東堂葵をキヴォトスにひとつまみ   作:むめい。

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4話 ゲヘナ入門

 

街の裏通りは、昼でも影が濃い。

 高架の影、看板の裏、ひび割れた舗道――人目から外れた場所には、決まって“連中”が集まる。

 

 ヘルメット団。

 

 赤や黒、ストライブ入ったの装甲ヘルメットを被り、制服の上から防具を雑に重ねた少女たち。

 銃は飾りのように肩から下げ、歩き方には妙な慢心が滲んでいる。

 

 今日の獲物は一人。

 

 上背のある異物。

 武装なし。

 頭上にヘイローもない。

 

 それだけで、彼女たちにとっては十分だった。

 

「おい、止まりな」

 

 先頭の少女が声をかける。

 東堂葵は、歩みを止めない。

 

「聞こえなかった?」

 

 次の瞬間、銃口が上がる。

 だが――引き金は引かれない。

 

 東堂が振り返ったからだ。

 

 少女たちは、一瞬だけ言葉を失った。

 威圧ではない。殺気でもない。

 ただ、視線が重い。

 

 東堂は腕を組み、ゆっくりと口を開いた。

 

「運がいい」

 

 低く、腹から響く声。

 

「まずは自己紹介、俺は東堂葵。好きな女のタイプはタッパとケツがでかい女だ...これでいいな」

 

 沈黙。

 

「……は?」

「なに言ってんの?」

 

 笑いが漏れる。

 緊張がほどけたと勘違いした笑いだ。

 

「何が面白いんだ?」

 

東堂は呆けた声でそういう。

 

「まあいい、貴様らに聞こう。好きな、男のタイプは?!」

 

またもや数瞬の沈黙の後、彼女らは面白半分で答え始めた。

 

「イケメンに決まってんでしょ」

「金持ち」

「社長とかの権力者」

 

 東堂は、一人ひとりの答えを聞き、口角が下がっていく。

 

 最後に、隊列の奥にいた一人。

 明らかに他より背が高い少女に、視線を向けた。

 

「お前は?」

「……高身長」

 

 東堂は、わずかに首を傾けた。

 

「ほう、他には?」

 

 高身長の少女は、少し考え――

 

「金」

 

 次の瞬間。

 

「ちっがぁ――う!!」

 

 東堂の足が床を蹴った。

 

 距離は一瞬で潰れる。

 拳が振り抜かれる前に、体重が乗る。

 

 ドン、という鈍音。

 

 高身長の少女のヘルメットが、真正面から砕けた。

 装甲が割れ、内側の緩衝材が弾け飛ぶ。

 

 少女の身体は後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 

「な――!?」

 

 反射的に銃声が走る。

 だが弾は当たらない。

 

 東堂は前に出ない。

 横へ滑る。

 

 次の瞬間、回転。

 軸足を中心に、半円を描く回し蹴り。

 

 蹴り足が二人分をまとめて薙ぐ。

 一人は顎を打たれ、もう一人は胴を折られ、舗道に沈む。

 

「金だの権力だの」

 

 東堂は歩く。

 走らない。

 

「借り物の価値にすがるな」

 

 背後から飛びかかる影。

 東堂は振り向かず、肘を後方に突き出す。

 

 鈍い衝撃。

 肋骨に当たった感触。

 

 少女は息を吐ききったまま崩れ落ちた。

 

 最後の一人が、震えながら銃を構える。

 

「ま、待って……!」

 

 東堂は止まった。

 

「もう一度だけチャンスをやる、正直に応えろ」

 

 一歩、近づく。

 

「お前は、何に惹かれる」

 

 少女の喉が鳴る。

 

「…え......あ、お金?」

 

 東堂は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「論外!」

 

 拳が飛ぶ。

 

 だが、先ほどとは違う。

 力を殺し、顎ではなく肩へ。

 

 少女は転倒し、動けなくなる。

 

 東堂は周囲を見渡した。

 倒れた少女たち。

 割れたヘルメット。

 散らばる薬莢。

 

「がっかりだ」

 

 静かな声だった。

 

「欲に名前を付けられない奴は」

「戦いでも、人生でも」

「必ず逃げる」

 

 背を向け、歩き出す。

 

「チャンスを与えすぎるのも甘い、か...」

 

不良たちは、路地に転がったまま動かなかった。

 

 誰一人として立ち上がらず、銃も手から離れ、息だけが荒く上下している。

 東堂葵は、最後に倒れた一人から視線を外し、軽く肩を回した。

 

「……まあ、こんなもんか」

 

 任務を終え、帰ろうと踵を返した瞬間だった。

 

 背後。

 複数の足音が、同時に止まる気配。

 

 ばらばらではない。

 間隔が揃い、呼吸も揃っている。

 

 東堂は振り返らない。

 

 ――警察...いや、軍隊に近い。

 

「動かないでください」

 

 冷えた声が、背中に届く。

 

