The Rite of Depth 関連小説集 作:白銀 小虎
なんかこう、普段書かない戦闘モノを一つ味変に。
虎どもの登場人物…
・ヴィルデン
・グランツ
・ドゥーゲン
・ウェンス
※そのほか、特筆すべきモブはいないため省略
①
夜明け前、とある港湾の端。
潮と油の臭いが染みついた廃倉庫は、まだ夜を色濃く残していた。
外壁は荒れているが、窓には雑に板が打たれ、出入り口の導線だけは妙に整っている。
人目を避けて使われる拠点らしく、嫌な几帳面さがどことなく不気味さを演出していた。
さあ、
壁際へ身を寄せ、グランツは正面の倉庫前、見張りであろう二人を観察していた。
酒気が薄く漂い、眠気はある。だが武器の握りは甘くない。
奥から漏れる気配は十数名。依頼書通りと言えば通りだが、全員が同じタチではないようだ。
寝ている者、起きている者、警戒している者―――、その質とやる気はまちまちのようだ。
隣で、ヴィルデンは壁へ背を預けたまま目を細めた。力づくでぶちのめしてもいいが―――と考えているときの表情だ。
「…正面の見張りは私が引き受けよう」
グランツが低く小さく、だが張りのある声で言う。
「その隙に内部へ先行できるか?裏口はウェンスとドゥーゲンが居る。彼らならすぐに合流できるさ」
「中の数は、十二から十五。依頼書よりも…少し多いな。」
ヴィルデンは鼻先で笑った。
「まあ、三、四人増えたところで変わりゃしねぇけどさ。…ところで、グランツ」
肩を竦める。
「お前、正面を引きつけるって言ったが、その体格でそのまま出てくつもりか?
流石に欠片も穏便には行かないだろ?」
「それが目的だ」
グランツは至って真顔で答えた。
「私が目立てば、中の気も引けるだろう?」
「…」
ヴィルデンは一拍、黙る。
それから短く息を吐いた。
「わかってて囮やるつもりってなら、まあ上等だ」
指先を軽く鳴らし、体を起こす。
「合図は―――お前がぶん殴られる音でいいか」
「ふっ、笑えない冗談だ」
そう言いつつ、グランツの口元はほんのわずかに動いた。
盾を構え直し、最後にだけ、建物の裏へ意識を伸ばす。
そこには、ほとんど気配の無い二つの影があった。
…倉庫裏。
ウェンスは黒い羽織に身を包み、半身を影に寄せ、閉ざされた裏口の向こうに聞き耳を立てている。
その後ろ、ドゥーゲンは息ひとつ乱さず、周囲の気配を広く拾っていた。
「…二人、か」
ウェンスが低く言う。
「扉のすぐ、向こうに一人。少し奥に、もう一人」
「左様にござりますか」
ドゥーゲンの声は小さい。
「若様。正面が騒がしくなれば、こちらも動くといたしましょう」
「いや」
ウェンスは首をわずかに振る。
「先に入る」
「…若様」
「騒ぎが起きれば、正面に寄る。なら、その前だ」
ドゥーゲンは一瞬だけ黙り、それから小さく頷いた。
寡黙にして植物のような佇まいであるが、その内に渦巻く静かな苛烈さ。
戦気にあてられでもしたのか、それともヴィルデンらの気質でもあてられたのか…。
ウェンスにしては珍しく、競うような事を言い始める。
「承知。では、某は鍵を落としましょうぞ」
影のように扉までたどり着けば、どこともなく取り出した細い針金が、指先で滑る。
錠の内部をわずかに撫で、止め具を容易く外す。音はほぼ無い。
ドゥーゲンが手を添え、扉をほんの指一本ぶん押し開けた。
中から漏れる、眠気を含んだ気配。誰か一人が、武器を床に擦る。
