Metalnova   作:アグナ

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ACT-24 遭遇戦

 柳洞寺──深山町の外れにある山寺であり、世間一般の認識では市の名所であるという程度の場所だ。しかし、魔術に理解がある者たちに限れば、この場所が持つ意味合いは変わってくる。

 この惑星の遍く大地に通る魔力の奔り──霊脈。とりわけ柳洞寺が立つこの場はその霊脈の吹き溜まり、霊地として高い格を有していた。

 何らかの魔術儀式を執り行うには正に絶好の地だ。御三家がここに大聖杯を安置しようと考えたのも当然の結論と言えよう。

 

 麓から山門へと続く長い石造りの階段を見上げながら、カルキは間桐と遠坂から回収した知識をカルキは回想した。

 

「……俺の目からは山に異常は見受けられないが、そちらはどうだ? キャスター」

 

「そうですね……恐らくは信仰地としての場が持つ退魔の結界のようなものは感じられますが、それ以外は特に。ただ……」

 

「ただ?」

 

 カルキが横目でキャスターを見る。問いに対してキャスターはすぐには答えず、その場にしゃがみ込み、地面に手を付けながら暫しの無言。そして結論。

 

「霊脈に不自然な歪が感じられます。起点は恐らく……地下」

 

「──成程。では使われているのは隠蔽の結界だな。何かあるとしたら大聖杯の付近。警戒すべきは外より中か」

 

「そうでしょうね」

 

 本命の場所がここであることは既に知っている。その上でその本命に関わる異常が見られないということは異常を隠すための異常が施されている。

 言外にその認識を共にしながら、カルキは偵察のためまずは寺を検めようと石段に一歩と踏み掛け、そのまま停止する。

 

 視線は上へ。山門の辺りへと。

 

「……いるな」

 

 常人離れした戦士の直感が敵の存在を認識する。それに続いてキャスターもすっと目を細め、小さく頷いた。

 

「ええ。……こちらも今気づきました。簡易的な認識阻害の結界ですね。敵対者に対してというよりは恐らく無関係の人々に対する隠蔽工作の一環でしょう。ふむ、随分と手際の良い、中々に優れた魔術師のようですね」

 

「高名な錬金術師殿にそう言わしめる魔術師でありながら、敵対者への奇襲を考えぬ素振りから察するに……ランサーの陣営辺りか」

 

「そこまでの判別は判りかねますが……山門で待ち構えているようです」

 

「では目的被り(ダブルブッキング)というよりは、待ち伏せ(アンブッシュ)か。その上で正々堂々と打ち負かしたいらしい。……功名を求めて聖杯戦争に参加したとは奴から聞いていた話だが、成程。若く、そして世間知らずだ」

 

 自己の所感を漏らしながら、一瞬だけ止めた足取りをカルキは再開する。大聖杯の調査が目的でこの場を訪れたわけだが、ホテルの件から行方知れずとなっていた聖杯戦争参加者との遭遇戦。

 動揺こそ無いものの不本意であることは否めない。アーチャーとの戦い以後、外からは消耗が見受けられないカルキであるが、実のところ全力で戦闘を行えない程度には消耗している。

 

 だからこそアインツベルンとの決戦を棚に上げて、先に不安要素の確認を行いに来たわけだが、休戦の目論見はどうやら叶わないらしい。

 

「戦うのですか?」

 

「ああ。引いても良いが無駄足は避けたい。それに此処でランサーを落とせば、半数以上のサーヴァントが脱落することとなる。そうなれば大聖杯も仮起動するやもしれんし、その方が異常とやらも表出するかもしれない」

 

 どちらにしても引くより倒す方がメリットがある──などと、自らの消耗にも敗北の可能性にも一瞬の懸念も向けない辺り、カルキらしい。

 思わず苦笑を浮かべながらキャスターは一歩遅れて後ろに続く。

 

「ランサーの相手は……」

 

「無論、俺が務める。貴方はマスターから向けられるだろう妨害を適当に往なしてくれれば良い。多少援護してもらえれば楽も出来るだろうが……」

 

「では、そのように」

 

 カルキの戦闘能力に関してはキャスターも遠坂邸の一件で十分に知っている。なので仮にも三騎士相手に真正面から事構えるというマスターの無茶苦茶にもキャスターは今更驚きはしない。

