The Rite of Depth 関連小説集 作:白銀 小虎
※長いので分割しました。
オルファンが死んだ後のお話。
登場人物…
・ヴィルデン
・サフィラス
・リーガル
・オルファン(子供)
・グランツ(ちょい役)
悲嘆/追憶
「オルファン、右!」
警告が間に合わなかった。いや、間に合っていた。
だが―――ヴィルデンはとっさに動くことが出来なかった。いつもではありえない、そして、あまりにも致命的な隙。
まさか、こんな低層で、こんな弱い魔物の群れで、油断するなど。
巨大な尾が横薙ぎに振るわれる。小さな体が宙を舞い、壁に叩きつけられた音。
「オルファン!!」
瞬間、緊急用として常備している魔法薬が入った小瓶を地面に叩きつける。
地面で割れた小瓶からはその瞬間に激烈な光を放射し、周囲の魔物たちを一瞬で蒸発させた。
足早に壁へ叩きつけられた彼のもとへ駆けつける。そこにはぐったりとした体が、ぴくりとも動かずに横たわっている。
「っぁぁあ…!」
何で、どうして。そんな言葉すら出ないほど頭が回らない。
何時もならあんな攻撃避けれていたはずだと、心のどこかで慢心していたのだろうか。
恐らく、脊椎が折れた。幸いにも即死であろう。物言わなくなった己の息子の亡骸を抱え、慟哭する。
たとえ禁忌であろうと、紛れもなく己と血が繋がっている子だ。
その出生故に、強くあれと厳しく育ててきた。思えば、しっかりと愛情を注げていただろうか。
そんな事ばかりが頭を過る。今になってはもう遅い事だが…。年の割には小さく、幼い毛質が徐々に熱を失って行く。
…だが。まだ、生きているかもしれない。
一度諦めた事実を希望的観測で翻す。
鼓動はない。閉じられた目は動かない。紛れもなく死んでいる。いや、まだ何とかなるはずだ。もう無理だ。
そんな思いが逡巡するが、きっとサフィラスなら何とかできる、リーガルなら助けてくれるはずだと、必死に自分に言い聞かせる。
道中を邪魔する魔物は全て弾き飛ばし、急いで迷宮から出て、クランハウスに戻ろう。大急ぎで翔ける。
日が真上に登る頃だったのが、沈みかけるころには到着した。腕に抱かれた子は既に固く冷たくなっている。
「さっ、サフィラっ…リーガル!」
扉を壊す勢いであけ放ち、二人の名を呼ぶ。
なんだなんだと、各々が顔を出し、腕に抱かれたそれをみて眉をひそめた。
「なぁ、助けてくれ、なあ、なんとか出来るだろ、サフィラスなら、リーガルだって…!」
悲痛に訴えるが、二人は苦い顔をして視線を逸らすばかりだ。
グランツが、ローレンスが、集まってくる。誰もが、その小さな体を見て息を呑んだ。
重い沈黙が支配する中、リーガルが口を開く。
「…脊椎損傷、頭蓋骨骨折、内臓破裂………」
声は、いつもの毒舌とは違う、冷たく静かなものだった。
「死後、少なくとも6時間は経過してる」
ローレンスは視線を逸らし、唇を噛んでいる。
―――悪ぃ。もう、死んでる
死人は救えない、とリーガルは何時にもなく真面目な口調でそういった。
次いで、サフィラスも瞳を伏せてこう呟いた。
「ヴィルデン、えぇと…。その、オルファン君の魂は、もう…、もう、その体には…」
「何だ、何だよ…!お前なら、時間くらい戻せるだろ!?」
「…ヴィルデン、あなたなら解ってるでしょう」
―――肉体は構築できても、魂が無いなら生きる屍と同義。魂を作り出すのは、この世界では神ですらも出来ないと、あなたはよく知っているはずですよ。
そうサフィラスは言い放った。それは死刑宣告にも等しく、ヴィルデンは膝をついた。
「なぁ…、なあ、目を…開けてくれ…。オルファン、たのむ…起きてくれ…」
抱くそれからはもはや温度は感じられず、微かな腐臭が漂っていた。
どうして、と誰かがつぶやく。
グランツは静かに目を閉じた。
ローレンスは拳を握りしめたまま、震えている。
リーガルは、珍しく何も言わずに、ただ唇を噛んでいた。
果たして、その男が泣く姿をこれまで見た事があっただろうか。
大粒の涙を流し、みっともなく泣き叫ぶ男の慟哭が、死んだ息子と同じ色の空に響き渡った。
☆ ★ ☆
はっと、目を覚ます。
頭が痛かった気がしたけど、気のせいだっただろうか。少しぼやけた目をこすり、あくびをする。
