Metalnova   作:アグナ

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ACT-15  試練

 時間にしてニ十分。さしたる障害(ドラマ)もないままに、カルキと雁夜の両マスターは今宵の死地たる最前線にまで辿り着いていた。

 カルキがブレーキを踏み込み、借り物の自動車が停止する。

 夜の住宅街。古くからあるという深山町の趣深い住宅が立ち並ぶそれよりは新しめの、一般に富裕層とされる住民層が軒を連ねる坂沿いの高級住宅街。

 その最も高い位置にある遠坂邸へと続くその坂の中腹に二人は下り立った。

 

「着いたぞ。尤も、俺よりも土地勘も馴染みもある君には語るまでも無いことだが」

 

「解ってるさ、この先にあの男の住処が──遠坂時臣がいる」

 

 カルキの事務的な報告に対して、犬歯を剥いて坂の上を睨みつける間桐雁夜。丘の上は草木が生い茂って視認できないが、あの奥に遠坂の屋敷があることを彼は当然承知している。

 

 身体が震える。脳が眩暈のような錯覚が覚える。

 心臓がバクバクと熱を生み出す。

 

 それは緊張からでも恐怖からでもない。

 ……昏い歓喜。

 地獄のような苦痛の中、チリのように積もり続けて来た感情が、ついに発露の機会を得て総身から悦びに満ち溢れているのだ。

 

 ──カルキは、横目に無機質な視線で確認していた。

 口を開く。

 

「まずは俺が先行する。正面は戦場になるだろうから、貴様は裏口からなりなんなりして好きに見える」

 

「……サーヴァントは引き受けるってことか?」

 

「そうだ。楽をするならマスターを討つのが聖杯戦争の定石だが、今回に限っては城攻め──盤石を誇る要塞に攻め入る形だ。マスターはサーヴァントの影に隠れ続けるだろうし、サーヴァントを破らぬ限りマスターに辿り着くことは不可能。であれば順序はおのずとそのようになるだろう」

 

 マスターに手が出せぬのならサーヴァントを真っ向から打ち破る。

 カルキはそういって道の先に敵を見据えるように前を向いて言い切った。

 

「は……盤石を誇る要塞、ね。それは間桐への皮肉か? 魔術師」

 

「他意はない。事実を語ったのみだ……で、だ。サーヴァント相手に事を構える以上、こちらも対抗手段を用意したいのだが」

 

「ふん、いいぜ。バーサーカーはそっちにやる。っていってもアイツは連携なんてできないし、アンタを巻き込むななんて命令はそれこそ令呪でも使わなきゃ──」

 

 言いながら雁夜は無意識に令呪の刻まれた手の甲を庇う。その動作からして言う間でもなく出し渋っているのは明白だ。

 一時の共闘関係にあるとはいえ、雁夜とカルキは敵同士。そんな相手にサーヴァントを助力させるまではともかく、令呪まで切るとなると抵抗感があるのだろう。

 尤も、命令されれば断る立場にないのは雁夜だ。間桐の屋敷──桜という急所を押える目の前の魔術師に、間桐雁夜は逆らえないのだから。

 

 だが──。

 

「令呪はいらん。共闘するのに相互理解は不要だ。敵味方区別なく暴れると分かっているならば、そう弁えた上で立ち回ればいいだけの事」

 

 カルキはそこまでのことを要求しなかった。

 相当の自信家なのか、或いは初めから期待していなかったのか。

 雁夜には判別つかないが、令呪の使用を強制されないのは雁夜にとっても有難い。

 と──不意にカルキは何かをこちらに投げつけてくる。

 

「っ、なにを! なんだ……これ」

 

 無造作な投擲をぎこちない動作で受け止めた雁夜は抗議するように声を荒げかけるが、それよりも手中に収まった輝きに吸い寄せられる。

 ……腕が不愉快に蠢動する。

 蟲が、それから放たれる魔力に反応している。

 

