らくランサー陣営とセイバー陣営による小競り合いによるもの。あの両陣営は睨み合っている状況にあると見ていい。こちらに干渉してくる余力はあるまい。気になるのはライダー陣営だが……』

 

「今のところ深夜徘徊こそあれ、動きはないと聞いています」

 

『そちらは慎重に動いているということだろうな。……横槍が考えにくい今だからこそ万全を期すべきだろう。リスクなしでは聖杯戦争は勝ち切れないよ』

 

「……分かりました」

 

 アーチャーと、そしてアサシン。

 総力を以てキャスター陣営を迎撃するということらしい。

 

 ……綺礼の代行者として培った直感は時期尚早と訴えている。今のこの盤面であの陣営と決着をつけんとすることは危ない、と。

 だが道具が持ち主に異見することなどない。綺礼は内心の懸念をおくびにも出さず、通信機越しに一礼する。

 

『うむ。全力を以てよそ者にはお帰り願うとしよう。私の背中は頼んだよ、綺礼』

 

「仰せの通りに、我が師よ」

 

 情報共有と戦略の一致に満足したらしい時臣は一つ相槌を入れると通信を終えた。

 綺礼は暫く残心するようにして通信機越しに立ち尽くしていたが、これ以上の外部からの干渉がないことを確認すると息を吐きながら私室に備えたソファに腰を下ろす。

 

「……キャスターのマスター、か」

 

 ぼんやりと、これから対するであろう敵を口に出してみる。

 ……他の有象無象と同じく当初は(・・・)キャスターのマスターに興味はなかった。

 

 何ものであれ、綺礼の持つ苦悩が理解できると思わなかったし、それが出来る者はただ一人であろうと考えていたからだ。

 セイバーのマスター、衛宮切嗣──あの男を除いて綺礼の虚無を埋められるものはいないと考えていたから。

 しかし──港湾地区での問答がささやかながら綺礼の興味を湧きたてた。

 

「聖杯に託す願い無くして戦いを終わらせる──お前もまた、自らを懸けるに足る願望を持ち合わせていないのか……?」

 

 綺礼の私室に他者の影は無い。

 疑問は虚空に溶けて消える──筈だった。

 

 

「は──雑種らしい凡眼さだな神父。奴は聖杯に懸ける願望を持たぬのではなく、聖杯を願望を託すに足る器と評価していないだけのこと。だからこそ他の魔術師共とは違い、無益な戦を終わらせると言ったのではないか」

 

 

 傲岸不遜。その声がした次の瞬間、テーブルを挟んだ向こう側のソファに黄金の光が収束する。言峰綺礼と対面するように、その英霊は現実に実体化した。

 

「──ギルガメッシュ」

 

「ふん、暫くは退屈な時間が続くかと思ったが中々どうして飽きさせぬ。あの男が早々我に挑んでくるというのであれば、暇つぶしとしては悪くない趣向だ」

 

 何処からか調達したらしい現代風の衣装に身を包みながらアーチャー──遠坂時臣の召喚した英霊である、英雄王ギルガメッシュは片手にグラスに注がれたワインを傾けながら愉快そうに嗤う。

 見るに、綺礼の酒蔵から持ち出したものだろう。

 

 無断侵入および窃盗、被害者の為人によっては罵詈雑言が口に出ても不思議ではないところ、綺礼はため息一つで済ませた。

 この世の全ての財は我のもの──そういって憚らない英霊だ。この程度のことに一々腹を立てていれば気が休まることなどありはしない。

 

「……何の用だ英雄王。先の師とのやり取りを盗み聞きしていたというのならば、いま君がいるべき場所は此処ではないことは判るはずだが」

 

「奴に限って雑種共の彷徨うこの時間に仕掛けてくることはあるまい。雑種の一つや二つ、間引いたところで(オレ)は何も感じないが、奴は違うであろうからな。来ないと分かっていることに、時間を浪費するほど(オレ)は退屈を持て余してはいない」

 

「……他の陣営による襲撃が無いとも限らない。サーヴァントであるならばマスターの下を離れるべきでは無い。警戒は、することに越したことは無いだろう」

 

「それこそ臣下たるものの務めであろう? 我が身一つ守れぬようならばその程度の器に過ぎなかったというだけの話」

 

「…………」

 

 悠然と語りつつ、ワインを傾けるアーチャー。

 追い払うための正論だったが、それで気を変えるほどアーチャーはマスターに関心を持っていないのだろう。分かっていたことだが、まるで酔漢に絡まれた気分だと綺礼は頭痛を覚える。

 とはいえ引き下がる気配がない以上は諦めて相手をするしかないだろう。それに綺礼自身、気になるようなことをアーチャーは口にした。

 

「……聖杯が、願望を託すに足りないとはどういう意味だ、アーチャー。この地に顕れる聖杯は万能の杯。おおよそありとあらゆる願いを叶えるに足る宝具のはずだ。それならば願望を持つ者であれば誰もが望むはず──」

 

「それは結果だけを求める者の発想よ。対して奴は願望が叶うまでの過程にこそ価値を見出している。そんな男が答えだけを手渡されて満足するわけがあるまい。自らが、或いは自らが信じた過程の果てに届いてこその願望、とでも考えているのだろうよ」

 

「過程こそを重んじる、か。魔術師にあるまじき清廉さだな」

 

「清廉? ……くく、綺礼といったか。面白いことを言うではないか。綺礼よ、貴様にはアレが清廉に見えるのか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「ふ──まあいい。アレと相対することがあれば貴様にも自ずと分かる時もこよう」

 

