東堂葵をキヴォトスにひとつまみ   作:むめい。

5 / 6
ストック一つ目。戦闘描写しかないので連続投稿です。


5話 術式の解放

 

粉塵が沈みきらないうちに、視界の奥で黒い制服が輪郭を結んだ。

 小柄。細い肩。なのに、路地そのものが彼女を中心に傾いているように感じる。重力の向きが一瞬だけ狂う。そう錯覚するほどの圧だ。

 

 名を知らずとも分かる。さっきまでの連中とは、同じ土俵にいない。

 

 東堂葵は息を整えた。胸郭の内側に、ひやりとした警鐘が鳴る。

 目の前の相手は、殴り倒せば終わりの類ではない。殴り合いが成立するかも怪しい。

 

 ヒナは倒れたイオリを一瞥し、次に路地に転がる風紀委員たち、不良たちを見渡した。視線は淡々としている。怒りで歪むでも、勝ち誇るでもない。ただ情報を取り込む速度が異様に速い。

 

「……すぐ終わらせる」

 

 声は低い。乾いている。

 その一言が、委員たちの背骨をまっすぐにする。動けない者まで呼吸を整えようとしている。

 

 東堂は、半歩だけ足をずらした。

 いま立つ位置を固定するのは悪手だ。相手は撃つ。撃った上で、当てる。

 

 ヒナが銃を上げる。

 狙いがこちらに向いた瞬間、肌の表面が粟立つ。

 「撃たれる」と理解するより先に、身体が避ける準備を始めている。

 

 東堂は心の中で舌を鳴らした。

 この街の銃撃は、威嚇や牽制が混じる。だがこの委員長は違う。引き金は合図ではなく、結論だ。

 

「……お前がこいつらのボスか」

 

 東堂は問いを投げる。

 返事が欲しいわけではない。距離と間を測るための音だ。

 

 ヒナは答えない。

 代わりに、引き金を引いた。

 

 音が弾けた瞬間、路地の空気が裂ける。

 弾丸が壁を抉り、石片が雨みたいに散る。

 

 東堂は横に滑った。

 弾が頬の横を抜け、風圧が耳を叩く。

 避けた、というより「そこにいなかった」。そういう動きだ。

 

 続けざまに二発。

 狙いは腕と膝。逃げを許さない組み立て。

 

「いい狙いだ!」

 

 東堂は跳ねるように踏み込み、同時に地面の瓦礫を蹴り上げた。

 石片が宙に舞う。これがただの目くらましなら薄い。

 東堂はそこへ呪力を薄く載せ、存在を「駒」に変える。

 

 掌を打つ。

 

 パンッ。

 

「...どういう手品?」

 

 視界が一瞬、引き裂かれた。

 身体が横へ引かれる感覚。空気の密度が変わる。

 東堂は舞い上がった石片の一つと位置を入れ替え、弾道の外へ跳んだ。

 

 ヒナの銃口が、遅れず追う。

 追う、ではない。最初からそこへ置いていたかのように、すでに狙いが合っている。

 

初見の技のはず、だが...判断が早い

 

 東堂は歯を食いしばる。

 術式が通じても、相手の反応速度がそれを塗り潰す。

 

 ならば。

 

 東堂は身体を低くし、壁際へ寄る。

 遮蔽物の影に入り、弾を「見えない場所」で受け流す。

 だがヒナの射撃は、壁を使う者を想定した角度だった。跳弾が鼻先を掠め、コンクリの粉が目に入る。

 

 痛みはどうでもいい。

 問題は、相手がこの狭い路地を「盤面」として完璧に使っていることだ。

 

 東堂は息を吐き、足の指で小石を転がした。

 その動き一つで、ヒナは銃口をわずかに下げる。

 石を目で追っている。つまり、こちらの術式の条件を理解し始めている。

 

 厄介だ。

 理解されると、術式は「読める手品」になる。

 

 東堂は笑う代わりに、喉の奥で短く鳴らした。

 

「……いい」

 

 声に熱が混ざる。

 強い相手と向き合うと、世界が澄む。余計な飾りが剥がれる。

 ただ勝つか、倒れるか。その二択だけが残る。

 

 東堂は両手を開き、あえて見せた。

 拍手が鍵だと教える。わざとだ。

 相手が「拍手を警戒する」なら、その分だけ視線と意識がそちらへ寄る。

 

