鈴木悟さんを、世界で一番幸せにすることを誓います。 作:サイドベント
私は人工保育器の中で生まれた。
でも、とても身体が弱くて、一人では呼吸もできなかったみたい。
両親は早くに亡くなった。
遺産を沢山残してくれて、すごく高い保険にも入ってくれていたから、私は機械に囲まれたまま生かされた。
こういう身体に生まれたにしては、随分長生きだってお医者さまにも褒められた。
でも、結局最期まで透明なカプセルの外には出られなかった。
ゲームは楽しかった。
ゲームの中では歩ける。走れる。外に出られる。
恋ができる。
楽しかった。
あっという間だった。
ユグドラシルが終わっても。
あなたといたかった。
鈴木悟さん。
私より可哀想だった人。
私の好きなゲームの中で、酷い目に遭っていた人。
私に優しくしてくれた男の人。
オフ会に誘ってくれて嬉しかった。
あれ、デートって思っていいよね?
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
でも、私は外に出られないから。
断ってしまってごめんなさい。
本当に行きたかったのに。
萌香さんって呼んでくれて嬉しかった。
悟さんって呼ばせてくれて嬉しかった。
あなたとまだ一緒にいたかった。
だから、ね?
北条萌香さん。
私と同じ名前の人。
私とは違う人。
でも、同じ人を好きになった人。
どうか、あの人をよろしくね。
お幸せに。
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誰かに背負われてる。
風を感じるのは空を飛んでいるからかな。
都合が良かった。
流れ落ちる涙は風に乗って消えていく。
泣いていることを知られるのは嫌だったから。
「……」
夢じゃなかったと思う。
だって、異世界に行けるくらいだもの。
ゲームの中のキャラクターと心を通わせることだってあり得なくないよね。
北条萌香さん。
私と同じ名前で、私とは違う人。
あなたの苦労はわかってあげられないけど、あなたの気持ちはわかってあげられると思う。
好き、だよね。
好きな人には幸せになって欲しいよね。
任せといて。
世界で一番幸せにするから。
まだちゃんと調べてないけど、私はきっと公式チートキャラだからね。
誰にも負けない。
並いる敵をバッタバッタと薙ぎ倒して、絶対に守るよ。
だから、おやすみなさい。
ありがとう。
「……さようなら」
呟きは風に乗って消えていった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
人気の無い洞窟にて。
「じゃあ作戦会議しましょう! モモンガさん!」
「え、ええ。是非そうしたいところですけど……なんかキャラ変わりました? ホーリーモンスターさん」
「実際変わりました! 以前より前向きというか。なんかこう、なんでも出来る! やったるで! って感じです。鬼になっちゃったからですかねー」
彼女との約束が一番私に推進力を与えてくれているのだけれど、異形種になったことで人格が多少変化しているのも確かなんだと思う。
原作でも鈴木悟さんはアンデッド特有の精神安定作用とか、殺人への忌避感の低下を始めとした倫理観の欠如っぷりが目立ってたし。
「あ、でもちょっとわかります。俺は竜人ですけど、なんとなく力がみなぎってきてて、全能感みたいなのも感じます」
「ふむふむ。これってゲームの中の設定をある程度引き継いでるってことですよね。となると私は戦闘狂の気があって、酒にめちゃくちゃ強い可能性が高いですね! というか私たちってもしかして寿命も無い感じですか? 最高ですねー」
むふー。
あ、喋り過ぎてるかな私。
思ったよりも人格の変化激しいかも。
気をつけねば。
「すみません。ちょっとテンション上がってしまって」
「ああ、わかりますよ。俺だってさっきまで自分の魔法で空飛んでましたから。正直滅茶苦茶興奮してます。魔法が使えるなんてすごいですよね!」
興奮とかエッロ。
……いや、だからそのノリダメだって。
ここは現実。
深呼吸、深呼吸……よし。
切り替えていこう。
しかし現実か。
じゃあ、名前もそっちにした方がいいよね?
その方が嬉しいし。
あちらはどうだろう。
前なら『嫌じゃないかな』とか思ってたかも。
今なら『きっと悟さんも嬉しいよ!』ぐらいの気持ちだ。
鬼ってめちゃくちゃポジティブな生き物なのかもしれない。
「モモンガさん。呼び方変えてもいいですか?」
「え、どうしてですか?」
「だってこれってゲームの中の名前じゃないですか。ここ、異世界ってやつですよね。じゃあ名前も変えた方がいいと思うんです。切り替えるためにも」
「確かに……でも急に言われても思いつかないですね」
「悟さん」
「え?」
「はい、名前呼んでください」
「え……北条さん」
「悟さん。私の名前、呼んでください」
「……萌香さん」
「ありがとうございます。悟さん」
自然と表情が綻んだ。
だって嬉しいから。
やっぱり好きだなあって思う。
「ゴホン。萌香さん。作戦会議しましょうか」
「はい! 悟さん! よろしくお願いします!」
「えーっと、まず確認です」
お、居住まい正してどうしたんだろ?
