Metalnova   作:アグナ

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ACT-3 召喚

『──怒り(キミ)は地獄から生まれたという』

 

『理不尽な暴力、日常の崩壊──それまでの己の全てと言える要素を悉く燃やされ尽くした君には確かに怒り(キミ)を抱くだけの正当な理由が存在する』

 

『だが──』

 

『君のそれは、果たして何に(・・)起因する怒りなのか』

 

『簒奪者たちへの憎悪はないと言った。世の理不尽(在り方)を許容する神々への恨みはないと言った。その上で、君は自らの衝動を怒りとした──』

 

『怒りとは人間が持つ原始的な攻撃性だ。物質的、生物的、或いは概念的な何かに対する指向性のある感情。……(かれ)に対する怒り、(われ)に対する怒り。なんであれ、怒りとは方向性があるものだ』

 

『では、彼にも神にも──無論自らを自虐するものでもない君のそれは、何処(・・)()へ向けた怒りなのだろうか』

 

 諦観に濡れた救世主。俺と同じく理不尽より生じた存在。

 地獄を知り、地獄から帰還した生存者(サバイバー)

 

 ──俺を救った欠片の男は無機質な眼でそう問いかけた。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

「…………」

 

 気絶した名も知れぬ少年を寝室のベッドへと運んだ後、カルキは殺人現場へと舞い戻る。つい数刻前まで平和な日常が紡がれてただろうリビングはスプラッター映画も斯くやという惨状であった。

 

 床には血液で描かれた怪しげな魔法陣。それを描くためにリビングにブチまかれた大量の血が噎せ返るような匂いを放ち、凄惨な朱色は見る者の精神に多大な負荷を与える。

 

 血痕の所有者はこの凄惨な現場の被害者。

 

 恐らくは少年の父母と思われる男女はソファーの脇に無造作に投げ捨てられ、生気のない骸を晒している。心なしか萎んで見えるのは大量の血を一度に引き抜かれたからだろう。顔に浮かぶ死相はおよそ安寧とは程遠く、それが突発的な理不尽すぎる死であることを何よりも表している。

 

 カルキは遺体に短く瞑目し、せめてもの死後の安寧を願った。

 次いで、目を向けるは下手人。

 こちらは下半身のみという男女以上の惨状だったが、向ける目に慈悲も冥福も存在しない。ただただ冷え切った、見る者が凍り付く様な冷たい怒りがあった。

 

「……──塵め」

 

 死体蹴りの趣味はカルキには無いが、思わず悪罵を口にする程度にはカルキの怒りは深く重い。本来であれば死に逃れることなぞ許さず、公正無私の審判の後、正しき場所で正しき罰を受けさせなければ気が済まない所だったが、生憎と事情がそれを許さない。

 

 この犯人は表社会の違反者であるが、その片足は裏社会に踏み入っている。

 

 であれば魔術師として存在ごと抹消するのが正しき行為。こちら側のルールだ。寧ろ、このような男を表の社会に出すことが罪となってしまう。

 故に自らの感傷を曲げて、然るべき手段で仕留めたのだ。

 

 とはいえ、正論と納得は全くの別物だ。

 カルキは殺人鬼の遺体の傍に落ちていた古文書を拾い上げる。

 

「日本は平和な国だと聞く。他国に比べて殺人事件は少なく、凄惨な事件は稀なことだという──この時期に儀式的な殺人事件と聞いてもしやと踏み込んだが、よりにもよって最悪なパターンとはな」

 

 古文書は、古い時代の手記らしい。紙の劣化に伴い、内容はところどころ途切れているが、端的に言えばその内容は悪魔崇拝を基盤とした魔術師の研究書である。

 恐らくは殺人鬼の持ち物だったのだろう。中には悪魔を呼ぶために考察したであろう内容が書き刻まれていた。

 

 つまり、この手記を持っていた殺人鬼も魔術師が関係する家系の出だったのだろう。ただし、殺人鬼からは魔術回路が生成する筈の魔力(オド)の気配が全く感じられなかった。魔術師が魔術師たる資格を、この殺人鬼は持ち合わせていなかったのだ。

 あくまでただの関係者、それが殺人鬼の立場であろう。

 

「……血が中途半端に悪さをしたな。魔術の才には恵まれなくとも犠牲、生贄を出すことを厭わぬ魔術師としての非情のみが継承された結果か」

 