ウェンスの耳がその音を聞いた瞬間―――音もなく滑り込む。
一人目は、振り返る間もなかった。首筋へ手刀。膝裏へ足。崩れる前に口を塞ぐ。
二人目がその音と気配へ反応した時には、ドクーゲンがその背後へ回っていた。
「失敬」
低く、丁寧な囁き。直後、首筋へ落ちる一撃。男は糸が切れたように倒れ伏す。
「…終わりだ」
「左様で。まずは、静かなうちに周囲を確認致しますぞ。若様はお休みなさってくださればと」
裏口は、音もなく制圧された。
その頃、正面ではグランツが夜の中へ踏み出していた。見張りの片方が、すぐに気づく。
「―――っ、誰だ!」
グランツは立ち止まり、真顔で、そして自信満々に答える。
「通りすがりの者だ!」
沈黙。
海風だけが板壁を鳴らす。
「通りすがりの騎士様だってよ!んなわけねぇだろ!」
怒声と同時、二人が剣を抜く。倉庫内からも足音が跳ねた。
グランツは盾を前へ出す。最初の一撃は上から。
重い音だが、グランツにとってはあまりにも軽い一撃。盾の中心で受けた瞬間には衝撃が殺され、足は一歩も動かない。
その隙に、もう一人が横へ回り込み、脇腹を狙って突くが、グランツは少し屈む。切っ先が届くところへ腕を滑り込ませ弾き、刀身を折った。
それと同時に、盾を勢いよく跳ね飛ばせば、盾で剣を防がれた男は壁へと叩きつけられる。
さらに追撃、盾を勢いよく振り回す。
折れた剣を呆然と眺める男の胴体を盾が直撃し、折れ曲がったようにしなって吹き飛んだ。
中から、ぽつんと様子を見に来た一人が怒鳴って斬りかかるが、半回転したグランツの裏拳がその頭を弾き、次の瞬間には床へ沈んでいた。
「その図体で、なんて速さだ…」
泡を食ったように倉庫内から飛び出してきた増援の一人が息を呑む。
「感心している場合ではないだろう?」
グランツは低く言い、真正面から踏み込んだ。
その頃には、軽やかな金の影が音もなく侵入していっていた。
薄暗い内部は、乱雑とした空間だった。木箱、麻袋、酒瓶、粗末な机。
木箱の陰から立ち上がる人影は、正面の騒ぎに気を取られたままだった。
ヴィルデンは閃いたかのように目を細め、一言。
「―――誰だ!」
「中にも入ってきてるのか!?」
「くそっ、なんで今日だってバレてんだよ、どいつだ!」
物陰に隠れ、咄嗟に混乱を招く一言。雑然とした場を冷静に見つめる。
「…数、合ってねぇな」
ヴィルデンは肩を回す。
右に三。左に二。奥に四。正面へ増援が流れた分を引いても、依頼書の数より明らかに多い。
扉から出かけ、そして月明かりに輝く彼の毛に気付いた最初の男が、驚愕を浮かべつつ反射的に棍棒を振り下ろす。
ヴィルデンは半歩だけずれた。棍棒が空を切る。勢いを殺さず、そのまま肘を取って壁へ叩き込む―――巴投げの要領で。
激突した男からは、鈍い音が鳴る。満足な受け身も取れないままに、わずかに呻き。そして落ちる。
二人目。短剣。低く潜るような刺突。
ヴィルデンはそれを腕で受けた。けたたましい金属音とともに、短剣のほうが弾かれる。男の目が見開かれる。
「…驚くほどのもんでもねぇだろ」
腹へ拳が沈む。
今度は掌底、くの字に折れた男はそのまま床へ転がった。
左手の木箱が崩れる。三人目が回り込もうとしていたのだ。
ヴィルデンは箱を蹴り飛ばし、視界ごと潰す。転がる木箱の間を潜り、死角から肩から突っ込む。
体勢の崩れた相手の胸骨へ肘が入ると、僅かに引き攣って息が切れ、そのまま壁板へ叩きつけられた。
