しばらく、二人は黙って歩いていた。
東堂葵は、周囲を見ていないようで、すべてを見ていた。
銃を下げた生徒。
笑いながら引き金に指をかける距離感。
守られている自覚と、それに甘える空気。
先生の方から口を開いた。
「“さっきの戦闘だけど”」
東堂は返事をしない。
「“トラブルの原因は、だいたい分かる”」
「……ほう」
「“君は歩いていただけ。絡まれたんでしょ?”」
先生は一拍置いた。
「“でも、ひとつだけ聞きたい”」
足を止める。
「“どうして君は、ヘイロー...光の輪も無しに彼女たちと戦えた?”」
東堂は、立ち止まらない。
歩きながら答えた。
「なるほどな」
低い声。
「どうやら、俺たちは同郷らしい」
先生の眉が、わずかに動く。
「会った時から勘付いてはいたがな、確信は持てなかった」
「俺と常識が同じなのが何よりの証拠」
東堂は、肩越しに先生を見る。
「質問の返答だ」
「俺には力があり、それを操る術を持っている」
東堂葵は、淡々と言った。
「だが、それだけだ」
「特別でもなければ、祝福でもない」
先生は黙って歩調を合わせている。
「守られていない世界ではな」
「力は“理由”とセットでしか振るえん」
東堂は、前を見たまま続けた。
「殴れば壊れる、撃たれれば死ぬ。だから、殴る前に考える」
「考えずに振るう拳は、ただの暴力だ」
先生は、ゆっくりと息を吐いた。
「“つまり……覚悟の問題?”」
「違う」
即答だった。
「覚悟など後付けだ」
「本質は、選択だ」
東堂は、そこで足を止めた。
振り返り、先生を見る。
「殴るか」
「殴らないか」
「殺すか」
「生かすか」
「その全部を、自分で選ぶ」
「それだけだ」
先生は、しばらく沈黙した。
街の雑音が、二人の間を流れる。
「”……君が、危険視される理由がよく分かった”」
「光栄だな」
東堂は鼻で笑った。
「だが安心しろ」
「俺は、つまらん相手にしか手を出さん」
先生が、首を傾げる。
「“つまらん?”」
「覚悟のない奴だ」
「自分で選ぶ気のない奴」
東堂は、ふっと息を吐く。
「……で」
唐突に、話題を切り替えた。
先生が一瞬、戸惑う。
「“で?”」
東堂は真顔で言った。
「もう一度聞く、どんな女がタイプだ!?」
空気が止まる。
先生は、完全に不意を突かれた表情をした。
「”……え?”」
「答えろ!」
「今すぐに!」
先生は、少し困ったように笑う。
「“さっき言ったのじゃダメだったかな?”」
「女の前だ、カッコつけたくなるのもわからんことはない」
「しかし!」
東堂は胸を張る。
「性癖には、そいつの全てが反映される」
一歩、距離を詰める。
「女の趣味がつまらん奴は」
「生き方も、戦い方も、つまらん」
先生は、逃げなかった。
考え、そして静かに答える。
「”ごめんね、答えは変わらない…一生懸命な子”」
「“自分の弱さを知っていて”」
「“それでも前に出ようとする”」
「"そんな女性がタイプかな"」
東堂は、じっと先生を見つめていた。
数秒。
値踏み。
そして。
「……軽薄だな」
はっきりと、吐き捨てた。
「理想論だ」
「誰でも言える」
先生の表情は、崩れない。
「“そうかもしれない”」
東堂は、鼻で笑った。
「だが」
一拍。
「嘘ではない」
「だから始末が悪い」
視線を逸らし、歩き出す。
「ちなみに俺は」
歩きながら、堂々と宣言する。
「タッパとケツがでかい女がタイプだ」
先生は、思わず苦笑した。
「”……随分と分かりやすいね”」
「具体性があるだろう」
東堂は即答する。
「具体性のない理想は、虚しいだけだぞ」
前方に、シャーレの建物が見えてきた。
先生は、東堂の背中を見ながら思う。
――この男は、危うい。
――だが、自分をごまかさない。
「“君は...”」
「なんだ」
「“君は、この街で浮く”」
「だろうな」
即答。
「"ふふっ、これから楽しくなりそうだ"」
シャーレの扉が、静かに開く。
退屈が裏返る匂いが、確かにそこにあった。
***
シャーレの建物は、街の喧騒から一段だけ浮いていた。
銃声が遠くで弾けても、ここまでは届かない。
防音が優れているというよりここ近辺の治安が良いのが理由だ。
東堂葵は、建物を見上げて鼻を鳴らす。
「ふん……」
「随分と静かだな」
「“生徒が戻ってきて、安心して眠れる場所だからね”」
先生の声は穏やかだった。
誇るでもなく、威張るでもなく、ただ事実を述べている。
──なるほど。
思想が先に立っている。
東堂は、それを嫌いではなかったが、同時に警戒もした。
中に入ると、さらに静かだった。
足音がコツコツと鳴る床。
壁に貼られた作戦図と、無数の端末。
隅に置かれた銃のラック。
東堂の視線が、自然と人の導線を追う。
どこで立ち止まり、どこで会話が生まれ、どこで判断が下されるか。
相変わらず女性しか居ないのは、東堂にとって嬉しいことでもあり、悲しいことでもある。
「“簡単に案内するね”」
先生はそう言って、廊下を歩き出した。
「“ここがメインの部屋。仕事場って言い換えてもいい”」
画面に映る情報を、東堂は一瞬で把握する。
配置、損耗、撤退判断。
「…よくわからん機械が多いな」
「“私も最初は手間取ったよ、君ならすぐ慣れると思うけどね”」
「まあ、な」
次に案内されたのは、休憩スペースだった。