「……指輪?」

 

「それを嵌めておけ。俺に通じる外付けのバッテリーのようなものだ。言った通りバーサーカーの魔力はこちらで請け負ってやる」

 

「ああ、そういえばそんなことを……魔術師の、礼装って奴か?」

 

「そう大したものではない。お守り程度と認識しておけ。バーサーカーの魔力は引き受けるが、お前の魔術による消費までは代替できない。蟲の苦痛までは止められん」

 

「……いいさ。別にそんなことは期待していない」

 

 口には出さないが、バーサーカーの魔力負担が軽減されるというのはかなり大きい。なにせ港湾区でバーサーカーを軽く暴れさせただけで雁夜は死に瀕するほどの苦痛で意識の断絶を繰り返すほどだったのだ。

 あの苦痛が軽くなるというならば、これより時臣と殺し合う上では願っても無い話である。

 

 雁夜がそんなことを思っている内に、カルキはさっさと足を進めていく。気負いのない歩様。これから死地に赴く者とは思えない、傍目には平常心の振る舞いで進む背中。そのまま立ち去るかと思われた背は、しかし──思い出したかのように停止する。

 

「不要な雑談をする中でも互いに心配を交わす義理も無い。俺は先に征く──が、一つだけ確認させろ間桐雁夜」

 

「な、なんだよ急に」

 

「貴様の願いは間桐桜を元居た戻すことだという。聖杯を手にし、間桐の翁から間桐桜を取り戻し、彼女を家族の下に帰す、と」

 

「あ、ああ! そうだ、俺は桜ちゃんを……凜ちゃんと、葵さんの下に帰す。そのために聖杯戦争に参加している。それがどうした」

 

「……伝え聞く限り。娘を間桐に差し出す決定に、その母も、姉も否を唱えなかったそうだな。家長の決定だと、感情的にはともかく、納得はしていたと」

 

「──違うッ!!」

 

 カルキの言葉に、雁夜は血を吐くように吼えた。

 

「本当は……本当は二人ともそんなこと思っちゃいない! 納得なんてするわけがない! 桜ちゃんを間桐に差し出していいなんて──思うわけがないッ! ただアイツが! 時臣が! あの幸せな家族を勝手に引き離したんだ! 二人はただそれを言えないだけだ!」

 

「──ほう、何故言えない?」

 

「それはアイツが魔術師で──」

 

「時臣氏とて彼女たちの幸せな家族(・・・・・)だろう」

 

「────は?」

 

 ナニヲイッテイルノカ。

 雁夜には理解できなかった。

 

「家長の決定は確かに重い。だが──家族の言葉に耳を傾けぬほど、遠坂時臣という魔術師は本当に冷酷なのかね?」

 

「あ、当たり前だッ!!」

 

 一瞬、凍り付いた思考が動き出す。先ほどの質問を忘れて、雁夜は捲し立てるようにしてカルキに詰め寄る。

 

「アンタもあの爺には会ってるだろ! ……魔術師なんて連中は冷酷非道だ。家族ことなんて便利な道具ぐらいにしか思っちゃいない! じゃなきゃ桜ちゃんを葵さんから引きはがして、間桐になんざくれてやるものかよ! 葵さんだって泣いて──」

 

「……事情があったのかもしれない。例えば、何らかの理由で間桐桜に自身の手に負えぬ要因が発生し、苦渋の決断で外に託した、など──」

 

「は──何を言うかと思えば。桜ちゃんは普通の子(・・・・)だ。いつも凜ちゃんの背中を追いかけていた、明るい普通の妹で、姉妹仲がいいだけの有り触れた娘で……」

 

「だが、魔術師の子(・・・・・)だ。生まれつき何らかの異才を持っていても不思議じゃない」

 

「関係ないね。桜ちゃんは魔術なんて知らなかったんだ。それをアイツが……!」

 

「…………」

 

