The Rite of Depth 関連小説集   作:白銀 小虎

8 / 11
※身内向けの小説につき注意。
※元々「幼少期」の内容だけ書いていたもの(3000字程度)をリライトしたものになります。
※ちなみに、これはグランツが娼館でピロートークとして話している内容、という設定が(元は)ありましたが、さすがに色々とアレなので、そこらへんは濁しています。

グランツの生い立ちから騎士となるまで(+なった後少し)の話。

虎どもの登場人物…
・グランツ
・ラインハルト

※そのほか、本作中でのみ出てくるキャラクタは後述。


グランツと云う男
① 幼少期


―――そうだ、少しばかり昔の話をしよう。

 

 

なにも、別にそこまで重いと云う訳ではない。

…どうしたかって?私も、たまにアンニュイな気分に浸るというものだ。何、そんな気分なら『主にでも祈ったらどうだ』だって?ハハ、それは手厳しいことを言ってくれるな!

もはや、私の信仰する主は、名実ともに「手の届かない」存在となってしまったからな、それは無茶な相談というものだ。

…私の神性魔法?あぁ、あれはヴィルデンの存在を起点として発動している。「あれ」は存在そのものが世界で、そして内包された存在だ。神秘存在、そして生物でもあるが―――まあ、そこはいいだろう。

そう…だな。では、私が何ゆえに神殿騎士になったのか、話しておくとしようか……。

あれは私が「グランツ」という名になる前、幼少の頃の話だ―――。

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

聖ウァティカヌス神国。壮大な山峰に頂く小規模ながらも厳格に統制された国だ。

荘厳な教会を中心に、5つの区分けとその東西に偏在するスラム街から構成される、この|テラ・フラトリス≪地球/世界≫では唯一の人獣共同饗応(ヒト型皆人間)社会を構築している、極めて特殊な国家だ。

 

中心に据えられるは教会が存在する特区(カエルム)

その周囲をいくつかの区画がさらに取り囲むように存在しており*1、それらはシンプルな線一本で境界を引くことができるが、その内実はそう単純なものではない。

 

カエルムに近い、一等区(スプリーマ)の石畳はまるで権威主義を示すかのように磨かれ、祭壇へ続く道は毎朝水で流される。壁面の白は雨に濡れてなお眩しく、鐘楼の音は規則正しく街へ降りてくる。

比べて、外へ外へと押し出されるほどに、町並みは粗雑に、そしてその色彩も褪せ、脆くなっていく。施しの配分も、騎士の巡回の回数も、鐘の音も―――まるで祝福そのものが希薄になっていくように。それとは逆に、灯りの数だけは少しずつ増えてゆくことになる。

そして、最外周のポルトン、その境界の最後の門を越えたところで、線は突然“断崖”となる。

 

門前の周囲こそ美しく整えられているものの、その周囲は山巓の険しさをそのまま残し、巡礼そのものの険しさをうかがわせる様相となる。

そして、それらを遠巻きに眺めるかのように点在するのは、神国に身を置きながらもその存在を許されざる者たちの住まう地―――スラム(非人街)。誰も掃かない泥。誰も数えない死。誰も拾わない声だけが、そこには蔓延っている。

 

威光から捨て去られた者は、見捨てられるべくして見捨てられた場所へ落ちる。見えなき人々が住まう。それこそが、みすぼらしい景観のスラムだ。東のサディムと西のジョモラー…強固な外壁にすら守られず、厳かな最外周区画のポルトンの門からも遠くに突き放された、板きれと襤褸の家に住む者たちの最後の砦。

認知はされており、国際的には確かに聖ワティカヌス神国の国民であるものの、公的には「人民ではない」。認められぬ者達が行きつく果てでもあり、そして―――権力争いに敗れた、かつて聖職者であった者どもの末路でもある。

 