簡素だが、必要なものは揃っている。
「“仮眠室もある。ほとんど私が使うことが多いかな”」
東堂は、そこで足を止めた。
ベッドを一瞥し、視線を逸らす。
「……」
「ここに、住めと言うつもりか」
先生は、少しだけ目を丸くした。
「“鋭いね”」
そして、いつもの調子で言った。
「“東堂君。ここ、使ってくれて構わないよ”」
一瞬、空気が張り詰めた。
東堂は、ゆっくりと振り返る。
「施しは俺のプライドが許さん」
低い声だった。
怒ってはいない。
だが、譲歩もない。
「俺は、拾われる側じゃない」
「居場所は、自分で決める」
先生は、すぐには答えなかった。
その沈黙は、引き下がったものではない。
「“そうだね”」
否定しない。
「“なら、条件を変えよう”」
東堂の眉が、わずかに動く。
「“仕事を手伝ってほしい”」
「……仕事?」
「“この街は、強いだけじゃ回らない”」
「“責任も大事だよ”」
先生は、東堂をまっすぐ見た。
「"君に仕事を手伝ってもらう、代わりに私が君の責任を負うよ”」
東堂は、数秒黙っていた。
――施しではない。住む場所は必要。
──これは、対等な取引だ。
住む場所も必要。
「……ほう」
東堂は、腕を組んだ。
「言っておくが俺は、全員を助ける気はない」
「つまらん奴は捨てる」
「迷いながら引き金を引く奴も、だ」
先生は、はっきりとうなずいた。
「“それでいい”」
東堂の視線が、鋭くなる。
「……ほう?」
「“生徒を守るのは、私の役目だよ”」
一拍。
「“君と相性の悪い生徒は僕が引き受ける”」
その言葉に、東堂は小さく笑った。
「……なるほどな」
「面白い」
東堂は、背を向けて歩き出す。
「いいだろう」
「タダで住む気はないが」
振り返り、言い放つ。
「働く」
「退屈しない程度にな」
先生も、微笑んだ。
「“歓迎するよ、東堂君”」
シャーレの静けさの中で、
二人の思想が、噛み合った音がした。
──退屈が裏返る。その予感だけは、確かだ。
「早速、仕事を手伝ってもらえるかな?東堂」
先生の声は、相変わらず穏やかだった。
東堂葵は足を止め、軽く首を回す。
「……言っただろう」
「働く、と」
確認するような口調ではない。
すでに決まっていることを、もう一度なぞっただけだ。
「ただし条件がある」
先生は黙って続きを待つ。
「俺は便利屋じゃない」
「言われた通りに動く気もない」
一拍。
「つまらん仕事はやらん」
「つまらん奴の尻拭いもしない」
はっきりとした線引きだった。
先生は、少しだけ苦笑する。
「“うん。それでいいよ”」
東堂の眉が、わずかに動く。
「“無理にやらせても、君は手を抜くでしょ”」
「当たり前だ」
即答。
「退屈な仕事ほど、人を腐らせるものはない」
東堂は、部屋の奥に並ぶ端末へ視線を向けた。
映し出されるのは、生徒たちの行動ログ、任務履歴、トラブル報告。
「……で」
「俺は何をすればいい」
先生は、少しだけ表情を引き締めた。
「“最近、不良グループの動きが活発になってる”」
「“理由は私の不甲斐なさかな”」
東堂は、鼻で笑った。
「お前のような一般人にできることは無い。」
「弱者の言葉を奴らは聞かんだろう」
「“だから、「俺がいる」
先生の言葉を、東堂が途中で切る。
「撃っても死なない」
「殴られても立ち上がる、そんな体を生まれながら持っていたら」
「……そりゃ、調子にも乗る」
東堂は、画面の一つを指で示した。
「こいつらだろう」
先生は驚いた。
「“分かるんだね”」
「これだけの情報があれば誰でもわかる」
一拍。
「仕事の内容は単純だ」
東堂は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「調子に乗ってる奴を」
「一度、地面に叩きつける」
先生は、遮らない。
「殺さない」
「だが、勘違いしたまま帰す気もない」
東堂の声は低い。
「俺がやるのは、それだけだ」
沈黙。
先生は、深く息を吐いた。
「“……ありがとう”」
「礼を言われるようなことじゃない」
東堂は即座に返す。
「俺が退屈しないためだ」
先生は、小さく笑った。
「“じゃあ、最初の仕事を頼んでもいい?”」
「つまらん仕事だったら殴るぞ?」
「“ゲヘナ寄りの区域で、同じグループが何度も問題を起こしてる”」
東堂は、肩を鳴らした。
「なるほど」
一歩、前に出る。
「退屈かどうか」
「試してやろうじゃないか」
そう言って、振り返る。
「ひとつ、勘違いするなよ先生」
「“うん?”」
「俺は生徒を見捨てると思ったか?」
先生は、少し考えてから答える。
「“……君は人を選ぶ”」
東堂は、鼻で笑った。
「当然だ」
一拍。
「俺が捨てるのは」
「つまらん奴だけだ」
拳を握る。
「面白くなれる可能性があるなら」
「叩いてでも、引き上げる」
それだけ言うと、東堂は出口へ向かった。
「案内はここまででいい」
「仕事の続きは、現場で覚える」
シャーレの扉が開く。
先生は、その背中を見送りながら思った。
「"生徒に大怪我させないかが心配だな..."」
それは、東堂葵のみが知る。
相棒(ブラザー) 作者はホシノ推し
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