Metalnova   作:アグナ

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ACT-20 悪意

 冬木の街の外れには、御伽の国の城がある──。

 

 それは長年冬木の街に住む住人たちの間でまことしやかに話されている噂話だ。曰く、冬木の市街地から西方に広がる森林地帯には城があるというもの。

 一般市民からすれば人里離れた緑地帯に対する根も葉もない風評に過ぎないと言うが、一部の者たち──この街で行われる聖杯戦争に関わる魔術師たちであれば、その噂話は噂話では済まされない。

 

 聖杯戦争の起源たる御三家が一角──アインツベルン。

 遠坂、間桐が市内に居を構えるのに対して、アインツベルンもまた冬木市に拠点を持っていた。そしてそれこそが街で噂される話の原因である。

 ……厳重に人除けの結界が施された白亜の城。山中に佇むこれ以上とない異常。世界観をはき違えたとしか思えない荘厳な建築。

 これぞ千年を数える錬金術師たちが住まう仮初の居住地。アインツベルンが誇るあまりにも豪勢な別荘である。

 

 百名を余裕で住まわせることが出来るだろう広大な敷地は、しかし本来可能な収容人数が十全に活かされているとは言えなかった。

 城の管理を任せる侍従(ホムンクルス)は聖杯戦争に際して本国へと一時避難させ、アインツベルンが聖杯戦争の切り札として用意したセイバーのマスター、衛宮切嗣は助手の魔術師と共に市内のビジネスホテルに潜伏を決め込んでいる。

 よって現在。城に在する存在は僅かに二名。

 アインツベルンの正統、アイリスフィール・フォン・アインツベルンとその従者を気取るセイバーの二人のみである。

 

 だからこそ──発生した緊急事態に対して、セイバーは動揺した。

 

「うっ……?!」

 

「……アイリスフィール!?」

 

 ……先の港湾での邂逅の後、市街地より場所を城に本拠地を移してから幾ばくか経過した頃。あまりにも唐突にアイリスフィールが倒れ込む。

 何か攻撃を受けたわけでも、呪詛のような遅滞効果の魔力に当てられた様子もない。ただ廊下を歩いていただけ──その最中に倒れたのである。

 

「大丈夫ですか! 何処かお身体を!? ……まさか、先の戦いで何か仕掛けられて」

 

「──だ、大丈夫……ごめんなさい。ちょっと緊張が解けて気が緩んでしまったのかも」

 

 大慌てで傍によるセイバーを取り繕った笑みで制しながらアイリスフィールは内心で、自らに訪れた“変調”の原因を悟って戦慄する。

 

“そんな全陣営が見えたのは昨日の今日よ!? もう一騎討ち果たされたというの!?”

 

 ……それはセイバーに隠されたアイリスフィール・フォン・アインツベルンの秘密に起因する独白である。

 アイリスフィールを心配する彼女はアイリスフィールを衛宮切嗣の雇い主にして、正妻の立場も兼ねた魔術の協力者などと認識していようが、この聖杯戦争におけるアイリスフィールにはもう一つの立ち位置がある。

 

 それは小聖杯──つまりこの地で起動する賞品の外殻。聖杯戦争の進行に伴い、脱落していく英霊たちの魂を受け止め、来る時に大聖杯を回すための『器』である。

 そのため、彼女は聖杯戦争が進み、英霊が脱落していくほど不要な性能──アイリスフィール・フォン・アインツベルンとしての人格を喪失していく。

 恐らくは英霊の半分以上を飲み込んだ頃にはもはや身体すら燃え尽き、『器』としての小聖杯に変じると言われている。

 

 これは第三次の折、『器』を消失させるハメになったアインツベルンの半生の結果であり、感情論はともあれ衛宮切嗣にしろアイリスフィール本人にしろ既に納得済みの話である。

 とはいえ、優しいセイバーにその話をすればきっと動揺することだろうし、第一、前回の反省を以てしての人格付与による小聖杯の秘匿なのだ。

 味方とはいえ賞品の在処を晒すことはそれだけでリスクである。

 

