Metalnova   作:アグナ

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ACT-9 大義

 ──カルキ・H・ピースマンという青年は切嗣が最も嫌うタイプの人間であった。

 

 現代英雄を始めとした数々の異名が示す通り、無辜の民草は戦地において彼を崇め奉った。如何な激しい紛争地帯にも颯爽と現れ、教義も理念も大義も……あらゆる戦争の名目を越えてそこに救われるべき弱者がいるというだけで現れる青年。

 寄り添うのは常に民草。傷ついた彼らを庇護するべく、赤十字の理念の下、白衣の戦医たちを率いて守護を優先とする在り様は正しく古の英雄の如くだ。

 

 ……彼のような人間が、非情な戦場に対し、無辜の民草が無用に憧憬する原因となる。戦場においては徹底的にリアリズムを追求する切嗣にとって正にカルキは唾棄すべき戦場幻想そのものであった。

 

 和を嫌い、失血を強いろうとするものが現れればこれを排し、救援を理由に内政干渉をしようとする利権の影がかかろうものならばこれを晴らす。

 決して権益や権力には頭を垂れず、今まさに十がため踏み潰されんとする一を拾い上げるその振舞いは弱者救済の福音。

 ──かつて無垢だった少年が憧れ、決して成れぬと悟った理想そのもの。

 その嫌悪は憎悪にも等しい。

 

 殺すことでしか人を救えない衛宮切嗣にとって、同じ殺し屋(過程)を辿りながらもしかして光の道を歩むカルキは決して認められるものではない。

 全ては救えない、枠からあぶれる人間は必ず現れる。

 だからこそ、救う人間を選び取る。より多くの人を、より多くの未来を。そのために少ない方の天秤を斬り捨てる。

 

 変わらない。歩む道は変わらない。

 だというのにどうして──お前は理想(ひかり)に立っている──!

 

 身勝手と言えば身勝手。

 しかし彼の半生を考えれば致し方の無いことでもある。どだい万人が理想とする正義の味方(えいゆう)と、現実を受け入れた正義の味方では交わるはずもない。

 よって衛宮切嗣にとってカルキという青年は聖杯戦争という理由無くしても認められない相手であった。

 

 ……だが別段、それを理由に切嗣は相手を見誤ることはないと判断していた。戦場にあって感情を切り離し、機械的に対応できるのが魔術師殺しの神髄。

 あくまで倒すべき敵として、聖杯を手に入れるための贄として、何処までも冷静に何処までも冷徹にその命を仕留める──その、心意気であったのに。

 

「なんだ──アレは」

 

 たった今、サーヴァント・アーチャーを退けた男をスコープ越しに呆然と睨む。熱源を形として捉える赤外線探知(サーモグラフィー)、魔術師が魔力を行使する際に発する熱を追うレンズを通して男を視る。

 夜闇の冷たさに凍る蒼い世界の中、煌々と熱源を発する紅。

 その体温は明らかに度を越して高温だ。人間の平均的な体温を軽く上回り──否、高すぎる体温は既に致死量の域に達している。

 

 膨大な魔力が渦巻いてる所作だろう。その魔力量、それこそセイバーのそれに比肩している。つまるところ──生身の人間に耐えられる領域を超越している。

 魔弾一つ、魔術一つ行使するだけで相当の反動(フィードバック)は免れない。魔力を扱うたびに全身に激痛が迸っている筈だ。

 そもそもそれ以前に……アレだけの魔力(ねつ)量、肉体が熱溶解(メルトダウン)を起こしても何ら可笑しくはないのだ。

 

 戦闘どころか生きていることすら信じがたい……それが、初めてカルキという存在を生で目の当たりにした切嗣の感想であった。

 

 そして現実を疑うほど驚愕するのは切嗣ではない。

 ランサーのマスター……コンテナの影に身を隠すケイネス・エルメロイ・アーチボルトもまたカルキという男を見て驚愕していた。

 

「あり得ん……何だあの魔力量は」

 

 科学の力によってカルキを明かす切嗣とは異なり、ケイネスは魔術師としての卓越した才覚ゆえ、カルキの宿す無法を悟る。

 目算で、およそ三百倍(・・・)

 それがケイネスが見たカルキの保有魔力量だ。

 

