Metalnova   作:アグナ

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ACT-8 流星

 アーチャーの有する宝具──其は『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』という。

 

 世界に多くある英雄詩の中でも最古の記録、始まりの英雄王たる彼は後世に存在する全ての英雄の原点とも言える存在だ。

 まだ歴史が神の手にあった神代の頃、王は地上全ての宝物を集め、これを収める宝物庫を建造したという。後の世に生まれるであろう宝具の原点──その全てを。

 それ即ち彼の宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』とは、英霊の所持する武具に限らず、おおよそ地上に存在する宝具の原点の全てを収集した蔵であり、人類史が続く限り、刻まれ続ける無限にも等しい“人の智慧”の結集である。

 

 彼の宝物庫には文字通り、人が生み出す幻想の全てがあるのだ。そして彼が無造作に宝具を射出し、打ち捨てるかの如く浪費することが出来るのはそれが理由。

 消費しても消費し尽くせぬ無限の宝。

 加えて蔵の宝具には当然、宝具を回収する宝具も備わっている。

 

 “物量”というカテゴリにおいてこれ程無法ともいえる力は無いだろう。

 彼と対するものは文字通り“戦争”と相対することに等しいのだ。

 

 カルキはそれを身を以て理解することとなる。

 

「チッ……!」

 

 飛来した豪奢な装飾剣を紙一重で躱す。

 恐らくは聖剣の原点か何かだろう。

 射出された“剣”は風に舞うカルキの髪を掠めながら、そのまま後方の街路に突き刺さり、爆発と共にアスファルトの破片をまき散らす。

 

 アーチャーの一撃を回避して生き残ったカルキに対して、今度は槍が、今度は斧が、今度は鎌は、短剣が、石槌が、薙刀が──次の次の次次次と打ち放たれる。

 際限はない、終わりはない。

 展開された都合、三十二の門から続々と宝具が射出される。

 

「先ほどの威勢のいい宣言はどうした雑種? 地べたを這いずり回るばかりでは(オレ)の首は落ちんぞ?」

 

「ッ……!」

 

 厭らしく嘲笑うアーチャーだが、それに軽口を返す余裕さえカルキには無い。当然だろう、何故ならばカルキには受ける手段がないのだ。

 カルキに使える“魔術”はたった一つ、しかも攻撃に特化しただけの、敵を殺すことにしか利用法がない万能性など皆無の術理である。

 その上、高い殺傷性が災いして長時間の使用は不可能と来た。故に、その手札を切るならば相手を確実に殺し切れる状況でなければならない。

 

 こうして宝具を湯水が如く使うアーチャーが相手では、その切り札は容易に使えない。何故ならばこれほど攻撃に回せる宝具が存在するということは、当然守りに使える宝具も同等以上に存在することを意味するからだ。

 果たしてカルキの切り札は“全力”で守るアーチャーの宝具を突破できるのか──それが不明である以上、少なくともこの距離、この間合いではカルキの“魔術”は使えない。

 

 最低でも剣の間合いに収めなければ打ち合いの領域で勝ち目はないというのがカルキの見立てである。そして切り札を使えない以上、アーチャーの宝具に抗する手段などカルキには一つとしてなく、出来ることは命を落とさぬよう、終わりのない宝具の雨嵐を紙一重で避け続けること。

 そしてそれすら生身の人間であるカルキには体力(スタミナ)という枷がある。

 

 よって結末は詰将棋。カルキの行う決死の回避運動は“死”という一方通行の結末への自殺行に他ならない。

 

 単なる身体能力、身のこなし。

 

 人の技のみでサーヴァントの攻撃をやり過ごすカルキの立ち回りは外から見守る他のサーヴァントや魔術師からして凄まじいものだが、それさえ敵を測るようにアーチャーが手心を加えているが故成立する様である。

 悠然と構えるアーチャーの気が少しでも変われば一瞬で崩れ去る均衡。そして彼が本気にならずとも時間によって崩れ去る拮抗。

 

 ……遠く、アーチャーの戦闘をアサシンの目を通して見守るマスターは確信する。このまま続けば五分と待たずして英霊に挑みかかった愚かなるマスターは絶命すると。

 

 しかし──。

 

「……ッ!」

 

 一歩。決死の回避。その動きはセイバーやランサーの達人芸に比べれば見るも無残な身のこなしだ。

 

「ハッ……!」

 

 二歩。紙一重の避け。武芸の才能など絶対皆無。それは文字通り血の汗を流して、反復した努力の成果。凡人が積み上げた天才が一歩で崩せる瓦礫の積み木。

 

「おお……!」

 