 意味深な呟きを残しながらアーチャーはニヤニヤと綺礼を見て含み笑う。……元より人の業を煮詰めたような眼前の英霊に真っ当な反応は期待していない。

 揶揄われていることを認識しつつ、綺礼は率直な感想を口にする。

 

「随分と買っているのだな、キャスターのマスターを」

 

「別に買っているわけではない。しかしそうだな──他の雑種に比べて見どころが多いことに違いない。少なくとも退屈極まりない時臣めよりは見ごたえがある」

 

「成程。差し詰めお気に入りの玩具といったところか」

 

 アーチャーの態度をも比喩する皮肉だったのだが、アーチャーは気を害すでもなく想定よりも真面目に言葉を返してきた。

 

「たわけ。王として勇者の器を測るのは享楽ではなく、責務よ。結果として道化の如き落着に至るならば笑ってやるが、遊びのつもりは毛頭ないわ」

 

「──……つまりお前は、奴を敵として見てる、と」

 

「他の有象無象は知らぬがな。少なくとも奴はあの場で自らの価値を(オレ)に示して見せた。ならば(オレ)手ずから測る価値はあるだろうよ。ああ……そういった意味では貴様も先ほど興味深いことを言っていたな綺礼よ」

 

「なに?」

 

 突如として自分に水を向けられ、綺礼は動揺する。

 この傲岸不遜な英霊に興味を持たれるほどの言動をした覚えがなかったからだ。

 綺礼の反応を待たずしてアーチャーが言う。

 

「貴様は共感を求めていたな? 聖杯に懸ける望みがないと。まるで自らもそうであるように奴の影に問いを投げた、そうだな?」

 

「…………」

 

「ハッ、沈黙は肯定と変わらぬぞ綺礼よ。つまり貴様は聖杯に何一つ託す願い無くしてこの戦いに身を投じたというわけか」

 

「……聖杯は、自らが自らを託すに相応しいものをマスターとして選別するという。だが、私は……私には願望はない。理想も、悲願も無い」

 

「──ほう?」

 

「生まれた時からこうであった。時臣師のように、或いは父のように。自らの命すらをも懸ける『熱量』というものが生まれつき私には欠けている」

 

「それは苦悩するほどの事か? 理想も悲願もないとはそれこそ有象無象の雑種どもが正しくそうではないか」

 

 ……例えば時臣のように先祖代々の悲願を叶える、或いは古き良き貴族としての在り方を守る者として一生を貫く。 

 ……例えば瑠正のように自らが信じるに足ると確信したもののために一生を懸けて自らの心と身体を鍛え上げ、信じた者を貫き通す。

 

 そういった人生に目的意識を持った者が数多くいるように逆もまた、そう珍しくもない。いいや、寧ろこちらの方が一般的だと言っていいだろう。

 

 特に悲願と呼べるほどの願いは無く。特に理想と呼べるほどの崇高な意識はない。

 ただ漫然と、漠然と、日銭を稼いで一生を過ごす。

 事によっては子々孫々に血脈を受け継ぐといった生命の義務ともいえる事柄からすら背を向けた凡夫──ギルガメッシュからしてみれば有象無象の雑種としか言いようのない、ただ生きるだけ(・・)の人間。

 

 一角の大人物よりも寧ろ、そういった存在の方が一般的だ。

 そしてそうしたものが人生をどう消費するのか。

 話はとても簡単だろう。

 

「理想も悲願も無いならば、ただ愉悦を望めばいいではないか」

 

 そうして人々は時間を浪費している。

 綺礼の如く悩むまでもない。

 だというのに──。

 

「──馬鹿な!」

 

 綺礼が突如として声を荒げたのは、ギルガメッシュをして、そして何より当人をして想定外の事であった。

 

「神に仕えるこの私が──愉悦などと! あり得ない! そのような罪深い堕落に手を染めろとお前は言うのか!」

 

「罪深い? 堕落だと?」

 

 最初は訝し気に、だが徐々に面白がるようにして口元を釣りあげながらアーチャーは綺礼に言葉を返す。

 

「これはまた随分と飛躍したな綺礼よ。よりにもよって愉悦と罪とが何故結びつく?」

 

「それは……」

 

「人間にとって愉悦とは食事と同じよ。退屈な一生を過ごす者がその時間苦を満たすための消費。いわば人としての営みの延長に過ぎぬ。なるほど悪行によって愉悦するものは正に咎められるべき者であるだろうが、愉悦そのものを悪と断じるのはおかしな話ではないか? なぁ?」

 

「……それ……は…………」

 

 ──アーチャーの言葉は正論だ。

 正論だからこそ……綺礼は返す言葉が見つからない。

 そして言葉が見つからないというそのものが、何か致命的な欠陥をより際立たせているような気がして綺礼は漠然とした不安に囚われる。

 

 そんな固まる様子の綺礼を頭から爪先まで、さながら肉食獣が被食動物を嬲るようにして吟味すると、にんまりとは破顔した。

 悍ましく禍々しい、綺礼に不吉を感じさせる凶笑の顔。

 

「──夜更けまでの微睡みのつもりだったが……気が変わったぞ。綺礼よ、貴様には王たる(オレ)手ずから愉悦の何たるかを教えてやろう」

 

 ……聖書に曰く。人の罪とは楽園に根差した禁断の果実を喰らったことに端を発するという。蛇に惑わされ、禁忌に手を染めたそのことに。

 深紅の眼の中に、こちらを射止める英雄王。

 綺礼には、その瞳がまるで罪の道に引き入れる蛇のように見えた気がした。

 

 ──中天の日が沈んていく。

 

 次なる戦いはすぐそこまで迫っていた。

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