Metalnova   作:アグナ

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ACT-5 沈黙の刻

『かつて──人は一つの言語を共通認識し、お互いの意思決定を理解し合った。いわゆるバベルの塔の逸話だね』

 

『その際に話されていた言語。これを、統一言語という』

 

『今では使われなくなった、いや、人には使えなくなった言語体系だね。まあ少し前にアトラス院の方で例外がいたらしいが……これは置いておこう』

 

『重要なのは人種、国籍を問わず、かつて全ては一つの言語で統一されていたという事実でね。魔術世界では統一言語は根源(かみさま)に近い言語であるとし、言語魔術の分野では一種の到達点として今も研究されている分野だが──』

 

『面白いことに普通の言語学の分野でも似たような試みがされているらしいよ。国境を、人種を超え、世界を一つの言語で共通認識しようという試みがね』

 

『名を、エスペラント。その意味は希望する人、だ。人によっては希望語或いは世界語、なんて呼ぶこともあるらしいけどね』

 

『何故そんな話を、かい? なに、偶には時計塔の学科長(ロード)らしいことをしようという気まぐれさ。アドバイス、という奴かな』

 

『君はそれ(・・)を制御したいのだろう? それ(・・)は私たち目線では神代文明の残り火だが、科学的な説明を付けるのであれば超古代文明の技術過剰(オーバーテクノロジー)という奴だ。ならば魔術的なアプローチよりも科学的側面からのアプローチの方が近いと言える』

 

『発展した科学は魔術と相違ないモノ──なんて、他の魔術師たちが聞けば怒るかもしれないけどね。私からすれば中身なんてどうでもいい。出力される結果が同じものなら、別に過程は無意味だろう?』

 

『──モノの見方を変えたまえ。星座と同じさ。こちらから向こうの理解(ことば)を訳すのではない。こちらの理解(ことば)で向こうを当て嵌めるんだ』

 

『ほら、君。巷間では英雄などと呼ばれているんだろう? ──いいじゃないか、希望する人。あらゆる意味で、君にピッタリだと思うよ?』

 

『誰かの道に続くんじゃない──君が、法則(ほし)を作るんだ』

 

 

×  ×  ×

 

 

 冬木市──草木も眠る牛の刻。

 表向きは地元の名士である遠坂の洋風邸に、音もなく接近する影があった。

 

「──他愛なし」

 

 何重にも張り巡らされた魔術的な結界、警報もその影には意味を成さない。罠は悉く看破され、影はいとも簡単に盤石と敷かれた遠坂の庭を潜り抜ける。

 さもありなん。それを相手に現代の魔術師程度の警戒が機能するはずもなし。

 

 ──その影こそは『山の翁(ハサン・サッバーハ)』。

 

 暗殺者(アサシン)という呼び名の原義であり、聖杯戦争における暗殺者(アサシン)のクラスに収まるサーヴァントである。

 彼の腕を以てすれば例え厳重な城塞と化した魔術工房であろうとも進入することなど造作もない事。闇夜に紛れて侵入し、敵対者の首を死に気づく間もなく刈り取る──それが可能であるからこそ、彼は暗殺者(アサシン)なのだから。

 

 目指すは館の主、遠坂時臣の命。

 三騎士の一角、弓兵(アーチャー)(マスター)たる者の首だ。

 

 ほくそ笑みながら、アサシンは庭を横断し、館を正面に見上げる。

 そして──不意に雲間から差し込む月の光が闇を裂いた。

 空を仰ぐ、瞬間。

 

「──地を這う虫けら風情が、誰の許しを得て面を上げる?」

 

 闇を切り裂く光の一閃。

 それはサーヴァント同士の攻防ですらない、一方的な虐殺。

 この夜──暗殺者(アサシン)の死を以て開戦の号砲が鳴り響いた──。

 

 

 

