宿儺もどきはスローライフを夢見たい   作:表梅

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して、二品目だ。

 

 

 

さて月日の流れは早いものだ。ナガンが公安を辞め、同時に公安の会長が不祥事で引退した。休業中のナガンを半ば冗談で、しかし多少真面目に看板娘にでもなれと言ったら、本当に店の前掛けを付けて立っているのだから世の中は分からん。

 

「私は納得してないぞ」

 

「ケヒッ…高く付くと言っただろう」

 

「安月給だけど?」

 

ツラは良いが愛想がない。だから俺の店が繁盛しないのはきっと俺のせいではない。いや、別に繁盛せずとも良いのだがな。金はあるし、暇はもっとある。

 

この一年、世間では家とその家主達が突如として瓦解し、消えたという怪事件が起きた。噂では建物どころか土地ごと崩れ、住人すらも跡形もなく消えたともいう。

 

だがそれでも概ね平和そのものだ。これもひとえにオールマイトの威光あってこそ。

 

風の噂だが、また一人AFOの腹心をオールマイトが粉砕したらしい。複数個性持ちに超パワー1つで殴り勝つ化け物。見ていて気持ちいいのは確かだが、奴が輝けば輝くほど影は濃くなる。AFOは未だ静観を決め込み表舞台には上がらない。やはり奴が出張るには未だ――。

 

「決め手に欠ける……か」

 

「はあ…なに言ってんだ。それより注文のトンカツ定食まだなのか?」

 

「暫し待て」

 

トンカツ定食。

それは我が店における自信作が一つ。

もっとも自信作以外を店先に出すほど落ちぶれではいないがな。

 

まずは油の温度から…目指す場所は170°程と言ったところか。すぐに油の表面がわずかに揺れ、鍋の底から熱が立ち昇る。箸先を入れると細かな泡が弾けた。どうやら温度は十分らしいな。

 

筋を切った豚ロースに軽く塩胡椒を振り、小麦粉、卵、パン粉の順に衣を纏わせる。押し付けず、空気を含ませるように整えてやれば指先に軽さが残る。

 

油へ落とした瞬間、低い音とともに泡が広がるが最初は触ってならん。衣が固まり、表面が色づいたところで一度返す。パン粉は狐色に変わり、油の中で静かに浮いている。

 

泡が次第に落ち着き、音が軽くなった。引き上げて網に置くと、余分な油が落ち、湯気が細く立つ。

 

包丁を入れると衣が小さく鳴り、断面から白い肉と肉汁が現れた。火は通っているが、乾いてはいない。

 

それを見て今日もうまくいったと分かる。

 

「……よし、完成だ」

 

揚げ油の香りが落ち着いたところで皿に盛る。芸術的な断面。

 

衣は立ち、肉汁は逃げない。俺はナガンに渡すと、ヒーロー時代のクールな様子で配膳しに行った。それと…意外なのがこの女だ。助けてやったとはいえ、ここまで素直に店番をするとは思わなかった。存外ヒーローだけでなく、こういう仕事も向いているのかもしれんな。

 

暇を潰しているうちに、トンカツ定食を頼んだ客はいつの間にか居なくなり、皿まで洗ってしまうと暇になった。

 

「ていうかさ、毎日一人か二人しか客の来ない店って破綻してないか?」

 

「俺が満足ならそれで良い。そもそも娯楽でしか無い故な」

 

「じゃあその娯楽に文句つける厄介なクレーマーが来たら?」

 

「殺す」

 

「ダメだろ!」

 

くだらない。くだらないが、こういうくだらなさは存外嫌いではない事を知っている。数年前と比べれば、我ながら本当に甘くなったものだ。

 

その後、ナガンが暇だからゴミ出しに行くと言った。気が利くではないかと感心しながら、任せてスマホを弄っていると、鈴の音が鳴った。

 

そうして戻ってきたナガンの顔は神妙だった。隣には見知らぬ餓鬼。目つきは悪いが、怯えている。年は十六……餓鬼とは少し言い難い年齢に見える。その小僧の背中は丸く小さい。逃げ道を探す姿勢が癖になっている様にも見える。

 

「宿儺…見捨てられなかった」

 

「……して、具体的に了見を述べるが良い」

 

ナガンがこう言い出した以上、拾ってきたのだろう。面倒事の匂いがするが、暇つぶしにはなるか。そんなことを考えているとナガンに変わって餓鬼が口を開く。

 

「分倍河原……仁です」

 

