遠坂邸に響き出した戦の音を聞いて、雁夜は侵入を敢行した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息を切らしながら内と外を囲う石垣をよじ登り、敷地内へ。そのまま脇目も振らずに雁夜は半身を引きずりつつ、屋敷の内部へと踏み入った。
彼の脳内には同盟者たるカルキの戦況や、魔術結界に対する備えなどという受け身の警戒思考は全くと言っていいほど存在していない。
あるのは敵に対する底のない憎悪。
遠坂時臣という仇敵を討つことしか頭にない彼は道中の妨害など歯牙にもかけず、敵の拠点に討ちいった。
幸いにも──というべきか。雁夜が屋敷の中に至るまでこれといった妨害は無い。魔術による迎撃もサーヴァントによる襲撃も無く、至極あっさり彼は屋敷のエントランスまで辿り着いた。
……仮に侵入したのがカルキであればこの時点で最大限の警戒をしていただろう。
元より魔術師の工房とは外からの侵入者を迎撃するような形の要塞ではない。むしろその逆、侵入してきた敵を内部で喰い殺すための陣地である。
即ち、敵が道中に妨害を行わないということは
「──サーヴァントを陽動に魔術戦を仕掛ける。それは想定していた戦術ではあるが、よもや侵入してきたのが君とはな。……これは少々、肩透かしだな」
「……!」
朱色の絨毯が引かれた通路を歩く雁夜に声がかかる。
雁夜が弾かれるようにして視線を向ければ、そこにはカツンカツンと悠然と階段を降りてくる朱色の礼服に身を包んだ男の姿。
……見紛うはずがない、見間違うはずがない。
常に上から見下してくるような冷然とした青色の眼。まるで世界が我がものとあって当然のような振舞い。こちらを嘲笑うかのようないけ好かない口調。
彼こそが。
「遠坂、時臣ィ……!」
──遠坂家現当主、遠坂時臣。
幼馴染であった雁夜と葵の前に現れ、全てを奪っていった憎き男。
「……随分と、変わり果てたな、間桐雁夜。ひとたび魔導を諦めておきながら、そのような姿で舞い戻ってきた挙句、今やキャスターのマスターの傀儡か──侮蔑を通り越してもはや憐みさえも覚えるよ。これが御三家として当家に並び立った一門の末路だとはね」
それは嘲弄ではなく紛れもなく時臣自身の本音なのだろう。
怜悧な目元を痛まし気に細めながら雁夜を伺う様子は断じて“敵”を見る視線ではない。明らかに戦いに挑むような緊張とは無縁の様子で、言葉は挑発ですらない。
「ふむ、察するにキャスターのマスターに捨て駒にされたといったところか。君という死兵を盾としている間にアーチャーを仕留めようといったところかな? 仮に私が君を倒したところでキャスターのマスターの痛手にはならず、寧ろ潜在的な敵であるバーサーカーの排除にもつながる。……成程、戦慣れしている。勝っても負けてもキャスターのマスターに損はない差配というわけだ」
否──挑発どころか、時臣は雁夜を見てさえいなかった。
彼の視線は雁夜の姿を通してキャスターのマスターを見据えている。
間桐を陥落させ、利用し、今なお遠坂に攻め込む魔術使い。
彼のみを、“敵”と見做している。
それが、雁夜の憎悪を煽る。
「黙れ! アイツは何も関係ない! 俺は! 俺自身の意志で此処にいる!! 誰に命じられたわけでもない! 貴様の敵として俺は此処に来たんだ……!」
「……隷属ではなく間桐家を人質にした消極的な同盟関係と言いたいのかな。首元を掴まれている以上、変わりはないと思うが──まぁ、いい。間桐家の名誉のため、そういうことにしておこう」
雁夜の憎悪も柳に風といった仕草で受け流す時臣。
射殺すような雁夜の視線にも、彼は毛ほどの脅威すら覚えていない。
どころか、まるで世間話をするように──。
「時に雁夜。君に一つだけ聞きたい──桜は無事かね?」
「──────────────あ?」
コイツハナニヲイッテイル?