 ……比較対象はケイネス本人ではない。ケイネスが知る限り驚異的な魔力量、魔力回路の優位性を誇る『時計塔』のロード、マグダネル・トランベリオ・エルロッドである。

 全体基礎科(ミスティール)という時計塔最大派閥の頂点、その出力の高さからアフターバーナーに例えられることもあるロード・トランベリオと比較して三百倍にも達するであろう魔力、それがカルキから出力されているのだ。

 

 もはや先天的な才能どうこうの話ではない。

 人間離れ、魔術師離れした異常な力。それでいてその力は内に巡るだけで暴発する様子もなく、完全にカルキという人物の意思の下、支配下に置かれている。

 一体どうしてそんなことが可能なのか。

 学んできたどんな理論や法則にも噛み合わぬ不明な現実を前にケイネスは我知らず後ずさりをした。

 純粋に、初めて同じ魔術師を脅威として認識したともいえる。

 

 戦慄を隠せない熟練の傭兵と天才的な魔術師だが、一方で残るこの場の魔術師たち、セイバーのマスター代行を務めるアイリスフィールや、ライダーのマスター、ウェイバーは比較的に衝撃の度合いは少ない。

 アイリスフィールはその世間知らずさと生来持ち得ぬ魔力量の高さから、カルキを純粋にサーヴァントに比肩する純正の戦士として正当な怖れを抱いているに過ぎない。

 

 そしてウェイバーの方はアイリスフィール同様にカルキの戦闘力を恐れつつも、それ以上に自らのサーヴァントであるライダーに似たカリスマともいえる覇気を纏うカルキを普通に怖がっていた。

 ウェイバーごとこの場に居合わせる敵対者たちを睨む視線は、肉食動物を前にした草食動物のような気分にされる。自分が特別睨まれているわけでもないのに、本能的にウェイバーはライダーの戦車の影に縮こまった。

 

 しかし、ふと……怖がりながらもウェイバーは疑問を抱いた。

 

「……あれ? でもアイツ、なんでアレだけ凄い魔力があるのに態々、剣でアーチャーと戦っていたんだ?」

 

 ──サーヴァントとやり合えるほどの戦闘技能。サーヴァントの宝具を打ち払えるほどの魔力量。成程確かに凄まじい。

 だが、アレだけの魔力があるならば彼は剣に拘る必要はない筈だ。

 さっきの交戦相手はアーチャー。遠距離戦を得意とする相手だ。

 ならば燃焼なり魔弾なりで先ず以て遠距離戦に挑むのが普通の戦い方というモノではないだろうか。実際、最終的にはアーチャーを退けたとはいえ、彼は終始アーチャーの遠距離攻撃に苦しめられていた。

 あわや追い詰められ、死にかけるような場面すらあった。

 

 だというのに……彼は剣を振るい、純粋な魔力を出力するだけで、強力な瞬間契約(テンカウント)は疎か、一工程(シングルアクション)すら使う素振りを見せなかった。アレだけの魔力だ、魔弾として放つだけでもそれこそビームにもなり得るだろうに。

 

「唱える隙が無かった? いやいや武器だけでサーヴァントとやり合えるなら、そんな瞬間幾らでも作れるはずだ」

 

 改めてカルキにバレない……無論カルキの方は観察に気づいている……つもりでウェイバーはカルキを見る。

 肩章(エポレット)の着いた軍服のような衣服の上から外套を羽織った偉丈夫。黒い髪に金のメッシュ。腰に身に着けた二本の軍刀。

 魔術師というよりどこぞの国家の将官と言われた方が納得しそうな出で立ち、それから……。

 

「……腕輪(ブレスレット)?」

 

 見目をよく観察して気づく。左手の手首。

 カルキのそこには腕輪のようなものが収まっている。

 宝飾品や呪い守り(アミュレット)というより、より機械的な、医療の場面で見かける血圧計にも似た装置。

 表面には国際共通語の何れにも通じない文字の綴り。

 魔術師として有りがちなルーンやラテン語でもない。

 

 本当に、魔術師であるウェイバーには見覚えのない文字列。それが刻まれた機械的な腕輪がカルキには備わっていた。

 

「もしかして、アレがアイツの強さの秘「見事ッ!!!」──うわッ!?」

 

