Metalnova   作:アグナ

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ACT-21 星見の灯台より

「──では、こちらの状況が終了次第、保護した二人はそちらの方へ送る」

 

 冬木市新都にキャスターが居を構えた工房にて、主たるカルキを名乗る青年の声が響く。言葉はキャスターに当てられたものではない。

 彼が耳に当てている機械──携帯電話越しに向けられたもの。

 傍目から見れば虚空に放っているようにしか見えないが、当代の科学技術は遂に人の言葉を電波で以て遥か彼方へと届ける領域に行きついたらしい。

 聖杯より知識で理解しているとはいえ、その光景には魔術師として有るまじきことではあるが怖れを抱くより先に敬意が来る。

 

 人は遂にここまで歩いてきたのかと。神秘隠秘に頼らずとも、自らの足跡で以てしてここまでの場所に到達した成果に感心した。

 ……機械(ちえ)を用いれば発声(いし)を電波越しにも翻訳可能というならば、やがては言語の壁さえも翻訳することが出来るだろう。この技術を窮めれば何れはきっと、統一言語でさえ魔術以下の代物になる。

 

 人の智慧は再びバベルの塔に至るのだ。一人の碩学者として、神の思惑さえも越えようとする知恵の巨人に敬意を抱く。

 

「ああ──くれぐれもやりすぎてはくれるなよ。お前は少々、面倒見が過ぎる。特に女児の方は心の傷が大きすぎるからな。下手に憐憫して肩入れが過ぎるとお前の場合、悪影響を及ぼしかねない……何? そんなつもりはないだと? 馬鹿め、無自覚だからこそ気を付けろと言っているのだ」

 

“──ふむ?”

 

 当たり前に使われる科学技術にキャスターが改めて感慨を抱いている間にも会話は続く。どうやらカルキは自らの協力者(スポンサー)──仲間に連絡を取っているとのことだがその表情は何処か苦々しい。

 まるで信頼したくはないが、能力は優れているが故に頼らざるを得ないというような、そんな顔であった。

 

「……ある意味で、俺はお前以上に教育に悪い人材を知らん。本来であれば養父(ちち)の伝手を頼りたいところだが、事情が事情だ。一般的なカウンセラーには任せられん。業腹だが、心理療法(カウンセリング)に関してお前の右に出る相手も知らん」

 

 キャスターの予測は当たっていたようで、能力自体は優れた人物のようだ。逆に言うとその点以外に何らかの瑕疵があるのだろう。

 カルキが厭う辺りは恐らく人格。不条理を嫌い、極論と言っていいほどに正しきを望む彼の性格を考えれば大方、正しさを踏み間違えた類の存在か。

 

「諸々の教育資金に関しては西欧財閥(パトロン)を使え。名義は俺でいい。この言葉は出来れば口にしたくないものだが──任せたぞ、殺生院」

 

 会話が終わる。最後に電話相手の名で締めると、カルキは疲れたようにため息を吐きながら携帯電話を閉じ、本来であれば医師が座るはずのデスクチェアに深く座り込んだ。

 

「──話は終わったのですか」

 

「ああ。遠坂から取り上げた娘と、こちらが最初に保護した少年、両方とも受け入れの都合はついた。聖杯戦争が終わるまでは隣町の病院で保護してもらうことになるが、こちらでの仕事が終わり次第、俺の組織で身受けする」

 

 少年の方については知らないが、遠坂の娘──間桐桜に関してはキャスターにとって無関係ではない。何せ、彼女の存在をカルキに伝え、真っ先に保護したのは……他ならぬキャスター自身なのだから。

 無慈悲で過酷な環境に晒され続けた無垢な少女の安全を聞き、キャスターはほっと息を吐いて表情を緩める。

 

 次代に託す──その連鎖こそが魔術師(われわれ)の本質なれば、本質的には無関係な相手とは言え未来に繋がる可能性が損なわれぬことは何であれ喜ばしいものだ。

 

「……しかし、先ほどの会話から察するに信じるに能う相手なので?」

 

「信頼はしたくない(・・・・・)が頼る分には頼もしいといったところか。悪人、というわけではないのだがな。少々、人の心に肩入れしすぎるために、些か取り扱いに困る人材ではある」

 

 言いながら、カルキは机の上の電子演算機──PCを叩き始める。伝言を託しているといった所か。文面から察するに幼児たちの事情を協力組織に伝えているのだろう。

 

