The Rite of Depth 関連小説集 作:白銀 小虎
―――地下通路の奥。
薄暗い。狭い。床板は古い。その先の扉の向こうに、複数の気配。そして、ひどく整った殺意。
ヴィルデンを先頭として、ウェンス、ドゥーゲンは一直線に並ばず、微妙に位置をずらして進む。
誰か一人狙いでまとめて射線へ入らないように、自然にそうなっていた。
「若様」
「わかってる」
ウェンスの声は低い。
ドゥーゲンは床、壁、天井…と視線を移し続けている。罠の気配を探っているのだ。
「ふむ。扉どころではなく。全てに罠が仕掛けられておりますな」
「近づくな、ってことか」
「左様」
その直後、扉が内側から吹き飛んだ。
爆風。木片。埃。
扉の奥がわずかに光った瞬間には、既にヴィルデンが前へ飛び出し、腕で破片からウェンスらを守っていた。
その向こうから、黒いローブの男。両手に青白い魔力。左右に同様の二人と、背後に武装した護衛四人。
「いささか、依頼書より過剰な戦力ですな」
「まあ、ありがちな話だろ」
ヴィルデンは肩を竦める。
魔術師が嗤って言う。
「随分と賑やかなことで」
「そっちこそ。花火でお出迎えとは、中々歓迎してくれるじゃないか?」
「―――次は避けられんぞ」
踏み込もうとしたその瞬間、ウェンスは左手でヴィルデンの服をつかむ。
ドゥーゲンが即座に言う。
「止まられよ!」
その声にヴィルデンはたたらを踏む。胡乱げな表情で床を軽く見渡せば、床へ散らばる紋様付きの金属片。
不規則な欠片に、規則的で簡易的な方陣。円環に火の意匠―――敷設型の起爆具。踏むなり、動かすなりで小規模ながら勢いよく爆発する。
「
ドゥーゲンの声が低くなる。
「この様子ではどこを歩もうと爆ぜまするな」
術師の護衛が左右へ展開する。おそらく、靴底に暴発を防ぐための方陣が彫られているのだろう。
平気な顔で、その場で散らばり始め…魔術師の射線を通し、こちらの攻撃を細らせる構えだ。
ウェンスが低く言う。
「前は、開ける」
「誰が」
「…私だ」
いつのまにか追いついてきたグランツが、そのままヴィルデンへの前へと割り込む。
「―――グランツ、正面は片づけてきたのか?」
「あれくらい、当然だろう」
盾が低く構えられる。
ウェンスはそのすぐ横、壁沿いの一番狭い線へ立つ。ドゥーゲンは後方で罠と射線を見ている。
「私が盾で弾き飛ばし道を作る」
「…なら、己れはその脇を抜く」
「では、拙者は裏を掻きましょうぞ。殿方、足運びは最小に」
ヴィルデンが鼻で笑う。
「…何だ、急に連携が綺麗じゃねぇか」
次の瞬間、グランツが盾の底角を床へ滑らせた。
爆発。
火花。
連鎖。
狭い廊下を爆圧が舐める。
あまりにもの力業に、敵側の魔術師たちは驚愕し、思わず防御魔法を使用する。
同時に、ウェンスが壁際を走る。
ほとんど一足飛びだった。地雷を踏まぬ線だけを拾っている。
護衛の一人が混乱のさなか、その鋭い殺意に反射で迎え撃とうとして…銀の刃が首元を抜ける。
血の線が遅れて走る。
「―――なっ」
そして、二人目が反応するより早く、ドゥーゲンの投じた小刀がもう一人のその手首を貫いた。武器が落ちる。
その隙に、天井とわずかな梁の突起を使い、ドゥーゲンは部屋の最奥の
そのまま、中央にいる3名の護衛に向かってクナイを投影するが、直前で弾かれる。
僅かな軋みに、六角形のわずかな歪み。
「
基礎的だが強力で―――そして瑕疵のある防御術式。
不可視化を行っているということは、弱点ももちろん理解しているということ。
それが意味するのは、つまり正当に魔術の教育を受けている者であるか、野良の天才かのいずれか。
グランツの盾がさらに前を削る。地雷が誘爆し、合間に爆煙の向こうから敵の光弾が飛来する。
三発。五発。七発。隙を縫って飛ぶ光弾を盾で防ぐ。叩きつけられるたび、火花が散り、魔力が散逸する。
ウェンスは一人目を斬り伏せた勢いのまま、三人目の懐へ入る。
短く。鋭く。喉を斬る必要はない。呼吸と体勢を殺す場所だけを正確に断つ。
崩れる体の向こうで、四人目が懐から小銃を取り出しており―――引き金を引いた。
