The Rite of Depth 関連小説集   作:白銀 小虎

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②騎士 ローレンスの場合

リーガルの部屋を出たグランツは、廊下を歩きながら次に誰を訪ねるべきかを考えた。

その中で…ひとまず信頼できる同僚であったローレンスを思い浮かべる。さて、今頃どこにいるだろうか。

彼の日課である、朝の自主訓練は既に終わっている時間だ。となれば、おそらく自室で装備の手入れをしているか、あるいは…

 

「グランツ殿!」

 

考えていた矢先、廊下の向こうから聞き覚えのある声が響いた。

振り返ると、薄紫の体毛に濃い縞模様の虎獣人が、颯爽と歩いてくる。ローレンスだ。

 

「ローレンス。ちょうど良かった。少し話があるのだが良いか?」

「話、ですか」

 

ローレンスは足を止め、グランツの前に立った。

グランツはふと、ローレンスの様子に気づいた。

普段の凛とした鎧姿ではなく、白いワイシャツに茶色のズボンというラフな格好だ。

しかも、そのワイシャツは上の方のボタンが何個か外れており、胸元が開いている。

少し汗ばんでいるようにも見えたが、ちょうど今しがたに自主訓練が終わったのであろうか。

 

「その格好は珍しいな。装備の手入れ中か?」

「ああ、はい。今しがた、布地の洗濯を済ませてきたところでして…乾くまで、軽装でいようかと」

 

ローレンスは何気なく答えたが、その視線がわずかに泳いだ。

グランツの大きな体躯、銀色に輝く体毛、そしていつもの自信に満ちた表情。

よく見れば赤い瞳に、今は深い洞察が宿っている。そんな目が自分を見ている事に今更ながら気づき…、ローレンスは無意識に自分のシャツの裾を直した。

 

(…こんな格好で会うことになるとは思わなかった…)

「それで、話とは?ヴィルデン殿のことだと?」

 

ローレンスは話題を変えようと、やや早口で尋ねた。

 

「…ああ。最近の、ヴィルデンの事なんだが…。少し、睡眠時間が延びているのが気になってな」

「睡眠時間、ですか」

 

ローレンスは少し考える仕草をした。その際、腕を組もうとして、自分の胸元が開いていることに改めて気づき、慌てて腕を下ろした。

 

(む、胸を寄せるなど、何と不埒な事をしかけたんだ…!)

 

グランツはさして気にした様子もなく――実際は本当に気にしていないのだが――続ける。

 

「リーガルに聞いたところ、肉体的な…たとえば病気などといったところの問題ではないらしい。お前は何か気づいたことはないか?」

「ヴィルデン殿の…ですか」

 

ローレンスは真面目な表情で考え込んだ。

しかし、グランツがわずかに身を乗り出したことで、二人の距離が近くなる。

ローレンスの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。軽く漂うローズウッドの香りに、思わずたじろぐ。

 

(…近い。グランツ殿の、に、匂いが…)

「ローレンス?」

「あっ!?はっはい!」

 

ローレンスは慌てて我に返った。顔が少し熱い。

 

「申し訳ありません、少し考え込んでしまいまして…」

 

グランツは首を傾げた。

 

「大丈夫か?顔が赤いようだが。熱でもあるのか?」

「だ、大丈夫です!問題ありません!」

 

グランツがその大きい手を己の頭へと差し出してきたことに驚き、思わず手を払ってしまう。

それと同時にローレンスは少し大きな声で答えてしまい、自分で自分に驚き、すこしバツが悪そうな表情を浮かべる。

一方で、グランツは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は追求せず、話を続ける。

 

「それで、ヴィルデンについて何か考え付くことはないか?」

「それは…正直に申し上げますと、私には何もわかりません」

 

ローレンスははっきりと答えた。その口調には、申し訳なさは微塵もない。

グランツはやや苦笑して続ける。

 

「わからない、か」

「はい。私はヴィルデン殿のことをそこまで深く観察しているわけではありませんので」

 

ローレンスは涼しい顔で言い切った。

 

「私が主に気にかけているのは、グランツ殿、貴方の方ですから」

「…まあ、そうだな」

 

ローレンスの正直さもとい、率直さにグランツはむしろ安心したような表情を浮かべた。

いつも通りであるというか、変に取り繕われるよりも、こうしてはっきり言ってくれる方がローレンスらしい。

 

「しかしながら」

 

ローレンスが付け加えた。

 

「グランツ殿が心配されているのであれば、私も協力いたします。貴方が気にかけていることは、私にとっても解決すべき問題ですので」

 

そう言ったローレンスの頬は、照れでもしたのかガラにもなくわずかに赤く染まる。

自分で言っておきながら、キザったらしい言い回しに恥ずかしくなったのだ。

グランツはそんなローレンスの様子に気づかず、頷いた。

 

「すまないな、ローレンス。これから少し聞き取りをしようと思っていたんだが…、ローレンスはサフィ「グランツ殿と同行いたしましょう!」」

 

ローレンスは即答した。その勢いに、グランツは何とも言えない表情をし…まあ、いつものことか、とふうと一息を吐く。

グランツが歩き始めると、ローレンスもその後に続いた。

グランツの大きな背中を見つめながら、ローレンスは胸に手を当てた。

心臓が、まだ早鐘を打っている。

 

(…落ち着け。今は、グランツ殿の力になることが先決だ)

 

そう自分に言い聞かせながら、ローレンスはグランツの後を歩いた。

しかし、自分のワイシャツの胸元が締まらず開いていることは、最後まで気になり続けていた。

 

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