さて、助祭であったカルド・グレギスという男は些細なことから在りもしないことを『でっちあげ』られ、岩が転がり落ちるかのようにあれよあれよと破門された男だ。

なにせ、面倒なことながらこの男は悪いことは悪い、と瑣事ですらも許さずに厳正に戒律を守ることを何より第一とし、その行いを以て威光を示すという原典派*2の一人であった。

上澄みを啜りたい新説派*3の者達にとっては彼は邪魔者でしかあらず、隙あらばとにかく今すぐにでも蹴落とさんとする者達ばかりの中では、当然の事と言えよう。

そんな彼であるからこそ、その惨めさからスラムでは生きていけまい、と思われた故の。泥をすするような雪辱を与えるための方法として「暗殺」ではなく「破門」が宛がわれたのであったが…。

 

「グラウコス!いい加減に起きなさい!」

 

サディムの一角。大声と共に飛び上がる様に目を覚ます。

潰れ切った藁に、薄汚れたシーツの上にくるまっていたのは、幼い顔ながらも体格の良い白銀の虎。

 

「せんせぇ…、まだ太陽も出てないじゃないかよ。こんな時間に別に起きなくたって…」

 

対するは、小さな眼鏡をかけた白い狼。

毛並みはやや荒れ気味で、ボロボロの聖職衣を纏っているが、そんな出で立ちであっても見すぼらしさどころか、ピンとした空気と厳格な雰囲気を漂わせる。先生、と呼ばれた彼―――カルドは、かつて聖職者であった者。

 

「毎週の第三(水曜)日は陽が昇るまで(いの)りの時間だと言っているでしょう。忘れたのですか?」

「でもよー、いのったって別になんも無いじゃんか」

「日々祷りを捧げることが重要なのですから。さすれば何れ主の恩寵を授かる事でしょう。…さ、あなた以外はみんなもう起きていますよ。この時間の湧水ならまだ月の力に満ちています。今のうちに不浄を清めてきなさい」

 

眠たげに、だるそうにして間が伸びた返事を返す。

まだ辺りは薄暗く、注意しなければそこらに転がっている木片や石を踏みつけて痛い目を見ることになるだろう。薄目をこすりながら、白銀の虎の子―――グラウコスはしっかりとした足取りで、麓に広がる森へと歩みを進める。

時期は冬、荒んだ古着では乾燥した風がやけに寒く感じる。早く戻って焚火で暖まりたいと考え、速足で階段と呼ぶには朽ち果てた坂道を下って行った。

しばらく獣道を歩けば、小さいながらも滾々と湧き出た清水が小さな泉を作り出しているのが視界に入る。

ここはとあるスラムの狩人が見つけた泉だ。必死の思いで安全となるよう魔物を倒し、道を作り、「神国民」たちに知られないように何とか秘密を守り続けてきた、ただ一つの共有財産だ。

『先生』によれば、とても清浄で神聖な力に満ち満ちており、泉の縁の木には、誰かが削った小さな刻み跡が残っている。子供の背丈に合わせた目印だ。

ふと、思い出した。ここに来る前に、カルドは必ず同じことを言っていた。

 

「水に触れる前に、まず手を合わせなさい。主の名を呼べと言っているのではありません。―――"自分が何をしようとしているか"を思い出してほしいのです」

 

その言葉自体、子供たちにとっては『どういう意味なのか』あまり理解できなかった。ただ、毎度のごとくそう言われては、面倒くさそうに「はいはい」と流す。そんな様子の子供たちを見ながらも、彼は少しもあきれずにそう云い続けた。破門され、衣は擦り切れ、背中は痩せても、言葉とその心だけは少しも痩せていない。

 

「清めとは、汚れを落とすことではありません。それを通じて何が"汚れ"か知ることです。なぜ、それが汚れなのか。…それらを知らぬ者は、何度でも同じ轍を踏みます」

 

その言い回しは、子供には難しすぎた。だが、奇妙なことに―――その言葉をいう度、彼は苦い顔をする。そんな顔を見ては、その言葉は冷たい水よりも長く身体に染みていった。

