The Rite of Depth 関連小説集   作:白銀 小虎

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※身内向けの小説につき注意。
※長いので分割しました。

ヴィルデンらの小話。時系列的にはグリマルあたり。
グランツを中心とした小噺

登場人物…
・ヴィルデン
・グランツ
・ローレンス
・サフィラス
・リーガル
・オルファン(子供/青年)


ヴィルデンの睡眠について
①医者 リーガルの場合


「ヴィルデン!今日も探索にいくのか?」

 

寝ぼけた頭で歯を磨いている男へ快活に声をかけるは、一回り大きい銀の虎だ。

声をかけられた金の虎———ヴィルデンは気だるそうに声を上げる。

 

「ん……おう…。湿地の……調査に、行く…。」

 

ぼそぼそと呻くように喋る。

大きく造られた引き違い窓のそばで太陽を浴びながら、眠そうな声を上げて、ゆらり、ゆらりと尻尾を揺らした。

 

やはり、本調子ではなさそうだ。そして、以前よりも睡眠時間が延びている。

ヴィルデンの様子に、銀の虎男…グランツはそう思案する。

もともと極めて強い不眠であった彼は、その持ち前の精神と不撓さで、10年ほども眠りを取っていないにもかかわらず、軍人としては華々しいほどの戦果を上げ続けた。

それは常人にはあまりに不可解で、普通であれば衰弱して死するほどの状態―――実際には何度か”死んでいた”のだが―――でもある。

軍医でもあり、彼の専属でもあったリーガルという男の辛抱強い治療行為により、その後睡眠を徐々にとれるようになり、かつてはショートスリーパーと称される程度にまでは眠れるようになっていた。

しかし最近は、この世界に降り立ってから徐々に睡眠時間が伸びてきているのだ。

今日でいうのならば、およそ9時間眠り続けている。これはもともとの傾向から考えても少し異常だとグランツは感じていた。

しかしながら、本人に自覚はない様子であることに、グランツは言い出すべきか否か逡巡してしまう。

 

「ふむ。ここのところ随分と眠そうだが…ヴィルデン。体調が悪いのか?」

「…いや、悪いって感じはないんだが…。どうしても、な。以前のように快眠できているように感じないんだ。」

「快眠、か…。」

「…まあ、そろそろ眠気も取れてきた、大丈夫だ。」

 

んじゃ、支度したら行ってくる、と言って彼は洗面所へと向かって歩いて行った。

グランツは少し悩んだ。顕現しているなかでも当然リーガルは居るのだが、彼がこの状態に気づいていないわけはないだろうと思案する。

わけあってこの状態を意図的に放置している?とは思うものの、あくまで彼の役回りを考えるとそれはないだろうと帰結する。

やはり、聞くべきか…。さすがに着の身着のまま、タイトなインナーで向かうのは問題であろうからして、着替えに向かうのであった。

 

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 

「ふむ。リーガル、起きているか?」

声をかけ、扉を軽くノックするが返事はない。これはまだ寝ていると直感する。

とはいえ、まだ時間は朝9時を過ぎたところだし、なにより今日はオフの日となっている。

普段の彼は仕事がない日は自堕落に……もとい、ゆったりと趣味に没頭して過ごすことが多い。

おおかた光合成でもしながら寝ているのであろうとあたりをつけ、扉を開ける。

 

すると、まあ想像通りの光景が広がっていた。

カーテンを開け放った窓辺で、白衣を脱ぎ捨て、下着のみのリーガルが寝椅子に身を預けている。

緑の体毛が朝日を浴びて、わずかに輝いているようにも見える。どうやら光合成中のようだ。

 

「リーガル」

 

もう一度声をかけるが、やはり反応はない。グランツは少し考えたが、意を決して近づき、肩を揺すった。

 

「リーガル、起きろ」

「んあ…?」

 

金色の瞳がゆっくりと開く。焦点の定まらない目でグランツを見上げ、リーガルは面倒くさそうに欠伸をした。

 

「…なんだ、グランツかよ。休みの日くらいゆっくりさせろってぇの」

「悪かった。だが、少し話がある」

「話ィ?」

 

リーガルは身体を起こし、首や手をパキパキと鳴らす。

まだ完全には目覚めていない様子だが、グランツの表情を見て、何かを察したようだった。

 

「…あぁ~…、ヴィルデンの件か」

「リーガルは気づいていたのか?」

「気づいてねーわけねェだろ。あいつの専属医を何年やってると思ってンだ」

 

リーガルは舌打ちして、乱雑に髪をかいた。その動作には、明らかな苛立ちが含まれている。

グランツは窓際に歩み寄り、リーガルの隣に立った。二人の影が、朝日に照らされて長く床に伸びる。

 

「で、お前は俺様に何を聞きてェんだ?『どうにかできないのか』か?それとも『なぜ放置しているのか』か?」

「…両方だ」

 

その、いつも自信のある表情を浮かべるグランツにしては珍しく眉をひそめた表情での率直な返答に、リーガルは苦々しく笑った。

 

「はっ。正直でよろしい」

 

リーガルは寝椅子の背もたれに深く身を預け、天井を仰いだ。

 

「…んで、答えはどっちも『できねえ』だ。少なくとも、俺様の手には負えねェ」

「それは…どういう意味でだ?」

 

リーガルは深く息を吐いた。立ち上がり、窓の外を見つめる。その背中はいつもより小さく見えた。

 