「間桐邸で起きた出来事については概ね私も把握している。サーヴァント不在の折に襲撃を受けたのだろう? 間桐の翁が迎撃に出たらしいが……結果はいまさら君には語るまでもあるまい?」
忘我する雁夜を気にする様子の無く時臣は淡々と語る。
「外からの監視でも戦況は把握できた。だが──如何な取引が行われたかまでは外部からでは判らなくてね。君がキャスターのマスターに従っている様子から察するに家人は人質に取られた状態なのだろう。その中には、きっと桜も含まれているはず」
桜──間桐桜。
そう、葵の娘であり、凜の妹。
姉の後ろをついて回り、笑顔を見せていた幸せな家族の──。
「今や
他家? 才能? ──
……同じ言語で紡がれる言葉のはずなのに雁夜は一切理解できない。
したくもない。
何故ならばこいつは、よりにもよってこいつは。桜を家族から引き離すという暴挙に留まらず、間桐などと言う地獄に放り込み、桜本人ではなく桜の才能しか見ていない。彼女がどんな目に合っているのか、どんなことになっているのか興味すら抱かない。
在るのはただ──その才能の行方のみ。
まるで道具のように、遠坂時臣は桜を扱っている。
そしてその口で、自らを親、などと──。
「……くっはは……ははは…………ハハハハハハ!」
「む──?」
突如として狂ったように笑いだした雁夜に一瞬、時臣は訝しむが──その身に魔力が渦巻き始めたのを認め、嘆息しながら
「……愚かな」
「蟲共よ……奴を、喰らい殺せええええええええ!!!」
雁夜の絶叫に魔蟲たちが殺到する。
牙を鳴らして襲い掛かってくる身の毛もよだつ蛇蝎磨羯。
されどその脅威に対して貴き屋敷の主人は小動もせず。
あくまで淡々と、責務でこなす様にして神秘の技を発動させる。
斯くして激突する始まりの御三家、その後継者たちによる殺し合い。
人としての憎悪、魔術師としての義務。
決して交わらず分かり合えない感情の激突が殺意を通してぶつかり合う。
『…………』
今はただ、“影”は哀しむようにそれを見守っていた。
× × ×
「なに──!?」
何の前触れもなく突如として背後に発生したバーサーカーという脅威にアーチャーは目を見開いて驚嘆する。
平時より傲岸不遜な振る舞いをしているアーチャーであるが、戦場に立つ以上は無警戒ということはない。無論、その性格上脇が甘い所は多々あるものの、少なくともバーサーカーを傘下に加え、未だ姿を見せないキャスターを忍ばせるカルキを相手に、一切の不意打ちに警戒を向けていなかったなどということは決してない。
加えて周囲にはアサシンが張っている。隠匿に長けた彼らはその性質上、諜報の眼も鋭い。彼らの監視網が降り注ぐこの場において例え霊体化させていようとも大胆なサーヴァントの運用が叶うはずも無し。
だからこそ──その全ての前提を引っ繰り返す出来事は完全にアーチャーの不意を打っていた。
「▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂──!」
狂乱の叫びを上げながら剣を振りかぶるバーサーカー。反射的に無数の盾を展開して不意打ちを防いで見せたアーチャーは流石であったが、敵の攻撃は終わっていない。
致命的な一斬こそ防いだものの、未だ動揺から醒めぬアーチャーに対して、バーサーカーの対応は迅速であった。
剣が防がると見るや否や、剣を防いだ盾に掴みかかりその影に潜むアーチャーへと突進。勢いそのまま
「ガッ! おのれ狂犬風情がッ! この我を地に引きずり下ろす不敬のみならず──」
「──御託を語る暇があるのかサーヴァント。これは、俺の距離だ」
「ぬ!?」
アーチャーの罵倒に被せる形で、言葉と共に影が迫る。
放たれた『
抜き身の刀に装填される膨大な魔力。それはさながら断頭台の刃のようにして地に伏すアーチャー目掛けて振り下ろされる──のみならず、刃の向こうから墜落してくる黒い影。落下するアーチャーを追って重力の勢いをも乗せた刃を振りかぶるバーサーカーであった。
王殺しに迫る二つの刃。
何か行動を起こす前に殺し切るという冷徹な
「舐めるなよ……雑種共ッ!!!」
「▇▆▂▆▅▂▇▇▆!」