発砲。瞬間、一筋の銀閃。目の前で二つに断ち切られた弾身は、その背後の壁に2つの穴をあけただけだ。
驚愕をよそに、ウェンスは瞬歩の如く速さで、峰で膝を砕いた。
「―――ヴィルデン!」
グランツが叫ぶ。もはや防衛のための仕掛けもない。
盾で切り拓かれた一本道。グランツが体と盾を横に動かせば、爆煙の中、ヴィルデンが煙の中から飛び出した。
「上等だ」
踏み出した場所では、石床が重量に耐え兼ねて砕ける。
その勢いのまま、目の前の魔術師に拳を一発―――目前で、甲高い音が響き、ヴィルデンの拳が止められた。
あまりの衝撃の強さに、隠蔽魔術が解消され、うっすらと光るその全容が明かされる。
離れた全員に攻撃が通らず、かといって天井付近には防御魔術が存在していない。それができる形は―――
「トーラス構造か。考えたな」
「黙れッ死ね!」
魔術師が両手を前へ突き出す。収束魔弾。
轟音。不安定な体制のまま、ヴィルデンは腕を交差させ、真正面から受ける。
そのまま吹き飛ばされ、石壁に打ち付けられる。壁は砕け、歪み、火花と煙が廊下を満たした。
「ヴィルデン、大丈夫か!」
「問題ない、これくらいじゃ怪我もしない!」
そんな結果を踏まえても、ヴィルデンの服が僅かに傷つく程度だった。
魔術師たちは戦慄する。格の違いが圧倒的に示されている。
弱小の自分たちに対して、あまりにもオーバースペックなパーティだ。
ここから、逃げる手段はもはやない。なりふり構う段階はとうに過ぎ去っていた。
「しかし、困りましたな。あの防御術をどうにかせねばなりますまい」
「…五角面は、無いのか」
「柱を丸く繋げた形だ、球体とはワケが違うな」
魔術師も、無駄な魔法を唱えて魔力を消費するべくもなく。
不気味な静けさと、無意味な膠着状態が続く。
「魔力切れまで放置したっていいんだぜ?」
「ほざけッ!この状況を予見していなかったわけではない!」
魔術師の一人が目を血走らせ、吐き捨てる。
三人のうち、一人が静かにボソボソと詠唱を始めた。
「…この状況じゃあ何したって無駄だろ」
「ふんッ、甘く見るなよ…、ゴミ溜めの魔術師どもと一括りにされてもらっては困る」
魔術の詠唱が続く中、ウェンスがふとつぶやく。
「―――線が」
「若様?」
「…ヴィルデン。転移だ」
そう、短くつぶやいた瞬間、ウェンスは既に刀を振り切っていた。
鉄を叩いたかのような音が鳴るが、防御術式はビクともしない。
「…硬い」
「あー…。サフィラスを連れてきてなかったのはマズったな」
「うぅむ…。ヴィルデン、解決方法は…いや、私にも無理だな!全く思いつかん」
せめて団長がいらっしゃれば…と、グランツがぼやく。
転移術式。簡単でもなく、詠唱にも時間がかかり、そのうえ「決められた場所にしか移動できない」という非効率な一般魔法。
そして、使う難易度も高く、魔力消費も激しい。だが、このタイミングでは最も効果的な魔法だった。
「…仕方ない。ウェンス、切れるか?」
「―――使え、と」
「ヴィルデン殿。あの刀を使えば、周囲の者達は…」
「一瞬でいい。その一瞬で十分だ、何とかする。」
その言葉に、先ほどまで魔弾を放っていた魔術師が、無茶苦茶に魔弾を放ち始める。
ウェンスはその場で刀を振るい、あたりそうな魔弾だけを的確に弾く。
ドゥーゲンは素早くグランツの後ろへと移動、グランツは盾を神性魔術で強化し、しっかりと受け止める。
「グランツ、ウェンスを守ってくれ」
「わかっている。」
魔弾を防ぎ漏らさないようにグランツがゆっくりと移動しながら、ウェンスの目の前まで移動したのを見届けると、
無造作に魔弾を受け続けていたヴィルデンが気だるげに手で弾き始める。
「くそッ化け物め」
「しょーもねぇなぁ…。潔く諦めてくれよ…」
深い息を吐くと、業を煮やした魔術師から、大きな魔力のうねりが起きる。
瞬間、光条がヴィルデンを襲った。
「うぉっ!?」
「…!?ふざけるなよ、どうして死んでない!?」
もはややけっぱちだった。
魔術師は何度も何度も光条を放つが、体制を崩せたのは最初の不意打ちだけで、あとは重心を整えたヴィルデンを少し後退させるだけだった。
