街の裏通りは、昼でも影が濃い。
高架の影、看板の裏、ひび割れた舗道――人目から外れた場所には、決まって“連中”が集まる。
ヘルメット団。
赤や黒、ストライブ入ったの装甲ヘルメットを被り、制服の上から防具を雑に重ねた少女たち。
銃は飾りのように肩から下げ、歩き方には妙な慢心が滲んでいる。
今日の獲物は一人。
上背のある異物。
武装なし。
頭上にヘイローもない。
それだけで、彼女たちにとっては十分だった。
「おい、止まりな」
先頭の少女が声をかける。
東堂葵は、歩みを止めない。
「聞こえなかった?」
次の瞬間、銃口が上がる。
だが――引き金は引かれない。
東堂が振り返ったからだ。
少女たちは、一瞬だけ言葉を失った。
威圧ではない。殺気でもない。
ただ、視線が重い。
東堂は腕を組み、ゆっくりと口を開いた。
「運がいい」
低く、腹から響く声。
「まずは自己紹介、俺は東堂葵。好きな女のタイプはタッパとケツがでかい女だ...これでいいな」
沈黙。
「……は?」
「なに言ってんの?」
笑いが漏れる。
緊張がほどけたと勘違いした笑いだ。
「何が面白いんだ?」
東堂は呆けた声でそういう。
「まあいい、貴様らに聞こう。好きな、男のタイプは?!」
またもや数瞬の沈黙の後、彼女らは面白半分で答え始めた。
「イケメンに決まってんでしょ」
「金持ち」
「社長とかの権力者」
東堂は、一人ひとりの答えを聞き、口角が下がっていく。
最後に、隊列の奥にいた一人。
明らかに他より背が高い少女に、視線を向けた。
「お前は?」
「……高身長」
東堂は、わずかに首を傾けた。
「ほう、他には?」
高身長の少女は、少し考え――
「金」
次の瞬間。
「ちっがぁ――う!!」
東堂の足が床を蹴った。
距離は一瞬で潰れる。
拳が振り抜かれる前に、体重が乗る。
ドン、という鈍音。
高身長の少女のヘルメットが、真正面から砕けた。
装甲が割れ、内側の緩衝材が弾け飛ぶ。
少女の身体は後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「な――!?」
反射的に銃声が走る。
だが弾は当たらない。
東堂は前に出ない。
横へ滑る。
次の瞬間、回転。
軸足を中心に、半円を描く回し蹴り。
蹴り足が二人分をまとめて薙ぐ。
一人は顎を打たれ、もう一人は胴を折られ、舗道に沈む。
「金だの権力だの」
東堂は歩く。
走らない。
「借り物の価値にすがるな」
背後から飛びかかる影。
東堂は振り向かず、肘を後方に突き出す。
鈍い衝撃。
肋骨に当たった感触。
少女は息を吐ききったまま崩れ落ちた。
最後の一人が、震えながら銃を構える。
「ま、待って……!」
東堂は止まった。
「もう一度だけチャンスをやる、正直に応えろ」
一歩、近づく。
「お前は、何に惹かれる」
少女の喉が鳴る。
「…え......あ、お金?」
東堂は、しばらく黙っていた。
そして。
「論外!」
拳が飛ぶ。
だが、先ほどとは違う。
力を殺し、顎ではなく肩へ。
少女は転倒し、動けなくなる。
東堂は周囲を見渡した。
倒れた少女たち。
割れたヘルメット。
散らばる薬莢。
「がっかりだ」
静かな声だった。
「欲に名前を付けられない奴は」
「戦いでも、人生でも」
「必ず逃げる」
背を向け、歩き出す。
「チャンスを与えすぎるのも甘い、か...」
不良たちは、路地に転がったまま動かなかった。
誰一人として立ち上がらず、銃も手から離れ、息だけが荒く上下している。
東堂葵は、最後に倒れた一人から視線を外し、軽く肩を回した。
「……まあ、こんなもんか」
任務を終え、帰ろうと踵を返した瞬間だった。
背後。
複数の足音が、同時に止まる気配。
ばらばらではない。
間隔が揃い、呼吸も揃っている。
東堂は振り返らない。
――警察...いや、軍隊に近い。
「動かないでください」