「萌香さんは戻る理由ってありますか? その……
「無いですよ」
ガチのマジの本心ね。
食い気味で答えちゃったから悟さんびっくりしてるよ。
「あ、ごめんなさい。別に怒ってるとかじゃないんですよー。ただ、戻っても死ぬだけなので、戻る理由が無いというより絶対に戻りたくないだけですよー」
「死ぬ、ですか」
「はい。でも、鬼になったおかげか治ってるので気にしないでくださいね。ほら、私超元気! 悟さんも体の調子良くないですか?」
「……ええ、俺も滅茶苦茶良い感じです。肺も苦しくないし、首とか肩も信じられないくらい軽いです」
「ですよね! あ、悟さんは帰還派ですか? そうだったら滅茶苦茶悲しいんですけど……」
言ってて悲しくなるなこれ。
でも確かに大事な確認だよね。
原作の天涯孤独でブラック企業勤めの悟さんが、リアルに帰る理由は皆無なのは周知の事実として。
今目の前にいる悟さんがそうとは限らないもんね。
現実なんだから。
できれば私と一緒に幸せになって欲しいけど。
万がいち……億がいち!!
悟さんが帰還派なら血涙を流しながらサポートするよ。
それが愛ってやつだよね。
めっちゃ嫌だからそんならないように祈ってるけど!!
「いえ、俺も帰りたくないです。安心しました。萌香さんが戻りたいって言ったらどうしようかと思ってましたよ。ははは……」
沈黙。
私は安心。
悟さんは安心と戸惑いって感じかな。
ここが悟さんの怖いところであり、良いところだ。
アンデッドじゃなくても、実は独占欲強めなところ、好きだよ。
本当はここで『どうするつもりだったの?』って聞ききたいし、『一生閉じ込めて俺だけのモノにしようと思ってました』とか言われたら最高だけど……それはまだ早いよね。
萌香さん、恋愛ってのは駆け引きなんだよ!!
三歩進んで二歩下がって、そうやってじわじわ外堀を埋めていくのよ!!
とはいえ、悟さんの情緒がちょっと不安定そうなのでケアしときますか。
悟さんの手を握りまして。
お目目を合わせまして。
「大丈夫ですよー。ここがどこだろうと、私は悟さんと一緒にいられて幸せです」
「え……お、俺も嬉しいです」
むふ。
天国か。
ま、今日はこのくらいでいいでしょ。
さて仕切り直しますか〜。
「じ、じゃあ方針としては、リアルへの帰還は考えないってことで!」
「ですです。とりあえず近くに街とかあれば情報収集したいところですねー。ま、私たち異形種なんで入れないかもですけど」
「あー、確かに。じゃあ変装とかしちゃいます?」
「悟さんは見た目人間だし、ローブで顔も隠れてるからそのままでよくないですか? 私は角と目が思いっきり人外なので隠さなきゃですねー。あ、牙もか。フード被ったら隠せますかね?」
「いや、まあそれで確かに顔は隠せますけどちょっと不安ですね……あー、この仮面とかどうです?」
「そ、それは! 『嫉妬される者たちのマスク』じゃないですか!」
「ええ、まあ……苦労して取得した割に特にバフとかはないんですけど、結構可愛いですしどうかなって」
「まあ、顔は隠せますねー」
いや、可愛くはないけどね?
これ、『嫉妬する者たちのマスク』がちょっとピンク色メインになったくらいだし。
クリスマスの特定のエリアで男女で1時間以上過ごしてたら貰えるやつ。
別名リア充専用マスク。
1時間なんて楽じゃんと思うなかれ。
エリアにはこいつの取得を邪魔する『嫉妬する者たちのマスク』軍団が山ほどいるのだ。
悟さんと手を繋いだまま、奴らをちぎっては投げしたのは良い思い出だね。(記憶の捏造)
ま、ゲームの中だとプレイヤーだった私にとってただの面白イベントだったからね。
詳細は不明だ。
でも今となっては暴れ回る私を見て、悟さんがドン引きする図が思い浮かぶな……その辺、悟さんはどう記憶してるんだろう。
まあ覚えてたら覚えてたで、私の強さの説明を省けて丁度良いかぁ!
あと私だけ付けるとかはナシで。
「というわけで……お揃いうーれしー! じゃ、行きましょっか! 悟さん!!」
「……ふふ。行きましょう、萌香さん」
私たちはお揃いの変な仮面を付けたまま、適当な方向へと出発した。
嫉妬される者たちのマスク
『嫉妬する者たちのマスク』と違ってピンクと緑のカラーリング。
よく見ると笑顔。
仮想現実でデートする不届者の証として有名。
(という独自設定)