「まあ個人に関してはともかく組織としては信じられる。いざともなれば外部の人間を頼る手もあるしな。一人、毒を抜くのに打ってつけの僧侶(知り合い)もいる」

 

 だから安心して構えないとキャスターに伝えると同時に、動いていたカルキの手先も止まる。これで目下、課題であった懸念は一通りクリアできたと言えるだろう。

 

「さて──余談も完了したことだし、改めて状況を再開しようか」

 

「はい」

 

 忙しく連絡を取り回っていたカルキの視線がようやくキャスターに噛み合った。助手のように傍に立ち尽くす自らの従者(サーヴァント)に顔を合わせ、カルキは聖杯戦争へと主題(ピント)を合わせた。

 

「予定通り、御三家のうち既に間桐と遠坂は陥落した。……前者に関してはまあ自滅ともいえるだろうが、実質的に背中を押したのはこちらだ。取りあえず戦果として誇らせてもらうとしよう」

 

「……例のマスターには申し訳ないことですが。私としては、彼も救われるべきだった」

 

「この短期間であの憎しみを処理する時間はない。申し訳ないが、彼の目的を代行することで責務を果たしたと言わせてもらう。間桐は勿論、先の交渉で遠坂の因果も絶った。少なくとも自らの意志が介在することなく、あの少女が魔導に関わることはもうない筈だ。ギアスによる契約が軽くないことは、貴方ならば分かるだろう」

 

「ええ。自己強制証明(セルフギアス・スクロール)の契約は私の時代でも滅多に行われることのない交渉でした。魔術師であればこそ、効力を疑うことは無い」

 

 二人の言及する自己強制証明(セルフギアス・スクロール)とは、魔術世界において最も容赦のない契約と呼ばれる代物である。契約者間で魔術刻印を媒体して行うこの契約による内容は術者の魂をも束縛する非常に強力な呪術。

 例え契約者本人に契約違反の自覚がなかったとしても「契約違反である」という事実が証明された瞬間、無慈悲に術者を呪うほど絶対遵守の約定である。

 

 即ち、それだけ絶対的な契約(ギアス)ということであり、カルキと遠坂時臣はこれによって交渉の内容を固定した。

 遠坂は勿論、カルキもこの内容を破り捨てることはもはやできない。

 内容は要約すれば三つほど。

 

「一つ、第四次聖杯戦争からの完全離脱。一つ、間桐桜の身元をこちらで引き受ける。一つ、他意によって間桐桜を魔導に関わらせない……とまあ、下手な抵触はないよう、文面は工夫したが概ねこんなところか」

 

「よろしいのですか? 支配を目的とするならば随分と枷が緩い様にも見えますが」

 

「別に魔導としての遠坂を根絶するのが目的ではないからな。……例の少女の接触を禁じることも出来当たが、それでは家族が浮かばれまい。どれほどの悲劇があろうとも血とはそういうものだろう。これに関しては本人たちで解決できる余地を残した方がいい」

 

 契約の穴は少女のための空白であると言い切ってカルキはこれ以上の言及をしなかった。元より聖杯戦争を閉じることこそカルキの目的。

 正義の剣を振り回して全ての敵を絶滅させるつもりはないということだろう。目の前の障害とならぬ限り、温厚な解決策を用意する程度の慈悲はあるらしい。

 

 ……逆に言えば目的の障害になるならば如何なるものであっても無慈悲に打ち倒すとも取れるスタンスではあるが。

 例えばそう、先の聖堂教会の人間たちのように。

 

「目下、遠坂の抜け道になりそうな聖堂教会に関しても物理的に黙らせたし、彼らについてはこれで決着と見做してよいだろう」

 

「……例え背信者であっても、聖堂教会に攻撃した以上、何らかの反撃がありそうですが──そちらについて警戒しなくても良いのですか?」

 

「うん? ──ああ、そうか貴方の時代では教会は特に恐ろしい相手だったな」

 

 深刻そうなキャスターの反応にカルキは彼との認識の差を認識する。確かに密かにアサシンを運用していた聖堂教会陣営に関して言えば、数刻前に遠坂とのやり取りで使用していた通信機から居場所と状況を傍受しながら討ち果たした。

 

 サーヴァントとマスター、そういった意味では彼らという脅威はもはやない。しかし彼らのバックボーン。聖堂教会は別だ。

 本来、組織の思惑とは裏腹に本人たちが裏切っていたとはいえ、中立を名乗って聖杯戦争に介入しているのが彼らの組織だ。であればそんな非戦地帯に問答無用で仕掛けたかりきの行為は許しがたいものだろう。

