Metalnova   作:アグナ

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ACT-18 妄執に終止符を

 万事を万事、涼やかに乗りこなし、当たり前の顔で事の全てを完了する──よく遠坂時臣を評して生まれついての宝石(てんさい)と揶揄するものもいるがそれは全くの誤解である。

 

 彼は秀才、努力によってその生き様を完成させた者だ。

 生まれ持った才覚は歴代遠坂の中でも凡庸。

 しかしその凡庸な才覚を磨きに磨き、宝石(かんせい)にまで至ったのは時臣自身が積み上げて来た研磨の道があってこそ。

 魔導の学徒足る誇りも、貴族たる振る舞いも全ては全て、自らの強き意志と積み上げて来た足跡に対する自負である。

 

 ──かつて父は魔術刻印を継承する前夜に時臣へと問うた『遠坂の魔導を継ぐか否か』と。

 

 ……幼き頃から時臣は魔導を継ぐために努力を重ねて来た。

 それ故にその問いは今更の問いであったが、敢えて“選択”という体裁を与えられたことを時臣は父からの最大限の贈り物であると認めた。

 

『これは自らが選択した意思であって、何者かに選ばされた道などではない──』

 

 そう、遠坂時臣は誰でもない己の意志でこの道を選んだ。

 この自覚こそが彼の根幹を成すもの。

 貴顕たる誇りと、気高き自負こそが彼を立たせるのだ。

 

 故にその敵対は必然のものであった。

 

 魔導の全てを否定し、憎悪し、そして生まれ持ったその責務に背を向けて俗世に逃げ出した間桐雁夜。

 遠坂時臣とはあらゆる意味で対極にある男を時臣はその在り方ゆえに許せない。

 

 だからこそ、たとえ相手がどれほどの準備、どれほどの奸計を用意していたところで王道で踏み潰すつもりだった。

 それは油断でも慢心でもなく、遠坂としての誇り故に。

 だというのに──。

 

“……アレほど息巻いておきながら蓋を開ければこの体たらくか──”

 

 目の前の光景に、時臣は思わず嘆息するのを禁じ得ない。

 それは戦闘でさえない、蹂躙とすらいえない。

 未熟者が自滅しているだけの惨劇であった。

 

「アアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 地獄の餓鬼を思わせる凄惨な猛りが聞こえる。

 時臣の眼前には腕を掲げ、全身の血管を破きながら決死で魔力を回す宿敵、間桐雁夜が立っている。

 地と天、階段を隔てた僅か三十メートルほどの間合い。

 そこから天を見上げる雁夜は遠坂邸を彩る紅色の絨毯(レッドカーペット)を自ら身体より流れ出る血液でより朱色に色を深めながら、彼は全力で遠坂時臣を殺しにかかっているのだ。

 

 時臣目掛けて飛び交う魔蟲の銘は翅刃虫。時臣の肉を食い破り、骨を砕かんと悍ましいほどに羽を鳴らして時臣へと肉薄する。

 しかし今のところその牙はあまりにも遠い。

 時臣より眼前に展開された炎の防御陣に焼かれ、蟲は悉く戦果を挙げるより先に焼失する。それを開戦から向こうずっと繰り返している。

 

 つまるところ──勝負にすらなっていなかった。

 

「時臣ィ……殺してやる、コロシテヤル、トキオミ、トキオミィィィィィィィィ!!!」

 

「……──話にならんな」

 

 魔蟲の残滓となる灰が掛かるのを避けながら時臣は宿敵の狂態に呆れたように言葉を漏らす。……未熟者とはいえキャスター陣営という脅威の下に着いた以上、てっきり雁夜は相応の準備を整えて来たと時臣は考えていた。

 故に相手が素人の付け焼刃とはいえ、時臣は万全の迎え撃つ準備を用意していた。

 

 懐には今まで己の魔力を蓄積してきた宝石の数々。手に持つ宝石杖(ロッド)はいつでも工房を喚起する用意を整え、この地に貴顕の炎を呼び覚ます準備を完了している。

 しかし今のところ時臣の魔力消費はさして詠唱節も掛けていない防御陣一枚のみ。消費する魔力燃費は外で戦うアーチャーへの供給量よりもなお少ない。

 

「……どうやらキャスターのマスターは君の事を本気で捨て駒としか認識していないようだな。憐れが過ぎて憐憫の情すら覚えるよ、雁夜……外来の魔術使い程度に顎で使われる無様が間桐の末とはね」

 