名乗り方が半端だ。自分の名前すら、胸を張って言えないらしい。

なんでも親は死んでおり、住み込みで働いていたらしい。そんな折に相手が飛び出してきた交通事故で揉めて追い出されたのだとか。

 

「何日も飯食べてないみたいでな…。飢え死にされても寝覚め悪いし、拾って来た」

 

ナガンが言う。

 

「金もなさそうだが…タダ飯を食わせろと?別に俺は便利屋ではない。ましてや平和の象徴のような底抜けの善人でもない。履き違えるなよ」

 

「宿儺!」

 

「……だがこんな時代だ。餓鬼が飢え死にするのは俺とて寝覚めが悪い」

 

俺は溜息を吐く。

 

「メニューには無いが胃に優しいものを作ってやる。代わりに、お前の話を詳しく聞かせてもらうぞ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

礼儀はある。だが曇りが取れない。眼球が落ち着きなく泳いでいる。心が今にも割れそうな目だ。

 

「宿儺、私にもなんか作ってくれよ」

 

「…なんかとは?」

 

「んー……可愛いやつ?」

 

「ほざけ」

 

スマホで料理アプリを開き、適当に眺めるふりをしながら、結局俺は粥を炊き始めた。日本人の胃袋は結局米に落ち着く。ナガンの分は……まぁ、適当に済ますとしよう。

 

米が煮える音を聞きながら、餓鬼の話を拾う。撥ねた相手が住み込み先の取引先の親族で、取引先が激怒。住み込み先は恩を仇で返したとして追い出されと。ふん、実にくだらない。だが運のない小僧だ。

 

「アテもなく右往左往していたところを――」

 

「はい……さっきナガンさんに拾って貰いました……」

 

声が細い。さては親が死んでからというもの、自分の存在を小さくしなければ生きてこられなかったのだろう。

 

憐れみはする。同情もしよう。だが俺は心の折れたものに無償で何かをくれてやるほど甘くない。俺が与えるのは無条件の救いではない、条件だ。

 

「勘違いはするな」

 

分倍河原の肩がびくりと跳ねた。

 

「俺はオマエを救う気はない」

 

「……え?」

 

「寝床も飯も永続的に保証する気は無い。ここは孤児院でも慈善施設でもない故な」

 

ナガンが何か言いかけたが、手を上げて制す。これは俺の店だ。ルールは俺が決める。

 

「ただし、条件付きで置いてやる」

 

分倍河原の喉がごくりと鳴る。

 

「条件……すか?」

 

「働け。皿洗い、掃除、ゴミ出し。出来ることをやれ」

 

「は、はい……!」

 

ここまでは普通だ。

だが俺が欲しいのは労働力ではない。

 

「そしてもう一つ」

 

俺はようやく餓鬼と目を合わせる。逃げる目を、逃がさない。

 

「オマエがオマエ足り得る付加価値を作れ」

 

「……え?」

 

「オマエ…今は問題ないようだが、人格が分離しかけているだろう?生憎その手合いは昔に見て来た。ナガンのいう見捨てられなかったというのはそういう意味だ」

 

分倍河原は口を開きかけて閉じた。

指先がかすかに震えている。やはり図星か。心当たりがあるらしい。

 

「分離を止める方法は簡単ではないだろうな。故に抑え込むな。逆に核を作れ」

 

「核……?」

 

「主人格だ。本当のオマエを決めろ。お前がお前として立つ場所を決めろ。オマエがオマエ足り得る価値という言葉の意味がわかったか?」

 

餓鬼の目が揺れる。

 

「……それが出来なくなった時は?」

 

「追い出す」

 

俺は即答する。

 

「俺との縛りを破るものがここに居る資格は無い」

 

短い沈黙。

餓鬼はそれでも深く頭を下げた。

 

「……お願いだ。ここで……働かせてくれ!」

 

「ならば出来ることをやれ。お前にはお前にしか出来ないものがあるという価値をつけろ。良いな?」

 

「あぁ……やらせて欲しい!!」

 

「よし」

 

俺はぱちっと手を叩くと、ようやく俺は料理を作り始める。

 

幸いにも空腹らしい。その状態がわかるなら作りようは幾らでもある。ケヒッ…正に究極の後出し虫拳だな。

 