さっきまで何していたっけと、思い出そうにも、頭がもやもやしていてうまく思い出せない。
―――ひどく、頭が冴えない。寝起きでさえ、こんなことはなかったと思考し、ひとまず、自分の状況を掴もうと状況を分析する。
今、椅子に座っている。これは間違いない。
いつから?いつからだろう。テーブルの上には、手を付けられていないおいしそうな菓子やケーキがたくさんある。
ティーカップは空だ。周りを見渡す。宮殿の一角の、庭のような場所だが、空は空色よりも青い。雲も太陽も無く、不気味なくらいの蒼穹が広がる。
「…おっと。もう起きていたのか」
少し低めの、耳触りの良い声が後ろから聞こえた。
「おっと失礼、紅茶を丁度入れていたところなんだ」
ニルギリの、と言ったら伝わるかな?と好印象を与える笑みを浮かべた彼は、静かにソーサーへ紅茶を注ぎ始めた。
…ハっとする。自然に受け入れていたが、コイツは誰だ
「…っ、お前は、誰だ…!」
「そうだね、自己紹介がまだだった」
その様子に、だがしかし食べ物を粗末にするような、テーブルを突き飛ばしてまで大きな動きをしない事に彼は微笑みながらこう答えた。
「俺は、テュール。いや、だったもの、かな。今はもう力もなく…残されてたのはこの空間の支配権だけ」
「…テュール?」
「まさか、ヴィルデンから何も聞いていないのかい?」
テュールは意外そうな顔をして、対面の席に行儀良く座ると「ささ、好きな物を食べるといい」と促した。
敵意が出せない。こんな良く知らない相手に、と違和感を抱く。槍で肩を貫くくらいであれば、死なずに尋問くらいはできるだろう。
敵意を見せないよう、いつも頼りにしていた素朴な槍を手に取る―――取ろうとするが、いつもの背中には槍はなかった。
視線を外さずにあたりを見回す。だが、目の届く範囲には、どこを探しても槍など落ちていない。
何より敵意が出せない。あまりにもいつもとは違う自分の精神状態に、若干の混乱を招く。
目の前の彼に目をやると、少し困ったような表情を浮かべ、こちらに再度着座を促していた。
…致し方なし。しぶしぶおいしそうなショートケーキを手に取る。フォークを差し出され、受け取るとまずイチゴからかぶりついた。
―――甘酸っぱくて、なにより酸味が強くなく、強めの甘さとまろやかな舌触りがとてもおいしい。ニコニコと笑顔になる。
「…そういうところ、ホント、ヴィルデンに似てるなあ」
苦笑いをこらえた様にテュールは言った。その反応に、思わず恥ずかしさに顔をくしゃっと歪ませてしまった。
「ああ、いや、馬鹿にした訳ではあないんだ」
まあ、そろそろ本題に入ろうか。と咳ばらいを一つ。
「単刀直入に言おう。オルファン、君は死んだ」
「ン゙ブ…!」
あまりの単刀直入さに、咽た。口に含んだケーキを吹き出しそうになる。
キっと睨め付けるその真っ黒な狼は、いたってまじめな顔をする。
逆に、自分の体と同じ鮮烈な赤い瞳は此方をつとめて冷静に射抜いていた。
―――そういえば、名乗った覚えはないのにどうして自分の名前を知っているんだ?疑問は尽きないまま、彼はどんどんと言葉を重ねていく。
「…うん、まず順を追って説明しようか」
最初からそうしてくれと言いたいところだったが、飲み込む。もう子供じゃないのだ、と自身に言い聞かせて。
「俺は、もとはこの世界の支配者。うーん、言葉を変えるとすれば、そうだな…。神、か」
神。そんなバカなことがあるはずが。
「そのうえで、ヴィルデンは俺のたった一人の眷属だった。ありていに言えば天使かな?もちろん、魂がそうであるだけで、肉体は君たちと同じ獣人だ」
男は事も無さげにそういう。
「し、死んだって…」
「そのあとヴィルデンが急いでクランハウスに戻って君の蘇生をサフィラスにお願いしたみたいだ。もちろん、魂はもう流転に流れてしまった後だ、蘇生なんてできるはずもない」
まあ、その前に俺が拾ったんだけどね、とクスクス笑った。
「えっと…青い虎の彼―――そう、たしかサフィラスって言われているんだっけ?彼なら蘇生はできたと思う」
「なら、なんで…してくれなかったんだよ」
「色々理由はあるんだろうけど…。俺と同じにしたくなかったんじゃないか?ちょっと癪に障るけれど」
「…同じ?」
「ああ、うん。俺も
「………?」
「まあ、端的に言えば」
