The Rite of Depth 関連小説集   作:白銀 小虎

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④異聞 オルファンの場合

「ああ、そうだ」

 

宿に併設されたリビング―――この区画自体、大所帯でもあるからしてまるまる借りている区画のため彼らしかいない―――へと着いたタイミングで、思い出したかのようにグランツは言った。

 

「オルファン、今『成長した姿』の自分になることはできるか?」

「えっと…?できる、けど」

 

オルファンは不思議そうにグランツを見上げた。

 

「どうして?」

「少し、大きい方のお前と話がしたい。子供のお前とは、また違った視点を持っているかもしれないと思ってな」

 

グランツの言葉に、オルファンは少し考え込んだ。

 

「…わかった。ちょっと待ってて」

 

オルファンは目を閉じ、深く息を吸った。

そして…空気が、わずかに歪む。オルファンの小さな身体がまるで蜃気楼のようにぶれ―――、淡い光に包まれた。

光は穏やかに脈動し、まるで星の瞬きのように明滅する。

ローレンスが思わず一歩後ろに下がった。

 

「これは…」

「お前も知っているだろう。本来人間が扱っていた奇術*1、その究極形だ」

 

グランツが静かに答えた。

 

「『あり得ないはずの未来』を幻視し、そして『今』に出力する術。サフィラスの力を借りて、オルファンが使えるようになった。理屈は聞いたが、私は理解できていない。ミクロコスモス*2で仮想運営*3した歴史から奇術で現実に情報体を張り付ける…という話だそうだが、全く私の専門ではないからな!理屈の『り』の字すら理解できなかったぞ。」

 

はっはっは、と大声で笑うグランツを尻目に、燐光が収まったそこには小さな子供の姿はなく、立派な青年の姿があった。

赤い体毛に若草色の瞳。178cmほどの身長に、鎧を纏った堂々たる体躯。手には、美しく装飾された槍―――星槍ロンセレン*4と言うらしい―――が握られている。

 

「…グランツ、『こっち』だと久しぶりだな。」

 

青年オルファンは、父親を思わせるハスキーな、落ち着いた声で言った。その声は、先ほどまでの子供の声とは明らかに違う。

 

「ああ。元気そうだな」

 

グランツは笑ってそう答える。

青年オルファンは、リビングの椅子に腰を下ろした。

槍を壁に立てかけ、ローレンスにも座るよう促す。

 

「それで、話って?こっちの父さんのことだろ?」

 

単刀直入な問いに、グランツは頷いた。

 

「ああ。お前は…知っているのか?父親の、ヴィルデンの現在の状態を」

 

オルファンは、少しの間、沈黙した。その目は、子供の時のような純粋さではなく、何かを知り、何かを悟ったような深みを帯びていた。

 

「…知ってる」

「サフィラスから、聞いたのか?」

「ああ―――いや、俺が奇術ではじめて『外側』に出てきたときに、状況を訊いた。」

 

青年オルファンは窓の外を見た。

 

「そもそも、俺の世界…いや、『俺の父さん』はこの年齢だともう少し老けてたし、まるで20代後半の若さの見た目でもなかった。おかしいと思うだろ?だから、どうして変わらない姿のままなのかって俺から尋ねたんだ。

そのまま、サフィラスは特に悩んだりせずにそのまま答えてくれた。『こっちの父さん』が歩んだ道と、その結果の今の事。精神が摩耗していることと、最終的には、機械のような存在になってしまうこと。そして…」

 

彼は言葉を区切った。

 

「父さん自身が、おそらくそれを受け入れていること」

 

グランツは息を呑んだ。

 

「受け入れている…?」

「ああ。こっちの父さんは、不滅を望んでいない。永遠に生き続けることを、望んでいない」

 

青年オルファンの声は、静かだった。

 

「だから、精神が摩耗して、最終的に『終わる』ことを…父さんは、どこかで受け入れているんだ」

 

ローレンスが口を開いた。

 

「それを知って、お前は…何も思わないのか?」

 

青年オルファンは、ローレンスを見た。

 

「思わないわけが―――いや、こっちの父さんと俺の父さんは正しい意味で違う人だ。だから、これは『子供の俺』ならきっとそう思うだろうってことになる。」

 

青年オルファンは首を振って言い直す。その声には、わずかな痛みと哀愁が滲んでいた。

 

「仮に同じ状況だったとして…俺だったら、父さんとずっと一緒にいたい。離れたくない。子供の俺が思っている通りだ」

 

彼は拳を握りしめた。

 

「でも…」

「でも?」

 

グランツが促すと、青年オルファンは深く息を吐いた。

 

「でもさ、それは俺のエゴだ。俺が父さんを縛り付けることになるし、それはイヤだ」

 

彼は立ち上がり、指で壁をなぞりながら窓辺を歩く。

 

「基本的に、俺と『オルファン』は記憶を共有できる。ただし、したくない情報は共有しないこともできる。俺は『オルファン』には何も教えない事を選んでいるし、それはお互いに同意したことだ。逆に、『オルファン』からは、こっちの情報をすべて教えてもらってる。