 能力は継承されなくても性質は継承された。

 その結果生まれたのがこの殺人鬼だったのだろう。

 神秘の秘匿を大原則として秩序を引く魔術協会だが、こういった元魔術師家系の一般人による凄惨な事件に対する反応は鈍い。

 

 何故なら魔術協会的には神秘の継承が絶えた時点で、元魔術師だろうが何だろうが業界からは除籍された元学者のようなもの。

 魔術師で無くなった時点で、神秘とは遠い存在だと自動的に判断するのだ。

 

 その結果、中途半端に残った神秘を半端者が半端に継承し、このような凄惨な事件に繋がるというケースが稀に存在する。カルキが最悪のパターンだと評したのはそういった事例に今回の事件が当てはまるからであった。

 

「冬木の聖杯戦争に対する言及もあるのか。……つくづく、余計な遺産を残したな」

 

 フンと鼻を鳴らすと古文書を握りつぶす。──同時、如何なる原理か握りしめた拳が光を放ち、次の瞬間には握られていた筈の古文書は跡形もなく灰と化す。

 ……これで神秘に連なる足跡は完全に抹消された。

 この瞬間、この現場はただの気狂いが起こした殺人現場となった。

 

「……未解決にはなるだろうが、せめて協会や教会の人間に存在ごと抹消されることはなくなっただろう。すまない、俺に出来るのは此処までだ」

 

 自己満足を承知でカルキは一方的な謝罪をする。

 

 流石に殺人鬼の死体は消さねばなるまいが、被害者が在ったことを残すことは出来る。幸いなことにこの件について気づいているのは冬木入りから向こう、独立した勢力として調査していたカルキのみ。

 曰く、聖杯戦争を取り仕切っているという監督役の目に察知されていない以上、余分な横やりは入らないだろう。

 

 報われずとも、せめて殺された事実と生きた痕跡だけは残してやろうという、カルキのささやかな手向けは届くことになるだろう。

 そしてもう一つ──彼らの犠牲に、意味を持たせることが出来る。

 

「さて──」

 

 カルキは血に塗れた魔法陣に目を向ける。

 殺人鬼は最悪だが、センスには優れていたらしい。

 見様見真似の魔法陣は魔術師たるカルキから見ても文句がつけようの無いほどに完璧であった。これならば本職であるカルキの一押しで問題なく機能するだろう。

 

「聖杯などという胡乱なものに興味はなく、マリスビリーの使いを済ませたら帰るつもりだったが──気が変わった」

 

 魔術師という立場を持つカルキだが、彼がその立場を背負うのは家柄が由縁でも魔術の探究に人生を燃やすからでもない。ただ単に、人の縁でその立場に収まったというだけの話である。故にその本質は魔術師ではなく、魔術使いのそれに近い。

 極東の三家が考案した大儀式、所有者のありとあらゆる願いを叶える聖杯──そんなものに欠片ほどの関心も抱けない。

 

 そも願いとは、悲願とは、己が生涯を懸けて手を伸ばすモノ。カルキにとってそこに他力は不要である。ましてやこの儀式の本質は七人の魔術師による殺し合い。

 犠牲を前提とした祈りなどカルキには認められるものではない。

 

 ──良くないものは良くないものを引き寄せる。

 

 この殺人現場が聖杯戦争に起因する前段なのだとすれば、果たして聖杯戦争が始まればどれほどの犠牲が生じるのか──そこに行きついた時点で、カルキの目的は調査から解決へと変更する。

 

「決めた──元よりこのような人々が暮らす都市部の中で英霊を召喚した殺し合いなど気が狂っているだろう。神秘の秘匿という観点からも有害極まりない。真偽を置いて、聖杯は俺が回収し、この儀式を終了させる」

 

 自らが勝者たることを決定事項のように、傲岸と告げるカルキ。瞬間、カルキの右手の甲に焼け付くような鋭い痛みが奔る。

 目を向ければ、そこには焼き印のようにして刻まれた、鷲の鉤爪に似た赤い刻印があった。知識としてカルキはそれを知っている。

 

 令呪──聖杯が聖杯戦争の参加者と認めた魔術師に与える参加資格にして、英霊を従わせるために必要な三回限りの絶対命令権。

 つまるところ、今の宣言は聖杯の目に適ったらしい。

 

「……チッ、こうなることを見越していたな。マリスビリーめ」

 