どうしても助けたい子がいたんだ。だから、そのために何度も何度も、世界を切り取っては繋げなおして、いらない運命は他人に擦り付けてを繰り返した。
彼は、事もなさげにそう言った。その顔は落ち着いていて、みじんも後悔をにおわせていない。だが、どこか疲れているような―――。
「まってよ、いらない運命って、他人に擦り付けるって?全然わかんないよ、どういうことだよ?」
「あー、そうだなあ…。例えば、『この時、こういう運命で彼は死ぬ』という因果があったとして、それを他人に付け替える、といえばわかるかな?」
「…じゃあ、付け替えられた相手は、死ぬってこと?」
「そうだね。死ぬ」
直接的に、はっきりと言われた言葉に唖然とする。
つまり、だって彼は「一人を助けたいために」他人を殺した、ということに他ならない。
「ただ、運命や因果というのはなかなか難儀なものなんだ。本来そこで死ぬべき人間がいたとして、仮に生き残ってしまった場合―――その保険として、世界のシステムはなぜか『死ぬ選択肢』が増えていく」
「―――つまり、生き延びれば生き延びるほど、たくさんの人が死んでいくって、言いたいのか?」
「別に死んでほしいとは思っていないさ。ただ、彼を助けるためにはそれがどうしても必要だった。ただ、それだけだ」
「ッ…異常だよ、おかしいと思わないのか…?そんな…そんなことし続ければどんどんほかの人が「どうでもいい」ッ!」
彼はいたってまじめな顔で、言葉を重ねる。
「俺にとっては、別に他人が死のうがどうでもよかったんだ」
「どういう―――」
「この世界は、本来俺のための箱庭だった。だから、俺は俺の好きなように、俺の望むままにしてきた。そこに他人の人生があったところで、俺には何の関係も無い。」
「それは、確かに…いや、でも、そんなのめちゃくちゃだ!」
「まあ、俺の考えの是非なんて今はいいんだ。問題はそこじゃないだろ?」
オルファンは思わず言葉を失う。何かを言いかけて、だが、うまく言葉にできない。
不服そうながらもオルファンが落ち着いた姿をみたテュールは、咳ばらいをして続ける。
「だが、根本的な解決には至らない。何度やり直しても、何度翻しても、新しい死因が積み重なっていくだけ。このままだと世界が情報の切除に耐えられなくなる。そんなところまで来てしまったんだ。だから、俺は―――もっと大きな情報源によって、その運命そのものの改竄をすることにした」
「…まさか」
「うん。ご明察の通り、
―――だって、そうだろう?神なんて大きな大きな情報、処理するのには相応の負荷と相応のリソースがいる。
彼は事もなさげにそうのたまう。スケールの大きさと、想像だにしない話に、オルファンは目を白黒させた。
「とまあ、そんなこともあって俺は世界から消え、結果―――リーウは、今なら…多分12歳くらいかな?無事今も生きてくれている」
リーウ?どこかで聞いた名前な憶えがある、と、心の片隅で思考する。
確か、トキシニアの大手商会にそんな子がいると、
「それで、ここまで言えばわかるだろうけれど…本来人が死ぬのは、決まりきった道筋の一つに過ぎないんだ」
「…もし、おいらを生き返らそうとすれば?」
「さっきも言った通り、相応の犠牲が必要になる。そして、根本解決もできない。だから誰も生き返らせるなんてことはしなかった、が結論だ」
もちろん、リーガルだっけ?彼はそもそもそんなことは無理だし、サフィラスは出来るだろうけど―――彼は規模が宇宙でものを考えているからね、賛同しかねたんだろう。
テュールはそうひとりごちて、改めてオルファンに向き直る。
「じゃあ、おいらはなんでここに呼ばれたんだよ」
「―――そうだね、強すぎる人間は恐れられる。故に排斥されるのは世の中の常。異端であるからという事で差別されるのは、君も身を以って経験してるはずだ」
その言葉に反論しそうになるが、事実、そうであった事を鑑みると反論できなくなる。…不満、その気持ちが渦巻く。
「…なにが言いたいんだよ?」
「…ヴィルデンはいずれ、神の権能を引き継ぐことになる。いや、俺がそう決めたんだけどね」
テュールは、静かに紅茶を啜った。
「その時、永劫を生きる事になる彼の傍に、せめて君達にはいてほしいと思ってね」