 少なくとも前を歩く主の腕は下手なセイバーの英霊に匹敵している。サーヴァント相手に真正面からやり合ったとて、瞬殺されるような無様は晒すまい。

 最低限の確認を済ませると両者はそのまま無言で階段を上っていく。

 

 山門へと続く石段。その中腹にある踊り場まで到達すれば、山門を塞ぐように立つ影も見えてくる。カルキは敵の影を認めて足を止めた。

 果たしてそこには、予想通りの存在が立ちふさがっていた。

 

「……自己紹介は必要か? ロード・エルメロイ」

 

「──フン。そんなものは不要だ、狗め。アニムスフィアの雇った魔術使いの破落戸なぞの名前など記憶するだけリソースの無駄だ」

 

「そうか」

 

 高慢な態度で不愉快気に鼻を鳴らす男の言葉に対してカルキは素っ気なく返事を返す。元よりカルキとしても名乗り上げるなどという前時代的な作法に興味は無いし、仕事の関係上、時計塔の人間に最低限の礼儀を示しただけに過ぎない。

 いらないというならば、そのままにするだけだ。

 

 そんな相手にも立場にも無関心であることが透けて見えるカルキの態度がなお不愉快だったのか、ぴくりとこめかみを反応させながら、よりいっそ嫌悪感を強めながら男はカルキを睨みつける。

 

「主人も無礼であったが……成程、犬は飼い主に似るとはよく言ったものだな。どうやら飼い犬も躾が成っていないと見た。私の戦いに横から首を突っ込んできておきながらその態度。許しを請い、頭を垂れるならば見逃すことも吝かではなかったが、よほど死にたいようだな?」

 

「見逃す?」

 

 カルキはその言葉に首を傾げながら敵の姿を検める。西洋人らしい高身長に、金髪碧眼の男。丁寧に撫でつけられた髪といい、身に纏う仕立て上げられた礼服といい、戦士や軍人というより学者然とした身なりである。

 立ち振る舞いには洗練された気品こそ感じられるものの、戦に望む者としては正直なところ隙だらけだ。

 

 仮にこれがカルキと──眼前の敵対者、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトによる一対一の決闘であった場合、刹那の合間にも勝負は決しよう。

 よって結論は、

 

「温い。殺し合いに来たのだろう、お前は。ならば御託を述べずにそこのランサーをさっさと差し向けるが良い。相互理解が望めぬ間柄なら、言葉を交わすだけ時間の無駄だ」

 

 言外にお前では話にならないと告げながら、カルキの視線はケイネスの隣に無言で侍る戦士に向けられる。

 二槍持ちの精悍な男──ランサーへと。

 さもそれ以外に興味はないとばかりに。

 

 そのあからさま過ぎる対応は、ケイネスの怒りを煽るのに十分すぎるほどのものであった。

 

「貴様……! ──いいだろう、もはや楽には殺さん。貴様には泣いて許しを乞うほどの地獄を見せてやる……! ランサー! アニムスフィアの狗を制圧しろ!」

 

「──はっ、主命がままに」

 

「打ち合わせ通りだ、キャスター」

 

「──ご武運を」

 

 王道(セオリー)通りに魔術師の前に立つ従者(ランサー)と、主人を前に立たせ、従者が引くという主従逆転した例外(イレギュラー)を迷うことなく、行う魔術師と従者(キャスター)

 

 あらゆる意味で対極的な両者は、聖杯の眠る身許で聖杯戦争(殺し合い)を開始した──。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

 ──ランサーたちがカルキたちの存在を感知したのは偶然出会った。

 元々、優れた魔術師であるケイネスは霊脈を軽く探った所感として、柳洞寺という場所がこの街の霊地であることは抑えている。

 なので夜の敵探しの徘徊ルートとして今夜もここに偶々通りかかったのだ。本来、彼らが接敵を目指した本命はセイバーの陣営である。

 

 セイバー陣営を狙う動機としては、港湾区で決闘した間柄というのもあるが、一番はやはりランサーが既にセイバーに手傷を与えているということだろう。

 ランサーの持つ黄色の魔槍──宝具『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。傷つけた者に不治の傷を与えるこの魔槍で握り手の健を抉られたセイバーは不治の手傷を負った状態にある。戦いを進める上でそれは十分すぎる優位性(アドバンテージ)だ。

