Metalnova   作:アグナ

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ACT-4 星を奏でる者

 第四次聖杯戦争。

 それがこれより冬木を舞台に始まる狂騒の宴の名前であった。

 

 ことの起こりは現代より遥か千年ほど前。魔術社会に悠久の名を刻む錬金術の名家アインツベルンが垣間見た奇跡に端を発する。

 人の限界を逸脱した奇蹟、第三魔法『天の杯(ヘヴンズフィール)』。

 魔術師たちが不可能と知りながら挑み続ける悲願、この世の全ての始点にして終わりであるとされる『根源の渦』より流れだしたその奇蹟に触れたことでアインツベルンは一つの妄執に囚われたのだ。

 

 かつて微かとはいえ触れた、この奇蹟。

 これにもう一度到達する、という妄執に。

 

 深々と降り続く雪と樹氷に覆われた孤独の城で奇蹟を目指すこと幾星霜。探究と研鑽の果て、彼らは『聖杯』という奇蹟を受け止める器を作り上げた。

 だが、そこから先に──幾度試みようとも奇蹟を完成させるための中身(・・)をも再現することは叶わなかった。

 

 そこでアインツベルンは一度目(・・・)の苦渋を飲み干す。

 本来秘匿された奇蹟。アインツベルンが求むる魔術家系としての原点を他家に晒し、その協力を仰いで『聖杯』の完成を目指すという孤高の道を捨てる決断をしたのである。

 悲願に賛同したのは遠坂、そしてマキリという二つの魔術師一門。

 遠坂は『時計塔』の不干渉地帯にして、『聖杯』を完成させるに足る「土地」を提供し、マキリは『聖杯』を完成させるための「機構(システム)」を組み上げた。

 

 即ち──英霊(サーヴァント)と呼ばれる至高の魂を争い、討ち合わせ、戦いの中に散ってゆくそれらを捧げることによって『世界の外側』、根源へと届かせるため鍵とする魔術儀式……四度と続くこととなる聖杯戦争の起こりである。

 

 第一次、第二次、第三次と儀式は試みられたものの、いずれの儀式も此処までは内部的要因、外部的要因により悉く失敗に終わった。

 時が経つにつれ、かつては聖杯の完成に手を結んだ、『アインツベルン』、『遠坂』、『マキリ』のいずれも競合相手として再び手を切り、内々で進められていた史上屈指のサバイバルゲームもいつしか魔術師たちの闘争の舞台と化した。

 

 聖杯戦争──七人の魔術師とそれらが召喚する七騎のサーヴァントで以てして、殺し合い、最後の一人まで残った者にあらゆる願いを授けるという『聖杯』を賜るという儀式に。

 

 そして時は現代、第四次聖杯戦争前夜。

 『御三家』が一角、アインツベルンは二度目の苦渋を飲み干した。

 殺し合いと化した魔術儀式。これに勝ち残り、聖杯を掴み取るために外部からその道の専門家(プロフェッショナル)を招き入れたのである。

 

 招かれた男の名は衛宮切嗣(えみやきりつぐ)。『魔術師殺し』の異名を取る、アインツベルンが用意した最強の魔術師(マスター)である──。

 

 

 

「何かしら? それは?」

 

 問いの言葉は謳うように。妄執で氷結した孤城の一角。

 冷気を優しく解かすような焚き木の暖気が照らす一室で白い女が(うた)を奏でる。

 

 その者の名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 聖杯の担い手たる使命の下に生まれ育ち、そして衛宮切嗣という男をアインツベルンに取り込む楔として用意されたアインツベルンの貴人である。

 紅玉(ルビー)のような赤い瞳と腰丈まで伸びる白い髪。人並外れた例外種(アルビノ)めいた容貌は、雪の精とでも言うべきものだ。

 白い衣装(ドレス)を身に纏う姿は正しく貴顕のそれであり──だからこそ対して問いを受ける相手の姿は一層みすぼらしく感じられる。

 

 生気の死んだ深淵のように闇深い黒い眼。乱雑に切り揃えられた黒髪に、使い古された黒い衣服(コート)。その姿は絵に描いたような殺し屋のようだ。

 事実、彼は魔術師という異端を殺すことを生業とする魔術師(異端)