「風紀委員会です。事情を伺います」

 

 東堂は、ゆっくりと振り返った。

 

 通りの両端に、制服姿の生徒たちが並んでいる。

 銃は構えられているが、引き金に力は入っていない。

 視線は鋭く、迷いがない。

 

 訓練されている。

 

「この状況、説明してもらいます」

「同行してください」

 

 東堂は、倒れている不良たちを一瞥した。

 

「全員、生きている」

「聞くことはそれだけだろう?」

 

 委員の一人が一歩前に出る。

 

「それを判断するのは、こちらです」

「抵抗するなら――」

 

「断る」

 

 即答だった。

 

 空気が張る。

 

「拒否しますか」

「連れて行かれる理由がないんでな」

 

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、委員たちが動いた。

 

 正面は下がらず、左右が詰める。

 銃は撃たない。距離を潰し、数で囲む判断。

 

 不良とは違う。

 

 東堂は踏み込む。

 

 最初に来た肘を受け、返す。

 だが、倒れない。

 二人目がすぐに補う。

 

 連携。

 

 間合いを共有し、死角を作らせない。

 

「……ほう」

 

 東堂は低く笑った。

 

「優秀なオペレーターがいるみたいだな」

 

 その判断の速さ。

 

 東堂は身体を捻り、腕を伸ばし一人を吹き飛ばす。

 投げるのではない。ぶつける。

 

 もう一人。

 

 銃声が鳴る。

 威嚇。足元。

 

 東堂は跳ぶ。

 着地と同時に、膝を入れる。

 

 だが、すぐに離脱される。

 

「距離を取れ!」

「包囲を維持!」

 

 声が飛ぶ。

 指示が簡潔で、無駄がない。

 

 東堂は理解した。

 

 ――こいつらは、捕まえるために戦っている。

 

 拳を振るう理由が違う。

 

 数十秒。

 応酬が続き、路地に緊張が張り付く。

 

「応援を要請します!」

 

 通信。

 

 東堂は舌打ちした。

 

「面倒になってきたな」

 

 さらに数分。

 

 空気が変わる。

 

 足音が一つ、違う速度で近づいてくる。

 

 鋭い。

 迷いがなく、躊躇もない。

 

 姿を現したのは、白い制服に大きなネクタイをぶら下げた少女だった。

 眼光が強く、銃の扱いに隙がない。

 

 銀鏡イオリ。

 

 東堂は、瞬時に評価を下した。

 

 ――オーラが違う、準二級と言ったところ。

 ――雑魚ではない。

 

「状況は?」

「制圧対象が抵抗しています」

 

 イオリは東堂を見る。

 

「……お前が?」

 

 東堂は、ゆっくり近づく。

 

 圧を乗せる。

 

 イオリは、反射的に一歩下がり、歯を食いしばった。

 

 強い。

 だが、耐える。

 

 ここで、東堂は初めて口を開いた。

 

「お前には聞く価値がある!」

 

東堂は笑みを浮かべながらそう言った。

 

「好きな男の、タイプは!?」

 

 一瞬、場が止まる。

 

「……は?」

「答えろ」

 

 イオリは困惑しながらも、視線を逸らさない。

 

「……強い人だ」

 

 東堂は、頷きかけて、止めた。

 

「男なら強さも大事だ、しかし!あるだろう?!身長、筋肉、身体的特徴が!それを教えてくれ」

 

 イオリは、眉をひそめる。

 

「そんなものあるわけないだろ!」

 

 沈黙。

 

 東堂の肩が、わずかに落ちた。

 

「……がっかりだ」

 

 東堂の声は落胆そのものだった。

 期待していた分だけ、熱が抜けるのも早い。

 

 だが、その態度が火に油を注いだ。

 

「ふざけるな……!」

 

 イオリの声音が鋭く跳ねる。

 怒気は隠そうともしていない。業務中に弄ばれたという感覚が、理性を削っていた。

 

「全員、下がれ!」

 

 短い命令。

 迷いがない。

 

 周囲の風紀委員たちは即座に散開し、射線を確保する。

 動きに被りはなく、間合いは自然に開いた。

 

 ――判断が早い。

 ――統率も取れている。

 

 東堂は、胸の奥で評価を更新する。

 

「いい反応だ」

 

 言い終わる前に、銃声が弾けた。

 

 乾いた連続音。

 弾丸が一直線ではなく、扇状に広がる。逃げ場を削る撃ち方だ。

 

 東堂は前に出た。

 

 横ではない。後ろでもない。

 最も危険な方向へ、踏み込む。

 

 弾が頬を掠め、空気が裂ける。

 皮膚がわずかに熱を帯びるが、止まらない。

 

 距離が詰まる。

 

 イオリは即座に下がり、銃口を下げる。

 撃ち続ける選択を捨て、別の手に切り替えた。

 

 ――撃ち合いでは分が悪いと見たな。

 