冷えた声が、背中に届く。
「風紀委員会です。事情を伺います」
東堂は、ゆっくりと振り返った。
通りの両端に、制服姿の生徒たちが並んでいる。
銃は構えられているが、引き金に力は入っていない。
視線は鋭く、迷いがない。
訓練されている。
「この状況、説明してもらいます」
「同行してください」
東堂は、倒れている不良たちを一瞥した。
「全員、生きている」
「聞くことはそれだけだろう?」
委員の一人が一歩前に出る。
「それを判断するのは、こちらです」
「抵抗するなら――」
「断る」
即答だった。
空気が張る。
「拒否しますか」
「連れて行かれる理由がないんでな」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、委員たちが動いた。
正面は下がらず、左右が詰める。
銃は撃たない。距離を潰し、数で囲む判断。
不良とは違う。
東堂は踏み込む。
最初に来た肘を受け、返す。
だが、倒れない。
二人目がすぐに補う。
連携。
間合いを共有し、死角を作らせない。
「……ほう」
東堂は低く笑った。
「優秀なオペレーターがいるみたいだな」
その判断の速さ。
東堂は身体を捻り、腕を伸ばし一人を吹き飛ばす。
投げるのではない。ぶつける。
もう一人。
銃声が鳴る。
威嚇。足元。
東堂は跳ぶ。
着地と同時に、膝を入れる。
だが、すぐに離脱される。
「距離を取れ!」
「包囲を維持!」
声が飛ぶ。
指示が簡潔で、無駄がない。
東堂は理解した。
――こいつらは、捕まえるために戦っている。
拳を振るう理由が違う。
数十秒。
応酬が続き、路地に緊張が張り付く。
「応援を要請します!」
通信。
東堂は舌打ちした。
「面倒になってきたな」
さらに数分。
空気が変わる。
足音が一つ、違う速度で近づいてくる。
鋭い。
迷いがなく、躊躇もない。
姿を現したのは、白い制服に大きなネクタイをぶら下げた少女だった。
眼光が強く、銃の扱いに隙がない。
銀鏡イオリ。
東堂は、瞬時に評価を下した。
――オーラが違う、準二級と言ったところ。
――雑魚ではない。
「状況は?」
「制圧対象が抵抗しています」
イオリは東堂を見る。
「……お前が?」
東堂は、ゆっくり近づく。
圧を乗せる。
イオリは、反射的に一歩下がり、歯を食いしばった。
強い。
だが、耐える。
ここで、東堂は初めて口を開いた。
「お前には聞く価値がある!」
東堂は笑みを浮かべながらそう言った。
「好きな男の、タイプは!?」
一瞬、場が止まる。
「……は?」
「答えろ」
イオリは困惑しながらも、視線を逸らさない。
「……強い人だ」
東堂は、頷きかけて、止めた。
「男なら強さも大事だ、しかし!あるだろう?!身長、筋肉、身体的特徴が!それを教えてくれ」
イオリは、眉をひそめる。
「そんなものあるわけないだろ!」
沈黙。
東堂の肩が、わずかに落ちた。
「……がっかりだ」
東堂の声は落胆そのものだった。
期待していた分だけ、熱が抜けるのも早い。
だが、その態度が火に油を注いだ。
「ふざけるな……!」
イオリの声音が鋭く跳ねる。
怒気は隠そうともしていない。業務中に弄ばれたという感覚が、理性を削っていた。
「全員、下がれ!」
短い命令。
迷いがない。
周囲の風紀委員たちは即座に散開し、射線を確保する。
動きに被りはなく、間合いは自然に開いた。
――判断が早い。
――統率も取れている。
東堂は、胸の奥で評価を更新する。
「いい反応だ」
言い終わる前に、銃声が弾けた。
乾いた連続音。
弾丸が一直線ではなく、扇状に広がる。逃げ場を削る撃ち方だ。
東堂は前に出た。
横ではない。後ろでもない。
最も危険な方向へ、踏み込む。
弾が頬を掠め、空気が裂ける。
皮膚がわずかに熱を帯びるが、止まらない。
距離が詰まる。
イオリは即座に下がり、銃口を下げる。