 知的興味に誘われて思わずウェイバーが身を乗り出そうとした瞬間、耳元で爆発でも起きたかのような大声量による喝采が鼓膜を叩く。

 発生源など探すまでもない。声を発したのは己がサーヴァント、ウェイバーが騎乗する戦車の持ち主によるものである。

 ウェイバーにすら制御不可能な豪放磊落の王、ライダーは、アーチャーとの戦いを終えてこちらを警戒するように睨むカルキに向けて惜しみのない賞賛を向けた。

 

「まさか堂々たる様で我らと刃を交える者がいるとはなぁ! 魔術師なぞ挙って穴倉に引きこもるばかりの根性なしだと思っていたが、中々どうして見ごたえのある武人(もののふ)もいるではないか! あのアーチャーに一歩も引かぬ貴様の武芸、余はしかと見せてもらった!」

 

「……流石は世界を狙った覇者、いずれ脅威となる者相手に純粋な賞賛を向けるとは成程、世界帝国の暴君は大した器の持ち主らしい」

 

 親愛にも似た笑みを向けるライダーの言葉に対して、返す言葉は何処までも平静かつ怜悧であった。

 鋼にも似た硬質さと冷徹さを以てして、カルキは淡々と言葉を返す。

 ライダーの気迫に飲まれる様子もなく、感化される様子もなく、何処までも対等な人間として言葉を交わす。

 

「それで? 俺を見込んだ上で如何にする征服王。アーチャーに続き、次戦の相手として俺と雌雄を決するか?」

 

「待て待てそう急くでないわ。……せっかくこれだけの勇士が集う場であるのだ。序盤からいきなり力を尽くして消耗し合うのは余りにも勿体ないであろう、のう?」

 

「……勿体ない(・・・・)……だと?」

 

 カルキの戦意を冷静に受け止めつつ、諫めるように振舞うライダー。……元よりセイバーとランサーが決着する寸前になって横槍を入れた人物である。

 今日この場で大勢が決するのを望んでいないのだろう。

 まずは落ち着けとばかりに両手を上げてカルキを抑えに抱えるが……その際、選んだ言葉の一つにカルキの眉間がピクリと青筋が歪む。

 一瞬、不穏な雰囲気が立ち込める──が、それが爆発するより先に。

 

「うおい! 何勝手なこと言ってるんだよ! これは聖杯戦争だろう! 敵を倒してなんぼの戦いだ! 真名まで明かしたのに何もせず帰るなんてそんなの、ぴぎゃ!?」

 

 爆発するライダーのマスターの不満。

 好き勝手物を言う己がサーヴァントにウェイバーは怒涛の抗議を申し入れるが、残念ながら力及ばずデコピン一つで沈黙させられる。

 

「そう何度も言われずとも分かっておるわい。雌雄を決するのは当然であろう。だがこうして面と面を向かい合わせ、言葉もなく殺し合うようではそれはあそこにいる血に飢えたバーサーカーと何ら変わるまい。戦場に酔うことはあっても戦場に狂うが如き振る舞いは征服王の戦に非ず。何事もまずは敵を知ってそれからであろう」

 

 チラリ、とライダーはセイバーとランサーに並ぶこの場に居合わせるもう一騎のサーヴァント、バーサーカーに目を向ける。

 アーチャーの宝具の暴威を前に傷ついたバーサーカーはのた打ち回るようにして苦しみながらも狂気に満ちた視線をこの場に居合わせる敵たちに──否、何故かセイバーを注視するようにして向けている。

 だが、バーサーカーのやる気は十分でもそれを制御する方は限界だったのだろう。ガタガタと甲冑を揺らしたと思った次の瞬間、バーサーカーの姿が消失する。

 

 魔力切れによる霊体化であろう。バーサーカーへの魔力供給が遂に追いつかなくなり、マスターの方がサーヴァントを実体化させられなくなったのである。

 

「…………」

 

 ライダー同様、そちらに視線を向けていたカルキの目がスッと細まる。

 同時に先ほどまでライダーに向けかけていた不穏な雰囲気が鳴りを潜めていく。

 

 その様子に冷静さを取り戻したと感じたのか、ライダーはさらに言葉を募った。

 

「我らは互いを自らが掲げる覇道の障害であると捉えているから戦い合っているのであって憎み合って矛を交えているわけでは無かろう。となればまずは互いに胸襟を開き、己が願いと覇道を示した上で、決着をつけるのが英雄英傑の戦いに相応しかろうが。そうは思わんか? のう、勇者よ!」