オルファンは―――ちゃんと知らないほうがいいことは知らないままでいられるから、そこは素直に尊敬できるんだ。俺は彼ほどそうならざるを得ない状況を歩んだわけじゃないから…全て知ることを選んで、少し後悔しているけど…。」

 

立ち止まって、窓の外を覗く。まるで対照的に、太陽の光はまぶしく、外の景色は青々としていた。

 

「こっちの父さんは、ずっと戦い続けてきた。軍人として、尖兵として、管理者として…ずっと、ずっと、休むことなく」

 

青年オルファンの背中が、わずかに震えた。

 

「そんな父さんに、『俺のために、永遠に生き続けてくれ』なんて、全てを知ったオルファンが言えるわけがないだろ?」

 

グランツは立ち上がり、オルファンの隣に立った。

 

「お前は…いや、オルファンは、父親の選択を尊重すると思うのか?」

「尊重する」

 

青年オルファンは、まっすぐ前を見つめたまま答えた。

 

「それが、父さんの望みなら。それが、父さんの自由なら。オルファンなら、全て知ったらきっとそう答える。」

 

しかし、その声は震えていた。

 

「俺も…こっちの父さんの選択を、尊重する」

 

グランツは、青年オルファンの肩に手を置いた。

 

「…辛いのではないか?」

「ああ」

 

青年オルファンは、小さく笑った。

 

「すごく、辛い。本当は、ずっと一緒にいたいのに。いつもこっちに呼ばれるたびに、今までの思い出を教えてもらってるけれど、それでもこんなに感情が揺さぶられるほどに、オルファンは父さんのことを大切に思ってる」

 

彼は目を閉じた。

 

「子供の俺は、まだ何も知らない。だから、父さんの温もりを素直に喜べる。でも、俺は知ってしまってる」

「知ったからこそ、か」

「ああ」

 

青年オルファンは振り返り、グランツを見た。

 

「グランツ。お前は、これからどうするつもりだ?」

「…そうだな。サフィラスに話を聞く。そして…」

 

グランツは言葉を選んだ。

 

「何かできることがあるのなら、それをヴィルデンに提示する。最終的にどうするかは、本人が決めることだが」

 

青年オルファンは、静かに頷いた。

 

「そうか。それなら…」

 

彼は少し考えてから、言った。

 

「俺から、一つだけお願いがある」

「む、何だ?」

「こっちの父さんに、ちゃんと選択肢を与えてくれ」

 

青年オルファンの目は、真剣だった。

 

「『このまま終わる』のか、『何か別の道を選ぶ』か。父さん自身に、選ばせてほしい」

「…わかった」

 

グランツは頷いた。

 

「必ず、そうする」

 

青年オルファンは、安堵したように息を吐いた。

 

「ありがとう、グランツ」

 

そして、彼は再び光に包まれた。

光が消えると、そこには再び小さな子供の姿があった。

 

「…あれ?」

 

子供オルファンは、きょとんとした顔でグランツを見上げた。

 

「なんか、グランツの顔、寂しそう」

「…そうか?」

 

グランツは微笑んだ。

 

「気のせいだろう」

 

オルファンは首を傾げたが、それ以上は追求しなかった。

ローレンスが静かに言った。

 

「…あの子は、強いな」

「ああ」

 

グランツは頷いた。

 

「あの年齢で、あれだけのことを背負っているのだから」

 

二人は、オルファンの小さな背中を見つめた。

子供の姿に戻ったオルファンは、何も知らないように、窓の外を眺めている。

しかし、その心の奥底には、青年の自分が抱える苦悩が、確かに存在しているのだろう。

グランツは、深く息を吐いた。

 

「…次は、サフィラスだな」

「ああ」

 

ローレンスが頷いた。

 

「すべての答えを知っている男に、話を聞く時が来たようだ」

*1
人が人たるが故に生み出された傲慢の則。人が存在するからこそ世界もまた観測し得るという「人間原理」を基にした、因果叛逆の術。獣人という「人が作り出した悪性存在(と定義付けられている)」に対する最後の砦でもある。不本意ながらも人との相の子の為、彼もまた半分が「人」である。ただし、ヴィルデンが一種の神聖性を持つが故、その拡張性は一般の奇術を超える。つまるところ、2:1:1で人間性:獣性:神性の比率。

*2
体内宇宙。胎内とも。生命体そのものを宇宙と見なす考え、

*3
例でいうと、二次創作のようなもの。ありえた事実を基点として、ありえない条件を定義し、存在しない未来を執筆すること。ただし、実体としては『本当に』存在する歴史となる。

*4
Rohn-Selen。サフィラスは『ただのサファイアです!』と言い張っているが、実際はサフィラスの魂核を極僅かに切り離し、物質化したもの。槍身はミスリルと超合金でヴィルデンが特注させたらしい。いずれにせよ、えげつない金と労力がかかっている。なお、魂核は若干悪用されている模様。

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