 敵が聖杯戦争における最優の英霊であるということも大きい。聖杯戦争を制することを求めるのであれば此処で止めを刺しておけば自ずと勝利は近づいてくる。

 

 だからこそ、念のため市内でセイバーの気配を探しつつ、本命である街外れにあるというアインツベルンの城に乗り込む──という手筈であった。

 その道半ばで──キャスター陣営の存在を知る事さえなければ。

 

 ──サーヴァント、キャスター。

 それは聖杯戦争においてさほどの脅威ではない。元々、後手に回りやすい英霊であるということを差し引いても、魔力耐性のある三騎士の一角を従えるケイネスにとって、キャスターは取るに足らない敵である。

 そのマスターであるカルキにしても同じことだ。確かにアーチャーとやり合って見せたような英霊に匹敵する戦闘能力は驚異的であるが、使う魔導と言えば頭の痛くなるような魔力任せのただの暴力。

 

 アーチャーを仕留めて見せた戦果も、結局は下らない奸計による決着であった。大方、自身を囮にキャスターを使って裏をかいたのだろうが、そんな手段を選んだ辺り、器は知れたも同然だ。

 物珍しい奇手も王道を前にしては無意味だ。

 下らない奸計を目論む暇などない一対一の決闘。キャスターが企む余裕のないこの戦場なら負けまいとケイネスは確信する。

 

 付け加えてカルキという魔術使いはアニムスフィアの狗である。ロード・エルメロイとして時計塔内でアレだけ参戦を表明し、他を牽制したにも関わらずエルメロイの庭に土足で踏み込んできた政敵(アニムスフィア)の使い。

 それは存在そのものが蛮行に値するものであり、これを機会に誅を下し、時計塔内におけるアニムスフィアの権勢を削いでやる。

 

 戦術的な観点と、政略的な視点。その二つを以てして今宵の敵を見極め、その動きを先回りして彼らは戦いに持ち込んだのである。

 

 斯くして──二刀と二槍が激突する。

 音速で繰り出された朱の槍と、それを弾く一刀が成す迎撃音が開戦の号砲であった。

 

「シィ──」

 

「はっ!」

 

 下段から切り上げによって自らの突きが跳ね退けられた現実に、しかしランサーは動揺しない。現代を生きる人間でありながら、眼前の敵が現代に有るまじき戦士(つわもの)であることは、既にランサーとて知っている。

 なので様子見の一撃で仕留められるなどと思ってはいない。

 

 ランサーは弾かれた朱の長槍をそのまま打ち上げられた位置から重力任せに振り下ろし、さらにもう片手に握る黄色の短槍の柄を脇に抱え込みながら敵の胴体部を薙ぐ。二槍の得物を生かした個別の同時攻撃。

 相手が正当なセイバーの英霊であれば、受けるという選択肢もあろうが、どれだけ優れていようと敵は生身の人間。

 彼の性能の大半が、身に纏う莫大な魔力に補われていることはアーチャー戦を見れば明らかだ。英霊の膂力を片手で受け切るほど常識を外れてはいまい。

 

 加えて、その莫大な魔力の放出は今は見られておらず……だとしたら、敵が見せるランサーの攻撃に対する解答はただ一つ。

 

「っ……!」

 

 胴を狙う短槍の薙ぎから身を引いて躱し、長槍の一撃は二刀を交差して受け切る。長槍と刀との衝突に際して発生する衝撃を活かし、そのまま勢いに身を任せ後退。

 四、五段と敢えて押されて距離を取り、ランサーの攻撃圏から逃れて見せる。

 

 初撃に続いて二合、三合。英霊たるランサーを相手に真正面から生き残って見せる技術力と判断力。ランサーをして舌を巻くような腕前だが。

 

「それは悪手だぞ、キャスターのマスターよ!」

 

「チィ……!」

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらランサーは下がる敵手へと二槍を巧みに操り、上から被せるようにして振るい降ろす。

 それを舌打ちしつつ、相変わらず常識外れの技量と反応速度で迎撃するカルキであるが、その表情と動きはあからさまに苦しそうであった。

 