 

「……はぁ、流石は馬鹿げた夢を掲げた王の言葉は違うな。貴方の“戦争”は随分と浪漫に満ちた場であるらしい」

 

 気が削がれたとばかりに呆れた様子を見せるカルキ。

 場合によっては愚弄とも皮肉とも取れる言葉だが、カルキの返しにライダーはニンマリと笑い。

 

「応とも! 余の征く道はまっこと浪漫に満ちた道程であったわ!」

 

「──そうか。まあ、そういう時代もあったろうな。……戦争とは、それ自体が悪に非ず。少なくとも貴方の生きた時代の価値観はそういうものであったというだけの話だろうなこれは」

 

 決して共感も理解もしないが……納得はしよう。

 ライダーに向けかけた激情に蓋をしながらカルキはそれで息を吐いた。

 

「……ならばこの場にどう始末をつけるライダー。対話を求める無抵抗の相手を切るほど俺は血に飢えてはいない。が、そこのセイバーとランサーが大人しく引くかどうかは管轄外だろう。そちらがやる気であるならばどうあれ大勢は此処で決する必要があるが?」

 

「などと、キャスターのマスターは言っているが?」

 

 カルキがライダーに向けた言葉をそのまま右から左に流すかのようにセイバーとランサーに振るライダー。

 ……覇王に相応しい大器なのかはたまた単なる考えなしの暴君なのか、イマイチ評価のしにくい振る舞いである。

 

 一方の話を振られたセイバーとランサーは如何にして応えるべきか言葉に窮する。

 セイバー、ランサー、ライダーという三つ巴の場。

 それに加えてサーヴァントに匹敵するマスター一人に、各魔術師たち。

 一堂に決する場にあって何もせず冷静に此処で素直に引くという手もあるが、寸前までの二人の戦況を思えばそう簡単に踏ん切りがつく話でもない。

 

 ……現状、有利不利で語るならばセイバーの方は絶体絶命だ。

 決闘に際してランサーが明かした宝具によりセイバーは利き手に手傷を負い、上手く剣を掴めない状態にある。加えて受けた傷は不治の傷。

 直接的に致死にいたる規模ではないが、序盤でいきなり切り札を封じられたという状態は正に絶体絶命と言えよう。

 

 他方、ランサーの方は多少の手傷と魔力消費こそ負っているものの未だ殆ど無傷である。このままセイバーとの戦いを続けていれば仕留めることが叶ったろうからこそ引くに引けない。なにせあと少しで首級があがる寸前だったのだ。

 得られる結果を思えば、横槍一つではいそうですかと引き上げるにはあまりにも惜しい。

 

 ……何より、プライドの高いランサーのマスターがそれに納得するとも思えない。そんな苦渋を内心に浮かべるランサーだったが──意外なことに一番最初にこの場で口を開いたのはなんとランサーのマスターであった。

 

『……ここは引き上げる。戻れ、ランサー』

 

「なっ……! よ、よろしいのですか!?」

 

『よろしい筈がなかろう! 貴様がもっと早くにセイバーを仕留められていれば良かったものを……! だが……しかし、しかしだ。無策の乱戦に飛び込むのは愚行であろう。何より……キャスターが闇討ちを目論んでいるとも限らないだろう』

 

「ッ……キャスター」

 

 歯ぎしりする様子で不承不承の様子でその場を引き上げる決断を下すランサーのマスター、もといケイネス。

 ……彼をして信じがたい魔力を有するカルキ自身は勿論警戒対象だが、それよりも気になるのはカルキのサーヴァントの動向であろう。

 前に出て来たのはカルキだけで、カルキが有するはずのサーヴァントは未だに影も形も見せていないのだ。

 

 魔術師(キャスター)英霊(サーヴァント)が持つ特性を考えれば、影で後方支援に徹し、こちらを今まさに狙っている……ということも考えられる。

 カルキ陣営が色んな意味で未知の勢力である以上、下手に踏み込んで手痛い反撃をこの序盤で受けるのは不本意だ。

 安全策を取るなら此処は成果を捨ててでも一度態勢を立て直す場面だろう。

 

 ……カルキという脅威を前に取り戻した魔術師としての理性的な判断と、僅かな恐怖を噛み締めながらケイネスは苦渋を飲み込む。

 