 ──冬木市新都。

 来年度の初春に開業予定の商業施設。そこに備わる予定である病院施設を貸し切って作った工房に拠点を敷いたカルキは完成した品を両手に構え、素振りをしていた。

 

「ふっ! ……はっ!」

 

 両翼を広げた鷹に構えた二刀の軍刀。

 同じ剣士を想定した仕合。

 薙ぎ、突き、払い──からの決め手。

 殺人技術として体系化された軍用格闘術(マーシャルアーツ)を下地にし、幾度と駆け抜けた戦場での経験を反映した我流の剣は虚空に映す仮想敵を圧倒する。

 ……無論、現実はこうはいくまい。

 これより相手取るは奇跡の顕現、現代に蘇りし偉業。

 人知を凌駕するサーヴァントという怪物たちなのだから。

 如何な歴戦を誇るカルキとてそう易々と良く相手ではない。

 その上で。

 

「ふぅ……良い出来だ。手に馴染む。これならば十全に戦える。流石は稀代の錬金術師。その魔術、現代では遠く及ぶまいよ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

 感謝の意を従者に向ける。

 先に見据える艱難辛苦。それを伺わせない自信と、感謝に満ちたものだった。

 それを受けてキャスターはやや気取ったような態度で主の労いに応じた。

 

 だが続けて顔を上げると、今度は首を傾げる動作と共に主へと疑問を投げる。

 

「ですが、よろしいのですか?」

 

「うん? 何がだ」

 

「依頼を受けてから既に三日ほど経過しておりますが……私は依頼の品と工房を、そしてマスターもまた、此処で調整を行っておりました。その間、殆ど外の様子を伺うことはありませんでしたが……」

 

「ああ、成程──ここ数日の、聖杯戦争の動静について問うているのか」

 

「はい」

 

 疑問を察したカルキの言葉にキャスターが同意を示す。

 良いのか、という疑問はどうやらカルキの行動に対してのもののようだ。

 

 ……キャスターが言うように、ここ最近のカルキは構えた病院の工房から出ることは殆どなく、引きこもって魔術的な調整や身体能力の調整に集中していた。

 その間、外に出て偵察をすることもなければ、他の魔術師に対して牽制行為に出ることもない。ただひたすら内向きの調整をしていただけである。

 ともすれば悠長取れる振る舞いだ。

 余裕や自信があるにしても、これから空前絶後の戦争に挑む身の上であることを加味するとやや慢心が過ぎるようにも捉えられよう。

 

 そういう意味でキャスターはカルキに問うているのだ。

 このままでよいのか、と。

 

 カルキは頷きながらその疑問に答えを返す。

 

「確かに。ここ数日の動きはお前が疑問するに足るものだろうな。だが別に、俺は油断や慢心をしているわけではないよキャスター。……いい機会だ。ここらで改めて方針を共有しておこうか」

 

「我々の聖杯戦争における方針の、ですね。マスターからは既に聖杯に求める願いはないとお聞きしておりますが」

 

「そうだ。元々俺が聖杯戦争に参じたのはアニムスフィアの依頼──聖杯戦争に関する調査が名目でこの街に訪れた。早い話、聖杯の観測が本来の仕事だ。こうして参加者側に回ったのは偶々に過ぎない」

 

 偶然、聖杯戦争の調査中に気に食わない事象を見かけ、その事象の要因を作り上げた原因を叩きつぶしたいと考えた。

 言ってしまえば解決にせよ、解消にせよ──聖杯戦争の破壊(・・)がこの戦いにおけるカルキの目的である。

 

 だからこそ──カルキは最初に潰す相手は決めていた。

 

「他の参加者と違い、聖杯の完成に目的を求めず、戦争終結を第一目標とする以上、目下、我々が狙うべきはこの戦いの発端──即ち遠坂、間桐、アインツベルンの御三家となる」

 

「まずは聖杯戦争の発起人たちの勢力を狙うということですか」

 