 『魔術師殺し』の異名を名乗る衛宮切嗣その人である。

 

 彼は問いに対して「ああ」と少しだけ口調柔らかに応じると、高級(クラシック)な家具が並ぶ貴賓の部屋には不格好にある、机上の印刷機から資料を手に取る。

 

「たった今、ロンドンの時計塔に潜り込ませていた連中から報告が届いたんだ。僕達が参加する戦い──第四次聖杯戦争の参加者たちに関する調査の結果がね」

 

 画面の向こうに広がる電子世界を介して極西から極東へ。昨今巷に普及し始めた『インターネット』なる通信技法──それが遠方からの情報を写し取ったのである。

 神秘至上主義を掲げる魔術師は神秘に非ざる「科学」というものを決して相まみえぬものと定めて忌み嫌うものだが──衛宮切嗣はそれを平然と使いこなす。異端の中に在って異端とされるその振舞いもまた『魔術師殺し』たる由縁の一端であった。

 

「この資料によると判明したのは四人までのようだね。……一人は──」

 

 

 一人目は遠坂時臣──『御三家』が一角、遠坂の魔術師。宝石魔術を基盤とした“火”の属性を体得した魔術師。

 

 二人目は間桐雁夜──これもまた『御三家』の一角。元は外来の魔術師であるマキリが日本に根を張る際、『間桐』と改めたことに起因する家柄で、間桐雁夜は当代における「マキリの魔術師」である……尤も遠坂とは違い、衰退傾向にある間桐が急造で用意した代表という立場、だが。

 

 三人目は時計塔の一級講師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。時計塔を統べる十二の君主(ロード)の一角、エルメロイを代表する俊英である。

 

 四人目は聖堂教会より元代行者である言峰綺礼。聖杯戦争の監督役を務める言峰璃正の息子であり、本来は魔術師と敵対する地位にある聖堂教会に所属する神父だ。

 

 

 ──以上の四名が調査の結果判明した現状の参加者たち。

 聖杯を求める兵たちである。

 切嗣はそれらの情報を「手ごわい奴だ」「厄介だ」と評していく。

 

 だがアイリスフィールは知っている。彼がそういった評価をする時は、敵として疎んではいても脅威としては認識していないということを。

 『魔術師殺し』──その異名は魔術師として真っ当に強大であればあるほどに標的を死へと誘う毒牙となる。「強力な魔術師」という肩書は衛宮切嗣には機能しない。

 

 故にこそ一人目、二人目、三人目と情報を精査していく目の動きは軽やかに進んでいくが、四人目の資料を精査した際、その動きは停止する。

 

 言峰綺礼──聖堂教会の神父。曰く、魔術を学ぶために遠坂へ留学(・・)していた最中、たまさか令呪が発現したことにより、遠坂と決裂して戦いに参戦することとなったという、いわゆる巻き込まれた側の人間であるが……切嗣の目付きはその経歴を辿るごとに変わっていく。

 

 ……教会の教えを説く神学校を優秀な成績で飛び級しながら卒業。その後は勢いそのまま若きままに枢機卿の座にまで上り詰めんとする勢いを見せるが、突如として出世街道から身を引くと、そのまま聖堂教会──教会の裏組織の門を叩く。

 その後は異端討伐に特化した戦う信仰集団『代行者』に名を連ねると、幾つもの死線を渡り歩く修羅の如き振る舞いをする。

 

 すわ狂信的な信仰者かと思えば、今度は聖堂教会とは敵対状態にある魔術協会へと出向し、錬金、降霊、召喚、卜占と本来、教会が異端と憎む異形の教えを何ら躊躇いもなく体得していく。

 

 どれをとっても相当の努力で以て得たであろう成果を、まるで価値のない塵のように捨てながら次々に違うモノへと移り気していくその姿勢。

 何を考えているのか、何を思っているのかが読み取れない男。

 行動が齎した成果に対して何ら“情熱”を持たない男。

 

 切嗣は直感した──「この男は危険な奴だ」と。

 