 

それはさておき、カルドはこの水を浴びるだけで病も遠ざけることができるという。が、子供たちからしてみれば「冷たすぎて逆に風邪をひきそうだ」という感想ばかりで、有難みもへったくれもない。

グラウコスは泉にそっと足の先を浸け、あまりの冷たさに「うへぇ」と苦い顔をする。そのまま、ないよりはマシといった体で作られた、傷んだ木の板で作られたパビリオンに向かう。

すでに水浴びを終えた子供たちが寒そうにしながら体を拭いているのが目に入った。まだまだ朝にはとても早いせいか、子供たち以外には人影が無かったが、少なくない人数にその場には賑やかな雰囲気がある。

そのうちの一人がふと此方へと気づき、声をかける。

 

「グラウコスぅ、遅いぞ~!もうみんな終わっちまったよ」

「悪い悪い、遅くなった!」

 

へへっと笑いながら、かろうじて形を保っているぼろ小屋の下へと向かい、服を着始めている他の子どもとは対照的に無造作に古着を脱いだ。そのまま体を抱えながら足早に泉へと近づき、そっと足を入れる。あまりの冷たさに体毛が思わず逆立った。

今日は一段と冷えているように感じ、水浴びをしなければいけない事に対し毎度のことながら耳がだらしなく下がってしまう。仕方ない、と息を吐きすぐそばにあるはずの桶に手を伸ばすが、手は空を切った。疑問をいだいて後ろをふと見ると、にやにやと笑みを浮かべた狐の子が一人。手元には、水がたっぷりと入った桶。

 

「時間ないからな、パパっと浴びちまえ!」

「は?ちょ、ウィル、ストップ、やめ―――」

 

ウィル―――年上の悪ガキが、桶を抱えたまま声をあげて笑う。激しい飛沫とほかの子供たちの笑い声が響き、空が白む頃には若干湿気って細身になったグラウコスが体を震わせながら共に帰路へついていた。

 

「…さみぃ…」

「しょーがねーだろ、そろそろ『お祈り』の時間なんだから」

「頑張ってお祈りすれば『おんちょー』ってのが貰えるんだろ?

そしたらさ、俺たちもきれいな服にあったかいごはんが貰えるって話だぜ!」

「でもさ、結局『神様』って何なんだろ。すっごい偉い人ってことなんでしょ?」

「目に見えなくて、いないけど居るって…へんだよな、よくわからないよ」

 

子供たちは帰り際、いつもの様に毎日のルーチンに対する疑問を抱く。

それすらも、毎度のことではあるのだが…子供たちに観念的な事への理解を期待することは、ある種教養のない彼らに対してあまりに酷なことである。そも、「主」を無条件に信奉し、存在に疑問を抱かない事などとは。実感の伴わない事象への無条件の信仰など、子供が信ずるにはあまりにも難しいといえる。…たった一人を除いて。

 

―――何時だってあんなに目立ってるのに、見えてるのは俺だけなんだよな

 

「グラウコス?ボーっとしてどうしたんだよ」

「あいや、そろそろ空が白くなってきたなぁって思ってさ」

「何だよ~、風邪でも引いたかと思ったぜ」

「あのくらいじゃ風邪なんてひかねーっての!」

 

和気藹々と、賑やかに帰っていくさなか、グラウコスは改めて、遠くに見える山頂、そのさらに上に存在する、光り輝く「名状し難き何か」を見る。

沢山の光輪の中に一つの目玉。あれはあまねくすべてを見渡しているようにも見える。

寒さからなのか、悍ましさからなのか―――ぶるりと身震いして、他の子どもたちに置いて行かれないように足を早めた。

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

―――とまあ、そんな幼少期が私にはあった。

ん?グラウコスとは誰だって?ああ、私の幼少期の名前さ。今ではもう使ってはいないがな。私は元々グラウコスという名前であったが…これはカルド師が私を拾ったときに付けてくれた名前だ。

珍しい響きだとは思うが、あの国の言葉では比較的親しみのある響きだ。師曰く「姿そのままではありますが、これほどふさわしい名前はないでしょう」だそうだ。

…孤児だったのが意外だって?まあ、他人の生い立ちは意識して聞かねばそういう者だろう?

