Metalnova   作:アグナ

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ACT-14 妄執の終わり

 新都にある開業工事中の商業施設内の診療内科──本来であれば診療室の役割を担うはずの一室を仮初の私室としてカルキは利用していた。

 デスクの上に並べられているのは患者のデータではなく、港湾地区の戦闘から一夜明けるまでの間にこの街で起こった異変の詳細と、世情の報道。

 間桐と結ぶまでに起きた事を事細かに記した情報をカルキは一読したのち、軽く息を吐いた。

 

「……よもや、ホテルごと爆破するとはな」

 

 目につくのは直近で起きた最も大きな騒動。要人を迎えることもあるという新都の高級ホテルが突如として爆発に見舞われ、崩落したという事件について記したものである。

 世間ではホテル内のガス管が爆発したなどと騒がれているようだが、それを鵜呑みにする程、カルキは素直な性格をしてないし、平和ボケもしていない。

 

 ましてや今は戦争中、戦場でこれほどの出来事が起きれば自ずと自らに絡む事象だと疑ってかかるのは当然と言えよう。

 事実──少し深堀してみれば、やはり事件は聖杯戦争絡みの出来事であった。

 

「ホテル丸ごと崩壊したにしては人的被害が少なすぎる。ケガ人こそあれど死者はゼロ。加えてホテル他周辺への延焼や飛散する瓦礫による被害も無し。全く──見る者が見れば一目でわかるほどの芸術的な爆破解体(デモニッション)だな」

 

 ……いわゆる大規模な工事現場や軍事作戦の場では設計上の要点に最低限の爆弾を設置し、計算され尽くした被害で建物を崩壊させる技術が用いられることがあるが、冬木ハイアットホテルの一件は正しくそれであろう。

 

 調べて見れば例のホテルにはロード・エルメロイ──ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが陣取っていたという。恐らくホテルにあったであろうケイネスの工房ごと、まとめて爆弾で吹き飛ばす作戦だったことは明白だ。

 

 そしてこのやり口──神秘の秘匿を第一原則とする魔術師の掟ギリギリを攻めるような反則紛いの戦略。非人道的な作戦を行使するとあれば、この事件の主犯は明白だ。

 

 衛宮切嗣。アインツベルンのホムンクルスをセイバーのマスターとして表に立てながら裏で暗躍しているだろう男。

 

「さて……どうするか」

 

 椅子の背もたれに寄りかかりながらカルキにしては珍しく迷うように腕を組む。

 ──間桐は攻略した。

 次は戦果を引っ提げて、あの厄介そうな遠坂の英霊を討つというのが今夜の予定だ。カルキが一度決めた方針を引っ繰り返すことは早々ないのだが、聖杯戦争に関わる上でのカルキの目的を思えばそうも言っていられない。

 

 何せ、前代未聞のホテルごとの爆破である。

 

 聖杯戦争においては英霊を討伐するよりそのマスターを直接的に屠りさる方が効率的であるのはカルキも認める所だが、これは度を越している。

 結果的に被害こそ最小で抑えられているものの、仮に何らかの想定外が一つでも発生していた場合、齎された被害はそれこそ当事者として居合わせたホテル内の一般客と同数ほどになるはずだ。

 

 最低でも三桁。場合によっては四桁にも迫る人々があの倒壊に巻き込まれ、生命の危機に落とし入れられていたのは想像に難くない。

 紛れもなく、首謀者は一般大衆の敵である。

 最小最速でこの戦争を治め切るというカルキの目的からしても無視できるものではない。

 

「今から予定を変更し、アインツベルンを討つ──いや、それより先に新都ビル群の調査か。これだけの大仕掛け、爆弾設置は簡単でも事前準備を考慮すれば一朝一夜で用意できる仕掛けではない。それに仕掛けがあるのはホテルだけとは限らない」

 

 予めホテルにロード・エルメロイが来日すると分かっていたからの仕掛け──であれば良いが敵が拠点にしそうな施設に片っ端から仕掛けを用意していた場合、爆破解体可能な建物がホテルだけとは限らないだろう。

 開業に向けて建築中のカルキの拠点は勿論のこと、他のビルにだって何らかの仕掛けが施されていてもおかしくはない。

 人々への影響を考えれば戦闘よりも先に、人々の安全確保のために務めるべきだ。もっと言えば元凶を一刻も早く取り去ることこそ最良である。

 

「だがその場合、あの厄介なアーチャーを後に回すことになる。それにアインツベルンの魔術師はともかく衛宮は潜伏に長ける生粋の殺し屋。未だ敵の多いこの盤面で突出してあちらを追えばその動きを利用され、他の陣営と喰い合わせられかねん」