「んお! そうだキャスター! そういえばキャスターのマスターよ、己がサーヴァントは何処にいる? 隠れているというのならば折角だ、この場に連れて出すが良い!」

 

 苦心の結果、何とか納得するランサー陣営を傍目にライダーの方はといえば暢気に、さも友達に頼むようにしてカルキに向かってキャスターを呼びつけるよう命じる。

 間を置かずしてウェイバーの「そんなノリで言うことを敵が聞くわけないだろ!」というツッコミが冴えわたるが、残念ながら黙殺された。

 

「そちらのマスターの言う通り、明かす理由はないな。この場にいるかもしれないし、別の場所にいるかもしれん。なんにせよ、無為にこちらの情報を与える義理はない」

 

「ぬう……ケチな奴よのぉ……」

 

「で、そちらはどうするアインツベルン。引くか引かぬか、好きに選べ」

 

 ボヤくライダーを無視して視線をセイバー陣営に向けるカルキ。

 ──ランサー陣営は引く気で、ライダー陣営はこの通りだ。

 となれば手傷を負ったセイバー陣営の選択も自ずと撤退の方向に偏ると思われるが、果たして口を開いたアイリスフィールが発したのは進退ではなく問いであった。

 

「──カルキ・H・ピースマン。貴方は何を望んでこの聖杯戦争に参じたの?」

 

「──なに?」

 

「アイリスフィール……?」

 

 突然の問いかけに訝しむカルキと、怪訝そうにするセイバー。

 困惑する様子の両者を置いてアイリスフィールは続ける。

 

「さっき……貴方はあのアーチャーに向けてこう言ったわ。聖杯戦争を終わらせると。それはどういう意味?」

 

「無論、そのままの意味だとも。俺は聖杯戦争を終わらせるために此処にある。無辜の人々が暮らす平穏な街で開催される魔術師どもの暗闘劇……真っ当な良識を持ち合わせる人間なら先ず以てぶち壊そうと思うのが普通の反応だろう」

 

「……はぁ? 何言って……」

 

 三流であろうとも純正の魔術師であるウェイバーはカルキの言葉を聞いて困惑する。

 だがアイリスフィールは……アインツベルンの魔術師としての常識を有しながら衛宮切嗣という例外を知る彼女は、その言葉にドキリと黙り込む。

 

「街の、平穏を……」

 

 アイリスフィールの言葉に特に迷う様子も無く淡々と言葉を返すカルキ。

 その言葉は普通の人間を基準にするなら間違いなく正論であった。

 ……アイリスフィールとて、この街に降り立って以降、夜の戦いが始まる前には平穏に暮らす人々の在り様を眺めて来た。

 

 聖杯戦争とは無関係に暮らす人々。平和を謳歌し、笑顔の日々を過ごす彼ら。

 ──その傍らで聖杯戦争は行われている。

 魔術師たちによる神秘の儀式。サーヴァントという人知を超えた存在を呼び出し、互いに殺し合わせる蟲毒の戦い。

 

 嗚呼、確かに真っ当な人間なら一言に断じるだろう。

 そんな危険なものは容認できないと。

 

 カルキの視線、言葉に何ら揺らぎはない。嘘はない。偽りはない。

 彼は真実、確かに語る通りのままに動いている。

 ただ、この儀式を止めるためだけに、この戦いに参加したのだろう。

 

「だったら貴方は聖杯に懸ける願いは──」

 

「ああ、無いな(・・・)。あらゆる願いを叶えるという触れ込みにも興味もない。せいぜい手に入れられる機会に恵まれたならば、時計塔からの回収依頼を済ませよう程度のものだ」

 

『なに、時計塔からの回収依頼だと──』

 

「元々それが目的だからな、ランサーのマスター。質問状はアニムスフィアに回しておいてくれ」

 

『アニムスフィア……!? そうか、連中も聖杯戦争の噂を聞きつけて……!』

 

 途中で会話に絡んできたケイネスを適当にやり過ごしながらカルキはその視線をアイリスフィールへと向ける。

 

お前たち(・・・・)が何を望んでこの戦に望んでいるかは知らんがな。……大義があれば安穏と暮らす人々の日々を犠牲にして良いなどそんな理屈が通るものかよ。魔術の探究をしたければ人里離れた余所でやれ。目的のために進んで人々の平和を乱そうとするならば……どうあれそれは“悪”であろうよ」