 三歩。限界を振り絞るようなギリギリの運動。辛うじて命を拾えているのは、死から逃れる生命の底力。根性論に頼った砂上の楼閣。

 

「づぅ……あああ!!」

 

 四歩、五歩──だと、いうのに。

 また躱す、まだ(・・)躱す。躱す躱す躱す躱す躱し続ける、終わらない。

 手心を加えているとはいえ、本気でないとはいえ。

 サーヴァントであっても敗走するであろう圧倒的物量を前にして、個人の武技が健在する。それどころか六十四を数える頃にはその動きは洗練されていき、九十六を数える頃には“死”の距離は遠くなり、そして──六歩。

 百を超えたその瞬間、『王の財宝』より打ち出された“剣”は簡単に避けられる。

 

「ほう……大言壮語をほざくだけのことはあるか」

 

 鼻を鳴らしながら感心したように言うアーチャー。さもそれぐらいは出来なくては困るといった言い回しだが、外から見ていたセイバーとランサーの感想はそんなものでは済まされない。

 

「バーサーカーに比べれば不格好ではありますが……」

 

「あの動き……奴め、この短時間で見切ったというのか……アーチャーの手癖を」

 

 宝具は無限にあれど、その攻撃が射手の腕によるものである以上、何処に打ち込むか、どれほどの早さ、角度で敵を打つか……そういった着弾地点にはどうしても射手自身の技量が伴う。

 サーヴァントとはいえ元は人間。自らの技術が関わる者である以上、そこには程度の差はあれ“手癖”というものが現れてしまう。

 得意とするパターン、必勝というパターン。殺しに行くときは頭を打つのか、心臓を射るのか。はたまた走ることを出来なくしてから殺しに行くのか──。

 

 そういった射手としての僅かな隙。

 傍目からは違いの見て取れない、微細な型。

 カルキの動きは、それを見切った回避であった。

 

 鈍足とはいえ前進気勢が留まることを知らない様こそその証明。

 あろうことかただの魔術師が、ただの人間が。

 英霊(アーチャー)の技量に肉薄している──。

 

 その事実にセイバーとランサーは戦慄する。

 何だあの人間(おとこ)は、と。

 

「▇▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂▂▂!!!!」

 

 ──その時。

 我を無視するなとばかりに戦場に叫び声が轟く。

 バーサーカー。

 カルキが乱入する以前、アーチャーの相手を務めていたサーヴァントが咆哮と共にアーチャー目掛けて突進を敢行する。

 カルキを直視していたアーチャーの視線がチラリと動く。さも面倒くさげに追加の“門”を開き、多重の弾幕を以てその突進を受け止めにかかる。

 

「ッ……!」

 

 一瞬。ほんの一瞬。カルキに降り注いでいた弾幕に隙ともいえない隙が出来る。

 アーチャーはバーサーカーに対応する一呼吸分の僅かな時間。

 対象(カルキ)から目を外した。

 この間隙に、カルキは命を賭ける選択を取る。

 眉間に迫る朱色の槍。ランサーの宝具に類似した恐らくは魔槍の原点か何か。これをカルキは命を賭けた七歩目によって潜り抜ける。

 弾丸が着弾するよりも刹那に早く駆け抜ける。

 

 回避ではなく前進を以て、弾幕の地点を突破する。

 

「ほう! 抜け出しおったか!」

 

 手を叩いて喝采する勢いでライダーが戦車から身を乗り出す。だがそんな歓声すらカルキは意に留めない。終わりの見えない地獄に垂らされた一筋の光。

 蜘蛛の糸にも等しい光明に全力でしがみ付く。

 

 しかし──次瞬、視線を戻したアーチャーが意地悪気な笑みを浮かべるのを目視してカルキはこれが用意された隙であることを悟る。

 

(ブラフ)か……!”

 

「多少の勘はあるようだが……これならばどうだ?」

 

 決死を乗り越えた先に広がる絶死の光景。

 蹴りだした先に広がる絶望的な着地点。

 今までアーチャーの背後から砲台の如く弾丸を放っていた“門”がカルキを取り囲む鳥籠の如く展開し、包囲している。

 総数十三。上下左右、前後にかけて“門”から覗く一秒後の死。

 もはや回避による生存は見込めず、脱出先は見当たらない。

 

「──どうする? 雑種」

 

 パチンとアーチャーが指鳴らしをすると同時。

 『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が放たれる。

 後にも先にも道は無く。光明は闇に沈んだ。

 であれば……残された手段は一つだけだろう。

 