「はぁ?」
あまりにも身勝手な宣言に、オルファンは思わず素っ頓狂な返事を返す。
「なんでおいらなんだよ!パパが神になるなら、グランツとか、リーガルとか、もっと強い奴らがいるだろ!」
「ああ、もちろん」
テュールは、にこりと笑った。
「彼らにも、同じ選択を与えるよ」
「…え?」
「君だけじゃない。ヴィルデンの仲間たち―――グランツ、リーガル、ローレンス、サフィラス。彼らが死んだ時、俺はその魂をここに招く。そして、同じように問うんだ。『天使になるか』とね」
オルファンは、思わず瞠目する。
「み、みんなも…?」
「そう。みんなにも、同じ選択肢を与える。受け入れる者もいるだろうし、拒む者もいるかもしれない。それは、彼ら次第だ」
テュールは、静かに続ける。
「ヴィルデンは、孤独になる。永劫を生きるということは、そういうことだ。大切な人たちが次々と死んでいく。それを、何度も何度も繰り返す」
「…」
「俺は、少なくともここまで頑張ってきてくれた彼にこそ、そうなってほしくはない。だから―――彼の仲間たちには、選択肢を与える。
オルファンは、テーブルの上に置かれたケーキを見つめた。
「…でも、それって…」
「身勝手だって言いたいかな?その通りだよ」
テュールは苦笑した。
「俺は、身勝手な神だった。リーウを救うために世界を壊した。そして今度は、ヴィルデンを孤独にしないために――君たちの運命を変えようとしている」
彼は、オルファンに何かを差し出す。光る…石。一般的には魔石と呼ばれたものだと思われる。ルビーだろうか。
「天使の真核。それを取り入れれば大権能の許に付き従う天使としての位階を手に入れることになる。もちろん、君も永劫を生きる事になる」
その現実は、あまりにも突飛ですぐには受け入れられない。そもそも、天使とは?
困った、というような顔になっているオルファンをみてテュールはクスクスと笑った。
「いや、本当に君は父親に似ている。困った時の表情仕草とか、本当に…」
アッハッハと仕舞には大笑いをしだす。
「何だよ、バカにしてんのかよ!」
「いやいや失礼。とても懐かしくってね…」
ふう、と一息ついたテュールは、続けてこう言った。
「…君は、ヴィルデンに愛されていたと思うかい?」
「―――…」
その言葉に、口を出かけていた非難は鳴りを潜める。
愛されていた、だろうか?分からない。だが、少なくとも実感を以て「愛されていた」とは、彼は思えなかった。もっと愛してほしかった、とも今では思う。
「…そういう所も、本当に似ている」
寂しげにそうつぶやくテュールは、何を知って、何を思っているのだろうか。
「彼もまた、後悔していたようだ。もっと愛していると実感させてやればよかったと。厳しく育て過ぎたんじゃないかと。いずれも君を思っての事だ、それ自体は間違いなく愛情である事には間違いないんだけれどね」
「天使って、…神って…なんだよ、そんなの…わかるわけないだろ…」
「…まあ、少し考えてみるといい。ここでは時間は消え去るものではないからね」
そういって、静かに席を立つ。そのまま、彼は風のようにふっと消えていった。あとに残されたのはオルファン一人。
死んだ、と言われた事実はしっかりと己でも把握はしていたが、受け容れたくなかったのも束の間、まざまざと突き付けられて、何もする気が起きなくなった。
―――天使、守護する者。
もう少し、一緒に居られるのなら、受け容れてもいいのだろうか。
テーブルの上には、赤い石が静かに輝いている。それを手に取ろうとして―――やめた。
まだ、決められない。
「…パパを、一人にしたくない」
小さく呟いた。
「グランツも、リーガルも、ローレンスも…みんな、いつかは死ぬんだ」
そして、その時―――彼らにも、同じ選択が与えられる。
「…おいらが、先に決めてもいいのかな。…パパ」
ついぞ、口にすることのなかった父親への呼称。
ぼそりと呟いて、食べかけのケーキに手を付けた。
テュール「あっそうそう。好きなものとかあったら教えてね。なるんだったらそこら辺のデータ引き継いでおくよ」
オルファン「!……じゃあ存在するすべての鉱石と宝石を、原石とカット後に分けて、それぞれ理論上存在するサイズにしてコレクションしたい!」
なんて?「テュール」