 ヒナが一歩踏み出す。

 その一歩で、路地の圧が増す。

 撃ちながら距離を詰めるのではない。距離そのものを縮めてくる。

 

 引き金。

 連射ではない。必要最小限。

 一発ごとに確実に削る。

 

 東堂は右へ、左へ、斜めに走る。

 そのたびに瓦礫へ呪力を薄く染み込ませ、盤面に駒を置く。

 置いて、置いて、置いて。

 入れ替えの「逃げ道」を増やす。

 

 ヒナの弾が太腿を掠めた。

 熱い裂傷。血が滲む。

 しかし足は止まらない。

 

 東堂は壁を蹴り、上へ跳んだ。

 ヒナの弾はそこも追う。

 空中での回避は難しい。逃げ場が少ない。

 

 東堂は掌を合わせる。

 

 パンッ。

 

 上空の石片と位置が入れ替わる。

 身体がふっと軽くなり、着地の衝撃が薄まる。

 その瞬間、ヒナの視線が僅かに細くなった。

 

 「術式で移動できる」だけでなく、「空中でも成立する」ことを見せてしまった。

 つまり、ヒナは次にその成立条件を潰しにくる。

 

 東堂は小石を握り、呪力を強めた。

 そして投げる。

 正面ではない。斜め上。

 煙の中で「駒」を浮かせる。

 

 次の瞬間、拍手。

 

 パンッ。

 

 東堂の身体が跳ぶ。

 煙の外、ヒナの側面へ。

 

 距離、二メートル。

 ようやく拳が届く。

 

 東堂は踏み込んだ。

 腰を落とし、腹圧を上げ、最短で顎を狙う。

 普通ならこれで意識が飛ぶ。

 

 だがヒナは、そこにいない。

 

 紙一重で半歩引き、同時に銃口で東堂の拳の軌道を押し返した。

 「受けた」のではない。「ずらした」。

 体捌きの精度が狂っている。

 

 東堂は二撃目を腹へ。

 ヒナは膝を入れて相殺し、肩で体重を逃がす。

 そのまま銃床が東堂のこめかみに走る。

 

 衝撃。

 視界が一瞬歪む。

 だが東堂は倒れない。倒れる前に腕を伸ばし、ヒナの袖を掴む。

 

 掴めた。

 これで距離は逃がさない。

 

 そう思った瞬間、ヒナが躊躇なく引き金を引いた。

 

 至近距離。

 銃口が東堂の腹部に向く。

 

 東堂は咄嗟に拍手を打つ。

 

 パンッ。

 

 掴んだ袖の感触が消える。

 代わりに東堂は、さっき置いていた瓦礫の後ろへ滑り込む。

 弾は空を切り、壁を抉った。

 

 ヒナは追わない。

 追わずに、角度を変えて撃つ。

 遮蔽物の「端」だけを削り、東堂の隠れ場所を狭めていく。

 まるでノミで木を削る職人みたいに、確実に。

 

 東堂は歯を噛む。

 相手は焦らせに来ている。

 焦った瞬間の「拍手」を狙って、次の弾を置いてくる。

 

 ならば、逆だ。

 焦らない。

 

 東堂は深く吸い、吐く。

 心拍を落とす。

 拳の男が「落ち着く」というのは滑稽かもしれない。だが戦いは速度だけではない。

 情報の整理が、勝敗を決める。

 

 ヒナの射撃には癖がない。

 撃つ間隔が一定ではない。

 弾数を使うことも恐れていない。

 それなのに無駄弾がほぼない。

 

 結論。

 この委員長は「弾を撃って当てる」のではなく、「当たる場所に弾を出す」。

 

 東堂は小石を三つ握り、呪力を濃く染み込ませた。

 そして地面へ落とす。

 転がる音が三方向へ散る。

 

 ヒナの銃口が、一瞬だけ揺れた。

 音に反応したのではない。

 「駒」が増えたことを理解したからだ。

 

 東堂はその隙に、別の石を投げ上げる。

 高く。天井のない路地の空へ。

 同時に足元の瓦礫を蹴り、さらに破片を舞わせる。

 

 盤面が増える。

 入れ替え先が増える。

 それだけでは足りない。

 必要なのは、ヒナの「狙い」を一度だけ外すことだ。

 

 東堂は拍手を打つ。

 

 パンッ。

 

 身体が跳び、次の拍手。

 

 パンッ。

 

 さらに次。

 

 パンッ。

 