 英霊と人間。ランサーとカルキとの間に隔たる優位性は、多少の常識外れではとても埋めがたい差である。

 技術ではどれほど肉薄出来ようとも生来の性能差を埋まらない。ケイネスの見立て通り、ランサーのような白兵戦に長けた英霊と真っ向から事構えれば趨勢は自ずと英霊側に傾くのは自明の理であった。

 

 加えてもう一つ。この場においては環境がカルキにとって不利に働く。

 彼らが今に死合う此処は柳洞寺の山門を目指す石造りの階段。となれば当然、足場の不自由は勿論のこと、高低差という条件も発生する。

 空戦においては高い位置を取った方が優位であるとは、軍事における常識だがそれは地上戦でも言えること。敵より高く在る方が視点は広く、重力の後押しもある。

 

 存在としての性能的差と、環境的要因による高低差。

 両者間に発生する二つの差は致命的だ。

 このまま真っ当にし合えば、まず間違いなくランサーが勝利する──。

 

 自らの優位を確信するランサーであったが、次の瞬間。

 自身の耳に届いた声を聴いて、顔を引き締める。

 これは聖杯戦争──敵の総力は眼前のカルキ一人ではない。

 

(サラマンダー)よ──」

 

「!」

 

 戦いを見守っていた従者が動く。

 キャスター──彼が虚空に手を伸ばすと、いつの間にかその手元に紅い宝石が瞬いていた。一工程(シングルアクション)に等しい短い詠唱が現実に引き起こした神秘は其の名の通りに炎。人一人を軽く焼死させるに至る攻撃である。

 

“だが──”

 

 と、攻撃の気配に警戒を見せながらもランサーの注意はカルキから外れない。確かにキャスターの引き起こす変化は人一人を殺すに足る攻撃だが、ランサーは断じてただ人などではない。

 英霊──それも三騎士(ランサー)である。身に纏う魔力へのBランクにも及ぶ耐性はこの程度の魔術では貫けない。

 

 確信はしかし、次の瞬間に吹き飛ばされる。

 飛来する炎は、気づくと蜥蜴に成った(・・・・・・)

 

「なっ……!」

 

 瞠目する変化に対して、ランサーは咄嗟に迎撃を選ぶ。確かにランサーの『対魔力』は三節以下の魔術を無効化する代物だが……幻想種となれば話は別だ。魔力によって仮初の肉体を伴う火蜥蜴(サラマンダー)はランサーを傷つけるのには十分であり、脅威のほどを測るより先に肉体が外敵に反応して動く。

 

 貫く朱槍。魔力を散らす特性を有する宝具『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が確かな手ごたえをランサーに返す。

 間違いない、これは火蜥蜴(幻想種)。生命を絶たれたことによる絶叫も、散華する血潮も幻などでは断じてない。

 

 だとしたらキャスター、彼が引き起こした神秘は……。

 

「召喚魔術……? 今の、一瞬で……?」

 

「……──」

 

 魔術には疎いランサーだが、今のが紛れもなく常識外の出来事であることは判る。何せ、彼は妖精がまだ地上にいた頃のケルトの出自。なまじ、人外の気配には親しい関係にあり、だからこそその衝撃もまた大きい。

 幻想種など疾うに地上を去って久しいこの現代で──詠唱一つで彼らを呼び出すなどそんな真似ができるなど……。

 

「良い援護だ、キャスター」

 

「ぬぅ……!?」

 

 短く告げられる称賛の声。攻勢の緩んだランサーの一瞬の隙を突き、カルキによる反撃の一撃がランサーの槍を潜り抜ける。

 美貌を掠める一閃。ランサーの首を狙った一刀が狙いを外しながらもランサーを捉えて見せる。傷の程度で言えば浅いものの被弾は被弾。

 

 押されつつも無傷を貫いていたカルキと比べれば、僅かながらもキャスター陣営が戦果でランサー陣営を上回った。

 なればこそ、認め難しとランサーの主は怒りを吼える。

 

「何を遊んでいるランサー! 騎士王(セイバー)ならばいざ知らず、魔術使いなどと言う下賤の輩に手こずるなど、貴様はそれでも英霊か!」

 

「っく、申し訳ございません! 我が主よ……」

 

 主の罵声に対して、歯噛みしながら応えるランサー。その協力関係には見えないやり取りを目の当たりにして、カルキはチラリと傍目にケイネスを捉え、わざとらしく冷笑する

 