「言峰綺礼──こいつは恐ろしい男だ。……資料から読み取れるこの男は徹底して空虚なんだ。努力してはその成果を塵のように投げ捨ててしまう、自らの成果に何ら価値を見出していないんだろうな。そうでありながらこいつは聖杯に選ばれた。願望なんて、きっと何一つ持ち合わせていないだろうに」

 

 ……聖杯戦争の参加資格である令呪、いわゆる英霊(サーヴァント)を縛る三回限りの絶対命令権は聖杯によって付与される。この戦に参するに相応しい願いと魔力を持った魔術師を聖杯自身が選ぶのである。

 願いらしい願いなどなさそうな虚無の男──言峰綺礼。

 悲願なんて毛ほども持ち合わせていないだろうはずの男は、しかし聖杯に選ばれた。

 

 その事実が切嗣には恐ろしく映る。

 

「こんな虚ろな男が聖杯を手にすればどうなると思う? 自分自身の生涯に、毛ほどの価値も見出していない男だ。希望なんてもっちゃいない、絶望を積み重ねるように人生を歩んできた男が聖杯に捧げる願望──聖杯が叶えるそれはきっと絶望に彩られたものになる」

 

 独白の言葉は暗い感慨に満ちている。

 ……来る聖杯戦争。

 切嗣はこの男こそを一番の難敵だと認識したらしい。

 

 それを認めてアイリスフィールは強張る切嗣に対して、戒めるように、鼓舞するように力強くかぶりを振った。

 

「──私の聖杯の器は、誰にも渡さない。聖杯が満たされた時、この杯を手に取ることになるのは他でもない貴方よ、切嗣。だから」

 

 負けないで──と続くだろう言葉に切嗣は瞑目し、そっとアイリスフィールの身体を抱き寄せる。

 

「……どうあっても、負けられないな」

 

 アインツベルンと衛宮切嗣の関係は、所詮魔術師同士の契約を基にした利害の一致による共闘……感情を排した冷然とした繋がりである。

 だが彼女、アイリスフィールは悲願を共有し、互いに認め合い、愛し合う仲にある同士だ。彼女の願いと切嗣の意志は一致している。

 

 ──争い無き世界。誰一人不幸に見舞われない世界。

 

 血に塗られた歴史に終止符を打つという“救済”の夢が彼らの誓いだ。

 肩に抱く熱に、これから積み上げる業を思う。

 ……願わくばこれが人類最後の流血となることを。

 愛するものを引き連れて血塗られた道を歩まんとする己の罪深さを呪いながら、切嗣は切なる願いを胸に抱くのであった。

 

「……あら? 切嗣、この……機械? なんていうかまだ動いてないかしら?」

 

「ん?」

 

 と──感傷的な二人の空気を壊すように。

 ガガッと印刷機が起動している。

 見れば、何やら追加で資料を印刷しているようだ。

 

「……うん。どうやら通信のラグでまだ情報が伝えきれていなかったみたいだね。恐らくは先の四名以外のマスターの情報、不明であった僕らを除く残り二枠に収まるであろうマスターの情報だろう」

 

 聖杯戦争の参加者となるのは七名。

 アインツベルンとして参戦する切嗣たちと先の四名を除けば、まだ判明していないマスターは二人いるはずだ。今目の前で印刷されていくものは恐らくはその残る二名分の魔術師のどちらか、或いは両方のものであろう。

 

 印刷が終わった頃に、切嗣は出された資料を手に取る。

 途端──切嗣の目はこれまでになかったほど見開かれる。

 

「──……馬鹿な。何故こいつが聖杯戦争に参加している?」

 

「ど、どうしたの? 切嗣? そんなに慌てて……」

 

 言峰綺礼に向けた得体の知れない者に対する反応とは異なる──寧ろ、知っているからこそ驚愕を見せるパートナーの様子に、只ならぬ気配を感じたアイリスフィールは思わず、切嗣が目を落とした資料を覗き込む。

 そこに描かれていたのは新たに聖杯戦争に参戦したと思われる魔術師の名であった。

 

 その名前は──。

 

「カルキ・H・ピースマン? ……家名は聞いたことがないけれど、彼は一体……?」

 