「そうだ。マスターの総数は七人。三家他に三名のマスターがいるがこちらは一先ず置く。要は我らと同じ外様だからな。時計塔経由で見知っているし、条件が同じである以上はどうとでもなる」

 

 既にカルキは外来の魔術師──時計塔のケイネス・エルメロイ・アーチボルトと、同じく時計塔から魔術師が渡ってきているらしいことは把握している。

 この時点で既に二人。

 カルキ自身を合わせれば三名のマスターが判明している。

 他もう一人外来の魔術師の枠があるが、こちらにはどうやら聖堂教会の元代行者が収まっているらしい。こちらについては聖堂教会本体から魔術協会へ通達が来ている。なんでもこの戦争の監督役たる神父の縁者なのだとか。

 

 何にせよ、そちらについては条件は同じだ。

 聖杯戦争の噂を聞いて駆け付けた外来の魔術師──情報量も事前に用意できるだろう準備も対等である以上、今のカルキ以上に備えられているとは思えない。

 仮に殺し合いに移行しても対等の戦が無条件で行えよう。

 だが──主催者三家は話が別だ。

 

「聖杯戦争の原因という時点で狙う理由になるが、それ以上に御三家はこの戦争を既に三度と乗り越えてきている。情報量、経験──あらゆる前提条件で我々外来の魔術師を凌駕している。当然、仕組みについても詳しいだろうし、裏技なども考えられるだろう」

 

 いわばスタートラインからして御三家は全勢力の内でも抜きんでているのだ。外来の魔術師たちが対等条件なのに対して、御三家は違う。

 聖杯戦争という戦場で彼らは既に一定数の優位を獲得しているのだ。

 地理、地形や戦場条件に詳しいというだけで戦争の勝敗は大きく動く。

 

 動き出す前から御三家は既に他よりも恵まれた立場にある。

 

「ゆえ一先ずは様子見だ。彼らか、或いは他の勢力が動き出すのを待ってから動く。後手対応にはなるが、無策で動き出すよりもよかろう。それに──」

 

「それに?」

 

「一度、サーヴァント戦というものを見てみたい。その如何で、俺が何処まで通じるかが分かる」

 

「……マスター自ら戦われるのですか」

 

 告げるカルキの言葉に、キャスターは思わず疑問というより正気を質すかのような声音で言葉を返していた。

 現代の、生身の人間がサーヴァントとやり合う──それは聖杯戦争を知る者らからすれば失笑するレベルの戯言である。

 

 現代にも代行者や協会の執行者というように、常軌を逸した一角の戦士は存在するだろう。だが、サーヴァント……英霊は別だ。

 彼らは歴史にその名を刻んだ奇跡の具現化、境界記録帯(ゴーストライナー)

 人の極限ともいえる魂が現代に形を得たものである。

 当然ながら下級の英霊ですら常人を凌駕し、魔術師をも圧倒する。

 腕前優れた能力者であれ、互角を演じるのがようやくであろう。

 

 加えて呼び出される英霊たちには『宝具』と呼ばれる切り札がある。これは英霊たちの伝承に由来するものでいわば、その英霊が歴史に何を成したかの具現である。

 これを発動させられたが最後、もはや現代の魔術師に出来ることなどない。

 彼らの力を前に成す術もなく敗れるのみ。

 

 基礎能力で上をいかれるのに加え、切り札までもを持ち合わせているとなると勝ち目などは絶対皆無。少なくとも真っ当な常識を身に付けているならば、魔術師(マスター)本人が主力となってサーヴァントと渡り合うなど正気の沙汰ではない。

 ……にも関わらずカルキは。

 

「ああ」

 

 正気のまま、狂気の沙汰を肯定する。

 

「キャスター──魔術師のクラスは直接戦闘向きではないという理由もあるが、元より生殺与奪を他人に委ねるのは好きではないし、運否天賦も反吐が出る。俺の生死は俺が決める。ゆえ如何な戦場であろうとも俺自らが立つ」