 懐から事前に渡されていたものを取り出す。同時に此処へ派遣した依頼主の顔を思い出してカルキは反射的に舌打ちする。

 報酬の先払い、などと抜かしていたが。この品の来歴は英霊召喚の触媒として十分すぎる。知己であるからこそ彼はカルキの性格を十分に知っている。

 故に内情を知れば潰しに動くと踏んでその手段を渡してきたのだろう。より、そういう風に立ち回ることを後押しする意味で。

 

「最初から参加者となることを見越していたか。ふん、良いだろう。ならば望み通り踊ってやる。尤も、事によってはこの儀式自体を破壊することも厭わないが」

 

 それも踏まえての調査(・・)なのだろう──あの男の考えそうな悪趣味だが、特に気に留める程のものでもない。

 あの男にはあの男の思惑があるのだろうが、カルキの知ったことではない。己は己が信念と流儀のためにこの戦いに参ずることを決めた。

 

 あくまで利害の一致、向こうがこちらを利用してくるならこちらもまた、向こうを利用するのみだ。

 

「──素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖たるは智慧の火より生ず」

 

 血塗られた魔法陣に、令呪を掲げる。

 ……この犠牲が平和への礎となる様に。

 無意味でも無価値でもなくなるように。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。」

 

 詠唱は恙なく進む。元より調査に際しては聖杯戦争にまつわる前提知識は叩きこんでいる。幸いなことに、カルキに依頼話を持ってきたロード・アニムスフィア以外に魔術協会の総本山たる『時計塔』では聖杯に興味を持ったロードがいた。

 そのお陰で『時計塔』内では聖杯戦争に関する話題はちょっとしたブームで、基礎知識を集めるだけなら至極簡単なことであったからだ。

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 故に儀式に迷いはない。

 英霊召喚──現代を生きる魔術師からすれば、万能の聖杯に匹敵するだろう存在を呼び出す儀式をカルキは躊躇い無く突き進んでいく。

 

「────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 魔法陣に光が灯る。何処からともなく風が奔る。魔力の鳴動、己に巡る魔術回路が歓喜にも似た叫びを上げるのを自覚する。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 魔力喚起に伴い、全身を打ちのめす反動。内から弾けるような激痛を鉄面皮の下に捻じ伏せながら、カルキは懐に備えるモノが繋ぐ相手を脳裏に想起する。

 聖杯戦争において英霊はサーヴァントと呼ばれ、七騎と呼ばれるサーヴァントはそれぞれ、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーという七つの枠組みに当て嵌められるという。

 

 手持ちのこれ(・・)が呼び出すのはまず間違いなくキャスターだろう。

 『奇蹟の医の糧(パラグラヌム)』の原書。

 ロードの権限でマリスビリーが時計塔から持ち出したというこれで呼び出される英霊など、これの著者(・・)しかありえまい。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 

 英霊召喚の呪文を唱えると同時、視界の全てを光が奪う。

 次いで全身を襲う倦怠感、魔力がごっそりと抜け落ちる感覚。

 果たして──視界が晴れた先に、奇跡は顕現していた。

 

 

「──召喚により参上いたしました。キャスター、ヴァン・パラケルスス・ホーエンハイム。……問いましょう。貴方が私のマスターですか?」

 

 

 「医化学の祖(パラケルスス)」──表の歴史に、そして神秘社会でも長く語り継がれる伝説は、一見して偉業を成した人物とは思わないほど穏やかな口上で語りかけて来た。

 中性的な白皙の面貌。一見して女性と見紛う藍色の長髪。白衣を身に纏った正に碩学の徒といった立ち姿だが如何せん、名が想起させる風貌とは若すぎる。

 英霊……サーヴァントは全盛期の姿で呼ばれるというが、それにしても眼前の穏やかそうな青年はとても歴史に名を遺した偉人のそれには見られない。

 

 だが、真贋を疑うなどカルキはしなかった。否──魔術師として、眼前に立つそれが存在として遥かに己を超過する存在であることを確信した。

 眼前の存在に内包される圧倒的な密度の魔力。膨大な力のうねりを完璧に制御する魔力使い。穏やかな瞳の奥に宿る鋭い知の光。

 

 疑う余地など欠片もない。

 眼前のこれこそ英霊、これこそサーヴァント。

 聖杯に招かれる、魔法にも等しい神秘の具現──。

 

 それを認めた上で──一歩も気圧されることなく歩み出る。

 

「然り。貴方を喚び出したのはこの俺だ。そして契約の前に、まず二つ。謝罪を言わせてもらおう」

 

「謝罪、ですか……?」

 