 

いくらスラムとはいえ、子供たちの面倒を見るには物資が足りないはずなのだが、私の師は何かしらの伝手があったらしく…孤児であった私達は比較的飢えることもなく健やかに育つことができたのは僥倖だった。

泉に関しては―――子供たちが有難がらないのも無理はない。祝福だの恩寵だのは、空腹を直接埋めはしないからな。だが、あの泉が"ただの冷たい水溜まり"でなかったのは、私だけは知っていた。水面を覗き込むと、月明かりとは違う光が揺れていた。浅いはずなのに底が測れず、こちらが瞬きをした分だけ、向こうも何かが瞬き返す。風が止むと、森の音も止む。代わりに、耳の奥で低い鐘のような…何かが燃えるような音が鳴る。

子供たちは「寒い」「痛い」と騒いで走り去るが、私は時々、わざと最後まで残った。そして泉の縁で、誰にも見えないものを見上げる―――山頂の"あれ"と、ここに在る"何か"が、細い糸で繋がっているように思えたからだ。

その時の私はまだ言葉を知らなかったが、今なら言える。…あれは、紛うことなき聖域だった。だからこそ、見つかった。いや―――見つけられた、が正しいのだろう。

 

もちろん、非人(わたし)たちは大いに抵抗したさ。

だが、残念なことに『主の御威光』とやらは本当に絶大な物でな。よくわからない、それでいて強大な未知の力によって、私たちは為す術もなく呆気なく捕まってしまい…そのまま『言葉通り』に処分されていくところだった。

もちろん言わずとも、そんなことにはならなかった。でなければ、私は今ここに居ないからな!それから色々と…本当に色々とあったのだが、私は神殿騎士となる道を選ぶこととなる。解っているだろうが、私には神殿騎士としての素養が十二分に、いや…それ以上にあった。それが正しいことだったのか、それとも別の道を歩むべきだったかなのは、今考えても分からないことだが…少なくとも、恩人であるカルド師にとっては、それは喜ばしいことであったに違いないのは確かなはずだ。

 

…今でも、そのはずだったと信じている。

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

「なんと、まあ…よくもここまで穢れが溜まる…。掃除屋(カザレウス)共は何をしているのだ。」

「申し訳ありません、閣下。何せ此処は”聖国内”ではありませんでしたので。…先ほどまでは、ですが。」

「まあ、いい。数十年ぶりだが、ポルトンの区画拡張を始めねばなるまい。そうなれば、必然的に役立たずの彼奴(きゃつ)らも動くであろう。」

 

曇天の日。襤褸屋の外には、今までグラウコスたちが見たこともないような美麗な布で織られた服を纏った男と、白銀に輝く全身鎧を纏った複数人の騎士達。

騎士うちの一人が泥にまみれたカルドを地面に組み伏せていた。

閣下と呼ばれた恰幅のいい男―――マケロスは、汚物を見るように周囲を見回した後、明らかな侮蔑と嘲笑を込めた目で床に転がされたカルドを見下ろした。

 

「久しぶりだなあ、カルド助祭。…失敬、もはや教職位はないのであったな?もっとも、信仰心だけが取柄だった身の前で主に見放されたとなれば失職も当然であろうが」

「………マケロス主祭、ですか。久しいですね」

 

カルドが苦虫を嚙み潰すように、呻くようにしてその名前をつぶやくとマケロスは眉を顰める。

それに呼応してカルドを組み伏せている騎士は、彼の頭をつかんだまま思い切り地面へとたたきつけた。

痛みと衝撃に思わずうめき声を上げる様にマケロスは嗜虐心が満たされ、思わずゆがんだ笑みを浮かべた。そのまま、磨かれた白い靴でカルドの顔を蹴り上げた。

 