 連続で位置を変える。

 普通の相手なら視線が追いつかない。

 しかしヒナは追いつく。追いつきかける。

 その「追いつきかける」瞬間だけが、唯一の穴だ。

 

 東堂は最後の入れ替え先を、ヒナの背後に置いた。

 しかも「低い」位置。地面近く。

 

 パンッ。

 

 東堂は滑り込むように背後へ出た。

 腰を捻り、回し蹴り。

 頭ではなく膝を狙う。

 足を奪えば、射撃の精度が落ちる。

 

 ヒナは片足を引き、蹴りをかわす。

 避けながら、銃口が背後へ回る。

 後ろを向かないまま。

 人体の可動域を超えているように見えるが、実際は無駄がないだけだ。

 

 弾が飛ぶ。

 東堂は身を捻って躱す。

 だが肩を掠めた。

 熱い。骨に響く。

 

 東堂は拳を叩き込む。

 肩へ。胸へ。肋へ。

 連打ではない。相手の呼吸を止める配置。

 

 ヒナは受ける。

 受けて、耐えて、ずらす。

 どこにも崩れない。

 

 東堂は理解する。

 この小柄な身体に、異常な「支え」がある。

 筋力ではない。身体を守る何か。

 輪の光が、薄く揺れているのが見えた。彼女の頭上にあるヘイローが、まるで呼吸するみたいに。

 

 東堂の拳が深く入らない。

 入っているのに、決定打にならない。

 

 ヒナの反撃。

 銃床が鳩尾へ。

 息が抜ける。

 同時に肘が顎へ。

 視界が跳ねる。

 

 東堂は倒れそうになる。

 しかし倒れない。

 倒れる前に拍手を打つ。

 

 パンッ。

 

 路地の端に置いていた瓦礫と位置が入れ替わり、東堂は転倒を回避した。

 だがヒナは、そこへもう弾を置いている。

 

 破裂。

 地面が抉れ、コンクリが砕け、破片が東堂の脚を削る。

 血が飛ぶ。

 痛みが「続く」タイプだ。

 

 東堂は唇を噛み、口の中に鉄の味を感じた。

 ここまで明確に削られるのは久しぶりだ。

 呪霊相手なら、耐えるか逃げるかの判断は単純だ。

 だがこの相手は、逃げても追い、近づいても刺す。

 

 東堂は笑った。

 笑うしかない。

 

「…まるでフィジカルギフテッドだな」

 

 短い吐息。

 褒める余裕などないが、認めざるを得ない。

 

 ヒナは表情を変えない。

 変えないまま、また一歩前へ出る。

 その一歩が、路地をさらに狭くする。

 

 東堂は拳を握り直す。

 拳に呪力を集める。

 術式の精度を上げる。

 

 東堂は地面の破片を掴み、握り潰した。

 小石になった破片へ呪力を染ませ、指の間から落とす。

 雨みたいに、足元に散る。

 

 ヒナの視線が一瞬だけそこへ落ちる。

 術式を警戒している。

 なら、狙いはそこではない。

 

 東堂はわざと大きく手を上げ、拍手の予備動作を見せた。

 ヒナの銃口が、そこへ向く。

 手を潰す気だ。

 

 東堂はその瞬間に、もう片方の手で小石を投げた。

 低く、速く。

 ヒナの足元へ滑り込ませる。

 

 そして拍手。

 

 パンッ。

 

 東堂はヒナの真横へ跳んだ。

 同時に、腰を回し、肘を叩き込む。

 狙いは首筋。人間なら落ちる。

 

 ヒナの身体が僅かに揺れた。

 初めて、揺れた。

 

 東堂の内側が燃え上がる。

 通った。通ったぞ。

 

 だが次の瞬間、ヒナの反撃が来る。

 銃口ではない。膝。

 低く、鋭い蹴り。

 東堂の軸足を刈りに来た。

 

 東堂は耐え、足を踏ん張り、体勢を保つ。

 そのまま拳を振り下ろす。

 ヒナは肩で受け、距離を詰める。

 近い。近すぎる。

 

 銃口が、東堂の胸へ向く。

 引き金の直前のわずかな「空白」が見えた。

 

 東堂は拍手を打つ。

 

 パンッ。

 

 入れ替え。

 しかし入れ替え先に、弾が置かれていた。

 

 爆ぜる。

 腹を殴られたような衝撃。

 内臓が揺れる。息が止まる。

 東堂は地面へ膝をついた。

 