卵を鍋に入れて、少し塩を利かせる。それと生姜もほんの僅かにいれるのも重要だろう。なにせ生姜には血行を良くし、消化吸収を助け吐き気や胃もたれを和らげる効果がある故な。その様は宛ら反転術式…だが何事にも用法がある。胃が悪い時や空腹時は少量にとどめ、温かい飲食物に加えて摂取するのが胃に優しい食べ方だ。

 

ふむ…中々料理人として板についてきたのではなかろうか。

 

「まずは食え。空腹は思考を歪める」

 

分倍河原は恐る恐る椀を受け取り、一口含んだ。その瞬間、堪えていたものが切れたように肩が小さく揺れる。音は立てず、しかし確かに泣いていた。

 

「……ッ」

 

どうやら俺特製の卵粥は、泣くほど美味いらしい。ナガンは何も言わずに、ただその様子を満足げに見ていた。

 

 

 

粥を食い終えた仁は、椀の底を見つめたまましばらく動かなかった。人が涙というそれを人前で見せた事を恥じているのか、或いは泣いたことに戸惑っているのか。どちらにせよ、感情の置き場を知らない目に見える。

 

その様に俺はその小僧に泣くなとも強くなれとも言わん。言葉で矯正できるほど、中々どうして人の中身は単純ではないからな。一問一答で世界が回るなら思考や感情なんてものは要らんのだ。

 

翌日から仁には皿洗いと掃除を叩き込んだ。油で滑る床の拭き方、包丁の扱いより先に刃物の恐ろしさ。客と目を合わせる練習、声量、返事の間。あらゆる“自分を保つための型”を与えた。

 

人格の核を作れと言ったのは綺麗事ではない。主人格が薄い者は、人格が増えた瞬間に輪郭が溶ける。溶けた先は暴走人形にしかなれやしない。

 

そんな童の胸元に仁と書いた名札を付けるようになったのは、いつからだったか。そんな小さな変化が積もるほど、逃げ道を探す背中は少しずつ真っ直ぐになっていった。

 

早い事で分倍河原…もとい仁が来てから早数ヶ月。仕事にも慣れ、最近では厨房も任せられるほどに成長して来た。やはり悪くない拾い物だったと言わざるを得ないな。

 

しかし慣れとは恐ろしいものだ。

 

ある日の昼前。

 

「……味、薄くないっすか?」

 

仁がこちらの様子を恐る恐る伺いながらも言う。

 

「ほう?」

 

どうやら俺の料理に口を出せる程度にはこの店に馴染んできたらしい。俺は味噌汁を一口啜る。

 

「ふむ…薄いか?」

 

「い、いや…美味しいです!」

 

「なら黙って配膳しろ」

 

「はい!」

 

仁が配膳に行っている間に少し味噌をコッソリ追加すると、それを見逃さなかったナガンが吹き出す。

 

「相変わらず理不尽だなアンタ」

 

「料理に妥協はない」

 

「味噌汁でもか?」

 

「俺の食事の〆は味噌汁と決めている。インスタントの方が美味いと抜かせば…やはり殺す」

 

「ダメだろ!」

 

その様子を側から見ていた仁は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

かれこれ一年近く店を続けていると多少なりとも見知った顔の客が増えてくる。いわゆる常連というやつだな。彼等は昼のピークどきにやってくるわけだが、それよりも少し前にことは起きた。

 

「なぁ…料理まだかよ」

 

その男は最初から空気を壊していた。

椅子に浅く腰掛け、指でテーブルを強く叩く。

それどころか日中にもかかわらず既に酒臭い。実に面倒な手合いだ。

 

「もう二十分は経ってるだろ!」

 

阿呆が。まだ5分だ。酒によって時間感覚すら溶けたらしいな。その客の言葉に仁が伝票を確認するが、仁は意外にも頭を下げた。

 

別に客とも言えん輩に頭を下げずとも文句を言う気はないが、俺の顔に泥を塗りたくはないと考えているらしい。

 

「申し訳ないんスけど、ウチは揚げ物にも拘っていて…例えば──」

 

料理が出来るまでの繋ぎのトーク。随分上手くなったものだと俺が関心していたが、びちゃりと水が地面に溢れる音がした。言うまでもなくワザとだな。

 

「かんけーねぇよ!!俺はお客様!神様な訳!理解してる!?態々こんな寂れた店に来てやってんの!」

 

ナガンがチラリとコチラを冷や汗をかきながら見る。それはほんの一瞬でも客の態度に恐れた訳ではない。むしろ逆だろう。以前クレーマーを殺すと宣言した俺が暴走しないか、そこに注意を割いているらしい。

 