「主教と呼びたまえ主教と。異端であるお前を下した事で私も御眼鏡に適ったようでな、枢機院から特別に職位を改められたのだ」

「一体幾ら出したというのですか?枢機院も落ちぶれたものだ、利権だけで職位を改めるとはとても…ッ!」

「相も変わらず減らず口に関してだけは饒舌だな。此処はすでにポルトンであることを忘れたか?ともすれば、お前たちは異教徒なのだ。これがどういう意味か解るかね?…連れてこい」

 

強くにらみ、反抗心をあらわにして呟いたカルドを、マケロスは不快といわんばかりに頭を踏みつける。

思わぬ衝撃に口が止まったカルドに対し、ニヤニヤとしたマケロスはそのまま言葉を続けた。

扉の役目を果たしていた襤褸切れを破り捨て、数人の騎士が後ろ手に縛られた子供たちを、抜き身の剣を押し付けて無理やりに建物へと詰め込む。

その様を見たカルドはあまりの所業に目を丸くして息をのんだ。

 

「まさか聖域を秘匿するなどとは…。破門され、泥を啜る身となってなお、教会の威光を忘れられなかったと見える。嘆かわしい…落ちるところまで落ちたなぁ、カルド…。しかしながら、身の程を弁える知恵だけはあったらしいな。随分と"敬虔"な生活を送っているではないか」

 

嘲るように、楽しむように。マケロスは襤褸屋を見渡し、鼻で笑った。言葉をつづけようとした瞬間、さらに外野から声が上がる。

 

「マ、マケロス様!!」

 

甲高く、裏返った声が割り込む。騒ぎを聞つけた―――マケロスらに冷たい視線を浴びせる人垣をかき分け、一人の男が転がるように飛び出してきた。

 

「私です!覚えておられますか!?私です、マケロス様!!」

 

泥に膝をつき、地面に額を擦りつけながら、男は必死に叫ぶ。かつて聖職衣を纏っていたであろう名残を、無様に縫い留めた外套。

その顔は泣いているのか、笑っているのかも分からぬほど引き攣っていた。

 

「お約束通り…お約束通り、ですよね…!?私がお伝えしたのです!あの泉のことも、この狼のことも!」

 

その言葉に、カルドは思わず鳥肌が立つような思いだった。この人物は―――今、なんと?…見覚えがないわけではないその顔は、ごくまれに西側のスラム街で見かけたことがある一人だった。

自分よりも早い時期からスラムに落ちていたらしいく、かつてカルドが聖職位であり、施しを授けていた頃に、何度か顔を合わせたことがある。

 

「これで…これで私は…また戻れるのですよね!?」

 

縋るように、這い寄るように。マケロスの靴先に泥が跳ねるのも構わず、男は両手を差し出した。その光景に、カルドは言葉を失う―――己の行いを(かえり)みず、清貧を以て祈りを捧げることもなく、権利欲に塗れ果てた結果がまさかこれだというのか?

やがて、掠れた声で呟いた。

 

「…まさか、()()()のですか」

 

その一言が、男の耳に届いた。

 

「当たり前だ!!」

 

男は顔を上げ、狂気じみた目で叫ぶ。

 

「私は!私はこんな場所にいるべき人間ではない!!泥と屑と腐った死体の中で朽ちるために生まれたわけではないのだ!!私には教会に戻る資格がある!あるとも!!それを取り戻すためなら―――何を差し出そうが構わぬ!!」

 

唾を飛ばし、唇を歪め、正当性を叫ぶその姿は、かつて"神の言葉"を語っていた者の成れの果て。マケロスは、それを一度だけ見下ろし、まるで路傍の汚れを見るように、呟いた。

 

「……おい、お前」

 

男の声が、ぴたりと止まる。

 

「いつまで私の足元に、ゴミを散らしておくつもりだ?」

「―――はっ!!申し訳ありません!!」

 