 故にこの事実はセイバーにも隠す必要があるのだ。

 ……幸いにして、脱落は一騎。

 やや身体は重くなってしまったが、まだ平常を振舞える。

 

 そう強がりながらアイリスフィールは彼女が立ち上がれるようにと、セイバーから差し出された手に掴み、余裕の表情を見せながら立ち上がろうとして──。

 ──続く衝撃に、今度は危うく意識すら喪失しそうになった。

 

「アイリスフィールッ!?」

 

「…………ッ!」

 

“う……そ……!?”

 

 先に続いてもう一騎──しかも今度のは不味い。

 この魂、恐らくはアーチャーのものか──通常の英霊を一とした場合、それは三に相当する規格外の魂。真名こそ不明なままだったが、港湾での振る舞いからして相当強力な英霊だったことは間違いないとは感じていたが、よもやこれほどの魂だとは。

 

 脱落は数にして二騎──だというのに今の時点で小聖杯顕現に必要数に迫った。今、アイリスフィールが辛うじて『アイリスフィール』のままでいられるのはセイバー召喚に際して用いた聖遺物をアイリスフィールが所持しているお陰。

 かの騎士王に不老長寿の加護を与えられたとされる『鞘』によって、瀬戸際で人格の維持に耐えているのだ。

 

 ……逆に言えば、既に彼女は人格を耐える段階にまで追い詰められたということ。もはや身体は万全に程遠いどころか立ち上がる事さえ困難だ。

 元々聖杯戦争後半はアイリスフィールという支えを抜きに切嗣一人で戦っていく話ではあったが、この段階で想定されていた話などではない。

 

 まだ戦いは序盤──そう考えていたからこそ、アイリスフィールとセイバーのペアを偽装のセイバー陣営として、衛宮切嗣は裏から標的を狙っていくという戦略を取っていたというのに、これではとても、囮の務めすら果たせまい。

 

「アイリスフィール! 意識をしっかり! 大丈夫ですか!?」

 

「セイ……バー……」

 

「……くっ、致し方ありません! 確か……」

 

 朦朧とした意識の中でも現状把握できているアイリスフィールとは対照的に、仮初とはいえ唐突に守るべき主が倒れ伏した状況にあるセイバーの焦燥は激しい。

 セイバーは一瞬の葛藤に歯噛みしながら、しかし何事かを即断するとアイリスフィールの衣服のポケットを探る。

 取りだしたのはアイリスフィールが衛宮切嗣より渡されていた緊急連絡用の装備──魔術師には似つかわない現代科学の恩恵、携帯電話。

 

 英霊は聖杯による召喚時、現代の知識を自動付与されるというが、セイバーもまたその恩恵を受けているのだろう。彼女の時代には存在しなかった連絡手段を手際よく扱っていく。

 ……本来、マスターとサーヴァントの間には互いに意思疎通を取る手段として、魔力回路を通した念話という手段が存在するのだが、残念ながら日常的にそれが出来るほどセイバーと衛宮切嗣の間に信頼関係は存在していない。

 

 セイバー──英霊アルトリアという在り方を嫌う衛宮切嗣が実利を置いてまでセイバーとコミュニケーションを取りたがらないため、平時はアイリスフィールを介さなければ通常会話すら覚束ないのだ。

 だがそのアイリスフィールがこうなった以上、緊急手段を講じるしかない。手っ取り早い手段があるのに使えないのは遺憾だが、セイバーは携帯電話を通して衛宮切嗣へと連絡を取る。

 

「まって……セイバー……私は、大丈夫……だから」

 

「何が大丈夫なものですか! キリツグが私を疎んでいるのは承知していますが、今はそんなことを気にしている場合ではないでしょう!」

 