 呼び出し早々、いきなりな言葉にパラケルスス──キャスターが目を丸くする。国の流儀に合わせるならば鳩が豆鉄砲を喰らったような、想像もしなかった事態に唖然とした態度である。しかしそれに気づきながらも、カルキは平然と己が言い分を先に通した。

 

「まず一つ目、こちらの事情で貴方の意志を問わずして勝手に呼び起こしたこと。これを謝罪する。聖杯戦争に呼び出される英霊には、応じるだけの祈りがあると聞くが、それを加味しても役目を終えた先祖をこちらの都合で呼び出す暴挙なのは取り繕い様があるまい。まずその一点を謝罪させて貰いたい」

 

「それは……別段、気にすることでもないでしょう。貴方が言うように、呼び出される英霊……我々にも我々なりの聖杯を求める理由がある。目的が一致している以上、強要ではなく、自発的な行為による一致です。お気になさる必要はないかと」

 

「いや、二つ目がその前提に反する。召喚される英霊は聖杯を求めるに足る理由があり、だからこそこれに応じる──だが、俺の目的に聖杯の獲得は含まれない。これが二つ目だ」

 

「……成程」

 

 端的に言うカルキにキャスターが納得するように頷く。

 つまり彼が言いたいのは『聖杯を求めていないにも関わらず、聖杯を求める英霊を自分都合で呼び出したこと』に対する謝罪らしい。

 契約成立の言葉よりも先に、言葉を通したのはこれを前提とするためだろう。

 

 キャスターは改めて自らを呼び出したマスター候補を観察する。

 

 強い意志を宿した瞳。歩んできた過酷な人生を思わせる容貌。

 肉体は鋼のように鍛え上げられ、魔力は一部の隙も無いほどに統制されている。

 ……人として、魔術師として相当な鍛錬を重ねてきたことに疑いはない。

 

 何より、こうして相対すると感じられる独特の“重さ”。義務、責任……そういった大義を掲げて積み重ねて来ただろう人間が後天的に抱く、貫禄というモノがまだ若い筈の青年は重厚に纏っている。

 魔術師のような神秘を明かす学徒とは違う、軍人や政治家のそれに近しい気風。

 キャスターは理解と納得を口にする。

 

「貴方は、魔術師ではないのですね」

 

「ああ。魔術師たちに言わせるところ、魔術使いというものに近しい」

 

「目的は?」

 

「この儀式の終結。聖杯を回収、または必要に応じて破壊する」

 

「何故?」

 

「無論、この儀がこの地に暮らす人々の安寧を乱す儀であるからだ。魔術も神秘も知らぬ良き人々の平和がたかだか個人の身勝手で壊される、あってはならぬことだろう、それは」

 

「貴方は……遍く人々の安寧を祈っているのですね」

 

「そう大層なものではない。所詮は手の届く範囲で行う偽善だ。俺が、俺個人が抱く衝動を晴らすための行為に過ぎん」

 

「……──分かりました」

 

 キャスターの問いに迷いのない解答を返す青年に、フッとキャスターは穏やかに微笑みながら瞑目する。

 ……魔術師として根源への探求という聖杯への願いはある。しかしキャスターは願いへの未練をこの一瞬で断ち切った。

 眼前の魔術使いが如何な経歴を辿り、如何なる人生を以て聖杯に関わり合い、その結論に行きついたかは知らない。だが、今の言葉はキャスターが抱く信念を継ぐ未来にも等しいものであった。

 

 キャスターが信じた無限の可能性は当代にも斯くと生まれ出でたらしい。ならばどうして願いに固執する必要があろう。

 己が信じた信念の先に、この愛し子があるのだから。

 願いは叶わずも、祈りは届いていたのだ。

 

「ならば改めて問いましょう。遍く人々がため、正しきを成さんとする魔術使い。汝が我が力、我が智慧を求めるマスターか?」

 

「──カルキ・H・ピースマン。全ての不条理に怒りを燃やす者だ。我が流儀、我が信念に相反しないのであれば、その力と智慧……正しきがために貸して頂きたい」

 

「よろしい。キャスターとして、貴方の道に協力……いいえ、同じ遍く人々の安寧を願う者として……友達になりましょう(・・・・・・・・・)

 

 キャスターが手を差し出す。

 その手を、カルキは強く握り返した。

 

 以て契約は成し遂げられ、脚本(運命)は書き換えられる。参戦するは生粋の殺人鬼と狂い果てた元帥ではなく、『善』を謳う二人の魔術師。全ての前提を木っ端微塵に砕くべく聖杯戦争へと身を投じた──。

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