お前、と呼びかけたのは、決してその足元の人物の事ではなく。

一瞬の間を置いて騎士が慌てて動いた。男の肩を掴み、力任せに引き剥がす。

 

「がっ…?な、なぜですか?マケロス様!?私は…私は役に立ったはずだ!約束を…約束を…!!!!」

 

その叫びは、最後まで言葉にならなかった。鈍い音。剣身が、男の身体を貫く。

息が抜けるような音と共に、男の口は開いたまま止まり、その目に浮かんだのは、理解と絶望が混じり合った、空虚な色だった。

泥の上に崩れ落ちる身体を、マケロスは一瞥すらしない。

 

「汚らわしい」

 

白い法衣の裾を軽く払う。

 

「神聖なる法衣に汚泥が着くなど……本来であれば許されざることだ」

 

懐から煌びやかな瓶を取り出し、自分とあたりにさっと吹きかける。心なしか、空気は清浄となったような―――。

そして、気づくとマケロスの法衣についていた泥と血は消え、ここに来た時と同じように、白く清らかな姿に戻っていた。

 

「さっさと、そのゴミを処分しろ。臭いすら悍ましい。―――そのナリで教会に戻れると思ったとは、愚かしさにも程度がある」

 

吐き捨てるように言い、再びカルドへと視線を戻す。

例え己を売った者だとしても―――その仕打ちに怒りを覚えるカルドの様子を見て、マケロスは愉快そうに、喉を鳴らして笑った。

 

「くくっ…相変わらずだな。その無駄な慈悲が貴様の無様さを招いたというのに。大方、今回も西も東も関係がない、と月下浴を促しでもしたのだろう?ゴミ共にそんな権利あるはずもないのになあ?」

 

そして、愉悦を滲ませた声で、そう続ける。言葉を遮ることすら許されぬ空気の中で、カルドはそれでも体を震わせ、硬い声を絞り出した。

 

「マケロス…何のつもりですか?神学校のころから、たしかに権利欲が強かったとはいえ、まさかここまで外道に―――」

「お前の言葉一つで、この私は異端が手づから育てあげた悪魔として()()を処分する事もできるのだ。まさか、主教が揮える利権を忘れたわけではあるまいな?」

「…、まさか、そこまでとは…」

 

カルドは息を呑む。その言葉の意味を、理解したくないままに理解してしまった自分を、心のどこかで拒んでいた。

―――これは脅しではない。示威でも、交渉でもない。言葉の意味など、虚飾にすぎない。最初から、彼らを”処分する前提”でここに来ているのだ。

ただ、カルド自信を貶し、嗤い、愉悦に浸るだけ、ただそれだけのために。管轄区の拡張など偽りの妄言にすぎず。ただただ、その行為の一点はカルドを見つけた時点でただ虐げるためだけへとすり替わっていた。

 

「いつも…いつもいつもおまえが邪魔だったのだ…。ことあるたびに目を光らせてくるお前が本当に邪魔だった…。しかしそれも今日までだ。まさかこの私の管轄区の近くで聖域を秘匿しているなど、考えつきもしなかったが…。ましてや、教職位関係者であったお前がだ。元であれ何であれ、関係者の背教行為は全て死罪、連座となるのが常だ」

 

ふんと、息を吐くと、意を得たりと言わんばかりに騎士は子供を一人、カルドの目の前へ蹴り飛ばした。

痛みに泣きそうになりながらも堪える子に、カルドはおそらく今まで見せたことのないような形相でマケロスを睨みつけた。

 

「ふざけるな…!それは裁判の結果『そう裁定された』のであればだろう!」

「はっ!此処で殺そうがあとで殺そうが、結果は変わらん!お前たちは苦しんで死ぬのが最も望ましいものだと主も裁定なされるであろう!」

マンガス(μάγκας)め…欺瞞をッ…!子供たちは一切関係ない!」

「貴様ッ…私をッ誰だと…ッ!」

 