 

 直前に入国したカルキと何年も前から準備を重ねて来たであろう、あちらとではそもそも戦場(フィールド)に対する理解が違い過ぎる。

 真っ向勝負ならば例え英霊を持ち出しても戦い抜いて見せるが、本気で隠れ潜む相手を追うのはカルキをして至難の技。

 

 挙句、そちらに注力しすぎて別の陣営をぶつけられ、対応している間に背後から撃ち抜かれる危険性も伴うとなれば、この段階でアインツベルンを仕留めるのは不可能とさえいえる。

 

 聖杯戦争の元凶たる御三家を最優先で潰すのは変わりないが、手順からしてやはりアインツベルンは最後に回すべき難敵。

 場合によっては優先順位の変更も考えてはみたものの、どう考えてもアインツベルンは後顧の憂い無くして初めて討伐可能な敵である。

 

「……チッ、業腹だが後回しにするしかないか。とはいえ、対応はさせてもらうぞ」

 

 不愉快そうに舌打ちをするとカルキは別室に備え付けられた工房にいるであろうキャスターに念話を繋ぐ。

 

「キャスター、製造状況はどうだ?」

 

『問題なく。ご依頼の通り、ホムンクルスの製造は完了しています』

 

 カルキの唐突な連絡に対してもキャスターの声は平静であった。

 

「数は?」

 

『およそ百。ですが急ピッチで仕上げたため、サーヴァントの相手を務められるほどの能力はないと判断します』

 

「構わん。元々、目的は使い魔同様斥候だ」

 

 今朝方、カルキがキャスターの工房を訪ねた際、街の調査用の使い魔とともにもう一つ頼みごとをしていた。それがホムンクルスの製造。

 キャスターこそパラケルススが中興の祖として広めた錬金術。その技の一つである人を代替する人工生命の生産をカルキは彼に依頼していたのだ。

 

 形は人型。それもある程度の知性を身に付けた者を。

 

「その完成したホムンクルスの半分を新都に。もう半分を市街外れの山林に差し向けておいてくれ。新都側のはビル群の異常を探らせ、山の方に向かわせる者たちには山を調査している()に行動させろ。敵に続く何らかの痕跡を見つけたとしても深入りはさせるな」

 

『新都の方は判りますが……調査している風とは?』

 

 調査は分かるとして、調査している風に見せるとは一体どういう意味なのか。

 カルキの命令に対して、不明な部分を問いかけるキャスター。

 その問いにカルキは端的に答えた。

 

「冬木の街外れの何処かにアインツベルンの城があるのは判っている。山狩りはアインツベルンに対する牽制のようなものだ。連中、拠点の場所が特定されれば迎撃に動くしかないだろうが、まだ知られていないうちは息を潜めることを選ぶだろう」

 

『──……ああ、成程。敢えてこちらが探している姿を見せて、アインツベルンに息を潜めて頂くためですか』

 

「そういうことだ。横槍の可能性は潰すに限る」

 

『承知いたしました。ではそのように』

 

「任せる」

 

 居場所がバレれば消すしかないが、バレないうちはバレないように活動するだろう。探す此方の姿を見せびらかすことでアインツベルンの動きを一時的に制限する意図は、キャスターにきちんと伝わったらしい。

 嫌がらせ程度の策だが、少なくともこれでアインツベルンは拠点を空にした行動を取る可能性が薄くなるし、同時に拠点から出てくることも減るだろう。

 

 強いて懸念を上げるならば、恐らく後方支援に回っているであろう衛宮切嗣がアインツベルン本体とは別行動を取っていた場合だが……細かい懸念まで拾っていては今度はこちらの自由が封じられて本末転倒だ。

 万全は期すに越したことは無いが、だからといってリスクを嫌っていれば出来ることも出来なくなってしまう。

 

「ではキャスター、引き続き裏方は任せた。それと──今夜の予定、一つ目の方はお前の差配で好きにしろ。戦いの障害となるなら問答無用だが、そうでないなら後はお前の自由だ」

 

『……ありがとうございます。ですが、よろしいので?』

 

「よろしくはない、無いが──お前の言う通りの初志ならば、良心の一つ機能しているやもしれん。その場合、殺す必要性は低くなるからな」

 

『ご寛大な判断、感謝いたします』

 

 カルキはキャスターからの礼を適当に流しながら念話を切った。

 