 

「──違う! 違うわ! 私たちは人々の──」

 

 カルキの言葉に何か耐えかねる要素があったのか、バッと顔を上げたアイリスフィールは何事かを言いつのろうとするが、それよりも早くカルキは鋭い視線をアイリスフィールに向けながら先んじる。

 

「────トリアージは最終手段だ(・・・・・・・・・・・)

 

「ッ!?」

 

「誰に何を聞かされたのかは知らんがね。神でもあるまいに、犠牲を前提とした救済はこれ以上とない傲慢だよ。か細くとも、そこに命未だ残っているならば援けるように動くのが正しい人の在り方だろう。……覚えておくと良い。現実に必要な犠牲を認めることと、必要な犠牲を前提に働くことは全くの別だ。俺は決してそれ(・・)を認めない」

 

 ジッとアイリスフィールの瞳の奥を……その先に何者かを見据えながら断言するカルキ・H・ピースマン。

 傍からやり取りを見ていたセイバーは思わず息を飲む。

 この男は本物だ(・・・・・・・)

 現実を知り、無常を悟りながらも理想を決して諦めていない。

 残酷な現実を前に、それでも腐らず最良を選び取らんと振舞っている。

 

 ……魔術師としての性能や戦士としての実力はもはや重要ではない。

 英霊として、認めざるを得ない。

 間違いなく目前の青年は──どうしようもないほど善に生きる人間であった。

 

「──ッ! 僕が……どんな、思いで……ッ!」

 

 デリッククレーンの袂に隠れる機械を演じる男が歪む。

 引き金に掛かる指が怒りに震える。

 それを、

 

『──切嗣』

 

 無線越しに冷やす冷徹な声。

 共犯者の声に切嗣は歯を噛み締める。

 

「分かっている……分かっているさ」

 

 ……切嗣が陣取るすぐ真上にはアサシンが潜んでいる。

 此処で感情のままあの男を撃ち抜けば、切嗣の存在はアサシンを通じて露見し、せっかくのセイバーのマスターの偽装という措置が無意味になるだけではなく、アサシンに狙われ、命を失う危険性もあるのだから。

 冷静に、勝ちに徹する最良は、場の流れに身を任せ引き上げること。

 

 だが……。

 

「ッ──」

 

 衛宮切嗣に有るまじき理由でスコープ越しに敵を睨む。

 ──或いは八年前までの切嗣であれば。

 きっとこうはならなかっただろう。

 だが、彼は知ってしまった。妻への愛と娘への愛。人として真っ当な愛情をまざまざと知ってしまった彼は、もう二度と機械の振りは出来やしない。

 たとえこの聖杯戦争に勝利できたとしても、その過程で払わなければならない代償を思えば、喜びに救われることは無い。

 

 行くも帰るも地獄の道程。なればこそ──尚の事、許せない。

 

 暗中にて輝ける光。かつて夢であり、理想であったそれそのもの。

 衛宮切嗣が衛宮切嗣である限り──アレは絶対に認めてはならないものだ。

 

ピースマン(・・・・・)……」

 

 それは確か、米国に務める脳外科医。

 人を救う者から譲り受けた家名であったか。

 ──まるで当てつけだ。

 

 闇の中で、正義の味方は皮肉に嗤った。

 

「──話は尽きたな」

 

 カルキの振る舞いに昏い感情を覚える誰かのことなど露知らずといった様子でカルキは呆気なく踵を返す。

 此処で戦う事態が無くなった以上、この場に居合わせる理由を失ったも同義。

 興味を失ったかのように早々にカルキは撤退を選ぶ。

 

「なんだ帰るのか?」

 

「帰る。……セイバー陣営と言葉を競った所で平行線は見えている。ランサー陣営は深く語るほどの関係は無く、そしてお前たちの相手は疲れる。最後に敢えて言うならば……覚えておけ魔術師ども。貴様らの跳梁跋扈は……この俺が許さん」

 

 未練そうに呟くライダーの言葉を容赦なく斬って捨て、捨て台詞に宣戦布告を残しながらカルキは()ぶようにして、コンテナの影を伝って夜の闇へと紛れていった──。

 

 

×  ×  ×

 

 

「キャスター、追撃の気配は?」

 

『……ありません』

 