 ドクン──と心臓を刻む。

 血脈(バイパス)を通じ、等速運動域(アベレージ)の状態から魔力を両手に集約する。ジジジと電撃が火花を散らすが如き音と共に軍刀に光が宿る。

 (さき)が無いなら作るのみ。光明は、我が手にあり。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 二刀の軍刀を腰だめの姿勢で揃え、構える居合のような動作。そこからカルキは螺旋を描くように跳躍する。

 軍刀より放たれる思わず目を細めたくなるような鮮烈なる“光”。さながら天へと向けて昇る竜が如く。光の螺旋が迫る死を悉く払いのける。

 

 その源。その現象。カルキが成した偉業の正体にいち早く気付いたのは、セイバーであった。何せ──その原理は自身と全く同じものだ。

 

「アレは……『魔力放出』……!?」

 

「そ、それってセイバーと同じように魔力の後押し(ブースト)で強引に宝具を撃ち落としたってこと……? 理屈は判るけど、でもそんな……!」

 

 ……『魔力放出』とはセイバーが有するスキルの一つだ。読んで字の如く自らが有する魔力を一瞬のうちに大量放出し、その出力を以て身体機能を強化する能力。生来、竜の心臓を有するセイバーのような、強力な魔力出力を持ちうるサーヴァントが使用することの多い力である。

 理論上、これはサーヴァントに限らず魔術師にも使える。何せ原理としてはただ単に有する魔力を魔術という形にすることなく大量放出するだけの技だ。

 魔力量に自信のある魔術師ならば使うこともあるだろう。

 

 だが──宝具を撃ち落とすほどの威力ともなれば話は別だ。

 今の一連は明らかにセイバーと同等かそれ以上の出力で振るわれた。

 サーヴァントならばいざ知らず、アレだけの『魔力放出』ともなれば、一流の魔術師とて、全ての魔力を使い尽くすほどだろう。

 回復は一日そこらで済まされないだろうし、そもそもあんな力任せを行使すればその後に意識など残らない。一度に大量の血を失くした後のような失血による失神状態に陥っても何らおかしくない無理な力の行使だ。

 

 だというのに──。

 

「ハッ! 不敬な! この(オレ)を見下ろすか雑種!」

 

 憤りながらも何処か愉し気に笑うアーチャー。

 天に上る光跡が途絶えた後、闇夜に舞う軍服の姿。

 意識が途絶えるどころか、爛々と意志が輝く両眼。

 

 軍刀を携えるカルキは健在であった。

 それどころか──軍刀に再び“(魔力)”が再装填される。

 

「覚悟──サーヴァントッ!」

 

 ドンと夜空を彩る花火のような爆発音。

 推進力(ブースター)のように背後に構えた軍刀から大量の魔力が放出され、カルキはアーチャー目掛けて弾丸のように迫る。

 光跡を携え、落下するその姿はまるで夜空に煌めく流れ星だ。

 

 アーチャーの両真横に二つの門が展開される。

 落ちる星を迎撃せんとするアーチャーの攻撃。

 速射された二本の“剣”。さらにその影に時間差を置いて“剣”を隠して打ち放つ。優れた弓兵の使う『二つ矢』とでも言うべき技術だ。

 

 直線に迫るカルキにこれを回避する手段は無い。ならば当然、先ほどのように魔力出力に任せて撃ち落とすが手段であるが、肉体は単なる人間に過ぎないカルキでは一つ目を落とした直後に二つ目を撃ち落とすなどと意識が追い付いても肉体の反射が追い付かないだろう。

 遭遇までの猶予はゼロコンマ五秒台。

 許された交錯は一度だけ。

 となれば落とせる数も一つだけだ。

 

 二つの軍刀を同時に振るった所で落とせるのは最初の一射目のみ。これがギリシャ神話に名高き大英雄などであれば一瞬のうちに四射を払う四連撃も出来ようが、人類でも凡才に寄るであるカルキでは当然そんな離れ業が出来るわけもなく。

 

「天を仰いだ愚者らしく、地に落ちよ雑種」

 

 偽りの翼など真なる光を前に落ちるのみ。

 アーチャーは寓話をなぞった嘲弄をしながら落ちる星を眺める。

 その輝きを値踏みするように。

 

「否……まだだ……!」

 

 確立された交錯の瞬間(デッドポイント)を睨みながら、されどカルキは不撓不屈を叫んで見せる。果たして──カルキは死を乗り越える。

 一瞬のうちに許された肉体の自由、体感の調整、魔力噴出の微細な発露。

 カルキは交錯する瞬間への軌道を僅かに操り、最初の一射目を足蹴に、続く二射目が届くより先に更なる加速を図って躱す……!