「ぐっ……!?」
三者の姿が重なる刹那、その視界が白く染まる。
次いで迫っていた二つの刃はその担い手ごとそれぞれ吹き飛ばされた。
カルキの方は振るった刃の持ち手であった右腕が焼け焦げ、バーサーカーの方はその全身甲冑を帯電させながら蹲っている。
内から生ずるような麻痺と痛みに、両者の被害状況。
何をされたかは明白だった。
「電撃による
「貴様程度の尺度で我が宝物庫の底を測れると思うなよ雑種。そして貴様、随分と品位を下げたな。この
「たわけは貴様だサーヴァント。戦争を何だと心得る。よもや中世の騎士たち宜しく開戦に誇り高き前口上でもあると思ったか? もしそうならば時代錯誤も甚だしい。何処の時代の王かは知らぬが当代の流儀が理解できないなら、さっさと死ぬがいい
「貴様……!」
言いながらカルキは無事な左腕を振るい、膨大な魔力の放出による魔刃でアーチャーを強襲する。当然、二度目はないとばかりに予備動作が殆どないカルキの不意打ちは展開される宝具に防がれるが、元より牽制以上の意味は無いのだろう。
仕留め損なったアーチャーの姿を目視しつつ、カルキは痛々しく焼け爛れた右手を握りこむ。すると右肩から手先の末端に至るまで電子回路のような光が奔ると同時、まるで時間を巻き戻すかのようにして黒く焦げた腕は元の色を取り戻した。
「……神の血を使ったか」
「元より医療用の用途も含むらしいからな、これは」
小細工を吐き捨てるようにして鼻を鳴らすアーチャーに応答しつつ、カルキは目の端で引き離されるように弾き飛ばされたバーサーカーの影を追う。
見れば漆黒の騎士は衝撃から立ち直り、刃を構えて狂気をアーチャーに向けている。どちらかといえば殺すというより迎撃性能に振った
「とはいえ、流石。簡単には獲らせてくれないか」
──バーサーカーの宝具の一つ、『
これにキャスターの
確殺を確信していた策略だったが、アーチャーの持つ対応能力はやはりカルキの想像以上に高いらしい。
再び砲門を構えなおし、カルキとバーサーカーを睨みつけるアーチャー。あの様子では二度目と同じ手は通用しまい。……元より一度限りの手段。
破られてしまえば、後はもう正面突破しか許してはくれないだろう。
底知れぬ無限の手数を有する相手に、である。
──相手は
カルキの見立てでは正面突破はまず不可能。それこそアレに真っ向から挑める者など同じ物量を有するか、ずば抜けた大英雄でもなければ叶うまい。
カルキにしろバーサーカーにしろ、そのどちらでもない。
比較的相性のいいバーサーカーですら、先ほどのような奪えない宝具を取りだされてしまえばそれで終わりだ。
となれば勝ち筋など絶対皆無。
万全の策略を防がれた以上、後は処刑を待つのみである。
或いは──。
「チッ、こうなってくると時間とタイミングの勝負か──仕方があるまい」
思考に冷静な結論を付けてカルキは意識を切り替える。
この場における勝機は失せた。
ならば後は
勝利条件を先に整えた方が勝つ──持久戦である。
「どうした? 雑種。今更になって命乞いの算段でも思いついたか?」
「戦場に援けなどない。道は自ら切り開くものだ──よって、裁定者の真似事に乗ってやるサーヴァント。ここから先は、真っ向から相手を務めてやる」
「ほう──?」
百を通り越して既に千にも及ぶ『
その瞳に絶望も恐怖も無い。
あるのはただ前のみを見据えた、雄々しき覚悟。
「Ether acceleration drive──起動。天昇せよ、我が宿星。我が身に星の理を」
夜天の星々に捧げられる
口にされる
我が道に立ちふさがる障害、その全てを破壊せんと──救世の神話が起動した。
トッキーうっかりポイント!
トッキー「マスターが戦ってるならキャスターもマスターの所だな!」
パラP「これはアゾット剣と言って魔力を充填しておけば礼装としても扱える。後世の魔術世界では魔導見習いとしての過程を終えたことを証明する品のようですね」
愉悦「時臣氏は遠坂の威信をかけて全力で迎撃するって言ってたし、英雄王は手助け不要って言ってたしなー、見ることしか出来ないなー、あっ英雄王負けるようなら勝ち目ないからアサシンは撤退してね」
アサ子「りょ」