 コツコツと靴を鳴らしながら時臣は降段する。

 距離を詰めるのは自らを危険に晒す行為であるが、もはや反撃に対する危機管理など考えるだけ無駄だろう。

 いっそ切り札があるなら是非見せて欲しい。

 そう再び嘆息しながら、時臣は自らの得物を翳す。

 

Intensive(我が敵の火葬は) Einascherung(苛烈なるべし)──」

 

 二節で紡がれる呪言に応え、炎の防御陣が蛇のようにうねり、雁夜目掛けて延焼する。雁夜の姿はそのまま炎に巻かれ、憐れにも力尽きる──。

 かに思えたが、しかし。

 ここでようやく雁夜は時臣にとっての予想外を見せる。

 

「馬鹿め……掛ったな時臣ィ!!」

 

「む」

 

 炎に巻かれながら凄絶な笑みを浮かべて雁夜は時臣に殴りかかる。

 彼の死人のような肌を覆うのは無数の甲虫。

 炎に焼かれて力尽きていない辺り、恐らくは対火に長けた魔蟲の類なのだろう。恐らくは火の魔術に長けた時臣への対策の一環か。

 

 

 ……自分自身で考えたのか、或いは間桐の翁か、キャスターのマスターによる入れ知恵か。

 

 なんにせよ──弱り切った男の拳など仮に受けたとて大事には至らぬだろうし、雁夜の纏った炎は時臣の操る魔術。自らが魔力で焼かれるなどと言う未熟な領域に時臣は立っていない。

 加えて動きはあまりにも素人のそれだ、見切って避けるのすら容易い。

 

 対応法を幾ばくか考えた後、時臣は敢えてその手段を選ぶ。

 

「──誇りある魔導の徒として王道で斃す、そのつもりだったが」

 

「なっ……!?」

 

 パシッと裏拳で殴りかかった雁夜の拳を凌ぐ、まさか素手で往なされるとは欠片も考えてなかったのか目を剥く間桐雁夜、そして──。

 

「君の様は、あまりにも見るに堪えない」

 

「ガッッ!!?」

 

 雁夜の頬を強烈な一撃が殴り飛ばす。

 いけ好かない貴族紛いの魔術師風情──恐らく雁夜はそう考えていたのだろうが、現代魔術の領域では護身術は時計塔の必須科目である。

 生来、研鑽を惜しまない努力家である彼は当然、基礎的な範囲においてそれを収めている。強化魔術によって威力が向上した身体機能はそれこそ鍛えられた鉄の如く。

 

 殴りかかってきた落伍者を、時臣の拳は、逆に殴り飛ばし、五メートルほどの距離を雁夜に舞わせた。

 

「ぐ、ギ……ア! アアア……!!」

 

 虫のように殴られた頬を抑え、激痛に這いずり回る間桐雁夜。

 自滅するように必死と蟲を振るっていた所に叩き込まれた一打はそれだけで致命傷だ。もはや立つことさえもままならない。

 

 だからこそ悠然と距離を詰めてくる遠坂時臣を前に、何の抵抗さえも出来ない。

 絶望的な敗勢状況。

 そこにさらに追い打ちをかけるように──遠坂邸が一際大きな振動に揺れる。

 直後。

 

「ア──な、なんだ……!?」

 

「……ほう」

 

 目に見えない損失感、同時に雁夜は自らの手の甲──マスターとしての資格である令呪が宿る手に起きた変化に動揺する。

 焼き印のようにそこに在った筈の令呪が消えてゆく。それと同時に確かにあったサーヴァントの繋がりさえもが失せていく。

 

 それが示すところはただ一つ。

 雁夜が呆然とするところに、時臣が感嘆の声を上げた。

 

「どうやら勝利の順は英雄王に抜かれたらしいな、やはり私の確信は間違ってはいなかった。アーチャーに勝る英霊など他にいない」

 

「そ、そんな……そんな……」

 

 サーヴァント・バーサーカーの消失。

 ある意味では順当ともいえる結果だが、アーチャーに対応して見せる仕草を取っていたバーサーカーの敗北は時臣にとって自信となる結果だった。

 結局『王の財宝』に立ち向かえたあの英霊が何者だったかは知れないが、未知の能力に他に抜けた基礎能力値(ステータス)を誇るバーサーカーの敗走は時臣にとっては朗報だ。

 

 こうなれば後方支援に特化したキャスター陣営も時機に引き上げることだろう。叶うならば両方仕留めたいところだが、脱落者が一つ出た時点で戦果としては上々だ。欲張って深入りする意味はあるまい。

 

「本来であれば敵魔術師がマスターで無くなったとしても止めを刺しておくのが聖杯戦争の通例だ」

 