カタッ…俺の包丁を置く音が静かに響く。

 

しかしそれにも気づかず男は立ち上がり、仁の胸を指で小突く。16歳の子供には些か厳しすぎる状況で、当然仁は動揺していた。いくら対応が上手いと言えど、まだ子供。逃げ道を探し始めていた。

 

「大体なんだこの店は!お通しの一つくらい出せねぇのか!?サービスも悪けりゃ店員もカス!きっと店長はもっとカスだな!!」

 

今、仁は今際の際に立っていた。

 

(逃げるな)

 

(ここで逃げたら――)

 

『オマエがいわねぇならオレに言わせろ!』

 

「黙って聞いてりゃ…寂れた店だ?」

 

声が少しだけ重なった、そんな錯覚。

 

クレーマーの男が眉をひそめる。

 

「……あ?」

 

仁は気づかない。

ただ、視界の端で――

 

「いいや事実だろ!」

 

自分が、半歩ずれて立っている気がした。

 

 

 

 

 

 

剥き出しの怒り…それは己の本性の輪郭を知覚したことにより発芽に至る。

 

「オレに水を掛けようが馬鹿にしようが許してやるよ。許さねぇ!!でもなぁ…!この店や店長を悪くいうなら…それだけは許せねぇ!いーや許すぜ!ただし出禁だな!」

 

「あぁ…!?てめーなにを言って…そもそもオレを誰だと」

 

「オマエのことなんざしらねぇよカス!オレは知ってるぜ豚!」

 

俺が恐れた多重人格の発露。それは個性の暴走にも繋がる。またそれは強個性であればある程被害の度合いは広がり、故に俺は人格が暴走するのを危惧した。

 

しかし、その二つの人格の思考の果てが同じなら話は別だ。故に上手く転んだと言ってやろう。

 

「良い…それで良い!」

 

「そう成るか…!」

 

俺とナガンは少し関心して事の成り行きを傍観しようとするが、豹変した仁の姿を見てようやく自分が客ではないと男は悟ったらしい。

 

「なっ…!言ってる事が訳わかんねぇよオマエ!こんな気味のワリィ店出て行ってやる!」

 

扉が開き、鈴が鳴る。

静寂が戻った。

仁はその場に立ち尽くしている。

 

「……終わりましたよね?」

 

「あぁ…悪くない対応だった」

 

「頑張ったな」

 

仁は間の抜けた声だったが店は無事だ。コイツはコイツなりに店を守った。もう逃げるだけの童ではなくなった。ならそれでいい。俺は包丁を取り直すとナガンと視線が交差する。

 

そして音は発さず口だけで会話する。ナガンは公安出身だ。当然読唇術は会得している。

 

『久々に80kg分の珍味が作れると思ったのだがな』

 

『おまっ!ここは…日本だぞ』

 

別に日本でなくともアウトだがな。そんなツッコミはさておき、俺にはドン引きした様子のナガンとホッとした様子の仁がよく見えた。 

 

 

 

その日の夜更け。分倍河原が2階の住居スペースで就寝したのを確認後に珍しくまだ店に残っていたナガンに俺は話しかける。

 

「やはり良い拾い物をしたな」

 

「アンタが素直にそう言うってのは珍しいな」

 

「素直は余計だ。…それと、近々暫く店を空ける。オマエは仁と共に此処で店を続けよ」

 

「……何かが動いてるんだな?」

 

「ケヒッ…察しが良いではないか」

 

AFOは未だ表舞台には上がらない。しかしそれも時間の問題だ。オールマイトが輝きを増せば増すほど影も強まり、その輪郭はより明確に浮かび上がる。

 

AFO本人でなくとも、何か大規模なコトが起きる。そんな確信めいた予感があった。

 

「あぁそれと…これをくれてやる」

 

「これは?」

 

「…いや、マカロンだが?オマエが幾分か前に可愛いものを食いたいと言ったではないか。…まぁ、味は保証しかねる」

 

「あ…あざと〜」

 

因みにピンクの可愛らしい見た目に反して中身は激辛の特別仕様になっている。俺がただの善意でそんなものを作ると思ったオマエの姿は実にお笑いだったぞ。

 

数分後、夜中に麗しのヒーロー、レディナガンの悲鳴が響き渡る。

 

さては一口でいったな?

 

 

 




書いた後に思い出したんですが、仁って言えば虎杖パパも仁でちょっとびっくり。そして感想ありがとうございます!めっちゃ嬉しいです。
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