 憎々し気に仇敵を謳いあげる雁夜に背を向けたまま、カルキは小さく嘆息する。

 ……話にならない。

 きっと、雁夜はカルキのことを前提が違うと思っているのだろうが、それはカルキにしても同じ話だ。カルキの指摘と雁夜の反論は前提が違う(・・・・・・)

 そしてそれは致命的な差異だ。

 

 カルキにとって守るべきは罪なき衆生の人々。その中には当然、唐突に地獄に投げ込まれた例の少女も該当する。そして彼女にとっての救いとは何か。

 雁夜は言った。それは彼女を家族の下に帰す(・・・・・・・)ことだと。

 ──瞑目する。思考は一瞬。

 この瞬間、カルキは自らが行うべき救済(・・)を決定した。

 

「──承知した。ではお互いに、成すべきことを成すとしよう」

 

「フン、いきなり変なことを聞いてきやがって……言われなくてもやってやるさ……!」

 

 そうして二手に分かれて人影が進む。一人は夜天の下、自らの姿を隠すことなく堂々と坂を上っていき、一人はズルズルと亡者のように、深い暗闇へと消えていく。

 ふと──カルキは空を仰ぐ。

 月の光は雲に隠れ、代わりに道を照らすのは満天の星々。

 

 星光が、燦然と輝いている。

 

「──征くぞ」

 

 雄々しく踏み出す一歩一歩。

 ……果たして、それは錯覚か。

 空に輝く星々の如く。

 

 カルキの身体から、星光にも似た燐光が漏れ出ていた──。

 

 

×  ×  ×

 

 

 ──門を潜れば、遠坂邸へと続く広い庭先。

 西洋の庭園を意識したであろう石畳の通路。碁盤の目のようにして、石畳は遠坂の庭先に連なっている。路の傍らには庭園を彩る花たち。整頓された田畑のように、花は一つ一つ区分けされる形で植え付けられている。

 そして花園の中央部にはそれぞれ石造りの置物。一見して日本の和風建築に見られる石灯籠のそれに見えるが、石柱の上にあるのは灯ではない。

 

 宝石──魔力を宿した輝石が、花園を中心に青白い幕を広げている。

 言わずもがな、結界である。

 

「…………」

 

 それに気づきながら、カルキは庭先を横断する。

 そもそも彼は表玄関から堂々と進入した。

 門を切り伏せ、屋敷の庭に踏み入った。

 

 ……今更、探知用の結界など、気に留める必要などなかった。

 庭の中心。丁度、屋敷を正面に見上げる形でカルキの足が停止する。

 

 眼前には赤レンガの洋風建築。

 されどカルキが見るのはその威容ではなく、そこに君臨するモノ。

 

 ──遠坂邸の屋根。

 そこに、威風堂々と敵は君臨していた。

 

「……出迎えは余裕のつもりか、サーヴァント。此処に至るまでに察知しているだろうに、妨害の一つとしてないとは」

 

「貴様が卑賤の輩の如く、この(オレ)から隠れ潜むようにして潜り込んできたならばあぶり出してやるところではあったが──この(オレ)に真正面から挑まんとする阿呆相手に道中で下らぬ手出しをしていれば王としての器が知れよう。ゆえに見逃してやったのだ、せいぜい(オレ)の寛容さに感謝し、むせび泣くがいい。雑種」

 

「そうか──その割には備えは万全のようだが」

 

 カルキの言葉を鼻で嘲笑う遠坂のサーヴァント──アーチャー。

 見下し切ったその言葉にカルキは特に反応も見せずして、刀を抜いた。

 大鷲のように構える二刀流。

 

 臨戦態勢を取った状態でカルキは鋭く視線を左右に振る。一見して特に変わった者など無い緑に囲まれた洋館の外園。気配は希薄だが──居る。夜闇に身を浸す、黒い影と複数の殺意。

 港湾区で見かけた暗殺者の気配がそこにある。しかも複数。

 