 ──港湾区を抜け出し、新都の夜を疾走する中、唐突にカルキは口を開く。

 気づけば傍らには孔雀石(マカライト)の鳥。

 船上で置き去りにしたキャスターの使い魔がカルキに並走するようにして飛んでいる。

 

「そうか、それは何よりだ」

 

『……肝が冷えましたよ、マスター。流石に無茶が過ぎるのでは?』

 

「どの道あそこでくたばるようならば先は無い。方針は伝えたであろうキャスター。前に出るのは俺だと」

 

『ですが……』

 

 キャスターの苦言はマスターの身を慮っての善意であった。

 確かに自己申告の通り、カルキは前線に赴き、本当にサーヴァントとやり合って見せた。その実力は賞賛すべきであり、認めるべきものだろう。

 

 だが、あんな無茶をこんな序盤に敢行する理由があったのかどうかは決めかねる。試運転を兼ねての実戦ならばもっと安全な場も用意できただろう。

 あんな英霊集う最前線に我が身一つで突撃するほどの切迫する理由はなかったはずだ。アーチャーは強力な英霊であったがしかし。

 

『マスター、貴方は生き急ぎ過ぎです』

 

「悪いな。そういう生き方しか知らん」

 

 文句を噛み砕いた果てのキャスターの諌言は馬耳東風。

 ……召喚直後の落ち着いたやり取りからして、もっと平静な性質かとも思っていたがどうやらキャスターが思っていた以上にこのマスターは向こう見ずらしい。

 それでいて無茶振りを通すだけの強さが備わっている辺り、中々に難しい御仁だ。

 

「それよりもキャスター、合流できるか?」

 

『? それは、問題なく。知っての通り、私の身は工房にあります。未だ他陣営に補足された様子もないので合流は簡単でしょう。しかし──言ったように追撃の様子は在りません。態々私が出向かずともマスターならば帰還は容易い──』

 

「帰還はまだ早い。キャスター、仕事だ。このまま間桐邸を襲撃する」

 

『──は?』

 

 さらりと言ってのけたカルキの言葉に、思わずキャスターは自分自身の耳を疑った。先ほどまで聖杯戦争の最前線に立ち、間違いなく死線を潜ったカルキである。消耗はしている筈だ、自覚のない疲労は積み上がっている筈だ。

 そうでなくとも……戦場から立て続けに今度は魔術師にとって要塞に等しい、魔術師の拠点を強襲するなど無茶振りも甚だしい。

 

 しかしカルキの方はといえばさもこれは論理的選択だと言わんばかりに言葉を続ける。

 

「先の戦いのバーサーカーの様子は見ていたか? バーサーカーのクラスを頂くサーヴァントは元々魔力負担が激しくなると聴いている。実際、アーチャーとの交戦直後、霊体化したのが良い例だ」

 

『……それは……はい、存じておりますが……』

 

「つまり……バーサーカーのマスターはすぐには満足に戦えない──あの場に居合わせた面子と、これまでの情報を総合すればバーサーカーのマスターは間違いなく間桐のカードだ。魔力に余裕があるマスターと損傷皆無のサーヴァントが勝ちを狙う第一戦(・・・)としてはこれ以上ない相手だろう」

 

『──────』

 

 信じられないとばかりにキャスターは絶句する。

 アレだけの戦場を直後に駆け抜けたというのに……あろうことかキャスターのマスターたる人物はそれを戦闘としてカウントしていない。

 確かに試運転とはキャスター自身が例えた言葉だが、本当に言葉通りに受け取られるとは思うまい。

 

 ……同時に己がマスターながらキャスターは怖れを抱く。

 彼は本当に──この聖杯戦争を駆け抜けるつもりだ(・・・・・・・・・)

 

「……一応、愚痴や不平不満ぐらいは受け入れるが?」

 

『いえ──承諾しました我がマスター。我がエーテルの輝き、その光に遅れる者でないことを証明いたしましょう』

 

「期待しよう、偉大なる錬金術師(アルケミスト)。……城攻めの定石は内部からの奸計と相場は決まっているからな。前には俺が立つ、堀を埋めるのは任せたぞキャスター」

 

 斯くして夜が明けるのを待たずして、次なる戦場へと駆け抜ける。

 一秒でも早く聖杯戦争を終わらせるために。

 勇往邁進、英雄は征く。

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