「……表向きの身分は国際的緊急医療を担う集団、俗にいう非政府組織(NGO)に在籍する奴でね。非医療従事者としてロジスティシャン──物資の調達やその管理を担う身分で活動しているとされるが、その正体は魔術師であり、凄腕の傭兵さ」

 

 肩書に載せられた赤十字を睨みつけながら、切嗣は厳しい目線を写真の相手に落とす。

 

 ……カルキ・H・ピースマン。

 元は別々の国家間の国境線上にあった農村で暮らしていた人物らしいが、国境争いに起因するテロ行為の果て、故郷ごと血族全てを失ったという。

 その後は人道支援として現地入りした養父、トワイス・H・ピースマンに拾われ、その恩義からか彼は養父と同じ道を歩むべく、養父も在籍した米国の医学系大学へと進学することとなる。

 そしてかつて養父が在籍した同じ非政府組織(NGO)に身を置き、戦争や災害に巻き込まれた無辜の人々を救うべく人道支援に励んでいる──というのが表向きの経歴だ。

 

 だが──その正体は平和を生きる市民を守り、主義主張を以て人々の生活を脅かす者たちを権益の壁を越えて粛清し続ける一線級の殺し屋。

 殺戮で以て平和を守る苛烈なる人物である。

 

 その振舞いは質実剛健・公明正大・滅私奉公を信条としており、権力や利権には決して靡かず、あくまで人々の平和を守るという理念の下、その平穏を脅かす全てを敵に回してあり続ける、正しく大人物である。

 時には国家権力すら敵に回すことを厭わず、ある中東地域では虐殺を行おうとした一国の軍隊を返り討ちにして壊滅させ、挙句、虐殺を企てた国家の国家機能まで停止させたという信じがたい逸話まで存在している。

 

 それ故、紛争地域では彼の名は表裏問わず多くの人々に知られており、一構成員として、或いは魔術師として様々な異名を取っている。

 

 曰く、弱者の守護者。曰く、平和の番人。

 曰く、鋼の化身。曰く、断頭台

 曰く、閃剣……光刃……曰く、曰く、曰く。

 

 その呼び名は多岐に渡るが共通するのは常軌を逸した凄まじい存在であるということ。そしてもう一つ共通する認識として──科学技術が発展し、個の力が激減した現代にはとても信じがたいことであるが。

 彼が個で以て他を圧倒する逸脱者……即ち、“英雄”であるということ。

 

「奴を讃える者の中には『現代英雄』などと口ずさむ者もいるらしいが……」

 

 英雄という響きを口にしながら切嗣は苦々しい嫌悪を浮かべる。

 これよりはその英雄の成れの果てともいえる英霊(サーヴァント)を従える戦に挑むことになるわけだが、そもそも切嗣は英雄という存在が好きではない。

 

 彼らにその気がないのだとしても彼らの活躍や足跡は、人々を熱狂させ、狂奔させ、その輝きに群がるようにして無垢な人々を戦場へと駆り立てて無意味な流血としていく。英雄の活躍が輝かしいものであればあるほどに、それに焦がれた人々は争いの渦中に飛び込み、命を散らす。

 

 切嗣にとって英雄などと言う虚像は世の争いを増長させる醜悪な存在であるかのように思えてならないのである。……だが、そんな個人的な所感は今は重要ではない。

 問題なのは彼が時計塔の上位執行者や聖堂教会の代行者と轡を並べるほどの『戦闘』に特化した人物である上、現代戦をも熟知した根っからの『戦争屋』であることだ。

 

 切嗣も凄腕の殺し屋としてアインツベルンに雇われ、現代戦にも精通した異端の魔術師ではあるが、敵の暗殺に重きを置いた切嗣と件の男では歩んだ戦場の性質が違い過ぎる。

 ……もし真正面から噛み合おうものならば、恐らく一方的に喰い殺されるのもあり得よう。討つならこちらの土壌(暗殺)。それも先手必勝(サーチ&デストロイ)は必至の手合いだ。

 

「ロード・エルメロイとは別口の──アニムスフィアの依頼で参戦、か。時計塔め、面倒な相手を巻き込んでくれる。……そういえば一時期こいつは時計塔の天体科に在籍していたんだったか、恐らくその縁を使ったか」

 