 ……今夜、キャスターに任せる役割は二つだが、そのうち一つ目はカルキの最大目標からすれば必須というわけでもない。放置するという選択肢も少なからずある以上、当事者間で決着がつけられるというならば任せるに越したことは無いだろう。

 

「──そして、こちらも一つの山場だ。万全を期して、あの厄介な王を討たせてもらうとしよう」

 

 そういってカルキは利き腕に付けた腕輪(ブレスレット)をデスクの上に用意してあるPCのような機械に繋げる。

 画面に映る無機質な数式──いわゆるマクスウェルの方程式と呼ばれるもの。

 

 ──あるSF作家に曰く。『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』という。カルキは魔術師モドキであって魔法使いなどでは決してないが──。

 

「実現不可能という意味では、空想科学(・・・・)も中々のものだろう」

 

 そう言って、カルキは調整を進めていった。

 

 

×  ×  ×

 

 

 仮初の平和は夜更けと共に終わる。

 草木も眠る牛の刻。

 人気の去った街並みに、人ならざるものが蠢き出す。

 

 無理な施術の代償に半身不随となった雁夜は、不本意ながら間桐の屋敷で昼の日差しをやり過ごしたのち、足を引きずって門前に出る。

 門を潜れば、その真横には外壁に背を預けて腕を組んでいる見覚えのある魔術師の姿。そういえば何時何処で落ち合うか決めていなかったことに気づいたのは、先ほど私室を出る際のことであるが、どうやら端から向こうから合流するつもりだったようだ。

 

 向こうに振り回されることを不服に思い、ふんと鼻を鳴らすが不満を示す反応はそれだけに留める。……今日の所は仲間なのだ。

 例え実情がどうあれ敵でない以上、むやみに喧嘩を挑む理由は無く、それより何より今日に見据えるべき敵は別にいる。

 

「……態々、出迎えなんてご苦労なことだな」

 

「何処で合流するにしても、その身体の貴様を待っていたら夜が明けそうなのでな。この通り、足は用意しておいた」

 

「そうかよ」

 

 雁夜の言葉にさして興味なさげに答えると、待ち人であったカルキは軽く顎を動かして、雁夜の視線を誘導する。

 カルキが示した先、そこには一台の乗用車が乗り付けてあった。

 

「アンタの車か?」

 

「レンタルだ。便利なものだな、金銭的なやり取りで簡単に乗用車を用意できる国は」

 

「意外だな。その、魔術師がレンタカーだなんて」

 

「曰く、俺は魔術使いだからな。文明には適応している。それに物資運搬に車両は便利だ。普段から活用させてもらっている」

 

 相変わらず素っ気なく語るとカルキは雁夜を待たずして運転席へと乗り込んでいく。その後に雁夜は慌てて続き、運転席から斜め後ろの後部座席に乗車する。

 慣れた動作でシートベルトを締め、キーを回すカルキの背中に雁夜はこの後の予定を問いかけた。

 

「このまま遠坂邸に向かうのか?」

 

「そうだ。尤も車で行くのは近くまでだ。戦いに巻き込んで借り物を壊すのは忍びないし、車のままでは目立つ上に先手を取られた場合、動きに制限がかかるからな」

 

 特にこれから望む相手はアーチャーのサーヴァント。

 港湾地区では無数の宝具を投げ捨てる様な数の爆撃で、敵対者を圧倒する振る舞いを見せた相手だ。あんなものを受ければ一般乗用車など一瞬でスクラップになる上、車の中からでは行動に遅れも生じるだろう。

 カルキの意見に雁夜も同意見だ。異議は無い。

 

「…………」

 

「…………」

 

 エンジンが掛る。車が発進する。

 車内での会話は無い。当然だろう。

 元より脅し脅されで強引に組んだ同盟。あくまで呉越同舟の仲である。

 目的が一致しているゆえ共に行動しているだけであった仲良くするつもりなど両者ともに欠片も無い。

 

 魔術全般に嫌悪を持っている雁夜側は当然として、カルキの側もまた理由はあれど聖杯戦争などに進んで関与したがる人間に好感など持っていないからだ。

 沈黙はきっと遠坂邸に降り立つまで続くことだろう、だが──。

 雁夜はハンドルを握るカルキの手の甲にある令呪を見ながら、ふとした疑問を口ずさむ。

 

「そういえばアンタはキャスターのマスターなんだろ。アンタのサーヴァントは何処にいるんだ? 見た覚えはないが──」

 

「俺のサーヴァントか。彼なら」

 

 カルキは答えつつ、運転席の真横に外付けされた後方確認用のミラー越しに遠ざかる間桐邸を一瞥しながら、

 