 

「それがより危険極まりない行動でも?」

 

「戦場である以上、安心なぞ端からあるまいよ。それに生死の結果が自らの行動である以上、何かに託すよりよっぽど良い」

 

「ふむ……」

 

 自信や自負に基づく論理的な話──ではない。マスターの方針は完全なる感情に基づいた決定であることをキャスターは即座に見抜いた。

 彼は──まだ過ごした時間の浅い己がマスターは、どうやら託す、任せる、委ねるといった命運を預ける全ての行動を嫌っているようだ。

 否、嫌うというよりもこれは嫌悪、憎悪にも近い感情だろう。

 

 終始一貫して自らの地力で事を成したがる振る舞い。それでいてキャスターの腕を信じて武器を任せた辺り、彼は周りを信じていないわけではなく、結果に自らの意志が反映されないことに不快感を覚えているようにも見受けられた。

 

(他者などの有機的な事象ではなく、無機的な、言ってしまえば運命というような目に見えない因果を憎悪しているのか、或いは──)

 

 より根源的な仕組み(・・・)の方か。

 何にせよ、この話題は主の根底に根ずく価値観の話だろう。

 論理的な揺らいでない以上、ここで下手に糺すのはかえって不信感を呼ぶ。一先ずは様子見に徹するというならば今すぐに戦闘が始まるというわけでもなし。

 サーヴァント戦を目の当たりにすれば指針を変更する心変わりもあるやもしれない。

 

「──分かりました。では他勢力との直接的な戦闘はマスターにお任せします」

 

「ああ、それでいい」

 

 内心で諌言の有無を即座に纏め上げるとキャスターはこの話題は今は追求しないと結論付けて従順の意を言葉に表した。

 

「……話を戻すが、方針をまとめると先ずは受け手に回り、その上で遠坂、間桐、アインツベルンの動きを見極めた後、この御三家を潰す。順番などは考えていないが──そうだな。恐らくは、間桐からになるだろう」

 

「というと……なにか、理由があるのですか?」

 

「御三家の中でも間桐は衰退傾向にあるという話だ。簡単な話、層の厚さという意味で他に落ちる」

 

「成程。戦力的に劣る所から削ってゆく、戦争における王道的選択(セオリー)ですね」

 

「それにもう一つ──間桐は未だ創始者の一人であるご老体が率いていると聞く。聖杯戦争に係わった御三家はそれぞれが得意技術を提供して儀式を組み上げたが……マキリはシステム、この聖杯戦争の仕組みそのものを敷いた者だ。あわよくば彼らの持つその優位から何かを奪えれば、それは次にも響くだろう」

 

 戦争における最大戦力を先に狙うことは相当なリスクを背負う賭けではあるが、どうじにそれは成功した時のリターンの高さにも通じる。

 日本では戦国時代、今川という盤石の戦力を揃えていた家が、ただ一戦を以て当主は勿論のこと主力となる将たちをも一度で全て失い、一夜にして没落していったという話があるらしいがそれと同じだ。

 

 難度の高い賭けを成功させることはそれだけ勝利につながることを意味するのだ。

 

「──こちらの準備は済んだ。何はともあれ、お手並みを拝見させていただこうではないか。この狂った儀式の首謀者たち、人命を軽んじる、愚か者たちの愚行の成果を」

 

 冷めきった視線で虚空を見上げる。

 沈黙を保つその姿は、噴火直前の活火山を思わせる。

 

 密やかに、(ひそ)やかに。

 人々の我知らず、進行する日々を脅かす聖杯戦争(仕組み)

 それこそは彼の憎む在り方に他ならない。

 

 故に──魔術師たちは知ることになるだろう。

 正義とは何か、即ち何を意味するのか。

 嵐の前の静けさ。戦を前に、英雄はひたすらにその感情に蓋をする。

 

 抜き放たれたが最後──もはや後戻りは出来ぬ故に。

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