 

 聖杯戦争とは関係のない、組織としての面子に起因する揉め事が起きてもおかしくはない。つまるところキャスターの懸念はこんなところか。

 だがしかし……。

 

「……まあ、そちらに関しては気にしなくていい。早晩、こちらに抗議は届くだろうが、協会とは別の意味で繋がりが深い相手だ。事情を語れば渋々でも納得させられるさ。代わりに幾つか仕事を任されることにはなるだろうがな」

 

 懸念を強めるキャスターの警戒を解きほぐすように軽く肩を竦めながらカルキは言い切る。キャスター──パラケルススの時代に君臨した聖堂教会は社会的な権力に関して言えば魔術協会を遥かに上回る力を誇っていた組織である。

 その背景を知っていれば彼の警戒も当然だろう。

 だが、現代では聖堂教会の圧力も中世ほどの理不尽さはなく、赤十字の誓いもあってカルキには幾らかの伝手がある。

 

 元々、天動説(異端)を窘めるに留まる程度の、ある程度の寛容性は備わってる手合いなのだ。教会は教会の教えを否定するものこそを否定する。

 だからこそ、かの科学者はその発見そのものではなく、発見した事実を活用した批評を仕掛けて教会より異端審問を受けたのである。

 

 それでも地球は回っている──あまりにも有名すぎる名言のせいでその辺の事実が歪んでしまっているようだが。

 

「と、思考がズレたな。聖杯戦争に話を戻そう。……言ったように、間桐と遠坂はもう聖杯戦争とは無関係と認識して良い。これで御三家の内、二つは脱落したということだ。よって次に狙うべきは残る一つ」

 

「アインツベルン、ですね」

 

「その通り」

 

 我が意を得たりとカルキは頷いた。

 

「聖杯戦争最大の発端──聖杯という代物を完成させた錬金術師の家系。これを落とすことは実質的に聖杯に王手をかけることと同意だ。早期に御三家を狙ったのはやはり正解だった。間桐の翁は有害だが、奴の知見は有効だ」

 

 数百年を越えた妄執、かの魔人を早期に討ち果たした戦果としてカルキは既に聖杯戦争というものの形を外部の人間でありながら捉え切っている。

 あらゆる願いを叶える願望機──その触れ込みで成立する聖杯戦争だが、御三家の狙いは殺し合いによる願望機の発現などではない。

 

 聖杯戦争とは御三家が目論んだ第三魔法への到達法──『根源』を目指す目論見に他ならない。聖杯を通じて呼び出した英霊という極限の魂を燃料に、世界の外側へと向かう穴を開けることこそ聖杯戦争の真の狙い。

 その際、聖杯が起動する前に脱落した英霊の魂の受け皿が存在するという事実も含め、カルキは既に聖杯戦争というモノを知り尽くした。

 

「小聖杯だったか。翁の持っていた情報曰く、前回までは器の形をしていたようだが今回は外殻にホムンクルスを用いたそうだな。アイリスフィール・フォン・アインツベルン。単なる衛宮の偽装かと思っていたがこちらはこちらで役目があったということだ」

 

 カルキ自身、アイリスフィールの存在自体は港湾区での邂逅含め、認知していたが、その認知というのは敵の協力者としてのものであった。

 それがまさか聖杯戦争における景品そのものと言える人物であったというのは完全に思慮の外にあった事実だ。

 

 恐らくはセイバーのマスターである衛宮切嗣含む御三家の内側にいる人間しか知らなかったであろう事実を知れたことは大きい。

 聖杯戦争の制覇を狙うならば極めて重要な知見であろう。

 

「となればマスター。次の方針はアインツベルンの拠点の調査ということですか?」

 

「ああ。敵の所在が分からねば動きようがない……と言いたいところだが、先に気になることが出来たのでキャスターにはそちらに付き合ってもらいたい。引き続き、アインツベルンに関しては使い魔とホムンクルスたちに任せる」

 

「気になる事、ですか? それは一体……」

 

「商品そのもの──他ならぬ聖杯についてだ」

 

 キャスターの問いかけに間髪入れずカルキは答えた。

 

「お前も知るところだよ。第三次聖杯戦争で発生したイレギュラーの件についてだ」

 