 ヒナは追撃しない。

 追撃せずに、銃を向ける。

 確実に終わらせるための一発。

 それが「見える」。

 

 東堂は笑った。

 やっと、ここまで来た。

 相手に「勝ち」を確信させる局面。

 ここで外せば負ける。

 だが外させれば、こちらの番だ。

 

 東堂は膝をついたまま、手を地面に滑らせ、石を一つ掴む。

 呪力を濃く注ぎ込む。

 握る。

 そして投げる。

 

 ヒナは撃つ。

 弾と石が交差する。

 石が砕け、呪力を含んだ破片が弾道を乱す。

 

 たったそれだけの乱れ。

 けれど致命だ。

 

 弾が東堂の肩を抉った。

 普通なら激痛。だが東堂はイカれていた。

 

 東堂はその「外れた」瞬間に拍手を打つ。

 

 パンッ。

 

 位置が跳ぶ。

 東堂は立ち上がりながらヒナの背後へ出た。

 そのまま、全体重を乗せた拳を、背中ではなく「輪郭」へ叩き込む。

 相手の姿勢そのものを崩す一撃。

 

 ヒナの足が一瞬だけよろけた。

 

 東堂は畳みかける。

 二発、三発。

 拳を置く場所を変える。

 骨、関節、呼吸の支点。

 殺すためではない。止めるため。

 

 ヒナは耐え、そして「止まらない」。

 よろけたはずなのに、次の瞬間には銃口がこちらを向いている。

 

 東堂の背筋に冷たいものが走る。

 この委員長は、倒れないのではない。

 倒れる「手順」を飛ばしている。

 

 東堂は後退する代わりに、前へ出た。

 距離を詰める。銃の利点を殺す。

 ヒナはその考えを読んだように、銃を捨てずに「撃たずに」使う。

 銃身で殴る。

 銃床で突く。

 硬い金属が骨を叩く。

 

 東堂の口元から血が垂れた。

 視界の端が暗くなる。

 だが、意識は冴えている。

 強敵は、頭を冷たくする。熱は内側だけでいい。

 

 東堂は足元の小石を蹴り上げ、拍手。

 ヒナの視線が一瞬だけ上へ。

 その瞬間に東堂は低く潜り、胴へ肩をぶつけた。

 

 衝突。

 路地の壁が鳴る。

 ヒナの背が壁へ触れ、ほんの一瞬、逃げ道が塞がる。

 

 東堂は拳を振り上げる。

 決める。

 この一撃で、押し切る。

 

 ヒナの目が、初めて僅かに細くなった。

 警戒。

 そして、銃を拾う動作。

 拾う、のではない。拾いながら撃つ。

 あり得ない動き。

 

 東堂は拍手。

 

 パンッ。

 

 位置が跳ぶ。

 弾が壁を抉る。

 東堂は着地し、息を吐く。

 

 汗が背中を流れている。

 肩と脚の傷が熱を持ち、呼吸が少しずつ重くなる。

 それでも、東堂の目は笑っていた。

 

 この女は強い。

 強すぎる。

 だが、強い相手ほど、こちらの「工夫」が生きる。

 術式は読み合いになる。読み合いなら、勝ち筋は作れる。

 

 東堂は路地に散った小石を見た。

 自分が置いた駒。

 ヒナが撃ち砕いた駒。

 残っている駒。

 

 足りる。

 まだ、足りる。

 

 東堂は一歩前に出る。

 ヒナも一歩出る。

 二人の距離が縮み、空気がまた沈む。

 

 委員長の声が落ちる。

 

「……まだやる?」

 

 問いは短い。

 だが「終わらせる」意思が混じっている。

 

 東堂は答えた。

 余計な飾りはなく、ただ本音だけ。

 

「もちろんだ」

 

 拳を握る。

 拍手のために、手を開く。

 次の一秒で、何度世界がひっくり返るか。

 その回数だけ、勝負が深くなる。

 

 粉塵の残る路地で、

 拳と銃と、理屈と直感が、同じ高さで噛み合い始めた。

 

 そして、ヒナが先に動いた。

 




思ったより東堂が弱く、ヒナがバケモンになっちゃいました。ちなみにヒナに呪力は無いので入れ替えはできません。

相棒(ブラザー) 作者はホシノ推し

  • ホシノ
  • ヒナ
  • ネル
  • アリス
  • ミカ
  • 結果だけを見る!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。