 『気配遮断』のスキルを有する彼らが本気で隠れればカルキには捉え切れない。にも拘わらず敢えて、見せつけるように姿を見せるのはカルキを圧するためか。

 どうやら此処の主人は真正面から突き破りにかかるカルキを影から仕留めるよりも堂々と迎え撃つ仕草を選んだらしい。アーチャーが鼻を鳴らす。

 

「ふん。何事にも盤石を尽くさねば気がすまぬ怖がりな臣下の差配よ。尤も、(オレ)手ずから相手をしてやる以上、斯様な虫けら共に出番なぞ無いがな。せいぜい卑賤の者どもには叶わぬ“王道”という奴を眺めているがいい」

 

『…………』

 

 それは戦士ではなく、暗殺者として敵の背を討つことしか出来ないアサシンたちへの嘲りであったが、影らはそれに反応しない。元よりアーチャーの言う戦い(王道)と、アサシンが正義とする戦い(暗殺)は水と油のようなものだ。アーチャーがアサシンの振る舞いを嘲弄するように、アサシンたちにとってもアーチャーの振る舞いは理解しえぬものなのだろう。

 彼らの無言は相手するだけ馬鹿馬鹿しいという空気感が漂っている。

 

 ……アーチャーとアサシンの同盟。我の強いアーチャーの性格を考えるに、対等の関係は想像しにくかったが、どうやらその通り、サーヴァント同士の彼らに共闘意識は皆無らしい。

 あくまでマスター同士の一致による同盟。となれば連携する可能性は低いだろう。背中への警戒は消すわけにはいかないが、協調性が皆無という情報は悪くない収穫だ。

 お陰で立ち回りやすくなる、とカルキは軽く息を吐いた。

 

 数に怖気づく様な気配も、死闘に対する興奮も無い。

 鋼のような冷徹さ。

 見る者が圧倒されるような黄金の光を前にしながら、カルキの振る舞いには一片の乱れも存在してはいなかった。

 

 アーチャーの口端が吊り上がる。

 

「ほう──怖れではなく安堵を漏らすか。やはり貴様は他の凡庸な雑種どもとは違い、見どころはあるようだな。或いはこの状況を正しく理解できぬほどの愚者か……まあいい。どちらにせよ、愚者か道化かはすぐに判る」

 

 虚空に黄金の波紋が起きる。その数は十、二十と数を増やしていき、波紋の起こりが止まった時には百を超える黄金の門が宝具の切っ先をカルキに向けて展開される。

 港湾区の時とは物量が違う。そしてその上で──アーチャーにはまだ余裕が見える。

 最大展開数の上限はまだまだなのだろう。戦場の行方を見守るアサシンたちですら息を飲む壮観に、しかしカルキは平常無言たる様で堂々と構えているのみ。

 

 ──逃げも隠れも引きもせず、真っ向から乗り越える。

 その様が言葉以上の雄弁さで、カルキの意志を伝えていた。

 

「──ならばその器。勇者足り得るか、この(オレ)が測ってやろう。以前のような温情は二度とはないぞ? 今宵生き残りたくば──貴様の真価を示すが良い!」

 

「……それはこちらの台詞だ、サーヴァント。戦場に立つ以上、情けも容赦もかけはしない。聖杯戦争第一の脱落者は貴様であると知れ。アーチャー」

 

「ハッ──吠えたな! 雑種ッ!!」

 

 アーチャーの言葉に重ねられるこれ以上と無い挑発。

 その言葉を受けてアーチャーは笑い、指揮者のようにその腕を振り下ろす。

 そうして『王の財宝』はカルキ目掛けて射出され、両者は共に開戦──。

 

 

「──今だ。やれ、バーサーカー」

 

「▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂──!」

 

「なに──!?」

 

 直後、音も気配も魔力も無く。

 アーチャーの背後に現れたバーサーカーが、黄金の王の背を打ち付けた。

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