「色々と凄そうな肩書が揃ってるけど……どんな魔術師なの?」

 

「さて、逸話の多さに反して具体的な魔術の情報などは少ないみたいだ。何せ、こいつと交戦することはイコールで死を意味している。それぐらい途方もない殺戮者であるということさ。何でも噂では銃火器が武器の主流であるこの時代に近接戦を好む手合いらしいが……」

 

 調査資料にも切嗣が事前に知っていた以上の情報はない。

 情報が入念に秘匿されているというより、切嗣自身が口にしたように戦闘を恐らく一番間近で見ることになるであろう敵対者の悉くが殺戮されているため、情報を漏らす糸口がないのだ。

 分かることと言えば、既に口にした通り近接戦を好むらしいことと、天体科に属していた事実から、天体を基盤とした魔術を使うと思われること。

 

 それから──。

 

光の刃(・・・)、か」

 

「それってこの人の異名よね? 光刃とか閃剣とか……」

 

「ああ。多分、それ(・・)がこいつの武器何だろう。曰く、敵対者全てを殺戮して退けるほどの、ね」

 

 口にしながら思わず切嗣は皮肉気な笑みを浮かべる。

 

 ──嗚呼、全く……光の刃を携えた力無き人々の味方だって?

 英雄の他に例える言葉があるとすればそいつはきっと──。

 

 

「……下らない。正義の味方(・・・・・)、なんて──」

 

 

 口にしながら我知らず──切嗣は拳を強く握りしめた。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

 冬木市──新都、ビル群の一角。

 第四次聖杯戦争の舞台となる冬木市新都といえば、今なお都市開発が忙しく進むエリアである。ビジネスや生活水準の向上のため、利便性に長けた商業施設やオフィスビルの建設が続々と進んでおり、都市計画の下、街は現在進行形で様変わりしている最中。

 

 カルキが訪れたこの場所も、市の役員曰く、来年度には高層階にビジネスオフィスを構える商業施設としてオープンするのだという。

 

「……いやー、何分、急激な人口増加に対してインフラ設備が追い付いていないのが現状でして。こうして医療に関する投資の話を持ってきていただけるのは我が市としても望ましいことで。ピースマンCEOには改めて感謝を申し上げさせていただきたく」

 

「──困った時はお互い様、というのがこの国のことわざだったな。何、こちらはこちらで単にこちらの信念がための投資話だ。過度にへりくだる必要ないさ。ともに市民の生活の健康を守るため尽くしていこうじゃないか」

 

「おお、ありがたいお言葉を……」

 

 微笑を浮かべながら冬木市から派遣された役員に応じるカルキ。すると相手方はホッと安堵するように緊張を解きながら深々と礼を取る。

 ……魔術的偽装で火傷(フライフェイス)は隠しているが、滲み出る軍人めいた高圧感までは除去しきれていない。

 なので言葉と態度でようやく、敵対する意思なしとの認識が得られたのだろう。善きビジネス相手として役員はカルキを認めたようだ。

 

「……それで、向こう一週間ほどではあるが」

 

「完成前の内装見聞のため、工事の人員を一時引き下げたいと」

 

「ああ。導入した精密医療機器の中には米国から導入したばかりの最新のものもある。貴方方を信頼していないわけではないが……」

 

「お気になさらず、外資の医療団体ともなれば色々と事情はありましょう」

 

「……ありがたい」

 

 言外に下手な探りは入れないと断言する市の役員にカルキは礼を言う。

 

 ──その後は一週間後の工事再開と、施設完成後の計画など細かな打ち合わせをした後、カルキと面会した冬木市の役員は関係者を連れて引き下がっていった。

 

 そして、この場に残されたのはカルキ。

 未完成の真っ白な施設に、カルキだけが佇んでいる。

 

 カルキはカルキが持つ、幾つかの身分のうちの一つである外資系医療グループの肩書を使って捻じ込んだ来年開業予定の医療施設──即ち、無人となったこの場を進む。

 無人の受付の脇を抜け、待機所の椅子、診察室……と通しすぎていき、通路の最奥、手術室の扉を開ける。

 