 懸念からか、セイバーの行動を止めたがるアイリスフィールを置きながら、セイバーは携帯を鳴らす。呼び出しのコールは僅かに三回。

 本来のマスターはすぐにアイリスフィールからの連絡だと考えているであろうそれに応じる。

 

『アイリかい? 一体どうし──』

 

「キリツグ、私です!」

 

『…………』

 

 応じる声はすぐに呼び出した相手を悟って黙り込む。

 ……いい。

 相変わらず自分からの言葉を黙殺しにかかる態度には不快を覚えるが、己の感情を晒す場面ではない。相手の返答に期待せず、セイバーは一方的に状況を語る。

 

「アイリスフィールが倒れました! 原因は不明ですが意識すら保つことが苦しそうです! キリツグ! 何かお心当たりは!?」

 

『…………ッ!?』

 

 相変わらず応えはない。だが電話越しに明確な動揺の気配。

 セイバーの言葉に何か悟るものがあったのだろう。

 息を飲む衛宮切嗣に、セイバーは畳みかける。

 

「今の彼女はとても戦えない! 至急、アインツベルンの城までお戻りください! 今敵の襲撃を受けた場合、重体の彼女を置くのは危険すぎる! それと何かお心当たりがあるなら処置の指示を! ……魔術の心得も医療の心得もありませんが私にも介助ぐらいはできるはずだ!」

 

『…………』

 

 セイバーの声に、相手は無言。

 それに、抑えきれずセイバーは怒号する。

 

「──マスター! 今は感情を優先すべき時ではないでしょう!」

 

『──……落ち着いてください、セイバー』

 

 その時、怒号するセイバーを諫める声が響く。

 女性の声。衛宮切嗣とは異なる相手の言葉。

 それに虚を突かれ、セイバーは鼻白む。

 

「……何者ですか?」

 

『衛宮切嗣の助手を務める者、と。自己紹介をしている余裕はなさそうなのでご了承を』

 

「そうですね。では貴女で構いません……キリツグの言葉を」

 

 事ここに至っても介添人が居なければまともに主と会話すら出来ぬ現状に、不満は蓄積するがセイバーはそれを無視した。

 アイリスフィールは仮初とはいえセイバーの主人なのだ。かつて騎士王を名乗った英霊として倒れ伏す彼女をそのままになど出来はしない。

 助けるためならば自分の感情は後で良い。

 

『……一先ず衛宮切嗣もそちらに戻ります。今の報告で現状は把握できたので問題ありません。マダム──アイリスフィールに関しては城に備え付けられた工房の方に運んでください。完治は不可能でしょうが、状態は和らぎます』

 

「了解しました」

 

 肩と耳の間に携帯電話を挟みつつ、セイバーは命令通り、意識が朦朧とするアイリスフィールの身体を横抱きに抱える。

 その際、体重が予期せぬほどに軽かったため僅かに蹈鞴を踏んだ。

 

「これは……」

 

『どうかいたしましたか?』

 

「いえ、何でもありません」

 

『そうですか──では我々の方も帰投します。アインツベルンの城まではニ十分ほどを擁しますがその間、貴女には──』

 

 待機か、或いは防衛の強化か。

 どちらにせよセイバーがその言葉を最後まで聞くことは無かった。

 何故ならば──突如としてアインツベルン城上空に発生した雷撃が城周囲の電波を攪拌し、電子機器による通話を強制的に断ち切ったからである。

 

「何事──!」

 

 咄嗟にセイバーは戦装束を纏い、意識を臨戦態勢に移行。そのまま城全体の気配を探査する。程なくして──日が上がり始めた茜の空に雄たけびが響き渡る。

 

 

AAAALaLaLaLaLaie(アアアアラララララィッ)!!」

 

 

「この声は……ッ!!」

 

 鳴り響くは威風堂々たる叫び。次いで雷雲に見る雷のようにガラゴロと鳴り響く音。空を戦車で行く紅蓮の戦衣を纏った機影。

 サーヴァント・ライダー──英霊イスカンダル。

 その到来を悟ってセイバーはあまりにも間が悪いことに思わず、歯噛みした。

 