 

「なんと……!」

 

 あんまりにも馬鹿げた人の限界を超越するような軌道にランサーが唖然とする。少なくとも同じことをやれと言われてもランサーには出来る自信がない。勇士の自負として不可能とまでは言い切らないが、それでも──今の一瞬はランサーをして埒外の神業だった。

 

 強引な運動に体中の筋が引きちぎれ、骨が軋むがされどカルキの生存は許された。過ぎる剣を背後に、もはや実像すら視界に捉えられぬほど加速した世界の中でカルキは金色に輝く王の首元目掛けて、その両刀を振り下ろす。

 

「英雄王──!?」

 

 ガタンと同盟者を通じて戦況を遠坂邸から見守っていたアーチャーのマスターである遠坂時臣が椅子を揺らして立ち上がる。

 そんな、まさかと思いつつも同盟者が告げた英雄王に魔術師の刃が届いたという言葉に動揺を隠せない。

 

 外様の者たちが固唾をのんで見守る中、渦中の当人たちは何処までも冷静だった。

 

「……やはり、防御も盤石か」

 

 硬質な手ごたえを認めたと同時、カルキは勢いそのまま空中で身を翻し、地面を足で擦りながら着地を決める。

 着地(ランディング)に伴い、発生した砂煙の向こう。

 金色の王は両手を組んだまま健在だった、頭上には斜めに角度をつけた盾の顕現。先ほど迎撃を打ち出した二つの“門”からさらに盾を取りだして、落ちて来た断頭の刃を防いだのである。

 

「──フン、一度のみならず二度と続けばまぐれとは言うまい。及第点をやろう。この時代を生きる雑種にしては中々どうして骨があるではないか」

 

「ふぅぅぅ──自らの傲慢を改めたか英雄。あまり、人間を見縊るな」

 

「図に乗るな下郎。雑種の基準で我が両眼の裁量を測れると思うなよ? 貴様程度の戦士、(オレ)が生きた時代には珍しくもない」

 

 不快気に言い切りながらアーチャーが顎を動かし、カルキを促す。

 警戒しつつカルキが合図された先に視線を向けると、片膝を突きながら息も絶え絶えの様子で蹲るバーサーカーの姿。

 ……二対一、その片手間で相手してやった上でのことだ。

 そう言外に告げたいのだろう。

 そして事実、甘い対応を与えられた上での薄氷の結果であった。

 

「第一、余力を残した状態で(オレ)の首を取るなどと出来もしないことをほざく貴様に咎められる謂れなどないわ。全身全霊も尽くせぬ相手にはこの程度で十分よ」

 

「!」

 

 鼻で笑うように受け流すアーチャーの言葉にカルキは身を固くする。

 ……確かにアーチャーの目はカルキでは測りきれないようだ。

 自らの力の底、加速運動(ドライブ)の存在を直観的に見切ったか。

 

 敵の評価を改めるカルキを傍目に、アーチャーは身を翻す。

 

「つまらぬ主に、有象無象の雑種ども──(オレ)が相手をする価値もない退屈な宴になるかとも思ったが、中々どうして面白い雑種も紛れ込んでいるものよ。王の面前で名乗ることを許す、貴様の名を応えよ雑種」

 

「……カルキ・H・ピースマン。キャスターのマスターとして、この聖杯戦争を終わらせるために参じた者だ」

 

「……くく、フハハハ! そうか終わらせると来たか! 良いぞ面白い! 貴様は道化としての才能もあるようだな! ならば今宵は貴様という雑種を知ったことを肴に無聊の慰めとするとしよう」

 

「引くか、アーチャー」

 

「見逃してやると言っているのだ雑種。もう一度、(オレ)と相対する覚悟があるというのであれば、次こそはその()を刻むがいい」

 

「……………」

 

 自らが言いたいことだけ言い切って、アーチャーは金色の粒子となって夜の闇に消える。サーヴァントが有する霊体化の機能。

 それを用いて、戦場から引いていったのだろう。

 

 暫しの沈黙。油断なくアーチャーの撤収を見送った後、ようやくカルキは息を吐いた。

 

「……成程、これが聖杯戦争か」

 

 一筋縄ではいかぬと息を吐きながらカルキはその視線を外様に向ける。

 セイバーとそのマスター、ランサーとそのマスター、ライダーとそのマスター、そしてバーサーカー。

 

 ……夜はまだ終わっていない。

 続く様々な状況を想定しながらカルキはそちらへと足を向けた。




AUOの機嫌がよかったお陰で令呪得したトッキー。
代わりに肝は冷えた。
そして麻婆の名実況、口元歪んでますよ……。
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