 東堂の拳が伸びる。

 だが、そこにはもういない。

 

 イオリは斜め後方へ跳び、床を蹴る反動で姿勢を低くする。

 次の瞬間、足が払われた。

 

 東堂は膝を緩め、受け流す。

 体勢が崩れかけた、その刹那。

 

 銃声。

 

 至近距離。

 

 東堂は腕で弾を逸らし、衝撃を殺す。

 骨に響く重さ。だが、致命ではない。

 

「……近接もできるか」

 

「当たり前だ!」

 

 イオリの声には、余裕はない。

 だが、怯えもない。

 

 再び間合いが詰まる。

 

 拳と銃床が交錯する。

 殴り合いではない。叩き潰すための動きだ。

 

 東堂は肩をぶつけ、体重を乗せる。

 イオリは受け止めず、流す。力を逃がし、足で距離を作る。

 

 ――硬い。

 

 筋力だけではない。

 身体の芯が折れない。

 

 準二級。

 その評価は、間違っていなかった。

 

 東堂は一度、距離を取った。

 イオリも同時に下がる。

 

 二人の間に、静かな空白が生まれる。

 

 周囲の風紀委員たちは、踏み込めない。

 この距離、この圧。割り込めば邪魔になると理解している。

 

 イオリが先に動いた。

 

 銃を捨てる。

 地面に落ちる音が、やけに大きく響いた。

 

「……?」

 

 一瞬、東堂の眉が動く。

 

 次の瞬間。

 

 イオリは走った。

 

 真正面から。

 迷いも、躊躇もない。

 

 拳が来る。

 速度は速いが、東堂には見えている。

 

 受け止める。

 だが、衝撃が重い。

 

 ――体重の乗せ方がうまい。

 

 東堂は即座に返す。

 腹を狙う。内臓を揺らすつもりの一撃。

 

 イオリは腹筋を締め、受けたまま下がらない。

 歯を食いしばり、拳を振り返す。

 

 頬に衝撃。

 東堂の視界が一瞬揺れる。

 

「……なるほど」

 

 声が低くなる。

 

「そこらの連中とは違うな」

 

 イオリは答えない。

 答える余裕がない。

 

 息が荒くなり、肩が上下している。

 だが、足は止まらない。

 

 次の攻防。

 

 東堂はわざと半歩遅らせる。

 イオリの拳が伸びきった瞬間、肘を打ち落とす。

 

 鈍い音。

 

 だが、イオリは引かない。

 逆の手で掴み、頭突きを狙う。

 

 東堂は額で受けた。

 

 衝撃が頭蓋に響く。

 視界が白く弾ける。

 

 ――いい根性だ。

 

 膝が飛ぶ。

 東堂の脇腹に入る。

 

 骨が鳴る。

 だが、折れない。

 

 東堂は笑った。

 

 ――面白い。

 

 拳を振り下ろす。

 イオリは肩で受け、地面に滑る。

 

 立ち上がる。

 もう一度。

 

 何度も。

 速度は落ちているが、意思は削れていない。

 

 周囲の委員たちが、声を失って見ている。

 これは制圧ではない。

 殴り合いだ。

 

 東堂は、次の一撃で決めに行った。

 

 踏み込み。

 腰を落とし、全体重を拳に集める。

 

 ――これで終わる。

 

 拳が届く寸前。

 

 イオリの視線が、東堂の背後へ跳ねた。

 

 一瞬のズレ。

 

「……?」

 

 その瞬間、東堂は気づいた。

 

 ――来た。

 

「す、すみません委員長……」

 

 イオリの声が、かすれる。

 

 身体が崩れ、膝から落ちる。

 意識が切れる直前だった。

 

 同時に。

 

 圧。

 

 今までとは、質が違う。

 

 空気が重くなる。

 皮膚がざわつき、内臓が軋む。

 

 東堂は反射で動いた。

 

 地面に落ちていた瓦礫を掴む。

 呪力を込め、投げる。

 

 同時に拍手。

 

パンッ

 

 位置が跳ぶ。

 

 爆音。

 

 さっきまで立っていた場所が、抉れ、粉塵が舞い上がる。

 弾痕ではない。破壊だ。

 

 東堂は着地し、息を整えながら前を見る。

 

 煙の向こう。

 

 静かに立つ影。

 

 黒い制服。

 小柄な身体。

 だが、存在感が異常だった。

 

 そこにいるだけで、場が支配される。

 

 東堂の背筋を、冷たいものが走る。

 

 ――格が違う。

 

 それが誰か、ゲヘナ風紀委員会委員長。

 

 空崎ヒナ。

 

 東堂葵は、初めて無意識に構えを取っていた。

 

 ――これは。

 

 ――本気でやらなければ、死ぬ。

 

 路地に、再び静寂が落ちる。

 

 次に動くのは、どちらか。

 

 その瞬間を、世界が待っていた。

 

相棒(ブラザー) 作者はホシノ推し

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