「アインツベルンが召喚したという例のエクストラクラスの英霊ですね? 確かマキリはアヴェンジャーだと」

 

「その通り」

 

 第三次聖杯戦争──うやむやに終わったとされる前回期における聖杯戦争だが、間桐の翁曰く、そこでアインツベルンは勝利を絶対のものとすべく、とある反則を用いたらしい。

 本来設定された七騎の英霊、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー……これに含まれない八つ目のクラス、いわゆるエクストラクラスの召喚である。

 

 名をアヴェンジャー──復讐を司るという英霊。

 第三次聖杯戦争においてアインツベルンはこれを召喚したのだ。

 

「結末としては召喚されたエクストラクラスが想定外に弱かったため、アインツベルンは序盤で敗走したらしいが──翁曰く、この件で聖杯に異常が発生したとのことだ」

 

「聖杯に、異常ですか。それはどのようなものなので?」

 

「そこまでは判らん。判らんゆえの調査だ。別段、聖杯の機能性の有無に興味はないが、有害と化すなら話は別だ。協会に投げる前に破壊しなくてはならん。その辺り、貴方の目ならば判別がつくだろう、キャスター」

 

「成程、そういった事情でしたか。分かりました、異論はありません。聖杯本体……大聖杯でしたか……は、確か街の離れにあるとのことでしたか」

 

「柳洞寺だな。正確には寺の立っている山の洞穴に隠されているそうだが。恐らく、結界によって守られているはずだ。そういう意味でも踏破には貴方の力が必要だろう。頼りにさせてもらうぞ」

 

「では期待に応えるとしましょう。サーヴァントと事構えるより気が楽ですしね……他の陣営への警戒は?」

 

「序盤からこれだけ暴れたからな。俺の強襲を大多数の陣営が警戒することだろう。うちに閉じこもってくれるなら、こちらとしてはかえって動きやすくなる」

 

「……自覚はあったのですね」

 

「心外な。俺とて別段、闇雲に勝負を挑んでいたわけではないぞ」

 

「それは……まあ……はい、そうなのでしょうが……」

 

 眉を顰めながら言うカルキの言葉にキャスターは途端、渋い顔で肯定する。

 

 ……確かにカルキの言うように、彼にも彼なりの戦略なり計算なりを働かせながら動いているのだろうが、何分動きが派手過ぎて傍目からは暴れまわっているようにしか見えない。

 港湾区での邂逅から間髪入れずに間桐を奇襲。一晩明けた後、今度は遠坂を襲い、バーサーカー諸共アーチャーを刈り取り、勢いそのまま今度は本丸の大聖杯の調査に乗り出す。

 

 これほど忙しなく動き回る陣営というのも珍しいのではないだろうか。何より動きに遊び(・・)がないせいで、より動きが忙しなく映るのだ。どの陣営も勝利を求めていることには違いないが、迷いのなさという意味では全陣営の中でもカルキのそれは恐らく群を抜いている。

 果たして行軍速度で彼に勝る陣営がいるかどうか。

 

 しかし傍から見る分には気の休まらない無謀の策を取り続けているのもまた事実。そのため、さも自分は常識人だと不本意そうな顔をするカルキに歯切れ悪く答えるのであった。

 

「反応が悪いな。まあ、いい。それにこちらの事情だが……そもそもをして聖杯戦争に関係あるかどうかは定かではないが少し違和感があってな」

 

「違和感? といいますと?」

 

「……元々、俺がこの地に訪れた由縁はアニムスフィアの依頼だった。ロードが聖杯に興味を抱いたらしく、その真贋と内情を知りたがり、俺をこの地に送り込んだ」

 

「そういえば最初に魔術使いと──あぁ、成程。純粋に戦いを治めるために来たというのはマスターらしからぬ動機と思っていましたが、偶発的な介入でしたか」

 

「ああ、そうだ。そして港湾区での一件で俺が聖杯戦争に参加していることは露見しただろう。何せ、ロード・エルメロイに顔を晒したからな。如何にも貴意高そうなあのロードの事だ。今頃はアニムスフィアに抗議が送られてきている筈だ」

 

 魔術協会本部が設置される時計塔という組織だが、これは一枚岩ではない。十三の君主を名乗る名門はそれぞれ派閥を形成しており、協会内内部では常日頃から派閥争いが起きているのだ。

 派閥は主に民主主義派、貴族主義派、中立主義派のそれぞれ三つに分かれており、エルメロイとアニムスフィアはこのうちの貴族派に分類される。

 