 ……その最中、セイバーに抱かれるアイリスフィールが身じろぎしたのにセイバーは気づかない。

 その反応がたった今、三騎目の英霊が脱落したことによるものなどと悟れるほどの情報をセイバーが持ち合わせることも無く。

 状況は無慈悲にも、人知れず加速度的に進んでいく──。

 

 

×  ×  ×

 

 

 こわい いやだ しにたくない──。

 

 

 つまるところ『ソレ』が一念に思うのは、この世で尤も原始的な生存欲求。迫る死に対して生命が描く、当然の願望を一心に願い続けていた。

 

 『ソレ』は厳密にいうならば未だ生まれてなどなく、『ソレ』が思う死にたくないとは一見して矛盾した願望であった。

 だが、生まれること自体が害悪(・・・・・・・・・・・)である『ソレ』の発生を望むべき者など当人を除いて他にいるはずもなく。

 生まれる前に滅ぼし切ると余人が判断するのは当然で。

 

 遠く、遠く、遠く──しかし確かに迫る『光』の気配に、今はまだ無垢な胎児に過ぎない『ソレ』は怯えるほかない。

 

 ──其は人の抑止から生じた権化。

 『ソレ』を対を成す二元論の化身。

 善を重んじる人間の習性から生じる無謬の輝き。

 

 かの『光』こそは不倶戴天。出会えば殺し合うしかない最大級の天敵。

 それが、凄まじい勢いで己の存在に迫っている。

 

 

 こわい いやだ しにたくない──。

 

 

 ……例え『ソレ』が望まれぬ存在であったとしても。

 ……例え『ソレ』がこの上とない人類の闇そのものなのだとしても。

 

 生命としてただ生きることを望む。

 その願望を否定出来る者など果たしてどこに居よう。

 

 ただ望む。生を。

 ただ望む。誕生を。

 

 聖杯を巡る死闘の螺旋の先にあるもの──『ソレ』はただ純粋に望む。

 

 

 しにたくない しにたくない しにたくない──。

 

 

 必死で願う己が生存を。必死で願う己が存命を。

 必死に願う──己を生かすその道(ルート)を。

 

 しかし存在悪である『ソレ』に神が救いを齎すことなどあるはずもなく。

 願いは誰に届くことも無く無謬の闇に消えていき──。

 必然的な結末に収束していく──。

 

 

ならばこそ(・・・・・)私が言祝ごう(・・・・・・)

 

 

 在るはずのない声が生じる。

 『ソレ』は慮外の現象に驚嘆する。

 ……驚嘆しながら歓喜する。

 

 

「ふふふ──また随分と懐かしいところに……それもこのような形で呼び出されることになろうとはな」

 

 

 皮肉気な笑み。男ならではの韜晦するような声はあろうことかこの聖杯戦争におけるある参加者のそれに異常なほど類似していた。

 ──とても、別人とは思えないほどに。

 

 

「私の業も相変わらず度し難い──が、願われたならば応えよう。いったい『ソレ』がどのようなものであれ、私は“誕生するものを祝福する”」

 

 

 ……歩んだ苦難を示すように年季の入った眉間の皺。好んで苦行を重ねたが故、鍛え上げられた鋼の肉体。纏う法衣は神の道から遠ざかった異教の祭儀服を模したもの。

 善悪の二元論──世界で最も古い宗教の儀式服。

 

 救済無き希求の果て──ある世界線において成立したその魂の可能性。

 疑似的な英霊とまで召し上げられた、『彼』。

 今はまだ、誰も知らぬ『ソレ』の中で生じた男は言う。

 

 もう幾度と繰り返された、業を。

 

 

「──喜ぶが良い。()の願いはようやく叶う」

 

 

 ──混線する。

 

 星の観測者が齎した直接的な現地介入。

 『次』を見越した一つのシミュレーションが此処に、誰も予期せぬ結果を招いた。

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