「……──敵ながら大変そうだなサーヴァント。口数の多い癇癪持ちの御守りとは。戦果を待つだけが振る舞いならば、いっそ引きこもられていた方が後ろを気にせずやり易いだろうにな」

 

「おのれ愚弄するか、アニムスフィアの狗風情が……!」

 

 安い挑発。冷静さを奪う牽制(ジャブ)程度の腹積もりだったカルキの言葉は効果覿面だった。怒りを表情に浮かべるケイネスは懐に手を伸ばすと試験管のような物体を地に垂らし、怒りのままに自らの神秘を振るう。

 

Fervor(沸き立て),mei(我が) sanguis(血潮)!」

 

 術式起動の言葉を受けて試験管から流れ出た液体は、現出するやいなや試験管内に収まっていたとは思えないほどの質量を伴って、ケイネスの下に控える。

 ブルブルと震えながらまるでスライムのような挙動を取る銀色の球塊。これこそは魔術師として『水』と『風』という稀有な二重属性を誇るケイネスが組み上げた“流体操作”の術式を基盤とした魔術式。

 

 名を『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』。

 

 魔力を充填した水銀を武器として自在に扱うエルメロイの天才が創った傑作礼装である。

 

Autmatoportum(自動) defensio(防御):Automatoportum(自動) quarere(索敵)Dilectus(指定) incrisio(攻撃)──」

 

 ラテン語をベースにしたと思われる魔術詠唱。次々に命令(プログラム)される言葉に応じて水銀の塊はその表層をザワザワと揺らめかせ──。

 

Scalp()!」

 

 ケイネスの一喝に反応して、水銀球は触手のようにして自らの一部を細長く帯状に伸ばして鞭のようにカルキ目掛けてその()を振り下ろした。

 

“迅いな”

 

 縦横無尽に迫る銀の腕。その速度たるや、まるで虚空を奔る電撃も同然だ。加えて肉薄寸前、その細長い腕はさらに細くなり、それこそ見切る事すら困難な数ミクロンの薄板上にまで圧縮される。

 速度と素材の特性を考えれば切れ味としては超高圧の水流カッターと同等レベル。チタン鋼からダイアモンドに至るまで、高硬度の物体すら簡単に引き裂くに違いない。

 

 ランサーの威力とは異なる純粋なその切れ味は技術で対応できる枠を超えている。考えるまでも無く刀で受ければ次の瞬間にへし折られるのは自明の理である。

 躱すにしても早すぎてもはや網状の面攻撃にも等しい、この攻撃から逃れるのは至難の業だ。少なくとも無傷で乗り越えるには身のこなしが間に合わない。

 

 回避も防御も無意味と悟り──よってカルキは無視を決め込んだ。

 

 視線を元に、ランサーへと固定する。

 己が倒すべき相手は明白だ。自らの役割は決まっている。

 前衛は前衛らしく前衛を全うし、後ろを襲う憂いに関しては……。

 

「キャスター」

 

「お任せを」

 

 魔術師(専門家)に託すのみ。

 

「エレメンタル、起動」

 

 短い文言。それに応じて光が瞬く。

 

 先に展開されていた紅色()に加え、次いで翠色()が、次いで蒼色()が、次いで褐色()が、そして最後に空色(エーテル)の輝きが。

 魔術理論における五属性──かつて世界を創ると信じられた五大元素と呼ばれる神秘の走りがキャスターの手に収まる。

 

「まさか……五大元素使い(アベレージ・ワン)!?」

 

 驚愕の声はケイネスのもの。だがしかし、魔術師を名乗るものであればその驚愕も頷けよう。魔術属性は原則一人に一属性が魔術師に与えられる生来の資質だ。

 ケイネスの二重属性でさえ稀有な事例。であればその上──魔術理論に唱えられる基本五属性全てを司るともなれば時計塔の歴史にも例は少ない。

 

 それほどまでの稀少性、それに加えて。

 

「ノーム」

 

 パチンと一言に加えて指鳴らし。瞬間、カルキを庇うようにして褐色の光がよりいっそうに光を放ち、金剛石の盾に変じて襲い来る水銀の刃から主を庇う。

 鳴り響く衝突音と、弾かれるごとに散る火花。金剛石(ダイアモンド)すら切り裂く筈の水銀の刃が立たない。

 