 同派閥ということでエルメロイもアニムスフィアも字面だけみれば一見して味方同士だが、無論魔術師間に味方という概念などなく、派閥内でも序列競争なるものが当然発生する。

 アニムスフィアに関して言うならば元々、中央政治に興味のない引きこもり気質のため、さほどその手の問題に興味なかろうが、バルメロイに従う貴族派の筆頭であるエルメロイはそうはいかないだろう。

 

 加えてエルメロイは事前に時計党内で参戦を表明していたのだ。そこに雇われ傭兵とはいえ、アニムスフィアの手先が同じ聖杯戦争参加者として参戦してきたというのであれば宣戦布告と取られても何ら可笑しくはない。

 故に存在を明かした以上は、抗議と共にカルキの参戦はアニムスフィアに伝わっている筈だ。

 だというのに……。

 

“無反応とはな。俺の介入を予測していなかったわけではないだろうが……どういうつもりだ、マリスビリー”

 

 ある意味で聖杯戦争にカルキを導いたともいえる依頼主の不通。カルキを諫めることは疎か、何らかの反応すら見せない依頼主の存在がカルキの疑念にノイズのようにして関わっている。

 予想外の行動を取った相手に首輪も掛けずに放し飼いとはどういうつもりなのかと。

 

「……聖杯戦争に直接関係があるかは知らんがな。無反応な依頼主に関しても気になる。そういう意味でも我武者羅に目標に向かって走るのではなく、一度改めて目的を確かめたかったのだ」

 

「承知しました。では、パンドラの箱を確かめてみることにしましょうか」

 

「随分と不吉な例えだな」

 

「ですが本質はそうでしょう。ありとあらゆる願いを叶える願望機。善き者にせよ、悪しき者にせよ一個人の願いで世界を書き換えるのならばそれは世界にとっては理不尽な災厄でしょう」

 

「……成程。それは確かに違いない」

 

 ──過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 そんなこの国の言葉を思い出しながら、本質を良く突いた碩学者の例えにカルキは納得するように頷いた。

 

 

×  ×  ×

 

 

 ヂリリリリリリリ──。

 

 正しく書斎としか言えない部屋に響き渡る音。部屋の風景に相応しい前時代的(クラシック)な黒電話の呼び鈴に反応して、部屋の主は受話器を手に取り、耳に当てた。

 

「──やあ、君か。待っていたよ。それで、どうだったかな」

 

 電話に答えたのは若い男だ。白い髪、白い瞳、白い肌、白い服──純白の姿に身を包む穢れのない美青年。その印象は在り方通りらしく、案の定、答える声も柔和で温厚。

 第一印象から受ける者は良識の人物といった所か。

 だが、なまじ綺麗に整い過ぎているため人間味がない。よく言えば理性的、悪く言うならば……機械的。そんな人物であった。

 

 彼の名はマリスビリー・アニムスフィア。時計塔は名門、アニムスフィアを統べる君主(ロード)であり、天体科を司る魔術師である。

 

「そうか──うん。やはり冬木の聖杯は私の目的には使い物にならないようだ。色々と手間を掛けさせて済まないね、ハートレス。こちらの依頼は完了としてくれて構わないよ。報酬は指定された通りに。後のことは……そうだね、知人が持ち帰ってくるだろう戦果に期待するよ」

 

 報告は──予想していたとはいえ喜ばしくないものだ。

 間違いなく、マリスビリーにとっては失望に値する結果だ。

 

 だというのに彼の言葉には諦観はない。苦渋はない。

 朗らかに穏やかに事実を事実として受け入れて終わる。

 

 ……物分かりが良いというにはあまりにも理性的すぎる反応。だがハートレスと呼ばれた相手にとっては慣れ親しんだ反応なのだろう。電話越しの端的なやり取りはそれで終わる。

 マリスビリーはあっさりと、少なからぬ時間と労力を懸けた計画をこの時点で放棄した。

 

「或いは冬木の大聖杯ならばと考えたが……やれやれ、資金繰りはまた別の手法を考えなくてはいけないだろうね。目途が立つならば良し、不可能なら──ああ、もはや私の人生に意義は無いな」

 

 目的達成が不可能なら生きる理由がない──末恐ろしいことを平然と言い切るマリスビリー。しかし、やはりというべきかそこに感情はない。中身はない。

 穏やかな表情。理性的なまま理性的に狂った結論を口ずさむ。

 