「ったく。狭ぇな」
吐き捨てるように言うが、足は止まらない。
奥の扉からさらに二人。手に持つは銃だ。粗悪品の容貌だが近距離では十分危険なもので―――破裂音が数度膨らむ。
ヴィルデンは木箱の陰へ沈み、そのまま横へ滑る。追加の発砲が鳴るころにはもう別の位置だ。
警戒してあたりを見回す男のうち、一人の横から滑るように現れ…銃を構える男の顔面に手がかかる。
肘で銃を逸らし、偶然にも発砲されるが弾は床へ。埃が舞った。そのまま壁へ強く打ち付ければ、意識を失って崩れ落ちる。
「こんなとこで撃つなよ。危ねぇだろ」
もう一人が怯えた表情で後退しようとした瞬間、背後の暗がりから刃身が一閃。
鮮やかな手前、手に持った銃はバラバラと解れて落ちると同時に、男がその場で膝をついた。
ウェンスだった。
「…遅い」
「何だ、裏口側はもう終わったのか?」
「二人だ」
「そりゃ楽でよかったな」
その後ろに、ドゥーゲンが音もなく現れる。
床へ転がる男たちを一瞥し、小さく息を吐いた。
「こちらこそ静かに済ませましたが、ヴィルデン殿は些か派手にござりまするな」
「オレは静かな方だろ」
「ご冗談を。…今は措いておきましょうぞ」
ドゥーゲンが意識を失った男たちを麻縄で縛り付けていく。同時に、あたりを見回して歩く。
ヴィルデンも面倒くさそうに、あたりの箱やらをずらして床を確認するが、何も変わったものはない。
ふと、ウェンスが鞘の先で地面を突く。何度か繰り返し、そのまま部屋の隅へと歩いていき―――刀をなぞるように、地面を指す。
「…ここだ」
ドゥーゲンは手早く地面に弱く風遁を仕掛けると、埃と泥で隠されるように細工された取っ手を見つける。
そこをつかんであげれば、地下へと続く階段が口を開けた。奥の空間は、明らかに空気の質そのものが変わっている。
ウェンスが頭を傾げる。
「…いる」
「だろうな」
ヴィルデンは手の甲で頬の血を拭った。自分のものではない。
「明らかに表のメンツとは違うな。待ち伏せの類か?」
「殿、先行は」
「しない」
ウェンスは短く答える。
「嫌な、感じがする」
「同感だ」
ヴィルデンが頷く。
「じゃ、まとめて行くか」
―――一方、正面ではグランツが三人を相手取っていた。
扉を背にしたグランツへ斧持ちが中央から突進。
左右に剣。明らかに数で押し潰す構えだ。だが、グランツは一歩も退かず、斧を直接盾で受ける。
衝撃―――、それでも足は動かない。盾に強く食らいつく斧をあえて離させず、そのまま前へ押す。
重量をまるで感じていないかのような動きに斧持ちの体勢が崩れる。
同時に、右からの剣。左からの突き。
片足を上げ、半歩ずれる。同時に、体をひねり、斜めに体を崩す。たったそれだけの動きで両方の軌道を殺し、片足で相手の手首を砕く。そして、もう片方には頭突き。
よろめいた斧持ちの膝裏を蹴り、床へ沈め、そのまま柄頭でこめかみを打つ。
二人落ちる。
残った斧持ちが恐怖を押し殺して飛び込んでくる。
「来い」
短い。だが、逃がさぬという圧のある声だった。
三合も続かなかった。剣は跳ね、足は止まり、最後は盾で地面へ叩き伏せられる。
「奥の数が読めないな。…ヴィルデン、無茶だけはするなよ」
そう、ひとりごちる。そして、その心配が実現するかのように、倉庫奥から別の轟音が響いた。
扉が爆ぜるような爆音、魔力。奥から流れてくる僅かな風が毛を揺らす。
グランツの目が細まる。
「…やはり、術師が居るか」