 純粋な炭素体に由来しない、魔力を受けた金剛(がいねん)としての常識外の超高度。英霊の宝具すら弾き飛ばして見せるだろうその防御力に、現代魔術師が及ぶはずなどなく、最強を確信するケイネスの至上礼装は悉く無力化させられる。

 

「馬鹿な!? 私の月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)が……たかだか一工程(シングルアクション)の魔術で……!?」

 

「──ふむ。見事な礼装ですね、流石は当代の時計塔のロード。我が教え、我が愛し子たちの成果は正しく引き継がれているようですね。……悔しがることなく誇りなさい。当代の魔術師たちの頂点よ。私に人工霊(エレメンタル)を使わせたことこそ、その優秀性の証明です」

 

 慄くケイネスに対して、諭すような賞賛をキャスターは口にする。

 

 キャスター──真名、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 

 時計塔の異端。

 遍く人々の安寧がため根源を目指すという冷血非道を地で行く魔術師に有るまじき異端性から、時計塔(なかま)たちに疎まれ、ついには魔術を表社会に啓こうとしたその暴挙によって最後は魔術協会に粛清されるという経緯を辿った魔術師。

 彼は自身を屠り去った古巣の王に怒りでも憎悪でもなく、親愛を向ける。

 

 今日に至るまで重ねられてきただろう愛し子達の成果の披露。

 これを前にどうして憎しみや怒りを覚えようか。

 かの傑作礼装には心からの賞賛こそが相応しい。

 

 微笑みながらケイネスの魔術を讃えるキャスター。しかし同時に、讃えた上でその成果を鎧袖一触して見せたキャスターの力量を前にケイネスは軽く絶望感を覚える。

 

 子を褒める様なキャスターの所作。それはそのまま両者の残酷なまでの溝を露にする。

 

 即ちはケイネスとキャスターの間には子と親に等しい圧倒的な差があるという現実であり、ケイネスの攻撃はキャスターに無力化されてしまうということであり、キャスター側からすれば一方的に攻撃できるということであり──。

 

颶風(ウンディーネ)よ」

 

 このように、ケイネスの援護を無力化した上でキャスターは一方的にランサーを殴りつけられる。

 

「ぐっ……おお!?」

 

 巨人にハンマーで殴りつけられるような突風がランサーを押す。思わず二槍と両腕を交錯させ、真正面からの見えない壁(・・・・・)に対して踏みとどまらんとするが、守勢を取るランサーをそのままの姿勢で風が押し込む。

 そして攻勢を完全に途絶えさせた槍兵に剣士は躍りかかる。繰り出されるは軍用格闘術を基盤にして組み上げられた近代剣舞。

 人殺しを窮めた武術を前に、如何なランサーとあれど一方的に襲われたのでは溜まったものではない。

 

 全身に刻まれる無数の裂傷。そこから煙る魔力の散華。致命打こそ受けないように凌ぐものの、反撃を断たれた状態では対抗しようも無い。

 ならばと退魔の特性を有する朱槍でキャスターの攻撃を無効化しようと振るおうとするものの、その動きはカルキの見切りで予備動作から先回りされる。

 

 ……カルキは港湾区での戦いでセイバーとランサーの戦ぶりを見ている。セイバーの鎧を貫通する朱槍を見ている。そのやり取りから真名にさえも辺りを付けている。

 ディルムッド・オディナ。二槍の宝具の特性なぞ疾うに知れているのだ。なればこそカルキは圧されながらも此処まで無傷を貫いていたのだから。

 

「要望通り──奇策も奸計も無い真っ向勝負だ。満足したか、ランサー陣営」

 

「っ……!」

 

 キャスターの援護を背景に、無感動のままランサーとそのマスターを見据えるカルキ。戦の歓喜も、熱気も、狂気も──感情的な部分など欠片も無い鋼のような冷徹さ。正に戦士ならざる軍人が如き冷たさを浮かべながら、刃を振りかぶり──。

 

「では死ね」

 

 首元から下腹にかけてまで及ぶ袈裟切り。

 文字通り、処刑宣言とともにカルキは止めの一撃を振り下ろした。

 これにて勝負あり。

 

 両陣営の戦いはキャスター陣営の勝利で落着。

 

 

『────カエレ』

 

 

 そうなるはずだった──残骸の、横槍さえなければ。

 

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