―――だが、あと少しだ。あと少しで転移魔術が完成する。それまでに耐え忍べば、こちらの勝ちだ。
魔術師は魔力を迸らせ、先ほどよりも太い光条を放ち始めた。ヴィルデンが歩みを進めた瞬間、直撃し―――
「ありえない!なぜ倒れない!」
「そりゃ、倒れる気がねぇからだよ」
煙の中から、影が歩く。
上着が焼ける。だが、皮膚には傷が無い。
体表を覆う魔力が、奔流そのものを相殺していた。ヴィルデンの体が魔力の燐光で僅かに輝いている。
…これが仕掛けだった。ただの、魔力での身体強化。いや、正しくは暴力的なまでの魔力量での体表コーティングだ。
歯を食いしばり、魔術師がさらに魔力を絞る。
「――死ね!」
極太の光条が、ヴィルデンとその後ろの廊下そのものを呑み込むように放たれた。
光の奔流。床も壁も焼き削る破壊。先ほどまでのように一瞬だけではなく、今度は長く長く、確実に焼き削るかのように。
そのただ中を、ヴィルデンは押し進む。
一歩。
二歩。
三歩。
押し返されるのは、光の方だった。
「冗談、だろ―――」
「冗談で済めば楽なんだけどなぁ」
光の中から腕が伸びる。トーラス状の防御術式にがっしりと掴みかかり、力を加える。
その体から繰り出される怪力に、防御術式はぎゃりぎゃりと悲鳴を上げるが、それでもなお崩せない。
…瞬間、ウェンスが一言呟く。
「―――みえた。ヴィルデン」
「あいよ!」
グランツが体を避けると、瞬く間もなくウェンスが向かいの壁に移動していた。
小刀に手を添えたかと思えば、鈍い音とともに、トーラスが縦半分に断裂し―――僅かな時間差で、砕け散る。
三人のうち、防御魔術を展開していたであろう一人の杖が爆発する。魔術式が崩壊し、魔力が暴走した結果だ。
その驚愕の裡に、ドゥーゲンが素早くクナイを灯影。転移を詠唱していた魔術師と合わせ、二人の両足に突き刺さり、苦悶の叫び。
砕けた防御術式に一瞬我を忘れたのは、光条を放つ魔術師もそうだった。
その隙に、光のさなかから腕が伸びる。
魔術師の首を掴む。持ち上がる体。途切れる光条。
ヴィルデンの顔には、ひどく獰猛で、静かな笑みだけがある。
「終わりだ」
短く言って、床へ叩き落とす。
静寂が落ちた。焼けた木の臭い、焦げた布の臭い。
ヴィルデンが呻く魔術師を見下ろし、息を吐く。
「―――ったく。上が全部死んだぞ」
グランツはその姿を見て、肩の力を少しだけ抜いた。
無傷。少なくとも致命傷はない。そこはもう確認済みだ。
そのうえで、焦げ落ちた上着の残骸と、ほとんど裸同然の上半身を見て、口元がわずかに動く。
「…随分と景気よくやったな」
「こちとら趣味で脱ぎ散らかしたワケじゃねーぞ」
「予備はあるのか?」
「ない」
「そうか」
一拍。
「では、帰りもそのままか」
「お前なぁ…そこを最初に気にするのかよ」
「無事なのは見ればわかるだろう?」
グランツは苦笑する。
「その恰好で堂々と歩かれても困るだろう。―――肉体を見せつけたいのなら、話は別だが」
「んな事しねえよ!だいたい、困るのはお前だろ」
「もちろん。風評的な意味でだが」
そこで、ヴィルデンはようやく吹き出した。
「好き勝手言いやがってよ…」
ウェンスは、ほんのわずかに―――本当に、目を凝らせばようやくわかるくらいの笑みを浮かべていた。
ドゥーゲンは咳払いを一つしてから、床へ転がる敵を確認した。
「…殿方。戯れはそのあたりで。まずは捕縛対象の確認と、周辺の掃討にござりまする」
「話が早えなぁ」
「某としては、いつも通りにござりまするよ」
グランツは盾を下ろした。
大きな傷はないが、神性魔法でだいぶ消耗した。だがまだ動ける。動くべきこともある。
「…引き上げ前に照合を取る。討伐対象の生死確認、捕縛対象の選別、それから周辺掃討だ」
「はいはい。実務に戻るぞ、ってわけだ」
ヴィルデンは焼け残った布をつまみ上げ、役に立たないと見て捨てた。
港の外では、夜がわずかに薄くなり始めている。
じき朝が訪れれば、応援も来る。面倒な後始末が始まる。だからこそ、その前のほんの短い時間だけ。
四人は焦げた廊下の中で、それぞれの呼吸を整えながら、戦いの終わりを確かめていた。