「旧友に挨拶へ向かった」

 

「は?」

 

「気にするなということだ。今夜の戦闘に支障はない」

 

「……ふん、秘密ってことか。まあいいさ……お前が何を企んでいるにせよ、アイツを殺せるならどうでもいい」

 

「──……」

 

 カルキの濁した答えに鼻を鳴らすとそれきり雁夜は興味なさげに窓の外へと視線をやる。今ので完全にこれ以上の会話は必要ないと見做したのだろう。

 ……だからこそ、雁夜の発言に一瞬だけカルキの視線が細くなったことを雁夜は見逃していた。

 

 社内に満ちる重い沈黙。

 今度こそ、二人は会話無くして遠坂邸への道中を共にした。

 

 

 

 

 

 そして──遠ざかる気配を見過ごしながら暗闇の中で間桐臓硯は不気味な笑みを浮かべた。

 

“いやはや……此度の聖杯戦争は雁夜めの足掻きを静観するだけのつもりであったが、存外間桐にも勝ち目があるやもしれぬ”

 

 臓硯が脳裏に思い描くのはこの聖杯戦争における現在の盤面だ。

 

 形だけ見れば間桐はキャスターのマスターの下に付けられ捨て駒同然の身分ではあるものの、サーヴァントが消滅していないだけマシな状況である。

 いや、それどころかキャスターと組んでいるという状況は寧ろ、中々どうして諦めるには早い状況だと言える。

 

“主導権は向こうにあるとはいえ、バーサーカーのバックアップにキャスターの支援と強力な魔術使いの援護が付いた。これならば、あの遠坂めの小僧の英霊にも勝ち目があろうて”

 

 臓硯の見立てでは戦力差は五分と五分。何やら遠坂の後ろにも不穏な影があるようだが、それを加味してもあの底知れないキャスターのマスターが間桐と行動を同じくするということは大きい。

 少なくとも一方的にやられることはないだろうし、勝利した場合──すぐにバーサーカーを廃棄するとは思えない。

 

 中盤戦──恐らくセイバーやランサーなどのキャスターにとっての天敵が脱落するまでは間桐もバーサーカーも生かされるはず。

 

“あの魔術使いも存外若い。自己強制証明(セルフギアス・スクロール)も結ばずして同盟とはな。雁夜ほどではないにせよ、魔術師への理解が浅い浅い”

 

 過ぎ去ってゆく嵐のような気配をせせら笑いながら、臓硯は独白した。

 魔術師間において契約書を結ばない盟約などあって無いようなもの。いわば簡単に裏切っても差し障りのない決め事に過ぎない。

 

 向こうから見ればセイバーやランサー、アーチャーさえ脱落すればこちらなど用無しなのだろうが、それはこちらとしても同じこと。

 ペナルティが発生するような契約ならば裏切るに際して払うリスクなど何らなく、上手くすればキャスターのマスターを出し抜いて間桐が聖杯を掻っ攫う展開もあり得るやもしれぬ。

 

「クカカカ、いやさ。面白くなってきたではないか」

 

 見えて来た希望に地の底で蠢く魔人は愉悦の笑みを浮かべた。

 ──だが、間桐の翁の計算には一つ、誤算があった。

 

 カルキのことを魔術師への理解が浅いと罵った臓硯ではあるが、逆の立場であるカルキからすれば寧ろ、臓硯こそ魔術使いへの理解が浅いと見下したことだろう。

 自己強制証明(セルフギアス・スクロール)を結ばずしての同盟。それは確かに臓硯の言う通り、書面上の何ら効力のない契約であるが……それを相手側が承知した上で結んだという可能性を考えると別の意図に気づいた筈だ。

 

 そう──例えば臓硯が離反を企てるように、カルキもまた、同じことを考えているという風に。

 

 果たして……かつて優秀であった魔術師は終ぞ、その事実に気づくことなく。

 ──異常を察知した時には、何もかもが詰んでいた。

 

「────ぬ?」

 

 不意に眩暈のような脱力感を覚え、臓硯は顔を上げる。

 次瞬、何故か己は片膝を突いていた。

 

「な、なんじゃ……? いや──待て」

 

 フッと屋敷の外まで届かせていた気配感知の力が途絶え、意識できる世界がとても小さくなる。どころか、魔術回路を通じて繋がっていた土地への接続、我が身同然とする工房への感触がまるで感じられなくなっていく。

 

 ……気が付けば、老いさらばえた老爺のそれが間桐臓硯の全てになっていた。

 