侮辱を嘯いたカルドに思わず激高したマケロスは、カルドを何度となく蹴り上げる。

次第に息を切らしながら、マケロスはふと思いついたように「そうだ」と呟き、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

 

「見せしめだ!一人ひとりこの男の目の前で甚振って殺してやれ!」

 

命を受けた騎士の一人は、子供を引きずって建物の外へと投げやった。

次いで、カルドも無理やりに頭をつかまれ、地に付したままに顔を子供たちへと向けさせられる。

 

「貴様には最後まで目に焼き付けてもらおうか!ああ、本当に―――愉快極まりない」

「…神罰が下ってしまえばいい…!」

「もし下るのであれば、今下らなければおかしいであろう?害虫め、主に見放されてなお主に縋るとは、救えぬ存在だ。私が今健在なのであれば、それ即ちは主がその行いを認めているということなのだから!」

 

―――まさかここまで…おのれ(カルド)に対して劣等感を抱いているとは。

神学校では常に生まれが優秀であったマケロスを抑えていたし、実技や研修でも高い評価を得ていた。それ故に貴族生まれのマケロスは、平民からの成り上がりに勝てないことで実家から叱責されていたことは、周囲のうわさで聞き及んだことがあった。同時に、カルドに対して著しい敵愾心を抱いていることも。

教職者になった後も、彼が上位職を宛がわれた後も、破門され、身を貧民へと崩した後でさえもまさかそれを抱き続けていたとは思いもよらなかったのだ。まさかそこまで愚かであったとは、というのがカルドの心情だ。

 

周囲には同じように拿捕された貧民たちが集められていた。騎士が子供のうちの一人をその中へと投げ込むと、海が割れるように人が捌け、子供の周りを大人が囲むように人垣が出来上がる。

下品に笑い声を抑え、拉げたように愉悦を抑え込む表情をみて、カルドは子供たちへ申し訳ない気持ちを抑えることができなかった

そして、己の信念に僅かながら亀裂が入る音が聞こえる。主が、主が本当におわすのであれば、なぜ無辜の子らにこのような仕打ちが?と。己は如何なってよいが、子供たちにこんな結末はあまりにも、あまりにも報われぬ―――。

子供は小鳥が啼くような高く小さい声で、「先生」とただ一言だけ呟く。

 

「主よ、嗚呼、主よ…何故」

「主は人民にのみ救いをもたらす。異端者(人民でなき者)は皆須らく粛清されねばならぬ。」

 

嘆きとともに祈りを捧げるも、破門という烙印を押されたカルドにはもはや祝福は宿らず、奇跡を熾すことはできない。己の無力さに顔を思わず俯かせる。彼らを幸せにしてやりたかったのに、と。

そこに生き、平凡に暮らし、祈りを捧げて善行を積み、そして眠る。

そんな平穏な暮らしを送ってきただけの彼らが、生まれが少し悪かっただけの彼らが何故それだけの理由で罪を背負わされなければならないのだと。そんなことは考えるだけ当然無意味ではあるのだが、それでも何故、という疑問を抱かずにはいられなかった。かつての時も、このたった今でも。

そしてその考えが吹っ切れるほどに耳を疑う言葉が、集められた子供たちの中から放たれた。

 

「…殺すなら、俺から先に殺せよ、デブのおっさん!」

「グラウコス!?」

「…なんだ、このクソガキは…容易く死ねると思うなよ…?」

 

デブ。

確かに恰幅が良いが、彼にとっては(彼でなくとも)ただの侮蔑でしかないその言葉に、一瞬の能面のような表情ののち泡を食ったように憤怒が噴出した。

別の騎士を足蹴りし、「あのガキを下がらせろ、こいつからだ!」と命令をする。グラウコスは自らの足で子供がいた場所へと歩き出し、目の前の騎士と対峙した。そして、振り返る。

 