 倒れ伏した敗残兵に近寄りながら、時臣は口を開く。

 手元で操る宝石杖を雁夜に向けつつ、展開される止めの火炎(まじゅつ)

 だが、それが振るわれるより先に、執行猶予を与えるようにして時臣が歩を止めた。

 

「だが、協力してくださっている瑠正神父への義理もある。一度だけ選択の機会をやろう。雁夜、君が命乞いを以て戦いを放棄するというのならば見逃そう。もう二度と魔導に──いや、我々に関わらないというならばその命を俗世に放してやるが、どうする?」

 

「────」

 

 その時、雁夜は幻視した。

 今まさに雁夜の息を止めんと冷淡に見下ろす遠坂時臣。

 その背後に映る葵、凜、桜の姿──。

 

 あの人たち(我々)に二度と関わるな。

 

 そういって、あの人(彼女)たちを不幸に陥れた最悪の魔術師。

 

「──……あ……あぁ……あああアアア!! ふざ、ふざけるな時臣ィ!! 許さない、絶対に許さない! 殺す、コロス、ぶっ殺してやるッッ!! アアアぁぁアアアぁぁアアアア!!!」

 

「そうか──」

 

 爪が割れ、肌から血が滲むのも意に留めぬまま地面を掻きむしりながら怨嗟を叫ぶ間桐雁夜。その憎悪に塗れた不退転の言葉を聞いて、時臣は冷淡に呟く。

 

「では死ぬがいい。……ああ、最後に一つだけ礼を言っておこう。君が無責任に出奔してくれたお陰で桜に未来が出来た。その一点だけは感謝しておく」

 

「──、──! ─────ッッッ!!!!!」

 

 眼前に迫る死の炎。それを前にして尚、最期に聞いたその言葉に声にならぬ激情を叫ぶ間桐雁夜。だが遅い、何もかもが手遅れである。

 遠坂時臣は敵を軽視しても油断などしない。眼前に外敵がいる限り、その息の根が止まる最期の最期まで油断せず、慢心せず、敵の死を見送って──。

 

 

「だからこそ、この瞬間が貴方にとっての隙となる」

 

 

 ──剣が奔った。

 

 気配も影も無いその最中に。

 突如として虚空より奔った剣閃は遠坂時臣の腕を斬り飛ばす。

 ……アーチャーを従える令呪の宿ったその腕を。

 

「なに──くっ!?」

 

 対応は半ば反射の領域だ。腕の損失、吹き出る血飛沫、脳を焼く痛み、それらに苦しむよりも先に時臣は反射的に残った腕で宝石杖(ロッド)を振るう。

 反射の領域で構築できる最速、最大の火力。

 正に熟練の冴え、練磨の成果。

 一流の魔術師にのみ可能な完璧なる反撃の一撃だ。

 

 不意打ち直後の敵対者の後を取る完璧なる反撃行動。

 だが──それが通じるのは人の領域の一流まで。

 英霊とまで昇華されたその魔術師は、完璧なる反撃をいとも容易く踏み越える。

 

炎よ(サラマンダー)──」

 

 火炎が──それ以上の火炎に喰い殺される。

 神業めいた魔力運用。

 あろうことか時臣の宝石魔術による火炎をそれ以上の火力、それ以上の練度を以て、同質の力で飲み込み、対消滅させる。

 周囲への被害は無い。無駄な余力で時臣すらも焼き切ることもない。

 

 正に完璧なる配合で時臣の魔術を下手人は無力化したのだ。

 ……思わず時臣は息を飲む。魔道の徒として純粋に感嘆する。

 

 何という、凄まじい技量か!

 

「魔力回路接続──干渉開始」

 

「むっ──しまった……!?」

 

 だからこそ敵の狙いに一歩遅れる。その狙いに遅れて気づく。

 如何な肉体的接続を絶たれようとも、それは時臣の魔術回路だ。どれほど技量が離れていようとも対応(レジスト)の権限は時臣が強い。

 しかしそれをするには遅すぎた。文字通り、一瞬の隙をついた魔術師は唱える。その、絶対命令権を。

 

「令呪を三つ重ねて命ずる。自害せよ、アーチャー」

 

「!!!」

 

 ──そして結果は収束する。

 アーチャー陣営、バーサーカー陣営、ともに敗走。

 勝者──キャスター陣営。

 

 それが今宵の戦いにおける変えようのない結果である。




以下、多分絶対に言わない台詞

言峰「うっひょぉぉぉぉワイン美味ぇぇぇ!!」
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