 無菌を心がけた最新の医療設備の揃った医療場──と銘打たれた筈の部屋の内部にはあろうことか怪しげな実験室よろしく巨大なフラスコや怪しげな計器が設置されており、医療とは真逆の──狂的な理学室(マッドサイエンスエリア)と化していた。

 それを不思議がるでも不気味がるでもなく、カルキは無機質な部屋に呼びかける。

 

「キャスター」

 

「此処が我らの工房(・・)ということでよろしいのでしょうか。マスター」

 

「ああ。アニムスフィアが計画している洋上電力施設──の草案(プロトタイプ)を模した科学と魔道の両輪を組み合わせた魔道科学の工房だ。時計塔の伝統的な方々が聞けば卒倒しそうな景色だが、君にはこちらの方が向いているだろう? キャスター」

 

「……そうですね、私が生きた時代の頃とは技術の水準自体は様変わりしていますが、ええ。使い方はなんとなくわかります。これならば工房として改良するのにも問題はないでしょう」

 

「支障がないならそれでいい」

 

 『工房』とは魔術師が構える拠点の事である。

 魔導を追求する学徒足らんとするのが本質である魔術師はその神秘の希求のためそれぞれに工房を持つ。此処で彼らは魔術を研鑽し、研鑽した成果を蓄え、そして次代に次いでいく。要は魔術師当人やその家系が持てる神秘を集約した施設のようなものだ。

 

 十全に神秘を蓄えているからこそ工房の守りは堅く、戦闘に長けた魔人であっても完成された魔術師の工房の突破は非常に難しい。

 魔術師の工房は魔術師にとって拠点であり、要塞であり、最強の盾であり──そして攻めてくる魔術師を駆逐するための武器庫でもあるのだ。

 

 カルキが呼んだ英霊はキャスター──魔術を司る英霊の種別(クラス)。その得意分野は当然魔術であり、直接的に刃を交えるよりも身を隠した守りの戦、防衛線に向いた英霊である。

 であれば聖杯戦争に参加する上で先ず以て取り掛かるべきは拠点の確保、魔術師として活動するに足る工房の完成である。

 

 故に再来月に開業を控えたこの医療施設を、カルキは表名義を利用して一時的に借り受け、工房としての改良を施したのである。

 必要最低限は整えた以上、これであとはキャスターがこの場を完成させてくれることだろう。

 

「──さて、恙なくことは進み、煩雑な手続きも終わり、拠点も無事確保できた。早速で悪いが今後の方針を共有したい」

 

「これより始まる聖杯戦争について、ですね」

 

「そうだ。……知り合い筋からの情報では、既に他の参加者たちが現地入りは完了しているということらしい。在来の遠坂、間桐の状況は分からないが、状況を察するにまだ英霊召喚、或いは召喚直後の段階だろう。本格的な戦いが始まるとすれば数日以内といったところか」

 

「ふむ。各陣営出方を伺っているという状態なのですね」

 

「召喚に際しては魔力消費のフィードバックも大きいし、英霊などと言う存在は聖杯戦争でしか拝めない。今はそれぞれ、態勢を整えている、というところだろうな。だからこそ、我々もまずはその方向性で行く」

 

「態勢を整えつつ、周囲の様子を伺う、と」

 

「ああ。こちらは外様の乱入者。『御三家』は勿論のこと、入念に準備してきただろう手合いには出遅れている。それに貴方は直接戦闘には不向きな英霊だ。開戦直後に先手を取るような手は向いていまい」

 

 カルキは元々、聖杯戦争の調査が主任務であり、実際に戦争に参加することはあまり考慮されなかったことである。

 それ故他陣営に比べれば準備の差で後手を踏んでおり、参加する陣営の詳細なデータなどは殆どない。時計塔経由で、ロード・エルメロイやウェイバーなる魔術師が参加しているらしいことは掴んでいるが、それ以上の情報はない。

 

 なので、どうしても出だしは手さぐりになってしまうのだ。

 

「そこで、だ。どうせこちらからは動けないのだから、いつ開戦しても問題ない様に備えの充実を図りたい。そのために先ず貴方には工房の完成と──それから、これ(・・)のより緻密な設計を依頼したい」

 