「もし俺が殺せなかったら、それは『(ぬし)様』が正しくないことだと言ってる事になるよな。」

「何を…?」

「もしそうなら、罰を受けるのはそっちってことになるよな?」

「戯言を。そのようなことはあり得ぬ。我々は絶対的に正しい。現に今この時点ですら私は何の咎もないことが示されている!全ては主の裁定を下すのみ。神恩を得ているということ即ち、我々の行いは神の行いであると同義。ともすれば、その裁定に誤はありえぬのだよ?」

「ふぅん…」

 

感心なさげな様子で、彼は教会の真上を眺める。

それは、今は此方を凝視しているようだった。その様子にマケロスは機嫌を損ね、騎士に一言かける。カルドは、目を閉じ、ただ神に祈るしかできなかった。

 

「ガキめが…興をそがれた。殺せ」

「―――主よ、我らをお救いください」

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

―――そうして、私は剣に貫かれることなく、彼らには等しく主の裁きが下された。

何が起きたって?まあ、簡単なことだ!私はあの目()を見ていた。

…逆説的に云おう。

 

『主は、私に光を示され、私は主を仰ぎ見た;

 それゆえに、主は私を守り給うた。主は私が仰ぐことを許されたのだ。』

 

つまるところ、生まれたときから祝福を受けていた、だな!そんな相手を殺そうとしたのならば主の怒りを買うのは当然であろう!ん?そうなると何故主教と騎士は死んだのかと?彼らは主に仕えていたのではなかったのか、と。

 

…そのあたりの説明は…そうだな。

単純に聖ウァティカヌス神国の人民は主に直接祝福を受けたわけではないのだ。あくまで人民も聖職者も「洗礼」を受けただけなのだ。

 

洗礼とは、主の祝福そのものではない。『祝福されていることにする』という証明書だ。

その証明書を得て、ヒトははじめて"祝福を受けうる者"として扱われる。つまるところ、逆説的に『祝福を得ている』という証明を行うこと(ことにすること)で祝福を授けてもらっていると解釈する行為だ。

当然だが、洗礼を受けていない者は主の祝福を受けることはできないし、洗礼を受けている者であっても主の御心に背く行為を行う…破門も含めてだが、その場合は祝福が剥奪される。

だが、私だけが違った。洗礼とは比にならないほどの福音を直に授かっているのだから、傷を与えられるわけがなく。主に逆らうのと同じという事だな!

そもそも、誰も見ることができない主を見れるという存在は、果たして何なのだろうか?いわば、「自分は”自分”を認識できる」ということだからして、同時に私は主であるとも言い換えられる、という訳だ。

であれば、主を毀損するなど、それこそ死罪を以て清算となす事当然だろう?

 

斯くして、騒ぎを聞きつけたカエルム(教会)の主教がとりなし、事なきを得たのだ。

勿論、カルド師の汚名も無事に雪がれて、子供たちもポルトンの新区画で平穏に暮らせることとなり…円満解決だな!

私はそのまま神学校へと通うことになる。勿論、あまりにも強すぎる祝福のせいだが。

神国としてもそんな優秀な人材…逆に言えば危険人物を野放しにするわけにもいかないだろう?そうして私の神殿騎士としての歩みは始まった。

 

…神国信徒となってからの話?そんなに面白い話ではないが…まあ、では続きを話すとしようか。

あれは、私が12になった辺りだが…。

*1
カエルムを中心として、周囲を枢機、主教らが住まうスプリーマ、主祭、騎士などが集うヌーベ、見習い騎士や守門、教徒が身を寄せるティエーラ。そして最外周、巡礼者及び国外からの来た者たちが群がるポルトンという形で構成されている

*2
清貧であれ、隣人を愛せよ、尽くす事恐れるなかれ、等を愚直に守ろう、という思想

*3
清貧であれど、威光を示すに過度な清貧は冒涜でもある、神を否定するならばそれは隣人ではなく、魔/敵性勢力である、などのいわゆる腐敗した過激派に近い思想

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