 得てしてロードというモノは魔導を窮めた果てに常識外の人格者が多いが、彼もその例に洩れないということだろう。驚くほどの事ではないと──彼の知人(・・)は言い切るだろう。

 

「しかしハートレスの報告通りならば、私は少し余計なことをしてしまったかもしれないね。彼には悪いことをしてしまった」

 

 少しも悪いと思っていないようにしか聞こえない声音のまま、マリスビリーは契約書に目を落とす。そこには知人である時計党内外で一定の存在感を放つ執行者紛いの傭兵──カルキに当てた調査以来の文が描かれている。

 ……ハートレスから別口で届いた報告によれば、件の相手は問答無用に契約違反をしているそうだが、彼の性格を考えれば、その展開は別に予想外というものではない。

 

 マリスビリー自身、冬木の聖杯戦争に関しては旧い同胞や知人のみならず自らも『観測』することによって、内情はある程度確認済みだ。

 その上で、冬木の聖杯は彼の役には立たないと判断し、絶賛依頼違反中のカルキに対しても特に無反応を貫き続けている。どのみち要らないものならばどう扱おうと問題なし。律儀な彼のことだし、運よく聖杯が上手く使用できる状態で持ち帰ってくれるなら、それはそれで都合は良い。

 

 元より裏事情ばかりを気にする時計塔の中央政治にマリスビリーは興味ないのだ。決まりきった零か、低い確率の一か。どちらにせよ、勝手気ままに振舞う知人の迷惑を咎める程、彼は俗世に執着はない。

 故に、気にするのは全く別の所。

 

 自らの振る舞いによって、恐らくは今なお死闘を続ける遠き地の知人が被るであろう被害についてであった。

 

「言い訳をするのであれば別に悪意あったわけじゃないんだ。ただ使えるにせよ、使えないにせよ、私が介入するのは『次』になるだろう。だからこそ、今の内に可能性を見ておきたかったんだ」

 

 まるですぐ隣に件の知人(カルキ)がいるような口調で、虚空に語り掛けるマリスビリー。無論、言葉に意味はない。誰に向けたわけでもない言い訳はそのまま虚空へ溶けて消える。

 

「だが──些かタイミングが悪かったのかな。或いは君の速度が運命を越えてしまったせいか。いずれにせよ、私は現時点で『第五次聖杯戦争』を観測した。いや、測定(・・)したというべきかな。君ならこの意味は分かるだろう? そう、経緯はともかく(・・・・・・・)私は第五次聖杯戦争を観測した(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 仮に──もし仮にカルキがこの場にいたならば殺意の一つでも八つ当たりにぶつけていただろう。少なくとも、マリスビリーの言葉はそれだけの懺悔である。

 未来を視る、とはそういうことだ。

 加えて予知と予測は魔術世界では全く別の意味を持つ。

 魔術師としては三流に過ぎないカルキとて、常識はある。

 

 故に聞けば、きっと気づくはずだ。

 マリスビリーが起こした功罪とやらに。

 

「或いは常識を覆せる君ならば『辻褄合わせ』も蹴破るのかもしれないけれど。一応、今の内に謝っておくよ。これ以上私が手を出さないのが謝意だと思って欲しいな」

 

 世界は矛盾を嫌う。本来定められた運命(ながれ)が決まった上で過程に矛盾が生じたならば必ず結果が噛み合うように修正される。

 つまるところ、それが遥か極西の国からマリスビリーが冬木に起こした最大級の介入だった。

 

「さて──計画が頓挫してしまった以上、私は次を考えなくてはならない。後のことは君に一任することにするよ」

 

 契約書を虚空に手放す。瞬間、火元も無いのに羊毛紙に火が灯り、内容ごとその中身を虚空の灰へと溶かしていく。それ以来、マリスビリーは興味を失ったように聖杯戦争を記憶から掻き消した。

 最後に思うことは一つだけ。

 

 知人として、彼が無事に返ってくることをささやかに願う。

 それが──この人でなしなりの友情の形なのであった。




要約

カルキ「悪即斬」

愉悦「私は、一体──(光蒸発)」

マリスビリー「はえー、これが第五次聖杯戦争くんですか」

世界「ハッ、登場人物がいない!?直さなきゃ!(矛盾解消)」

アンリ「ダレカタスケテー」

愉悦改「お は よ う 諸 君」
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