「あいつの睡眠時間が延びてるのは、身体の問題じゃねェ。であれば、俺様がもっと簡単に直しちまってる」

 

彼は拳を握りしめる。

 

「憎たらしいことに、もっと根源的な部分の問題だ。『魂魄』って言ってもいいかもしれねェな」

「魂…?」

 

グランツの声が、わずかに震えた。

 

「ああ。あいつは『不死』を与えられちまってるだろ。でも『不滅』じゃねェ。精神や魂は有限のままだ」

 

リーガルは振り返り、グランツをまっすぐ見た。

 

「お前だって知ってるだろ?システィーナ*1でさえ魔術師共が永遠を求めて、その肉体の滅びを遠ざけた結果、そのほとんどが数百の内に発狂してリッチと化した」

 

グランツは息を呑んだ。

 

「摩耗する…のか」

「そういうこった」

 

リーガルは窓枠に手をつき、外の景色を眺めた。

 

「まっ、原因が『魂』なのか『精神』なのかなんて、俺様には分かりっこないが、あいつの身体はそれに対抗するのに少しでも知覚時間を減らそうと本能的に睡眠時間を延ばしてるんだろ。まっ、延命措置みてェなもんだな」

「ふむ…、そうなるとこのまま放置すれば…」

「どんどん眠る時間が長くなる。最終的には…」

 

リーガルは言葉を切った。その先を口にするのが辛いのだろうが、目ははっきりとグランツを見据えている。

沈黙が、重く部屋に満ちる。

 

「…目覚めなくなるのか?」

 

グランツの問いに、リーガルは首を横に振った。

 

「いや、もっと悪い。『眠ることもできなくなる』。完全に精神性が摩耗して、機械みてェになっちまう。それがあいつの未来だ」

 

沈黙が部屋を支配した。

グランツは拳を握りしめる。爪が掌に食い込むが、痛みなど感じなかった。

 

「何か…何か方法はないのか。お前ほどの医者が、本当に何もできないのか」

「…ねェよ」

 

リーガルの声は、珍しく弱々しかった。彼は肩を落とし、深く息を吐いた。

 

「俺様が扱えるのは肉体だけだ。非物理的なモノの摩耗なんざ、コッチの領分じゃねェ」

 

彼は自嘲気味に笑う。

 

「もし何かできるとすりゃぁ…」

「すれば?」

 

リーガルは少し躊躇した後、グランツを見た。

 

「…サフィラスに、聞いてみろ」

 

グランツは目を見開いた。

 

「サフィラス…彼なら、何か知っているのか?」

「知ってるどころじゃねェ。むかつくが、解決方法まで知ってるだろうよ」

「なぜそう思う?」

 

リーガルはグランツを見た。その目には、複雑な感情が渦巻いていた。

果たしてそれは、責務を果たせない自分へのいらだちなのか、どうにかできるが何もしないサフィラスへのいらだちなのか…。

 

「あいつはそもそもの領分がもっと、高ぇ次元だ。それ以上に、あいつの存在そのものが本来的に『肉体』って固相の次元を超越しているからにきまってるだろ」

 

リーガルは窓の外を見つめたまま続けた。

 

「精神とは、魂とは何なのか…あいつが生みだされた経緯を考えりゃ、その程度知っていたっておかしくはねぇだろ」

「ならば、なぜサフィラスは何もしない?」

 

グランツの問いに、リーガルは肩をすくめた。

 

「さぁな。俺様が思うに…」

 

彼は少し考えてから答えた。

 

「あいつは、ヴィルデン本人が望まない限り手を出すつもりはねェんだろう。それがサフィラスなりの『尊重』ってやつだ」

 

まっ、俺様にゃ人外様の考えることはわからんがな!と冗談めかして吐き捨てる。

その口調とは裏腹に、諦めの感情が浮かんでいるようにも見えた。

その言葉を受け、グランツは考える。サフィラスに話を聞くべきか。それとも、まずはヴィルデン本人と向き合うべきか。

しばらくの沈黙の後、グランツは顔を上げた。

 

「…すまない、リーガル。参考になった」

「おう。で、お前はどうするってんだ?」

 

グランツは扉に向かって歩きながら、振り返った。

 

「まずは、ローレンスとオルファンに相談する。それから…サフィラスと話を」

「ローレンスはともかく、オルファンはどっちだ?ガキの方か?」

「…両方だ」

 

グランツは言葉を選んだ。

 

「子供のオルファンには、今の父親(ヴィルデン)の様子を普段どう感じているか聞きたい。青年の方には…」

 

彼は一瞬、言葉に詰まった。

 

「青年の方には、何を知っているのか、正直に話してもらう」

「おまっ、尋問じゃねえんだからよ…。言葉を選んでそれなのか…」

 

リーガルは呆れたように首を振った。

 

「まあ、頑張れや」

 

リーガルは再び寝椅子に横たわり、目を閉じた。

グランツが扉を閉めようとした時、リーガルの声が聞こえた。

 

「なぁよぉ、グランツ」

 

グランツは振り返った。

 

「なんだ?」

 

リーガルは目を閉じたまま、少しの間黙っていた。何かを言いかけて、しかし言葉にならない。

 

「………いや、なんでもねぇ。引き留めて悪かったな」

 

その声には、どこか無力さが滲んでいた。グランツは静かに頷き、部屋を後にした。

 

*1
ヴィルデンらの星に会った、魔法を中心とした国家のこと。ヴィルデンの出身『トキシニア』とは冷戦~戦争状態だった

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