撃ち続ける選択を捨て、別の手に切り替えた。
――撃ち合いでは分が悪いと見たな。
東堂の拳が伸びる。
だが、そこにはもういない。
イオリは斜め後方へ跳び、床を蹴る反動で姿勢を低くする。
次の瞬間、足が払われた。
東堂は膝を緩め、受け流す。
体勢が崩れかけた、その刹那。
銃声。
至近距離。
東堂は腕で弾を逸らし、衝撃を殺す。
骨に響く重さ。だが、致命ではない。
「……近接もできるか」
「当たり前だ!」
イオリの声には、余裕はない。
だが、怯えもない。
再び間合いが詰まる。
拳と銃床が交錯する。
殴り合いではない。叩き潰すための動きだ。
東堂は肩をぶつけ、体重を乗せる。
イオリは受け止めず、流す。力を逃がし、足で距離を作る。
――硬い。
筋力だけではない。
身体の芯が折れない。
準二級。
その評価は、間違っていなかった。
東堂は一度、距離を取った。
イオリも同時に下がる。
二人の間に、静かな空白が生まれる。
周囲の風紀委員たちは、踏み込めない。
この距離、この圧。割り込めば邪魔になると理解している。
イオリが先に動いた。
銃を捨てる。
地面に落ちる音が、やけに大きく響いた。
「……?」
一瞬、東堂の眉が動く。
次の瞬間。
イオリは走った。
真正面から。
迷いも、躊躇もない。
拳が来る。
速度は速いが、東堂には見えている。
受け止める。
だが、衝撃が重い。
――体重の乗せ方がうまい。
東堂は即座に返す。
腹を狙う。内臓を揺らすつもりの一撃。
イオリは腹筋を締め、受けたまま下がらない。
歯を食いしばり、拳を振り返す。
頬に衝撃。
東堂の視界が一瞬揺れる。
「……なるほど」
声が低くなる。
「そこらの連中とは違うな」
イオリは答えない。
答える余裕がない。
息が荒くなり、肩が上下している。
だが、足は止まらない。
次の攻防。
東堂はわざと半歩遅らせる。
イオリの拳が伸びきった瞬間、肘を打ち落とす。
鈍い音。
だが、イオリは引かない。
逆の手で掴み、頭突きを狙う。
東堂は額で受けた。
衝撃が頭蓋に響く。
視界が白く弾ける。
――いい根性だ。
膝が飛ぶ。
東堂の脇腹に入る。
骨が鳴る。
だが、折れない。
東堂は笑った。
――面白い。
拳を振り下ろす。
イオリは肩で受け、地面に滑る。
立ち上がる。
もう一度。
何度も。
速度は落ちているが、意思は削れていない。
周囲の委員たちが、声を失って見ている。
これは制圧ではない。
殴り合いだ。
東堂は、次の一撃で決めに行った。
踏み込み。
腰を落とし、全体重を拳に集める。
――これで終わる。
拳が届く寸前。
イオリの視線が、東堂の背後へ跳ねた。
一瞬のズレ。
「……?」
その瞬間、東堂は気づいた。
――来た。
「す、すみません委員長……」
イオリの声が、かすれる。
身体が崩れ、膝から落ちる。
意識が切れる直前だった。
同時に。
圧。
今までとは、質が違う。
空気が重くなる。
皮膚がざわつき、内臓が軋む。
東堂は反射で動いた。
地面に落ちていた瓦礫を掴む。
呪力を込め、投げる。
同時に拍手。
パンッ
位置が跳ぶ。
爆音。
さっきまで立っていた場所が、抉れ、粉塵が舞い上がる。
弾痕ではない。破壊だ。
東堂は着地し、息を整えながら前を見る。
煙の向こう。
静かに立つ影。
黒い制服。
小柄な身体。
だが、存在感が異常だった。
そこにいるだけで、場が支配される。
東堂の背筋を、冷たいものが走る。
――格が違う。
それが誰か、ゲヘナ風紀委員会委員長。
空崎ヒナ。
東堂葵は、初めて無意識に構えを取っていた。
――これは。
――本気でやらなければ、死ぬ。
路地に、再び静寂が落ちる。
次に動くのは、どちらか。
その瞬間を、世界が待っていた。
相棒(ブラザー) 作者はホシノ推し
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