 言いながらカルキは腰に下げた二本の軍刀──恐らくはカルキにとっての魔術礼装らしい装備をキャスターに手渡した。

 受け取ったキャスターは様子を見るため、刀を僅かに鞘から露出させ、刀剣の姿を検める。パッと見た限り一見して鋼を用いた典型的な軍刀のようだが、よくよく見れば何やら光を反射する刀身には複雑な紋様が描かれているようにも見える。

 

 鉄でも鋼でもない──未知の構造体。

 それを認めてキャスターは己がマスターに正体を問うた。

 

「これは?」

 

「フォトニック結晶体──昨今、開発され始めたコンピューターなどの部品に用いられる構造体で……簡単に言うと光を制御する部品だ。これは、それで構築された刀剣だよ」

 

「ほう、コンピューター部品の制御ですか……ふむ、興味深い」

 

「ナノ単位で取り扱われるものゆえ、科学技術での巨大化には大きな課題があるらしいが、まあ──モノとして人の技術で完成されている以上、裏道で時代を先取りすることは可能だった」

 

「造りは賢者の石と同質……この術式は錬金術ですね。科学の理論を下地に、魔術的手段を以てこれを作り上げたと」

 

「流石。一目見て仕組みを読み解くか。まあ、そういうことだ」

 

 説明を受けてキャスターは改めて刀剣を見下ろす。

 キャスターの時代には無かった未知の技術、それ以て創り上げられた賢者の石と同質の構造体を目に碩学の徒であるキャスターには興味をそそられるが、先ず以て問い質すべきはこれの詳しい解析などではなく、これを渡された理由の方だろう。

 

「これを一体……?」

 

「完成度を高めて欲しい、という依頼だ。造りは錬金術で何とか再現できたが、やはり刀剣の形に仕上げるのには相当に無茶をしてね。些か甘い造りになっている……お陰で私の魔力を二、三回通すだけで機能不全(ショート)してしまうんだ。なので、この構造体をより精密に刀剣の形に仕上げて欲しい。錬金術の大家たるその腕を以てして」

 

「成程。武器の製作依頼ということですか」

 

「簡潔にいえばそうなる……出来るか?」

 

「解析に少し時間が必要ですが……恐らく可能でしょう」

 

 武器の完成度を上げよとのことだが、それ自体は何の問題もない。過程はキャスターの知るそれとは異なるが、完成品それ自体はキャスターにとっては慣れ親しんだモノ……キャスターは自らの持つ技量とモノを見比べ、再現は出来ると断言した。

 それを受けてカルキは一片も疑う様子など見せず、迷う様子もなく頷く。

 

「なら頼む」

 

 向けられるのは絶大な信頼。

 少なくともカルキはキャスターの魔術師としての技量を欠片も疑っていないようだ。その信頼に対してキャスターはこそばゆいものを覚えつつ、確認事項を口にする。

 

「マスターの命でありますので応じることに否応はありません。ただ、創る上で教えて頂きたいのですが、この武器を用いたマスターの魔術とは一体如何なるものなのでしょう。使用する術式によっては他に細かな調整が必要となりますが……」

 

「そう特異な魔術でもない。単なる光を使う魔術だよ。応用法などただ刃の切れ味を増すぐらい……いいや、寧ろ、それしか出来ん。人を殺すことしか出来ないつまらない魔術だ。そうだな……手を貸してくれるか、貴方が相手ならば恐らくそれで分かる」

 

「……ふむ?」

 

 さもつまらなさげにキャスターに対して右手を差し出すカルキ。

 主の意図をイマイチ汲み取れず、キャスターは軽く握手するように応じる。

 そして──。

 

 

 ■■(द्यौस्)──その身体に、(カミ)を見た。

 

 

 反射的にキャスターはカルキの手を振りほどく。

 向けられる驚愕の視線。

 まるで死人に出会ったかのようにキャスターは主を見た。

 

 その視線を受けながら、カルキは大したことのない様に告げる。

 

こういう事情だ(・・・・・・・)。複雑な補正は要らない、ただ光を向ける指向性さえあればいい。俺の力は──それだけで十分だ」

 

 ──其は星を奏でる者。

 その身にこそ──(カミ)は宿るのだ。

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