「ば、馬鹿な……! 霊地は疎か、工房との接続まで絶たれたじゃと!? ここは間桐の工房内じゃぞ!? 領地内にありながら領地から切り離されるなぞ、そんな……!」

 

「確かに、外部からの干渉ではそんなことはできますまい──」

 

「ぬぅ!? 何者──!?」

 

 間桐の工房内にあって、あり得ざる敵の気配を捉えた臓硯は辛うじて残った力を動員して侵入者の全容を捉えるより先に排除しにかかる。

 牙を鳴らしながら俊敏な動作で“影”に飛び掛かる翅刃虫。

 だが、その牙が“影”を捉えるかと思われた次の瞬間──。

 

「炎よ──」

 

『────!』

 

 飛んで火にいる夏の虫。

 そんな古来から伝わる言葉を再現するように、突如として虚空に発生した炎の壁に阻まれ、呆気なく炎上して消滅していった。

 五大元素を利用した、基礎的な火の魔術。

 火力の強さに目を瞑れば、さして物珍しくはない。

 

 自身の抵抗が呆気なく散らされた事実に後ずさる臓硯に、“影”はさらに一歩踏み出して言葉の続きを口にする。

 

「──しかし内部から、土地に結び付く要点を丁寧に潰し、所有者と工房とを切り離した上で外部から別の回路を噛ませてやれば──この通り、工房ごと霊地を奪い去ることは可能です。そうでしょう、マキリ殿」

 

「……なんだ、貴様──儂を、知っておるのか」

 

「ええ。生前貴方の理想を識った時からお友達になりたいと思っていましたから」

 

 訝しむ臓硯に対して“影”──キャスターはその姿を晒しながら眼前に古き知己の姿を捉える。そしておもむろに問いを投げかけた。

 

「一つ、聞かせてください。マキリ殿、貴方は何のために聖杯を求めるのか」

 

「……──は、知れたこと!」

 

 臓硯は見も知らぬサーヴァントの問いかけに間髪入れず答えを返した。

 

「我が望みは不老不死(・・・・)! 見よこの身体を! 魂を! 刻一刻と腐りゆく様を! 儂はこの苦しみを、骨の髄まで侵す時間から解放されねばならん! そのための聖杯、そのための死なずの身体よ……!」

 

 魔術の深淵に迫った果て、その身を魔人と化して長寿を生きる魔術師、間桐臓硯。魔道の果てにすら実現しなかった真なる不老不死を得んがために聖杯を求めると翁は吼えた。

 その解答、その答えに対してキャスターは、

 

「──……そう、ですか」

 

 掠れるような言葉には、失望が在った。

 

「では、貴方はあくまで聖杯を自らの生のために遣うと?」

 

「そうだ!」

 

「──自らが生きるために、他を喰らうと?」

 

「そうじゃ! 生きるために他を喰らう! 当然の事じゃろうて、儂は……この儂が生きられるというのならば、この街の全てすら喰ろうてやろうぞ……!」

 

 それで、自らの不老不死が実現するというならば。何もかもを喰らい尽くしてやると間桐臓硯は宣言して見せる。

 その言葉を聞いてキャスターは、理解した。

 

「──嗚呼。かつて焦がれたあの魔術師は、もう、存在していないのですね」

 

「なんじゃと……?」

 

 その独白は臓硯には理解不明だ。

 理解不明だからこそ──何もかもが手遅れなのだ。

 

「ならば、これは私なりの尊敬です。かつて憧れたあの魔術師の理想の果てが貴方だというのならば、その憧れゆえに理想の末路を閉じましょう。それが、何よりもあの魔術師の望みに沿うものだと信じて──」

 

 キャスターが臓硯へと短剣を向ける。

 ──アゾット剣。

 それはキャスターを象徴する宝具。

 

 魔力が流動する。森羅万象に揺蕩う五大元素が収束する。

 ……あのキャスターが何を言っているのかはわからない。だが、あのキャスターが何をしようとしているのは明白だった。

 

 臓硯が叫ぶ。

 

「待て……待て、待ってくれ! 儂はまだ死にたくない、死にたく──」

 

「さらば──全ての悪を根絶しようとした我が憧憬、『元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)』」

 

 斯くして放たれる魔導の流動。

 其は五百四年に渡る妄執を一撃の下に屠り去る。

 

 以て──間桐臓硯は呆気なく終わりを迎えた。

 

 無人となったマキリの工房。

 日も差さぬ深淵で一人残されたキャスターはただ一言。

 

「──さらばです」

 

 もう一度、別れを告げた後、その全てに背を向けた。

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